EP4 課金
「あ、ありえない。これは……どういうことなの」
三日後。雪と氷に閉ざされた第二層の城塞都市をぶらぶらしていたミュウは、ハゼルと遭遇する。
「あ、ミュウミュウじゃん。やっほー!」
「わっふ」
召喚獣連れ歩き機能で呼び出されたイヌコロを従えたハゼルは城塞都市の中央通りを闊歩していた。
「やっほーじゃなくて……いったいどうやってこの場所まで来たんですか!?」
第二層に到達するためには、第一層の土のダンジョンをクリアする必要がある。だが、その難易度は第一層でも最高レベルだ。とにかくボスモンスターのクワガイガーが強力なのだ。
最低でもゲームの基礎をマスターしたレベル10程度のプレイヤー4~6人が必要になる。ミュウは友人たちと3人で挑戦したが、自分が足を引っ張ったこともあって、かなり苦戦したダンジョンなのだ。
「ふっ、その答えを教えよう」
ハゼルはすっと自身の頭上を指差した。ミュウが注意深く見つめると、ハゼルのプレイヤーネームとレベルが表示される。それを見て、ハゼルは驚いた。
「れ、レベル30!?」
とんでもないことに、三日前まで1だったハゼルのレベルは30まで上昇していた。
「は、ハゼルさん……まさか」
「そう、そのまさかさ。課金アイテムの力だよ!」
GOOは基本料金、月1500円で遊ぶことができる。だが、これとは別に、お金を払うことで購入することができるアイテムが複数存在する。
所謂【課金アイテム】と呼ばれるものだ。だが、課金アイテムとは言っても、それがなければ勝てないレベルの強さのものは存在しない。
一万円払って手に入る装備でも、生産で作れる最強クラスより、一歩劣るくらいの性能である。
GOOにおける課金アイテムの異議は、ゆっくり遊ぶ時間はないが、金銭に余裕のあるプレイヤーが時間に余裕のあるプレイヤーに追いつくための側面が強い。
「いやー凄いねーこの【ハイパーEXPポーション】。一本4800円。こいつを飲みまくってレベル30に上げてしまったよ。まぁ代わりに、諭吉が肩を組んで出て行ってしまったがね」
「あわわわなんて勿体ない使い方を」
ハイパーEXPポーションとは、飲んでから1時間の間、入手経験値を数十倍に増やすアイテムである。
ハゼルは指で6を作っている。つまり、一本4800円のハイパーEXPポーションを6本使ったということだ。6本使ってレベル30。おそらくそこら辺の雑魚を倒していたのだろう……。本来なら経験値が多くもらえるモンスターを効率よく狩るべきなのだが。
「あ……」
そして、そこでようやく気が付く。
顔半分を覆うくらい大きなサングラスも。
赤いロングコートも。
腰に刺した金色の杖も。
全て召喚師用の課金装備であることに。
ミュウは合計金額を頭の中で計算し、その合計値が10万を超えたあたりで考えるのを辞めた。恐ろしい金銭感覚。ユーチューバーでももう少し考えてお金を使うと思う。
「まぁあとは、そこら辺りの小学生をハイパーEXPポーションで釣って、協力してもらったというわけさ」
「うわぁ……」
「なんだなんだその目は。別にいいじゃないか自分の金をどう使おうが。私は年収二千万……だからええと……」
とんでもないことを言いながらハゼルは指折数える。
「私の時給は一万円なんだ。だから金で時間を買ったんだよ。合理的だろう?」
「ハゼルさんて何の仕事してるんだろう?」
そんな疑問を抱きつつ、湧き上がる気持ちをぐっと抑えるミュウ。
リアルの詮索はダメ! と心を落ち着ける。
「ん? ああ、こう見えて成金でね。時間はないが、金は余っているのさ。どれ、みゅうみゅうにも何か買ってあげようじゃないか。何がいい? 装備かい? ポーションかい?」
「そんな、買って貰うだなんて、ダメですよ!」
「えーみゅうみゅうは真面目だなー。私がいいって言ってるんだからいいじゃんー」
「ダメですー!」
冷や汗をかくミュウを他所に、ハゼルは周囲を見回しながら呟く。
「ちぇっ。しかしまぁ、せっかく第二層に来たというのに。全然プレイヤーがいないねぇ。もしかして過疎ゲーかな?」
「違います。今、イベント中ですから。プレイヤーはみんなイベントエリアに行ってるんです」
「わお。イベントって、バチモンの?」
ハゼルは訝しげな顔で問いかける。
「私が言うのもなんだが、バチモンに今の若い子たちを惹きつける力はないと思うけどね~」
「わふぅ……」
「あはは。そう不満そうな顔をするなイヌコロ。アラサー世代はお前のことが大好きだぜ?」
かく言うハゼルもバチモンイベントは数回、周回済みである。
「いや、実はこのイベント、カオスアポカリプスっていうユニーク装備が貰えるらしいんですよ」
「カオスアポカリプス? 穏やかじゃないな」
「なんでもその鎧を装備したヨハンってプレイヤーがかなり強いらしくて。だからみんなそのユニーク装備を狙って、イベントを血眼で周回しているらしいですよ」
「へぇ~。なんで主役のオメガプライムじゃなくてカオスアポカリプスなんだろう。知ってるかいみゅうみゅう?」
「知らないです……そもそも私、バチモンだって見たことないですし」
