第97話 オウガVSクロス

 天才である僕が一流の家庭に生まれたかというと、そうではなかった。

 僕はごくごく平凡な一般家庭に生まれ、平凡な両親に育てられた。


 だが、子供が生まれたことでやる気を出した父は、より一層仕事に精を出した。

 幸か不幸か、父は事業を成功させ、多くの富を得ることに成功した。


 僕も大きな家に住み、何不自由ない生活を送っていた。その頃からだろうか。僕たち家族の周りには、常に大勢の人達がいた。

 まだ小さい僕の一挙手一投足にさえ一喜一憂し、顔色をころころ変える。それがとても愚かで、醜かったことを僕は覚えている。


 そして。僕の家には、両親を頼ってやってくる【知らない親戚】や【知らない元同級生】が多く訪れた。

 僕の両親は、根が善人だったのだろう。都合よく金で解決できる悩みを持ってきた彼らに、施しを与えてやった。


 金をやり、金を与え、金で救ってきた。


 そしてそれから数年。夢のような日々は終わりを告げる。詳しいことはわからない。だが、悪い奴に騙された父は事業を傾かせ、多くの罪と責任を背負って自殺した。

 そして、今まで父に救って貰っていた人たちは、やさしく甘い言葉を吐きながら、母から、父が残してくれた財産を奪っていった。


「おかしいの……誰も助けてくれないの」


 愚かな母はそう言って泣いていた。金の切れ目が縁の切れ目。僕たち家族の周りから、人が消えていた。今まで両親が助けてあげた人たちは、自分には関係ないと、僕たちを無視した。

 僕は人を繋ぎ止めておくには【金】か【力】が必要なのだと、父と母を見て学んだ。


 小学生に上がる頃。僕と母は、母方の実家に住むこととなった。


「ここが召一の部屋だ。好きに使いなさい」


 そう祖父に通された部屋に置いてある古い家具を見て、僕は顔をしかめた。そして、何気なく窓から外を見てみると、隣の家の庭が見えた。


 新築だろうか。当然だが、僕が居る祖父の家よりも綺麗で新しくお洒落だった。そんな庭に、僕と同年代に見える少年が、グローブを嵌めて、その子の父親らしき人物とキャッチボールをしている。


