第五章 Pharaonic Guardian

第124話 アップデートと新環境

復刻バチモンイベント終了後、日付が変わると同時に、超大型アップデートが行われた。

 第四層の追加、そして各職業に新しいスキル、武器、防具が追加された。

 また、今まで50だったレベルの上限が80まで解放。何から何まで新しくなった環境に、プレイヤーたちは大いに盛り上がった。


 

 そしてそれから一週間後のランキングイベント。


 王者ロランド不在のまま開催されたこのイベントで、早速新しいスキルが猛威を振るった。


「はは、ちょっとヤバい感じ?」


 ギルド最果ての剣の魔法使い、銀髪の美青年グレイス。

 同じく最果ての剣に所属する剣士職のプレイヤーたちに囲まれて、絶対絶命のピンチといったところか。

 だが、台詞とは反対に、本人は余裕の笑みだった。


「く……なんだこれ」

「動きづらい……」


 剣士職たちは、グレイスを中心に広がった黒い沼に足をとられ、思うように動けなくなっていた。


 沼地フィールド。


 立ち止まっている間、どんどん体が沈んでいっていき、全身が沈んだら即死扱いとなる新フィールドである。


 また、少しでも沈んでしまえば足を引き抜く際に余分な力が必要となり、非常に動きにくい。


 敵へ接近と離脱を繰り返し戦う剣士や槍使いのプレイヤーにとってかなりキツい足場となっている。


 そして、この沼地フィールドは魔法使いに新しく追加されたスキル【フィールド魔法】によって生み出せる。


 フィールド魔法【沼地生成】。


 消費したMPに応じた広さの沼地を生み出し、踏み入った者から徐々にMPを吸収。さらに発動したプレイヤーは沼地の効果を受けない【沼地適性】を獲得する……という強力な魔法だった。


 この魔法により、グレイスは敵の剣士たちの動きを封じつつ、さらにMPも回復できるようになった。MPが回復したのを見計らって、最強の攻撃魔法【サンダーボルト】を解き放つ。


「はいズドオオオオオン! はい君たちの負けぇ! はい僕の勝ちィ!!!」


 消滅していく剣士たちを見下ろしながら、グレイスは異様なテンションで叫ぶ。

 対人戦で勝ち上がるのに工夫が必要だった今までとは異なり、一方的に相手を倒せるのが楽しかったのだろう。


「はは、アップデート最高だよ。フィールド魔法最強! 剣士はオワコン。こりゃ次の環境は魔法使いだね」


 グレイスはストレージからMPポーションを取り出すと、サンダーボルトで失ったMPを回復させる。


 そして、再び【沼地生成】を発動し、さらに沼を広げていく。


 まだフィールド魔法の効果を知らないプレイヤーも多い。そんなプレイヤーがこの沼地を元々のフィールドだと思って近づいてくればラッキーといった考えだ。


「あ~あ、ロランドさんが居たらな~この手で直接倒してあげたのに。相変わらずあの人は運がいい。まぁいいや。ギルマスにはなり損ねたけど、ランキング1位は僕が貰う……あっはははははは!」


