EP11 離れていても

 個展の最終日の夜。


 閉館間近の美術館に、涼は訪れていた。流石に人気はなく、殺風景だ。


 誰もいない広い美術館の一角に、自分のこれまでの作品が並べられている。

 まるで今の自分のようだと苦笑いしながら「果たしてこれで採算がとれるのだろうか」と、今まで尽くしてくれたマネージャーの心配をした。


 カツカツカツ。


 誰も居ない美術館には、自分の足音しかしない。


 タッタッタッ。


 はずだったのだが。


「おや、若い足音が聞こえると思ったら」


 振り返ると、そこには制服を着た女子高生が立っていた。その女子高生は涼と目が合うと、何か言葉を発しようとして、咳き込んだ。

 どうやら長い距離を走ってきたようだ。


「あ、あの、私は」

「いいよ。わかる。みゅうみゅうだろう?」

「はいっ! ……えっと、羽月美優です」


 そう嬉しそうに答えた。


「ここに来たってことはもう知っていると思うけど。石丸涼だ。画家のようなことをやっている。よろしく」

「よ、よろしくお願いします!」

「で、どうやって私のことを調べたの?」

「それは……」


 ゲームとは違い、実際に見たハゼルこと石丸涼に圧を感じたのか、美優は少し怖がっているようだった。


「おいおいそう怯えるなよみゅうみゅう。怒ってるんじゃない。感心しているんだ」

「えっと……友達のギルティアって子が、ハゼルさんに見覚えがあるって」


 美優がずっと仲直りしたいと思っていた友人の一人、ギルティア。彼女は最近、知り合いとその話題で盛り上がったらしく、頭の片隅に引っかかっていたのだ。


 そして、後はネットで個展の情報を調べて、ここまでやってきたという訳である。涼がここに顔を出すのは今日この瞬間が初めてだったので、奇跡のようなタイミングだったと言えるだろう。


「で、その時【石丸涼】の話をしていた知り合いっていうのが、【ヨハン】ってプレイヤーなんです。その人、涼さんの同級生だったって。もしかして涼さんの捜している哀川圭って――」


