第56話 もうこれで終わってもいい

 イベント最終日の午前11時。竜の雛がホームとする暗黒の城でも、定期襲撃が行われていた。

 庭の防衛を担当していたゼッカは、敵味方併せて2000体以上が犇めく庭の中で戦っていた。もう一人、煙条Pも居たのだが、早々に敵の集中攻撃に遭い落ちてしまった。これで今回の防衛には参加できない。

 一人残されたゼッカは黙々と剣を振った。もはや目に映るモンスターが敵か味方なのかもわからない。既にベリアルカーサンは城の中へと侵攻している。ゼッカに出来るのは、後を仲間に任せて、少しでも多くの敵を倒し、モンスターが中へとなだれ込むのを防ぐことだ。


「ん……そろそろ、限界……」


 健闘したが、流石に敵の数が多すぎた。ポーションで回復する時間もない。ゼッカのHPが尽きようとした、その時だった。


「何!?」


 突如空が輝く。天空に巨大な門が現れ、ゆっくりと開く。そして、地上の敵を吸い込んでいく。


「あれは……天使?」


 その門を開いたと思われるプレイヤーは、ゆっくりと後光を受けながら舞い降りてくる。それはここには本来居ないはずの……。


「悪魔……じゃなかったヨハンさん!?」


 最終日夜から参加予定だったヨハンが降臨……もとい、ログインした。



***


***


***


 前日金曜日。軽く残業を終わらせた哀川圭は自宅に帰ったものの、一週間の疲れが溜まっていたせいかそのまま寝てしまい、次の日も寝坊した。

 そしてヨハンとしてログインし、急いでギルドホームに来て見れば、ゼッカが孤軍奮闘しているではないか。乗っていたメテオバードから飛び降り、敵に【ゲート・オブ・ヘブンズ】を発動したのだ。


「ヨハンさん。今日は夜からの筈じゃ」

「予定が変わってね。今日は一日中遊べるのよ」

「本当ですか!? やった!」

「で、私は何をすればいいのかしら?」

「とりあえず、ここの敵を全滅させます」

「なるほど、簡単ね」


 今のゲート・オブ・ヘブンズで敵の数は150程減って、味方の召喚獣達を除けば、敵のおおよその数は1500体と言ったところか。


「行けますか?」


 ポーションを使いながら、ゼッカが訪ねる。


「そうねぇ。まずは……【パワーエール】!」


 ヨハンは中級召喚獣バックアップチアのスキル【パワーエール】を十回ゼッカに使用する。

 これによりゼッカの筋力値に1000+される。


「ありがとうございます! これなら敵が豆腐みたいに切れますよ!」

「良かったわ。それじゃあ、私はちょっと準備があるから、それまで敵をこっちに近づけさせないようにしてもらってもいい?」

「任せてください! うぉおおおお」


 やる気全開のゼッカが敵陣に駆けだしていく。それを見送りつつ、ヨハンはメテオバードの召喚を解除し、新たにプレレフアを召喚する。そしてプレレフアに【フラワー・オブ・ライフ】を使って貰い、自分でも【フラワー・オブ・ライフ】を使用。さらに【増殖】を使用し、二体の分身を生み出した。


「これだけじゃ、いつもと同じ……それじゃあこの敵を一度に倒すのは不可能だわ」


別に一度に倒す必要はない。


「けれど増殖した私は、私が操作できる。私の使えるスキルも全て使える。ということは……増殖」


 ヨハンは増殖した自分に、さらに増殖を使えと命じる。すると、増殖したヨハンからそれぞれ新しく二体のヨハンが誕生する。さらに増殖。続けて増殖。


「うっ……なんか頭痛が……これが限界みたいね」


 増殖に増殖を重ね、30体のヨハンを生み出したところで、本体のヨハンは軽い頭痛に襲われた。同時操作の限界が訪れたようだった。


「本当は48体揃えたかったけど、無理ぽいわね。残念。それじゃ、みんなで一斉に! 【フラワー・オブ・ライフ】」

「「「「フラワーオブライフ」」」」

「続けて【闘魂・極】」

「「「「闘魂・極」」」


 30体の分身ともなると、流石に個別に操作するのは不可能に近い。なのでヨハンは30体の分身を、城を背に一列に並べると、それぞれに強化スキルを使用させた。


「それじゃあ一斉に行くわよ……」


そして、本体と30体の分身達は、全員が同じポーズを取る。


「ヘラクレスオオカブトの構え・波!!」


 計31人のヨハンから、バスタービートルのスキル【テラーズブラスター】が一斉に放たれる。敵は攻撃に気づくが、避けられない。どこに避けようと、逃げ場など無いのだから。


「え……大勢のヨハンさんが変なポーズを……ぐぇ!?」


 前線で戦っていたゼッカもまた、ダメージこそ無いが、その光に飲まれる。そして、庭に居た全ての敵を殲滅することに成功した。


「ふふふ。なんとかなったわね」


 ハイタッチしながら消えていく分身達を見送りながら、ヨハンは倒れたゼッカの方へと歩いて行く。


「ごめんなさいねゼッカちゃん。巻き添えにしてしまって」

「それはいいですが……あの、さっきのポーズは一体?」

「ああ、アレはヘラクレスオオカブトの構えといってね……」

「へぇ、なんか変なポーズですね!」

「凄く格好良い……え、変? 変なの?」

「はい。でも、ヨハンさんがやっているからには、何か凄い秘密があるんですよね? 古武術ですか? それとも……あれ、ヨハンさん? どこへ!?」

「ぐすっ……なんでもないわ」


 ヨハンはもうあんなポーズしない! と誓いながら、城の中へと向かっていった。



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