第96話 なんでこのゲーム始めたの?

 二日目が開始される数分前に、クロスはログイン。ギルドホームである【嘆きの城塞】ミーティングルームへとやってきた。


「これ……だけか?」


 そして驚愕する。60人いるメンバー(昨日10人抜けたので実質50人)の内、そこに集まっていたのは15人程度だったからだ。


「クロスくん……こりゃ予定を変更した方がいい。この戦力でオウガのギルドを攻めにいくのは無謀だぜ」


 ゾーマがクロスに提案する。昨夜、あの最悪の空気の中で、一応「オウガのギルドを倒してガイキたちの信頼を取り戻そう」という話で纏まった。

 だがそもそも信頼が無いのか。はたまたどうでもよくなったのか。

 連絡もなく欠席するメンバーが多かったのだ。


「賛成だな。昨日と違って、今日は強いギルドに囲まれている。襲撃は厳しくなるだろう」

「うん。今日はみんなで守りに徹しよう」

「明日のギルドの配置によってはチャンスはくる。だからここは――」

「いや、ダメだ。僕はヨハンを倒しにいく」

「おいおいクロスくん……」

「馬鹿かよ」

「馬鹿じゃない。僕たちの戦力は15人だけじゃない。ギルドホームの機能を使う。召喚獣だ。召喚獣を守りに回せば、お前らに与えてやったユニークスキルと合わせて守りきれ……」

「無駄だよ」


 クロスの言葉をゾーマが遮った。


「無駄?」

「ああ。忘れたのかい? ウチの唯一の召喚師だったトマハンは昨日辞めたんだ。まぁ当たり前だよね。君にスキルを貸したせいで全部のスキルが使えなくなって、昨日はここでじっと待ってたんだから」

「それがどうし……はっ」

「そうだよ。ウチで使ってた召喚石は全部アイツのだ。当然辞めたんだから持って帰った。ウチのギルドに今、守りに使える召喚石はないんだ」

「くそ……どこまでも使えない……」

「なあクロスくん。切り替えてくれ。今ある戦力で、俺たちが勝てる方法をさ。君なら……」


 ゾーマは事実を知らせることで、クロスが今日を乗り切るための作戦を考えてくれることを期待した。友人のオウガが一目置く存在。そのクロスの采配とそれによる自分たちの勝利に期待した。