 興奮気味にまくし立てる美優の言葉を涼は手で遮った。


「知ってる」


 あの日。美優が友人と仲直りしたあの日。すれ違った。その瞬間に全て気が付いた。


「会って行かないんですか?」

「会わないよ」

「な、何故ですか」

「確かに私は哀川圭を捜していた。けど別に会うために捜していたわけじゃない」


 自分の画家としての人生が行き詰まったあの時。


 ふと、昔の友人との思い出が蘇った。


 あの日、あの時。あの場所で。

 無理矢理大人になろうとしていた彼女は、大丈夫だろうかと。


 遠くから一目見られればそれで良かった。確かめられれば、それでよかったのだ。


 そして、涼は見た。


 親友は、出会った日と変わらない、ひまわりのような笑顔をしていた。


「私が画家になったのはな。とある女を笑わせたかったんだ。心の底から、子供みたいに笑って欲しかったんだ。最近思い出した。初心しょしんってヤツさ」


 友人の笑顔を取り戻したい。自分以外の絵ではなく、自分の絵で。そんな初心は、流れていく忙しい日々の中で少しずつ薄れ、消えてしまっていた。


「けど、その役目は誰かが代わりに引き受けてくれたらしい。私はさ。多分アイツのことが心配だったんだと思う」


 けれどもう大丈夫。

 あの日、あの夏の日。かつて少女たちが夢見た場所で、哀川圭は幸せそうに笑っていた。


「それがさ。凄い嬉しいんだ」


 涼のその顔を見て、美優は何か言いたそうに口をぱくぱくさせていた。


「それじゃ、ハゼルさんは……?」


 そんな言葉を言おうとして。

 だが、それを飲み込んだ。


 その時。


 閉館を告げる音楽が鳴った。


「さ、仕舞いだみゆみゆ。家には自分で帰れるか? お姉さんが送っていってやろうか?」

「大丈夫です。ここから電車で30分くらいなんで……」


 それ以降、何も会話をせず、美術館を後にした。


 そして。


 別れ際、美優が振り返った。


「哀川さんに会わない……それはもう何も言いません。本当は言いたいけど、言いません」

「おいおい怖いな。さてはみゆみゆ、結構根に持つタイプだな?」

「真面目に聞いて」

「あ、はい……」


 その美優の迫力に思わず怯む涼。


「涼さん。貴方のもう一人の相棒、イヌコロにお別れは言いましたか?」

「そういや……」


 言ってなかったなと思い出す涼。


「海外からじゃ日本サーバにはログインできませんから……ちゃんとお別れしてあげてください」

「んんん……わかった。わかったよ」


 涼は少し面倒に感じながらも、美優と別れた後、自分の滞在するホテルへと戻った。


***


***


***


「召喚獣召喚――イヌコロ!!」

「わふ!」


 その夜、日付が変わる頃。


 ログインしたハゼルは第一層はじまりの街に向かうと、周囲に誰もいないことを確認してから召喚獣を召喚する。

 幾何学的な魔法陣から、白い犬型のバチモン・イヌコロが姿を現した。


 一通り首を撫でてから、ハゼルは自らの相棒に別れを告げた。


「私は明日アメリカに戻る。もう日本には戻らないだろう。だからお前とはお別れだ。……短い間だったが、また会えて嬉しかったぜ相棒」

「わふ?」


 イヌコロはつぶらな瞳でハゼルを見据えたまま、可愛らしく首を傾げた。


「ははっ、そりゃわかんねーよな。本当にすまんなぁ……ごめんね」


 わしわしと頭を撫でながら、こんなことならミュウに預けてしまえば良かったと後悔した。だが、もうミュウと会うつもりはなかった。

 彼女の中では、最後まで格好良い大人でいたいと思ったのだ。


 見栄っ張りで格好つけたがりなハゼルのちょっとした意地。


「わっふ」ガブリ

「痛っ……あ、ちょ待てよ。どこ行くんだよ」


 その時、イヌコロは頭を撫でていたハゼルの手を噛んだ。そして、何かを見つけたのだろうか、向こうの方へと駆けていく。

 

「おいおい、どこへいくんだ?」


 その姿を見失わないように注意しつつ、しかし、歩いて追いかける。


『会っていかないんですか?』

「会わないよ」


 思い浮かぶのは、先ほど少女から言われた言葉。この電子の世界でできた、歳の離れた友達のことを、ハゼルは忘れないだろう。

 彼女と共にVRの異世界を旅したこの二週間は、ハゼルの中に暖かく残っていた。


『いつか。いつかもっと科学が進歩したら。私たちのバチモンに、きっと会える気がするの』


 かつて少女が語った未来は現実となった。そして、少女たちが夢想した電脳世界で、彼女たちはすれ違えた。


「それでいい。それだけで十分に奇跡だ……だろ?」


 しばらく歩く。


「ここは。あの河川敷に似ているな。いい場所だ」


 そんなことを思いながら、自分の相棒であるイヌコロを見つけると、どうやら何かとにらみ合っている。

 その相手は同じくバチモンの【ヒナドラ】で、お互いは「うううう」と唸りながら、顔と顔がくっつくくらいの距離で睨み付け合っている。


「はは、そういえば君ら、仲悪かったね。ヒナドラね。一体だれのバチモンだ……よ……」


 ハゼルは呆れて笑いながら、ヒナドラの召喚主を捜す。


 そして、息を呑んだ。


「もう、置いていくなんて酷いわヒナドラ……」


 向こうから、ヒナドラの主人と思われる女性がやってきて、イヌコロからヒナドラを引き剥がす。ハゼルもそれに倣い、イヌコロを腕で抱えた。

 そして、何も言えないでいたハゼルより先に、女性は嬉しそうな声色で言った。


「それ、もしかしてあなたのバチモン?」



ジェネシス・オメガ・オンライン ~失われしサモンソード~ 完

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