第3話 突きつけられた条件

「本当に帰るの? 泊まってけば? いっそ住んじゃえば? ついでに添い遂げない?」


「断る。私には使命がある。それを疎かにして享楽に耽るなどもってのほかだ」


「人々は安心して享楽に耽るために君を僕へ差し向けてるんじゃないかな?」

「あなたが生きていては安心が訪れないだろう」

「確かに」

「何あっさり論破されてるんだし!」


 アルテミスが浮遊しながら首を絞めてくる。めちゃ苦しいんだけど。でもいい匂いするし柔らかいし、天国と地獄を一緒くたに味わってる気分だ。


「可愛い女の子は全てにおいて優先される。僕のたった一つの譲れない価値観さ。シャルロット。僕は君のことを諦めないよ。いつか必ず手に入れるよ」

「魔王と言われてどんな残忍かと思えば、実態はとんだ好事家だ。もし互いにこのような間柄でなければ茶を酌み交わす程度の交友は持てただろうに」


「お? じゃあやっぱり僕たちの相性は悪くないってことだね」

「そこまでは言っていないさ。……礼を言う。怨敵である勇者の私を手厚く扱ってくれたこと、忘れない。今日はもうあなたたちに刃を向けることはしない。私にできる数少ない返礼だ。厚遇に釣り合わないかもしれないがな」


「イシス。転送魔法で皇国まで送ってあげて」

「はい」

「ねえ、シャルロット。どうすれば君は僕の物になってくれる?」

「まだ言うか。……そうだな」


 彼女の全身を光が覆う。もうすぐ魔法が発動し、彼女の身体は皇国へと送還される。

「――私を口説きたければ世界を平和にしてから出直すといい」

 本気なのか冗談なのか。顔を隠すように呟いた彼女の真意がどこにあるのか、既にシャルロットが消えてしまった今となっては定かではなかった。



「いい子でしたね」

「本当に。人間にしておくのはもったいないよ。イシスの次に」

「はぁ。魔王さま。本当に女性への気遣いだけは一級品ですよね」


 ギュっと後ろから腕を回して抱かれる。ぽよんよんと背中でおっぱいが弾む。幸福だ。


「ほらほらまーちゃん。勇者があんなんじゃ子供作るのだってむりむりのむり~! だからうちにしとき? ね? うちとまーちゃんの子供だったらぜ~ったい可愛くなるから!」

「ダメ、エルと」

「では間を取って私にしましょうか」


 どう間を取ったらそうなるのか。


「女性に関して僕は一度決めたことは破らないよ。皆ならわかるでしょ?」

「普段は適当で無気力で自堕落ですけれど」

「あまつさえ魔王本来の特性の【破壊】とか【殺戮】に興味なくて本当にまーちゃん魔王なん? って思うけど」

「雌に関して、だけ、超、本気」

「あまりにも適切に僕という人物を表現してくれてありがとう!」


 でもなぜだろう、涙が出ちゃう。


「死んだ父さんの遺言でね。惚れた女にだけは嘘をつくなっていうのがあるんだ。僕はその言葉にいたく感銘を受けてさ。それ以来女性に対しては何よりも真摯に接してるんだよ」


「先代さまはご存命ですが。つい先日も顔を見せにいらしたじゃありませんか。家庭菜園に凝っているとかで野菜持って来てくれましたよね」

「まーちゃん。綿毛より言葉軽いよ?」

「三人、囲ってる。他にも手、出してる。その上、勇者まで。これ、誠実、違う。節操、ない、それだけ」


 何で自分は女の子に関してここまで節操なくなってしまったのか。や、個人的には節操なしって認識ではないんだけどさ。


「子供の頃から豪放磊落(ごうほうらいらく)な父さんを見てたせいだと思うんだけど」

「先代さま、常に女性をはべらせてましたからね」

「男の価値なんぞ抱いた女の数で決まる! だからお前も気に入った女がいたらどんどん娶れよ! とか言いながら、母さんだけはちゃんと特別扱いしてるし。ほんっと女性に関しては父さん凄いよねって今でも思う」


