第2話 張り手の理由
勇者と魔王。古来より使い古されてきた王道の対立構造。極悪非道な魔王に対し、世界の希望たる勇者による肉薄する死闘。壮絶を極め、両者が立つ場所はある種聖域のような不可侵性がある。……はずなんだけど。
「一方的に部下にボコられてるんだよなあ」
「はぁ、はぁ……くそっ」
どうにも精彩を欠く、緩慢な動作だ。勇者シャルロットといえば歴代最強と名高い。苦戦もやむなし……と思って期待してたけど、意外な展開だ。
魔法を打たれ、上空から攪乱され、疲弊したところに拳打が入る。反撃に転じても全員がきっちり防御を固めている。さすがのシャルロットでも三人同時の相手は厳しかった?
「くっそぉ……!」
「あ、ジャッジ入りますか」
「うえー、やだ」
憤怒に染まった顔で剣を構え直すと、シャルロットが魔力を込め始める。
「ジャッジメント。勇者シャルロットの攻撃に際し、成否判定を行います」
公正なる審判者(ジャッジメントフェアリー)。見た目は羽が生えた手のひらサイズの可愛い女の子だ。露出が多い恰好をしているので実によろしい。
彼女はこの世界におけるルールであり秩序だ。世界中のあらゆる場所に姿を現す。
「イシス、超高度防御障壁により免除。エルナディーテ、パラメーターの計算上免除。判定の対象者はアルテミス」
「ぎゃあああやっぱりうちだけじゃあああああん!」
「まあアルテミスは元々遊撃隊だし基礎能力が低いのは仕方ないよね」
「行くぞ!」
勇者の輪郭がやや霞んで見える。微弱な魔力を全身に纏っているのだろう。これから見舞う攻撃が凡百なそれとは一線を画すのは明白だった。
「シャルロット。パッシブスキル、確率上昇(ベースアップ)、剣星により補正値プラス。予期せぬ不運(アンラッキー)により、補正値マイナス。成否判定、四」
「あら。分が悪いですねアルテミスさん」
「アル、がんばえー」
「他人事だと思ってぇ~~!」
浮遊するジャッジメントフェアリーの前に十面のサイコロが出現する。一から十まで数値が描かれており、攻撃・魔法等の行使者が成否をかけてそれを振る。
「喰らえ~~~!」
「ダイスロール。目は【五】。命中。威力、弱上昇」
「んぎゃ~~~~!」
剣先から放たれた斬撃が宙を舞うアルテミスを直撃する。派手に吹っ飛んだなあ。また壁に穴空いたし、イシスは凄い怖い顔してるし。
「成否判定ギリにしてはかなりダメージ出たと思うんだけど」
「そうですね。スキル【剣星】による付与が大きいのだと思いますよ」
判定が終了したのでジャッジメントフェアリーの姿は消えた。戦闘中不確定要素が介入する際にだけ登場するので、また何かあれば顔を見ることになるだろう。
「勇者のスキルってどんな感じ?」
「ええとですね、ベースアップ(確率上昇)、サタンキラー(魔族・魔王への攻撃・耐性特大アップ)、ブレイブ(士気上昇)、予期せぬ不運(アンラッキー)、剣星(剣装備時攻撃力特大アップ)、ですね」
「あー、じゃあアルテミスが僕と繋がっちゃってるのも響いたのか」
「そう考えるのが妥当ですね」
「二人ともうちが死にかけてるのに平然とし過ぎでしょ!?」
瓦礫を蹴とばし咳き込みながらアルテミスが戦線復帰。ちなみにここまでかなり長い時間をかけたと思うかもしれないけど、数秒の間に巻き起こった出来事だ。攻防選択、判定。これら一連の流れを瞬く間に行い、どちらかが倒れるまで行う。それがこの世界の戦闘さ。
「疲弊しているにしてもこの程度の威力しか出ないとは……っ」
「恥じることはないさ。純粋な一対一の勝負だったら今ので決まってたかもしれない。でも、三人は魔王紋の影響下にあるからね。簡単には倒れないさ」
「聞いたことがある。魔王と契約を交わす者が胸に刻む紋様。契約者は魔王の力を得ることができる、と」