 だが、クロスの口から飛び出した言葉は、ゾーマを失望させた。


「馬鹿な……トマハンが辞めたら、僕はアイツのスキルを使えないじゃないか……くっ、これじゃ僕の【ゴッドセブン】が成り立たない……アイツ、何勝手に辞めてんだよ……」


「クロス……お前……」


 ゾーマたちは哀れむような目でクロスを見ると、ミーティングルームを後にした。


***


***


***


 耳障りなブザー音と共に、ギルド対抗戦【殺し合い祭り】二日目が開始される。


 セカンドステージの面々がどうしたものかとモタモタしていると、ギルドホームのエリア内に接近するプレイヤーが現れた。

 ギルド【最果ての剣】のトッププレイヤーたちである。


「侵入者は4人……」

「迎撃するぞ!」


 防御系のユニークスキルを持つ3人をギルドクリスタル前に残し、残り全員で迎撃に向かう。

 だが。


「くっ……なんだコイツ」

「俺たちのスキルが全く通用しないぜ」


 ゾーマの【スキルロック】もパンチョの【気合玉】も、全て剣で切り裂かれ、敵には通用しなかった。


「はっはっは。どうした。お前たち自慢のユニークスキルはこんなものか? これでおしまいか?」


 貴族服のまま剣を振るい、笑うのはGOOランキング2位の男カイ。初見で対応したような態度を取っているが、ゾーマたちのユニークスキルは全て前日に予習済みである。


「コイツ、ユニーク装備もないのに……強すぎるよ」


 ユウヤが弱音を吐いた。だがそれを聞いたカイは、真面目な顔で小学生たちに答えた。


「私がユニークを持っていない? どうやら勘違いをしているようだ。私もユニーク装備を持っている。しかもお前たちの物とは違う、超強力なユニーク装備をな!」

「は……?」

「じゃあ、どうして?」


 驚く小学生たち。そんな小学生たちの反応に気を良くしたのか、カイは自慢げな表情だ。

 そして、ゾーマたちは、だったら何故使わないのかと疑問を抱いた。カイはその疑問にすぐ答える。


「だがお前たち程度では、私の本当の力を出すに値しない。素人相手ならば……このファッション装備で十分」


 ファッション装備とは、性能を度外視した見た目重視の装備のことであり、つまりは舐めプ宣言、馬鹿にされているのだ。

 それに気づいたパンチョは「この野郎」と憤慨したが、ゾーマとユウヤは違った。


「ユニークを持っているのに……?」

「あえて封印している……?」


「「そっちの方がなんかカッコいい!!」」

「お前らしっかりしろ!」


 パンチョが突っ込みを入れるがもう遅い。物凄い早さでカイが三人の間を通り過ぎたかと思うと、瞬く間に3人のHPはゼロになった。三人の小学生たちの体が粒子となって消滅していくのをつまらなそうに見つめながら、カイは呟く。


「弱い者いじめはつまらんな。やはり強敵との戦闘に勝る興奮はない」


 そう呟くと、カイは空中に居るクロスを睨む。威圧的な視線に、クロスが一瞬怯んだ。それを見たカイは、軽くため息をついた。そして向きを変えると、城西の出口へと向かっていく。どうやら帰るらしい。

 その背に「コラあああああ! 勝手に帰るなあああああ」というギルティアの怒声が聞こえたが、カイの足が止まることはなかった。


***


***


***


 遅れながらもクロスが【ゴッドヘイロー】にて飛翔すると、丁度ゾーマたちがカイにやられたところだった。そして、カイがこのギルドに背を向けて、去って行く。


「あの男はこっちには来ないのか……はっ」


 その時、クロスは動揺した。


「馬鹿な……僕は今……安心したのか?」


 圧倒的な強さを見せたカイが去った時。一瞬だが、クロスはほっとした。あれと戦わなくていいという事実に、安堵したのだ。だがそれは、クロスにとっては大きな屈辱だった。


「糞……糞おおおおおおお!!」


 叫ぶと、アウルヴァンディルの矢を装填。構える。


「知ってるぞ……お前がボスだってな!」


 そしてギルティアに必中を発動させようとするが……阻まれる。


「何故だ……何故あの女をターゲットにできない!?」

「どうやら、狙い通りのようね、ガルドモールくん」

「ははは、そのようですなー」


 ガルドモールと呼ばれた大柄の鎧の男はギルティアを隠すように立つと、盾を構える。剣士職は盾を装備することで、守護者ほどではないにしても、味方を守るスキルを使うことができるようになる。ダメージや敏捷に多少のマイナス補正がかかるものの、守護者よりは攻撃的で、ソロでも十分やっていけるスタイルとなっている。


