EP3 はじめましてでいいのかな?
ミュウこと羽月美優は、昔からやさしい子だった。
宿題を忘れた子がいれば見せてあげるし、給食で野菜が苦手な子の分まで食べてあげる。自分も野菜が苦手なのにも関わらず。
昔から、困っている人には手を貸さずには居られない性分なのだ。
「ねぇ君、哀川圭って知ってるかい?」
だからそんな訳のわからない、普通だったら無視して逃げるべき質問に、ミュウは真剣に答えた。
「知りません。聞いたこともありませんね」
「そうか残念だな……いや、答えてくれてありがとうね」
ハゼルという派手な女性は別段気にした様子もなく、「サンキューサンキュー」と言いながら立ち去ろうとする。そんな彼女の背中が妙に寂しそうで。
「あの……その哀川圭というのは、まさかとは思いますが……。えっと、本名ですか?」
「イエスイエス! うんうん、そうだよそうなんだよー」
「そうなんだよーっておい……」
ミュウは頭を抱えた。
ハゼルというプレイヤーは見た目からして20代後半だろう。そんないい年齢にも関わらず、ネットリテラシーがなさ過ぎる。ネットゲームにおいて本名で人捜しなんて、ありえない行為だった。
そのことを説明し、相手のためにも貴方のためにも止めた方がいいと力説すると、ハゼルは大げさなリアクションで謝った。
「まいった……これはまいった。すまない。なにせ日本に帰国した10年ぶりでねぇ。アメリカのフェイスブックスのノリを引き摺ってきてしまったよアハハ」
「あ~その認識は早めに改めた方がいいですね~。このままだと害悪プレイヤーとして掲示板で晒されちゃいますよ?」
「はは。晒されるのは慣れているさ」
(慣れてる……?)
「けど、それがここのルールなら仕方がない。君が一番目で良かったよ。まぁ顔見ればわかると思うし……あと二週間は日本にいられる。その間、このGOOを探索しつつ、気長に探すさ」
「そうですか」
ハゼルが考えを改めてくれたことに、ミュウは安堵した。
「ところでみゅうみゅう。これはどうやってつかうんだい?」
「み……みゅうみゅう!? 私のことですか!?」
「そうだよ。お姉さんに優しく教えておくれ」
ハゼルが差し出してきたのは卵の形をした玩具型の召喚石だった。ミュウはログインしたときに表示された、今日から開催されるイベントのことを思い出す。
「ハゼルさんはサモナーなんですか?」
「イエス。実はこのゲームを始めた理由の半分は、このバチモンイベントでね」
「バチモン……へぇ、よく知らないですけど」
「おいおい、バチモンを知らないだって!? 私が子供の頃には、知らない人はいないってくらいの大人気アニメで」
「あの……ハゼルさんが子供の頃……私、生まれてないです」
「あ……」
両者の間に気まずい沈黙が流れる。
そして、気を取り直すように、ハゼルが口を開いた。
「まぁそんな誰も得しない話題は置いておいてだねぇ。これの使い方を教えてくれよ」
「はい。ハゼルさんがサモナーなら話は早いですよ」
ミュウはハゼルに、召喚石の使い方を教える。さほど難しい操作でもないため、ハゼルはすぐに理解した。そして、玩具型の召喚石を起動する。
「召喚獣召喚――イヌコロ!」
「わふっ!」
幾何学的な魔法陣から、小さなハスキー犬の子供のようなモンスターが出現する。
その名も【イヌコロ】。複刻コラボイベント・バーチャルモンスターズにおいて入手できる召喚獣の一体だ。
「へーかわいいですねー……ハゼルさん?」
ハゼルが静かなことに気が付いたミュウは、横を見る。すると、今までのヘラヘラした表情とは打って変わり、真面目な表情のハゼルが居た。その横顔に、思わず目を奪われる。
まるで懐かしい友人と再会したようなその表情に、ミュウの心はざわついた。
(なんなのこの顔……ゲームのキャラクターを見ただけでしょ? どうしてこんな顔ができるの?)
心を乱したミュウに気づくことなく、ハゼルはしゃがみ込む。
「わふ?」
「なんて声をかけたらいいのかな? 初めまして?」
「わふわふ」
ハゼルの問いかけに、イヌコロは首を振った。
「なるほど。じゃあ久しぶり……かな?」
「わっふ!」
イヌコロは、今度はにっこりと頷くと、ハゼルの胸に飛び込んだ。
「凄い……」
ミュウはGOOを引退していたこの数ヶ月、非ネット接続のVRゲーム【もふもふ動物園】を遊んでいたが、そこに居たどの動物よりも、目の前のイヌコロには意思のようなものが感じられた。
「プログラムなのに……生きている様に見える……どうして」
思わず口にしてしまい、「しまった」と急いで口を塞ぐ。
「生きるさ。この子は生きてるよ」
ハゼルの言葉に、ミュウは驚く。
「あ、あの。生きてるように見えますけど、これゲームですからね? この子の仕草も、全部プログラムで決まってるんですよ?」
後でこの人がどこかで恥をかかないように、教えてあげないと。そんな親切心から、ミュウはそんな夢のないことを口にする。
「教えてくれてありがとう。みゅうみゅう、君はなんともまぁ、大人な考えの持ち主だね」
「あ、ありがとうございます……」
「褒めてないよ」
「……え?」
怒られたのかと思ったが、違った。ハゼルはまるで聖母のような表情でイヌコロを抱き抱える。
「君の目にこの子が生きているように映ったのは、私がこの子のことを生きていると信じているからだ。この子が私に微笑んでくれるのは、確かにプログラムによるものなんだろう。けどね。あの頃の私たちは、そこに確かな命を感じていた。そこに居ると信じていたんだ」
「信じる……」
「命も、友情も。それは決して目に見えないものだ。だからこそ、そこに存在すると信じたら、必ず存在するんだよ」
「わふっ」
「フッ。お前もそう思うかイヌコロ。そうかそうか」
ハゼルは相づちを打ったイヌコロを愛おしそうに撫で回す。
「さ、そろそろ私は行くとするよ。時間を取らせてわるかったねみゅうみゅう。お陰で古い相棒と再会できた」
「いえ。お役に立てたのなら、良かったです」
「そうか。じゃ、縁が合ったらまた会おう」
格好良く片手を上げると、ハゼルはイヌコロと共に背を向けて、夕日の向こうに歩いて行く。
その時。
ふと、ミュウの中に予感が走った。
この人とこのまま別れてしまったら、一生後悔する。そう思った。
「あの……」
「ん?」
ハゼルは立ち止まって振り返る。
「あの……ハゼルさんの人捜し、私に手伝わせて貰えませんか?」
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