「その通り。アルテミスには僕の付与がある。で、イシスはサポートマジックで自分のパラメーター底上げしてるから、その分も乗ってるね。それでダメージ出すんだから大したものだ。僕は余計に君が気に入ったよ、シャルロット」
苦戦どころか敗北必至。そんな状況にも関わらず立ち向かう戦意だけは喪失していない。
「スキル【一蓮托生(シンクロニシティ)】。パーティ内で特定個人にかけられた魔法の効果を他者も得ることができる。これによってイシスは自分に魔法をかけるだけでその他全員に同等の付与をすることが可能になる」
「無茶苦茶だな」
「と言われてもこればかりは世界に文句言って欲しいなあ。僕たちのせいじゃないよ」
折れそうになる膝を奮い立たせ、シャルロットは再び剣を構える。
「次、エルの番~」
右腕に魔力が集中していく。威力が大きい分命中率が低いエルナの攻撃手段だ。
「ジャッジメントフェアリーが現れない……!?」
「そりゃサイコロ振る必要ないからでしょ?」
「ありえない。いくら手負いとはこの速度の緩慢な攻撃に当たるほど耄碌していない!」
「イシス。彼女の目にも映るように、解剖眼(スカウター)貸してあげて」
「なんだ、これは……?」
解剖眼(スカウター)。相手の状態や能力を盗み見る【鑑定眼】の最上位スキル。イシスが使えるスキルだけれど、今は特別に勇者にも共有している。
「スキル【天運招来(スーパーラッキー)】。あらゆる場面で幸運が舞い降りる。今回は本来なら成否判定が必要だったエルナの攻撃に幸運が舞い降りて確定ヒットになっただけさ」
「そんなふざけた話があっていいものか……っ」
ふらつくシャルロットに遠慮せず、エルナは右腕を振りかぶる。
「もういい? 行く」
この攻撃は避けられない。世界の決定には魔王であろうと勇者であろうと逆らえない。
スキル【大振り】。命中率と引き換えに攻撃力の上がるオーソドックスなものだ。ただし、エルナのように規格外の能力を持った者が使うとたちまちに凶悪なスキルへと変貌する。
「生きてるかな?」
「く……あぁ……」
パラパラと壁が崩れ落ちていく。叩きつけられ床に放り出されたシャルロットの意識は、辛うじて残っているようだった。
「はい、これで詰みだね」
「く……殺せ」
「イシス」
「はい」
「これは……回復魔法か。どういうつもりだ?」
「君をここで殺してしまうのは惜しいからだよ」
「な……っ」
顎に手を添え顔を上げる。絶体絶命だというのに瞳は死んでおらず、あわよくばという姿勢が垣間見える。
元々は奇麗だと思しき銀色のプレートは道中ついたであろう大小様々な傷により見すぼらしくなっていた。頬、首、腕、額、膝。あらゆる箇所には軽微な損傷がある。それで三人を相手に立ち回るのか。凄いな、この子は。
「い、いい加減、離せ!」
「おっと、これは失礼。あまりに可愛い顔だったからつい触れちゃったよ」
「……冗談はよせ」
初心な反応。恐らく青春全てを剣に捧げた。そんな手合いだろう。満身創痍で、それでも仇敵である僕を倒そうとする。きっと、そういう環境で育てられてしまったんだろう。
「……もったいない」
「え?」
「勇者シャルロット。君に提案がある。この提案を受け入れれば間違いなく君は今よりも幸せになる。どうだろう。話だけでも聞いてみないかい?」
「回復魔法の礼だ。聞くだけは聞いてやろう」
「魔王相手にも律義。ますます気に入ったよ」
イシスはそんな僕を見て苦笑してる。なんでだろう?
「シャルロット。――君、僕の赤ちゃん産んでよ」
バシーン! 目の前がちかちかと点滅した。……イシス。こうなるってわかってたなら止めてよ。衝撃で倒れる僕の目に、激昂したシャルロットの顔が飛び込んできた。
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