「デコイ……敵の攻撃を自分に集中させるスキルですぞ」


 そして、ターゲット集中状態を得るデコイにより、クロスの狙いを自分だけに限定したのである。


「フッ、リーダーの身代わりになるか……まぁいい死ね木偶の坊!!」


 クロスが矢を放つ。矢はなんなく命中。だが、ガルドモールのHPがゼロになることはなかった。


「な、なんで……何故死なない!?」


 驚愕するクロスを他所に、地上の三人は、今のクロスの攻撃を考察していた。その表情は冷静で、ゲーマーのそれだった。


「事前に得ていた情報と合わせると……最近増えてきた【ダメージ計算前に強化解除】をする攻撃のようですね」

「次の矢を装填しないところを見ると、あの矢は一本しか持てない制限付きか」

「ま、ただ素人なだけの可能性もあるけどね」

「ば、馬鹿な……お前たち何をしたんだ? この状態で放てば、ダメージは5倍……」


 慌てふためくクロスに、地上のガルドモールは涼しげな顔で答えた。


「ほう、ダメージ5倍……凄いですなそれは! ただ……ダメージ1は5倍してもダメージ5ですぞ?」


「なっ!?」

「アンタ、たったのレベル30でしょ……そんなヒヨッコがGOO最高峰の盾剣士ガルドモールくんにダメージ与えられる訳ないじゃない」

「はっはっはギルマス、そう意地悪言うものではありませんぞー」

「糞……コケにしやがって……うわ」


 悔しさのあまり歯ぎしりするクロスは、地上からの攻撃を間一髪で躱す。放ったのは、ギルティアの後ろに立っていた銀髪のローブの男。

 魔法使い職のグレイスだった。


「なぁギルマス。コイツもう倒しちゃっていいよな?」

「そうね。君の魔法攻撃なら余裕でしょ」

「オーケー! それじゃあ……ってオイ待てよ!!」


 グレイスが杖を構える前に、クロスは城塞の中へと引っ込んでしまった。


「ふむ、ちょっと意地悪し過ぎたかしら?」

「ギルマスは性格も目つきも底意地も悪いですからなー」

「うんそうそう。それでよく友達とも喧嘩しちゃってってコラァ!!」

「アイツ、勿体ないな」


 ギルティアがノリ突っ込みする横で、グレイスが呟いた。


「勿体ないって……何が?」


「アイツ一人だっただろ? もしアイツの周りに、アイツを守ってくれるようなヤツが居たら……」

「間違いなく強敵だったでしょうなー」

「まっ、少なくとも……今よりは苦戦していたでしょうね」

「ああ、勿体ないよ。全く」


 グレイスは切なそうに呟く。そして「アタシらが気にしてもしょうがないわ」というギルティアの言葉に「そうだな」と返すと、三人は城塞の中へと侵入した。


***


***


***


 クロスはギルドクリスタルが設置されている城塞の最上階へとやってきた。出迎えたのは残る3人の守備部隊だった。


「みんなどんどん死んでるけど……」

「何やってんだよクロス!」

「どんだけ強いやつらなんだよ」


 慌てる三人。


「大丈夫だ。僕は天才だぞ? まだ勝算はある……おいトマホーク、キングの役割を僕に譲れ」

「え? わ、わかった」


 キングのポジションに就けば、ギルドホーム内に居る間、全てのステータスが5倍になる。これで先ほどのレベル差によるステータスの差を帳消しにした。


「あと、ティラノ、お前のユニークスキルを寄越せ」

「ふえええええ!?」


 クロスはユニークスキル【強制徴収】によって、味方のスキルを一つ借りることができる。ティラノの持つユニークスキル【ジュラシックハウリング】はデメリットこそあるものの、敵の動きを止めることができる強力なスキルだ。


「い、いやだよ。オイラも戦いたいよ!」

「馬鹿か。お前みたいな凡人が戦って勝てる相手じゃないんだよっ……いいから寄越せ!」

「ひっ……やだよ……パパ……ママ……ああああ」


 なんとティラノは泣き出した。その様子にさらに苛立つクロス。


「泣いてないで早く僕にスキルを貸せ! 何故貸さない!? 誰のおかげでそのスキルをゲットできたと思っているんだ!」

「ひいいいいいいん」


 だがティラノはクロスにスキルを貸すことはしなかった。メニューを操作すると、そのままログアウトしてしまったのだ。


「なっ……何してんだあのデブ……」

「お前……お前ってさ、本当に人の心がわからないんだな……」

「何?」


 一部始終を見ていたトマホークはため息をついた。そして、怒ったように口を開いた。


「そうだろ。いつも自分は選ばれし者だって。エリートだって言って威張って超越者気取ってよ。けどいざピンチになったら周りに当たり散らして……みんなを傷つけて。最初から最後まで自分のことばかり。一緒に遊んでる俺たちのことなんて一切考えない。最低だよお前」

「ぼ……僕が最低だと!? 僕は……僕は勝つために最善の手段を……」

「最善? はっ、それがこのザマかよ。まぁいいや、俺も抜けるわ。じゃあな天才くん。精々一人で頑張れよ」


 そしてトマホークもログアウトした。そして、最後の一人も。


「お前とゲームやるの、すげーつまんなかったわ。ってかお前、なんでこのゲーム始めたの?」


 そう言って、ログアウトしていった。


「僕は……」


 たった一人残されたクロスの耳に、遠くから声が聞こえてきた。


「……罠は何もないようね……防御用の召喚獣すら居ない」


 カツ……カツ……カツ……。

 ギルティアたちが攻め込んできたのだ。クロスは、ぎゅっと弓を握りしめる。


「僕は……僕は……」


***


***


***


「あら? 誰もいない?」


 城塞の奥へとたどり着いたギルティアたちは、無防備に放置されたギルドクリスタルを発見した。人の気配はない。


「逃亡ですなー」

「何考えてんだ?」

「訳がわからないわね。まぁいいわ。ガルドモールくん。よろしく」

「まかされよー!」


 ガルドモールは剣を構えると、遠慮することなくギルドクリスタルに振り下ろす。二撃、三撃……と、ギルドクリスタルは音を立てて崩壊した。

 それを見て、ギルティアは微笑む。


「ふふ、これでアタシのギルドが1位よ……見てる? ゼッカ……」


 この瞬間、王者【最果ての剣】がランキング一位に返り咲いた。

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