 その時だった。


『スマ~イル♪』


「あははは……はは……は……は?」


『スマ~イル♪』


「あ……ああ……あああ……ど、どこだ!?」


 まるで暗い地獄の底から響いてくるような不気味な声に、グレイスの全身がガタガタと音を立てて震えた。


 忘れもしない。殺し合い祭りで苦渋を舐めさせられた、竜の雛の殺人道化師マーダーピエロマドナルド・スマイルの声だった。

 あれ以来トラウマを負ったグレイスは、某ファーストフード店に入れなくなってしまったのだ。


「ど、どこだ!?」


『スマ~イル♪』


 グレイスは周囲を見回す。だが、周囲にソレらしき姿は見当たらない。ただ一つ言えるのは、声は確実に自分に近づいてきているということだけだった。


『スマ~イル♪』


「クソ……あんな図体のデカいヤツが、どこに隠れてるっていうんだ? まさか、ステルス系の新しいスキルか!?」


 そんなの嫌過ぎると泣き出しそうになる心を必死に鼓舞して、なんとか杖を構える。

 新環境で未知のスキルを持っているのは自分だけではない。


 全神経を集中させ、周囲をキョロキョロと見回す。


「い、居ない……一体どうなって……うわ」


 空を見上げていたその時。グレイスは物凄い力で両足を掴まれた。


「ココよ。ココ☆」

「ひぃいいいい……」


 足下から声がした。グレイスは思わず見てしまった。自分の足下を。


 そして、ソレと目が合った。


 そこには、恐ろしいピエロが沼から顔だけを出して、グレイスを見つめていた。


 いや、顔だけではなかった。沼の中からドナルドの手が伸びていて、逃げられないようにグレイスの両足首を掴んでいる。


「ハァイ、グレイスちゃん。久々ね☆」

「な、なんで……なんで沼に潜って!?」

「忘れたかしら? ワタシも魔法使いなのよ☆」

「そうだった!」


 ドナルドもグレイスと同じ新スキルを入手していたのだ。だが、グレイスは疑問だった。確かに沼地適性を持っているが、沼に潜るなんて真似は、自分にはできないからだ。


「これは【潜水】スキルとのコンボ攻撃よ~。さしずめ【サブマリン☆ドナルド】と言ったところかしら~。ワタシはかわいいマーメイド☆」

「ひぃ……ぎゃああああああ」


 かくして、剣士一強の環境は終わりを迎えた。


 アップデート直後のランキング戦は、大荒れだったという。


***


***


***


「ふーん、そんなことがあったのねぇ」


 ここ数日、仕事が忙しかったヨハンは、アップデート後、初めてのログインである。

 仕事の疲れとバチモン複刻で燃え尽きたこともあり、アップデート後とはいえ特にやりたいことも無かったヨハンは、闇の城のミーティングルームにやってきた。

 ランキングイベント直後のドナルド、そしてゼッカとそこで合流し、その時の話を聞いていたのである。


「フフフ。新しいスキルを手に入れたから、ノリで参加したら30位まで登り詰めちゃったわ☆」


 心底愉快そうに笑うドナルド。彼は対人戦ガチ勢という訳ではないのだが、それでも【沼地生成】が強力過ぎた。


「ぐぬぬ……普段特に練習してないドナルドさんが30位……ぐぬぬ」


 何度も「ぐぬぬ」と複雑そうな顔をしているのはゼッカだ。殺し合い祭りで【永世二位】ことカイを撃破し、レベル上限の解放で一気にレベル60まで到達したゼッカは、今回のランキングイベントに賭けていたのだ。


「でもゼッカちゃん、10位なんでしょ? 凄いじゃない! 竜の雛じゃ一番高順位だわ」


「え、えへへ……それほどでも」

「ま、竜の雛じゃ、ワタシとゼッカちゃんしかランキングイベント参加してないけどね☆」

「そ、そうだったー!? 悔しい悔しいくやしー!」


 悔しさが限界を超え、足をバタバタさせるゼッカ。そんな様子をドナルドは「あらあら」と微笑ましく笑い、ヨハンは「可愛いわ」と眺める。


 しばらくジタバタとしていたかと思うと、今度はばっと立ち上がる。


「こんなところで悔しがってる場合と違う! もっと強くなるため、何か新しいスキルを探しに行かないと!」


 すると、急いでギルドホームを飛び出して行った。


「新しいスキル? ああそうね、アップデートされたなら当然増えてるわよね」

「ちょっとちょっと~知らなかったの? ダメよ、ちゃんとチェックしなくちゃ~☆」

「何分仕事が忙しくてですね」

「ま、誰に強制されるものでもないから、好きにやればいいケド……アンタが使ってたスキル、仕様変更されたわよ☆」

「なして!?」


 ヨハンは急いでメニューのお知らせを開く。そこにはアップデート情報の他に、様々なスキルの仕様変更が書かれていた。


 その中で、ヨハンに関係のあるものを見つける。


『スキル【増殖】の仕様変更について


〇増殖によって生み出された分身体は、プレイヤーの工夫によって様々なスキルを使用できましたが、今後は【デコイ】以外のスキルの使用ができなくなります』


 とのことだった。

 つまり、ヨハンが今まで使っていた増殖→増殖で自分を量産したり、増殖体にバフをかけて貰ったりといったプレイができなくなるということだった。


「ロランドちゃんとの決戦で、目立ち過ぎたからねぇ。無理もないと言ったところかしら☆」

「ちょっと寂しいけれど、分身増やすとちょっと頭痛くなるし、別にいいかな」


 ヨハンはバチモンさえ無事ならそれでいいようだった。特に気にした様子もない。


「まだ壁としてなら普通に使えるみたいだし」と、軽く受け止める。


 そして、一通り会話を終えると、ドナルドは「今日は疲れたし、失礼するわ☆」とログアウトしていった。一人残されたヨハンは、少し考える。


「第四層ね。明日は休みだし、ちょっと覗いてみようかしら」


 立ち上がると、一旦自室に向かい、必要そうなアイテムを見繕う。そして、ギルドホームを後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る