第127話 忘れられた街

 ゴクウを倒し、ダンジョンを抜けると、そこは既に街の中だった。


 第四層アマテラスシティ。


 現代の東京を思わせるビル群が建ち並び、地面はアスファルトにて舗装されている。

 そして、街の中央部分には東京タワーによく似た建物がそびえ立つ。


 だが、異様なのはその全てが苔むし、ツタに覆われ、今にも倒壊寸前といった具合に古びている。

 まるで人類が消滅してから数千年経った日本、そんな感じの街だった。


「あれ、現代の人工物は100年程度しか持たないんだっけ? まぁいいわ。とにかく少し歩いてみましょう」


 ヨハンは漆黒の鎧のまま歩き出す。所々店やカフェのような場所もあったものの、そのどれもが使用不可能となっていた。

 入れはするが、中にはNPCもおらず、何もない。


「おかしいわね。これだけ建物があるのに、何もないなんて。もしかして、街全体がこうなっているのかしら?」


 そう思うと、途端にこの街に対する興味がなくなっていく。

 20分ほど歩いた辺りで飽きてきたヨハンが、そろそろログアウトしようかと思案していると、オウガたちと出くわした。


「うっす。ギルマスも上がってきたんですね」

「お久しぶりですヨハンさん!」


「ええ。二人とも元気そうね。それと……君は確か」


 オウガ、そしてメイがヨハンに挨拶をする。すると、残りの一人、クロスも大げさな動作で口を開いた。


「どうも。僕の名前はクロス。オウガの運命のライバルにして、いつか貴方を倒す者。以後、お見知りおきを」


(えーと。オウガくんのライバルの子ね。思い出したわ)


「それで、三人は何をしていたの?」


 聞いてみると、どうやらアマテラスシティで何かイベントやクエストがないか捜していたという。

 だが、そういったものは一切なかっただけでなく、ショップすらもなかったのだとか。


「ギルドホールっていう、ギルドホームにワープできる施設は動いてたんですけど、それ以外の施設は一切利用できないんです」

「入れるけど、何もないって感じだったな」

「なるほど……もしかしたら後々何かあるのかもしれないわね」


 話してる最中に「作りかけで実装とかありえねー」と叫ぶプレイヤーも居た。


 気持ちはわかるが落ち着け子供も見てるぞと思うヨハン。


 あらためてこの街には何もないということがわかり、どうしようかと思案していると、クロスが何かを発見したらしく手招きしていた。


「うわ、なんだこれ!?」

「見たことないよ?」


 続けてオウガとメイも驚きの声をあげる。


「アマテラスシティは日本の建築物を模して造られた場所。そんな中、日本には見られないオブジェクトがあった。ということはだ。これは隠し通路への入り口! ふん、運営さんめ! この天才の目を逃れられると思わないことだね!」

「って、これ電話ボックスじゃない?」


 苔と錆で中が見えなくなっているが、彼らが騒いでいるのはまさしく電話ボックスだった。


 ヨハンは小学生たちがふざけているのかと思ったが、どうやら違うらしい。


「ヨハンさん、これが何か知っているんですか!?」

「ええ。だから、電話ボックスでしょ?」

「電話ボックス!? 名前から察するに、スマホの自動販売機だろうか?」

「違うわよ。この中に電話機が置いてあって、お金を払うと電話ができるのよ。携帯電話が普及してから、かなり数は減っちゃったけど」


 ヨハンは子供時代、何かあったときの為にと父にテレフォンカードを持たされていたことを思い出す。だが、ヨハンの説明を受けて尚、子供たちは疑問符を浮かべている。


「あの……なんでスマホがあるのになんでわざわざ有料の電話を使うんですか?」


「え?」


「充電が切れたときの為の予備じゃはないのか?」


「え?」


「あれだろメイ。音質が凄くいいんだよ」


「あーなるほど~!」


「あかん」


 ヨハンは冗談だと思っていたが、この小学生たち、本気で電話ボックスを勘違いしている。

 ここでこの電話ボックスが旧世代の文化と教えてもいいが、小学生たちからの不意の一撃で心に傷を負わないとも限らない。


 アラサーの心は硝子。自衛は大切である。


 と、そこでヨハンは閃いた。悪い閃きだ。鉄仮面の奥で悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべるヨハン。


「そ、そんな感じですよね、ヨハンさん!」

「ええ。概ね、おおよそ、だいたい、多分正しいと思われるわ。諸説あるけど」

「でも、今は見かけないよな。なんでだろ」

「簡単なコトだよオウガ。一般の日本人の所得は落ち続けている。だからわざわざお金を払って電話をする人が減ったのだろう」


 と、もっともらしいことを言うクロスに内心で「スマホも有料だけどね」と突っ込みつつ、ヨハンは口を開く。


「それもあるけど。本当はもっと別の理由があるのよ」


 ヨハンの、おどろおどろしい演技が入った声に、小学生たち3人が驚く。


「べ、別の理由……ですか?」ゴクリ


「ええそう。電話ボックスの中にはね。たま~に、死後の世界と繋がって、霊の声が聞こえてしまうものがあったの」


「死後の世界!?」

「れれれ霊の声!?」


「そうよ。使ったら死んだ人の声が聞こえた。そんなクレームが相次いで、この電話ボックスは姿を消していったの」


 怯える小学生たち。その様子がヨハンの悪戯心をさらに燃え上がらせる。ヨハンは電話ボックスの扉を開く。ギィイという音にすら、メイが小さな悲鳴を上げる。

 そしてヨハンは受話器を手にとって、耳に当てる。


「そうそう、こんな風にするとね……現世とあの世が繋がっ」

『ダシテ……ココカラ……タスケテ……ネェ……ネェ? キコエテルヨネェエエエ???』


 ヨハンは受話器をガチャンと置いた。


「え……?」

「ヨハンさん?」


「まぁどうでもいいわね電話ボックスなんて。気にしないで行きましょうか」


 電話ボックスを出て、すたすたと歩き始めるヨハン。


「ちょっと!? なんか気になるんですけど」

「一体何が聞こえたんだ!?」

「わかんねえけど……ギルマスを追いかけよう」


 その後、結局誰一人として、電話ボックスを調べる者は居なかった。

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