「もーとれないよーお父さーん!」

「ははは。そんなんじゃ野球選手にはなれないぞー優作ー!」

「ぼくサッカーのほうがいい」

「ほー。なら今度サッカーボール買うかー」


 絵に描いたような幸せな家族の1ページだった。


「僕は……」


 僕が最後に父親と遊んだのは、一体いつだったか。思い出せない。あったはずだ。あったはずなのに……。

 僕はその日、いつまでもずっと、その幸せな家族を、暗い古くさい部屋の中から眺めていた。


***


***


***


「くっ……ポイントが半分に」


 ギルドクリスタルを破壊されたセカンドステージの順位が大きく下がる。それを確認したクロスは空中で肩を落とした。


「これで……僕の勝ちは……僕の価値は完全に消えた……」


 これで昨日抜けたメンバーも、今日抜けたメンバーも、二度と戻っては来ないだろう。


「また……僕の周りから人が消えていく……僕は……絶対に負けちゃいけないのに」


 共通の敵を設定し、自らの才能、強さを相手に知らしめ、価値を証明し、自分の側に居るメリットを与え続ける。それがクロスが身につけた、人間関係の構築術である。

 だからこそ、クロスにとって敗北とは己の存在価値の喪失と同意。絶対にあってはならないことだったのだ。


「いや……まだだ。まだチャンスはある。ヨハンを……あの女を倒せばまだチャンスはある!」


 クロスはマップにて位置を確認すると、闇の城へ向けて飛び立った。


***


***


***


「あれは……クロスくん? なんで一人で?」


 ヨハンたちのギルドホーム。丁度掲示板の民を片付けた直後。たまたま単眼鏡を覗いたメイが、遠くから飛来するクロスを発見した。


「とにかく、オウガに連絡をしないと……」


 メイは奥に居るオウガに連絡を送るのだった。


***


***


***


 扉の前に立ったオウガはミスティックソードを構えると、こちらを目掛けて真っ直ぐ飛んでくるクロスをじっと待ち構える。


「邪魔だあああああ!!」

「……ッ!!」


 猛スピードで突っ込んできたクロスは自らの武器である弓【ゴッドレイジ】を力任せに叩きつける。対するオウガは剣でその攻撃を受け止める。

 加速を乗せた攻撃ではあったが、それでも力はオウガが勝る。オウガはその攻撃を力任せにはじき返す。その反動で上空へ逃げたクロスは、眼下のオウガを睨みながら吠える。


「雑魚が……オウガ、お前に用はないんだよ! お前のギルマスを……あの女を出せ!」

「おいおいクロスよぉ。いきなりボスと戦おうなんて、そんな甘い話があるわけないだろう? まずは下っ端の俺を倒してみろよ? それとも……俺が怖いか?」


 いつものクロスなら、こんな安い挑発には乗らない。それ以上の憎まれ口で返してくるはず。だが、クロスはさらに苛立ちを募らせたようだ。


「僕が……この僕がお前ごときを恐れるものかぁ!!」


 クロスは叫び、オウガの射程圏外の空へ上がる。その反応を見て、オウガはクロスが冷静でないことを悟る。そして、クロスの次の行動を待つ。

 上空へ上がったクロスはストレージから【アウルヴァンディルの矢】を取り出すと、弓に装填。さらに地上のオウガを目視すると、【必中】を発動。


「まさかお前にこれを使うことになるとはね……死ねええええ!!」


 オウガ目掛けて矢が放たれる。必中を付与された矢は、どんなに逃げても、オウガを貫くまで追いかけ続ける。


 だが。


「当たらねぇよ」


 クロスの矢は、直立のオウガを避けるような軌道を描くと、地面にぶつかって地中深く埋まってしまう。


「ば……馬鹿な……なぜ矢が当たらない……必中付きなんだぞ……オウガ、お前どんな卑怯な手を使った!?」

「別に何も卑怯な真似はしてないさ」


 オウガが使ったのは【矢避けの護符】というアクセサリー。必中が付与された状態の矢を一度だけ回避できるという、対弓使いのメタ装備である。

 昨日の戦いを見たオウガがゼッカたちと相談し、今日の昼間のうちに素材を集め、煙条Pに作成してもらったものだ。


 一見強力に見えるが1ログインに一度だけしか使えない、さらに3つしかないアクセサリースロットを一つ埋めてしまうため、オウガにとっても大きな代償を払った力といえる。


「くっ……」


 クロスは歯がみしたが、すぐに調子を取り戻す。何故なら、自分は飛行能力という、絶対的に有利な力を持っているからだ。

 この安全圏から攻撃している限り、負けはないし、さらにゴッドヘイローとゴッドレイジのコンボによって、常に5倍のダメージ量を確保できる。だが、クロスが飛翔能力を持っていることなんて、オウガは初めから知っている。


 対策していないはずがないのだ。


「行け――ソードディメンジョン!!」


 オウガは自らのストレージから装備していない6本の剣を呼び出す。空中に浮かぶ剣は空のクロスを敵と見定めると、切っ先を上空へ向ける。


 そして、一斉に向かっていく。


「おっと!」


 そして、オウガはクロス目掛けて飛んでいく一本の柄を掴む。


「クロスの所まで運んでくれよ?」


「くっ……そんなスキル如きで」


 クロスもただ黙ってはいない。強攻撃属性矢を装填し、オウガ目掛けてスキルを発射。


「打ち落としてやる――ミーティア!!」


 だがオウガも負けてはいない。空中で剣にぶら下がっているという不安定な状況ながらも、向かってくる矢を次々と打ち落とす。もちろん全てを打ち落とすことは不可能だ。何発かは命中する。


 しかし、そこはみんなで苦労して作ったロランド御用達の鎧。得られる防御能力は凄まじい。5倍ダメージであっても、HPは半分ほど残る。

 剣とオウガが接近。クロスは慌てて高度を上昇させようとするが……。


「――アクアスラッシュ! ――ファイアスラッシュ! ――ウィンドスラッシュ!!」


 怒濤の攻撃スキル三連打。クロスも頑張って避けるが、ダメージ判定の広いウィンドスラッシュまで避けきることができなかった。頭上のヘイロー、リングが消滅し、飛行能力を失う。


「ぐっ……!?」

「おっと……」


 オウガはまだ空中に浮かんでいる剣を掴み体重を預け、ゆっくりと下降する。対するクロスは、このまま落下すれば落下ダメージで死亡といったところだが。


「まさかこのまま終わりじゃねぇよな?」

「当たり前だっ……舐めるな!!」


 オウガの煽りに叫びながら矢を掴むと、それを自分の首に突き刺した。矢は弓から発射しなくとも、こうやって使うこともできるのだ。

 そしてクロスが使用したのは【アキレウスの矢】。矢に打たれたプレイヤーに一回のダメージ無効の強化状態を与えるという、本来味方へ使う矢を自分へ突き刺したのだ。

 無敵を得たクロスは不格好ながらも地面に着地。続いてオウガも着地した。それと同時に、ソードディメンジョンにて呼び出されていた剣が全て消滅。


――仕切り直し。


 二人は一呼吸、武器を構えて向き合った。


***


***


***


「オウガ……頑張って」


 二人の戦いを守りながら、メイは祈るように手を組んだ。横で一緒に観戦するコンもまた、それを冷やかすこともなく、珍しく真面目な面持ちだった。

 彼女にとっても可愛い弟分の大一番だ。手を貸してやりたい気持ちを必死に抑えて、観戦に徹している。


「オウガは……クロスくんに一度も勝ったことがないんです。勉強もスポーツも。だから、もう勝負はしないって。負けるのは嫌だからって言ってたんです。このゲームを始めるまでは」


「うん」


「私、オウガが好きです。あのクロスくんに負けないって、一生懸命頑張ってるオウガが好き」


「それはまぁ……お熱いことやね」


「コンさん。もし……もしまた負けてしまったら、オウガはまた諦めてしまうでしょうか? またクロスくんに挑戦する気持ちを……失ってしまうんでしょうか?」


「それはないわ。賭けてもええ。もし負けても……あの坊やなら大丈夫」


 コンは知っている。世の中は、勝つことよりも、負けてから立ち直ることの方が難しい。それができなくて、腐っていく人たちを大勢見てきた。


 だからこそあの日。ヨハンに負けながらも腐らずに立ち上がったオウガを、竜の雛の大人たちは、気に入っているのだ。なんとか勝たせてやりたいと、いろいろとお節介してしまうのだ。


「それになメイちゃん。ウチはオウガが負けるなんて全然思ってへんよ?」


「あっ……わ、私だって! オウガが勝つって信じてますから! オウガー! 頑張りなさいよー!」


「フフ……さて。天才くんはどう出るか。見物やね」


 メイの様子を微笑ましく守りながら、コンは竜の雛みんなの弟分の活躍を見守る。決着は近い。

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