「個人的には魔王さまも引けを取らないと思いますけれど」

「あ、アルテミス。こっちおいで」

「んえ?」


「顔汚れてるよ。ほら、拭いてあげるから。これでよし、と。エルナもあんまりはしたない格好しないの。いい? 君たちは特に可愛い僕の宝物なんだから。常に奇麗にあってよ。僕の大切な人を粗末に扱うのはたとえ本人であっても許さないからね?」


「う、ぅゅ……ごめん、なさい」

「ぽ」

「わかればよろしい。アルテミス」

「ん……ふはぁ」

「愛してるよ」

「う、うちも……愛して、ます……」

「エルナもおいで」

「ん~!」

「傍から見ていると砂糖吐きたくなる程度には胸焼けする光景ですね」

「あ、ごめんごめん。イシスもおいで。最後だから二人より甘えてくれていいよ?」

「もう! 魔王さまのそういうところ、愛おしいです……っ」


 しばらくイチャイチャした。その後。


「状況を整理しましょう。魔王さまはどうせお世継ぎを作るなら強い方が面白いと判断されました。そのお相手に選んだのが勇者シャルロット。しかし彼女には」

「私には為さねばならぬ使命がある!」

「アル、物まね、上手」

「やった、褒められた!」

「で、その為さねばならぬ使命っていうのが」

「世界平和だと断言していましたね」


 先ほどまでここにいた彼女の姿を思い返す。使命があるから取り合わない。裏を返せば使命がなくなれば僕の子を身籠るのを前向きに考えてくれるのではないだろうか?


「イシス。勇者が抱えてる仕事、調べられる?」

「余裕でございますよ」

「じゃ、お願いね」


 あの感じだと魔王討伐以外にも細々とした仕事があるだろう。


「それにしてもいくらシャルロットが強いからって、たった一人でここによこすなんて人間って結構ひどいんだね」

「魔王さま、侵略行為には滅法興味がないせいで他種族から腰抜けとか呼ばれています。ですので相手方もシャルロット一人でどうにかなるのでは、という浅はかな心算で送りだしたのではないでしょうか?」

「著しくプライドが傷付く目算だけれど、そもそも傷付くほどのプライドを持っていない僕としては『あ、なるほどなあ』って感じだ。今回だって君たち三人がいたから何とかなったけど、僕一人じゃあっさりやられてたかもしれないしね」

「ご謙遜を。歴代最強の勇者が現れるとは、必ず理由があります。私たちは全員その意味を知っていますよ。魔王さまは戦わないだけだと」


「うん、僕は戦わないよ。そこに意義を見出せない。そんな暇があれば君たちとイチャイチャしていたいのさ。女の子は一番の宝物だよ。油断したらすぐにいなくなっちゃうんだからさ、チヤホヤできる内に目いっぱいチヤホヤしないとね。母さんが死んだ時、父さんは後悔してた。もっと甘やかせば良かったって。僕はそうなりたくないんだ」


 言ってから、ちょっと重い? と後悔したけど、三人が見事に空気を変えてくれた。

「嬉しい反面複雑です」

「ぶっちゃけ、うちは一番になりたい。うちだけが、まーちゃんの一番になりたいもん」

「でも、それ、エルたちの、ワガママ」

「エルナディーテさんの仰る通りです。私たちは魔王さまの在り方を知って、それでも共にありたいと望みこの場にいます。全ては魔王さまの仰せのままに」

「まーちゃんはさ、うちの……うちたちのこと、救ってくれたもんね」

「だから、今度、エルたちの番。まおー、助ける。勇者、拉致、妊娠、義務」

「エルナそれ危ないよ! 盗み聞きされたら勘違いされるよ!? 僕ちょっと怖い!」


 どうやら皆、他愛もない僕のワガママに付き合ってくれるみたいだ。


「それでは魔王さま、まずはいかがいたしましょうか?」

「世界平和を実現しないと勇者は勇者の仕事から解放されない、恋愛もできない」

 と来ればやることは一つだ。


「――いっちょ、世界を平和にしちゃおうか」


 勇者を娶り僕のハーレムを拡大する。そんな志を抱く魔王による魔王のための主に魔王の彼女たちの手による、世界平和計画。その理想の実現のためにまず――


「魔王軍は本日をもって解散します」


 武力放棄してみた。

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