第55話 予行演習?

「何コレ?」


 イベント四日目の木曜日。二日目と三日目は残業により出られなかったヨハンがなんとか時間を捻出しログインした頃には、夜の23時を回っていた。

 城の庭から城内部に入ろうとしたヨハンは、ロビーの入り口に見慣れないモンスターが居るのを発見した。


「ぬりかべ?」

「……ジーッ」


 ドミノを大きくしたような巨大な壁に、生物的な目が一つだけついている、不気味なモンスターだった。おそらく召喚獣なのだろうが、一体誰がこんな物をここに配置したのだろうか。


「ちょ……ちょっとなんなの……なんで私を目で追うの、やめて頂戴」


 迂回して後ろに回り込もうとするヨハンを常に目で追いかけてくるモンスター。その言い知れぬ恐怖に、ヨハンは軽く涙目になっていた。



「あ、ヨハンさーん! お久しぶりです、こんばんはー!」

「こんばんはゼッカちゃん。あの……これなんなの?」


 ヨハンは黒い壁を指さしながらゼッカに訪ねた。


「これはモノリスというモンスターですよ。コンさんが『バリケードバリケード♪』といって設置しました」


【モノリス】 上級召喚獣 コスト:自分の召喚獣2体


スキル

【テンプテーションアイ】敵の召喚獣のコントロールを得る。



「役には立った?」

「いえ全然」

「ダメじゃない……」


 と言いつつ、二人は城の中へ。そしてミーティングルームを目指しながら、雑談を交わす。


「そういえば、ヨハンさん、初日に【魔界王子ベリアル】ってモンスターを倒しましたよね?」

「……ああ。そういえば倒した気がするわ。顔色は悪いけど、美少年って感じで可愛いモンスターだったわ」


 虐殺したが。


「あのモンスターを倒したお陰でフラグが立って、新しいモンスターが攻めてくるようになったんですよ」

「え……」


 ヨハンは固まった。何も考えずに、ストレス発散よ~とブチのめしたが、そんなに重要なモンスターだったとは思っていなかったからだ。


「あわわ……私、何か悪いことを?」

「いや、なんで怯えてるんですか。大丈夫です。寧ろナイスです」

「そう、良かったわ」


 ヨハンはホッと一息。


「それで、倒すとどうなるの」

「息子を倒されて怒った母親が殴り込んできます」

「怖」


 ランダム襲撃にて登場する【魔界王子ベリアル】を倒すことでフラグが立ち、次の固定襲撃から【魔界王妃ベリアルカーサン】が参戦する。このベリアルカーサンが参加すると、他の魔物達のAIも強化され、より複雑な攻め方をしてくるようになるという。だが、その代わりモンスターを倒した時に得られるイベントポイントにもボーナス補正がかかる。


「ベリアルカーサンって名前……ってええ!? 襲撃してくる魔物のAI強化って、大丈夫なの? こっちの召喚獣は糞雑魚AIなのに……」

「厳しいですが、私達プレイヤーが居ればそれほど。ただベリアルカーサンは逃げ足が早いので、未だに倒せてないんですよ。多分倒せば、次の固有モンスターが現れると思うんですけど」

「ベリアルとーちゃんね!」

「トーサンという線も……いっそベリアルオヤジとか!」

「面白そうね。そうやってベリアル一家を倒していけば、ユニークアイテムを貰えたりするのかしら?」


 ヨハンが尋ねると、ゼッカは首を振った。


「いえ、今回のイベントに関しては、ユニーク装備やスキルは隠されていないと、公式から発表があったんです。これ、かなり珍しいんですよね」


 ゼッカが言うには、こういったギルド規模で参加させてくるイベントは、ポイントをギルドごとに競わせたりすることが多いらしい。


 しかし、今回はそれは無い。だとすると、誰とも競わず、自分たちのペースでポイントを稼ぎ、素材アイテムと交換する、それだけのイベントという事になる。それは、とても不自然だとゼッカは言った。


「完全に私の予想なんですけど。これ、3週間後のギルド対抗イベントの予行演習を兼ねてるんじゃないかって、思うんですよね」

「予行演習?」

「ええ。つまり、今度のギルド対抗戦は、ギルドホームを使った戦争のようなイベントになるんじゃないかって、思うんですよ」


要するに、このイベントで感覚を掴んでおけという訳である。


「まぁ、全くの憶測ですけどね。でもギルドホームを使っていいなら、ギルド対抗戦、我が竜の雛も、結構いい成績を出せるんじゃないかって、思うんですよ」

「うふふ。うちは人数が少ないから無理よ……ギルド対抗戦はのんびり楽しくやりましょう」

「そ、そうですね……」


 無理と笑うヨハンに、ゼッカの表情が少しだけ陰る。それをヨハンは見逃さなかった。


(そっか。ゼッカちゃんはきっと、あの人達に勝ちたいと思っているのね……勝たせてあげたいけど……)


その後、12時までゼッカと二人で談笑していたが、ランダム襲撃は無かった。こうして、四日目が終了する。



***


***


***


金曜日。


朝会社に出社した圭の元へ、一通のラインが届く。



《こうはい》:『風邪みたいなんで、今日会社お休みします』

《あいかわ》:『了解しました。あと、ラインではなく部長に直接電話してください』



 どうやら後輩が風邪で休むらしい。心配に思っていると、再び後輩からラインが届く。



《こうはい》:『コージ? ワタシ駅ついてるんだけどー? はやくこーい♡』



圭は顔をしかめ、こめかみを抑えた。その後、すぐにもう一通のラインが届く。



《こうはい》:『一生のお願いです。誰にも言わないでください』



 どうやら送り先を間違えたらしい。おそらく風邪では無く、友達か彼氏とどこかへ遊びに行くのだろう。圭は画面をスクショすると、さてどうしようかと背もたれに寄り掛かる。その時、圭に電流が走る。


「あの子が会社を休み!?」


 後輩が居ないという事は。


「これはチャンスだわ。今日中に明日の分の仕事を終わらせれば、明日は出社しなくても良くなる!」


この日、圭は仕事の鬼となった。そして、見事に土曜日を勝ち取るのだった。


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