バチモンのアニメが放映されていたのは20年前。16歳であるミュウが生まれる前の話である。無理もないと言ったところか。
「しかし、イベント中はイベントエリアに飛ばされる……か。そうなると私の人捜しはちょいと難易度が上がってしまうね」
「はい。だから今日は私から、ハゼルさんに提案があって来たんです」
「ほう……提案かい? 聞こうじゃないかみゅうみゅう」
「さっき、ハゼルさんも言っていましたが、確かにこの城塞都市はあまり人がいません。今は殆どのプレイヤーがここより上の第三層を拠点にしています」
「なるほど。つまり今のうちに第三層へ行けるようにして、捜索範囲を広げておこうという訳か」
「はい。第三層へ向かうには、氷のダンジョンを突破する必要があります。今回は、私も一緒に参加できるので、一緒に第三層を目指しませんか?」
「いいね。面白そうだ」
第三層が実装されたのはミュウがGOOを去った後のことである。ミュウ自身も、第三層へ行くことはできないのだ。
「それじゃあ、ちょっとボスについて調べてみましょうか」
ハゼルの了解が得られたので、ミュウは早速メニューを開くと、動画サイトへ接続。氷のダンジョンのボスモンスター【クリスタルレオ】の解説動画を再生する。
「えぇ、ゲームの中に居るのに動画サイトが見れるのか? なんだそりゃ」
その様子を横から見ていたハゼルが驚きの声を上げる。
「せっかくファンタジーに浸ってる気分がぶち壊しじゃないか」
「いやいや、別にGOOの世界は、ファンタジー世界じゃありませんよ?」
「え?」
「さてはハゼルさん、説明書を読んでないですね?」
ジト目でハゼル見つめるミュウ。ハゼルは目をそらすと、大きな声で笑う。
「アハハハ。寧ろ私はゲームの説明書をちゃんと読んでいる君のようなヤツに初めて出会ったよ。で、ファンタジー世界じゃなければ、なんなんだい?」
GOOことジェネシス・オメガ・オンラインの世界観は独特だ。
プレイヤーが旅するのはファンタジーな異世界ではなく、ネットワークの未知の領域に発見された電脳世界。そこにはありとあらゆるデータが形を成し、知的生命体が作った国までもが存在している。
プレイヤーは【ダイバー】となって、そんな未知の電脳世界を探索、冒険する……というのが主な設定である。
GOO運営はこの設定をかなり便利に使っており、例えば街中には普通に企業広告が貼られていたりする。
普通のRPGなら興醒めもいいところだが、GOOでは「現実世界のデータが流れ着いてきた結果」と言って、セーフとなる。
だが悪いことだけではなく、この設定のお陰で本来ではありえないような、世界観も何もかもが全く違う、様々な企業や商品とのコラボイベントが開催されている。
そういったカオスさを許容できるプレイヤーにとっては、GOOはなかなかに面白いゲームとなっているのだ。
「なんかどっかで聞いたような話だな」
「えぇ!? 私は斬新だと思いましたけど……」
「まぁいいや。おっと、コイツがボスモンスターか……なかなかかわいいじゃないの」
ハゼルが動画に映されたボスモンスター【クリスタルレオ】を見てはしゃぐ。
「いや……強すぎて全然かわいくないですよ……」
クリスタルレオ。青白い毛と氷の鎧に包まれた、ライオン型の巨大なモンスター。
翼から発生させる風により、近づくのは困難。そして近づけたとしても、氷の鎧を身に纏っているため、ダメージを与えるのは至難の業。持っているスキルはどれも強力。
吹雪を発生させて【氷結】の状態異常を与える【絶対零度】。
自分と同じステータスを持つアイストークンを生み出す【氷分身】。
そして超強力な氷属性攻撃【ダイヤモンドダストバースト】。
おまけにフィールドギミック【浮遊クリスタル】によって、厚く守られている。
「これを二人は……厳しいかな」
ミュウは唸った。レベルこそ50に到達しているものの、ミュウは4ヶ月もの間このゲームを離れていたのだ。ブランクがある。
そもそも、ミュウはプレイヤースキルがあまり高くない。
「どうしたみゅうみゅう。暗い顔して」
「いえ、提案しておいてなんですが……ちょっと二人では突破が厳しいかと」
「なんだそんなことか。だったら協力者を集めようじゃないか」
「え……いるかなぁそんな人」
大した実力もない復帰勢と初めて三日目の重課金者。そんな二人に手を貸してくれる人がいるとは思えなかった。
「まぁ言うだけならタダだし」
言いながら、ハゼルは全体掲示板に書き込みを始めるのだった。
「さて、それじゃあ散歩がてらに出会ったヤツに片っ端から声かけてみるわ」
「凄いな……流石にそれは真似できないです」
「まぁ、言うだけならタダだし……最悪、課金アイテムで釣るのもありか」
「だ、ダメですよ!?」
「あはは、冗談冗談。半分くらいは冗談さ。それじゃ、またねみゅうみゅう~!」
ミュウとハゼルはクリスタルレオへの挑戦を三日後と決めて、その日は別れるのだった。
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