第1話 お世継ぎ問題の解決法



「魔王さま。後三年以内にお世継ぎを作らないと死にますよ」


「あー、もうそんな時期かあ。って会話を去年もしたような気がするね」


「全く同じ会話をしましたね。このままですと死ぬ間際まで同じことの繰り返しですよ?」


「良くないなあ。だって任期満了までに魔王の座を引き継がないと死んじゃうんだよ?」


 魔王のルール。その一、任期は任命からきっかり百年。その二、任期満了までに次の魔王を作り王位を継承せよ。その三、もし破ったら死ぬ。何だよこの謎ルールは。


「毎度毎度私の忠告を無視しているからこうなるんです」


「違う違う。イシスの場合言葉よりも可愛い見場に注意が逸れちゃうから結果的に話が耳の間を素通りしていくんだよ」


「また調子のいいことを言って。その程度では誤魔化されませんよ大好きです魔王さま」


 紫紺のローブを身に纏った人間かつ大賢者。現在は魔王である僕の側近を務めるイシスは人目も憚らず抱き付いた。栗色のミディアムヘアが鼻先を掠め女性特有の甘やかな匂いと合わさって反則級の威力を発揮している。うーん、実にちょろい。


「僕に甘すぎる。君は本来魔族とは敵対する人間なのだし、魔王である僕には文句の百や二百あっていいんだよ?」


「えぇ? 本当ですか? ではぜひとも聞いて頂きたいのですが。さあこちらへ」


「さり気なくベッドルームに誘導しようとすんなし~!」


 とりゃー、と中空をすさまじい速度で浮遊してきた物体がイシスの頭上を通過した。ひゅーんと頬のすぐ横をかまいたちみたいな風が通り過ぎる。


「今日もアルテミスは元気だね」


「そうだよー! まーちゃんの愛しい愛しいうちは今日も今日とてエネルギッシュなの!」


「あはは。愛しく思ってるのはアルテミスさんの方だけではありませんか?」


「おー、イッシィやる気? やってやんよ? うちの天使力で浄化してやるってーの!」


「天使力とか。羽根の色見てから言ってくださいよ。真っ黒じゃないですか、

堕天使じゃないですか、不純じゃないですか」

「二人とも相変わらず賑やかだなあ」

 ルーティンのようなやり取りを眺めていると膝に違和感が。


「君は君で相変わらずいつの間にかそこにいるね、エルナ」

「そう。エル、神出鬼没」


 さて、ここで改めて紹介しよう。僕には三人の側近がいる。三人のとても可愛らしい側近の女の子がいる。大事なことなので二回言った。


 僕の右腕。落ち着きと冷静さが売りのお姉さんタイプ。不老不死の大賢者イシス。


 僕の左腕。縦横無尽に駆け回るアクティブ同級生タイプ。堕天使のアルテミス。


 そして僕の膝の上。無表情が癖になる後輩系……というかロリっ子タイプ。竜族の姫エルナディーテ。サラサラな紫色の前髪パッツンがチャームポイントだ。


 この三人が魔王である僕の盾となり矛となりエッチの相手となり日々を支えてくれている。巷では三女神(トライデントヴィーナス)とか呼ばれてる。


「エルナの身体はやわこくてあったかいね」

「まおーのため、温めてる」

「おお。嬉しいこと言ってくれるなあ。ぎゅー」

「ぎゅー。好き。もっと、ぎゅー、する」

「エルエルばっかずるい~! まーちゃん、うちもうちも~!」

「はいはい、順番ですよ」


 黒髪のポニーテールを揺らしながらアルテミスが僕らの周りを飛び跳ねる。好き勝手に動き回るから立派な胸部がぼよんぽよん揺れていてかなりきわどい絵面になってる。


「お化けおっぱい。エルは、まな板」

「にゃっ!?」

「アルテミスさん。エルナディーテさんの教育に悪いので破廉恥な身体つきは禁止ですよ」

「先天的な要素を咎められた!?」


 女三人寄れば姦しいと言うけれど、まるで嵐のようだ。ところで何の話してたっけ?


「お世継ぎの話ですよ」

「ああ、そうだった。じゃあさくっと作っちゃおうかなあ」

「こほん」

「ん、んん~! あー、なんか急にうち、子供欲しくなっちゃったなあ?」

「正式、つがい、憧れる」


 この中の誰と子を為せばいいのか。この中の誰かとしか子を為してはならないのだろうか? そもそもこの中から子を為す相手を選ばなければならないのだろうか?


「魔王さま! 大変です!」

「どうしたのシャックス?」

「た、大変、でし」

「ホアキンも。二人とも相変わらず仲良しだね。それで大変とは? お尻が割れちゃった?」

「そうなのです。朝起きたら包丁を入れた桃のように鮮やかに……ではなく敵襲です!」

「ええ? 魔王城の、しかも玉座の間とかいう明らかにラスボス(=僕)がいるであろう場所に向かってくる命知らずがいるのかい?」


 紫色をしたゴブリンみたいななりのシャックスが報告する。その後ろできょどきょどしている赤色の小鬼がホアキンだ。シャックスは魔王軍の外交官。良く口が回るので助かってる。人心掌握とか交渉術に長けているタイプ。ホアキンはそんなシャックスのお供だ。


「それがいるのです! 何故なら奴は――」


 どがぁんという轟音が響くと同時に部屋の扉が破壊される。あーぁ、それ結構手の込んだ品なのに。ほら見なよ? 隣にいるイシスが凄い顔してる。高かったんだよね。


「魔王とお見受けする。私は勇者シャルロット。弱きを助け、悪しきを挫く者だ。故あってあなたの命、貰い受ける」


「あ」

「……魔王さま、まさか」

「察しがいいね、イシス。さすが城内で一番の知恵者だ」


 閃いたとばかりに声を出した僕の真意に気付いたのか、引き気味に半笑いしている。


「シャックス、それとホアキン。伝達ありがとう。後は僕たちで何とかするから下がって」

「はい、畏まりました! さあ私たちは退散するぞ、アホキン!」

「う、うい、シャックス」

「部下を先に逃がすとは。血も通わぬ魔族のくせに一端の情はあるのだな」

「まあ、なんだかんだで長く務めてもらってるからね」


 勇者の述べることは半分だけ正解だった。僕は彼らを気遣っただけじゃない。


「彼らがいない方がぞんぶんに力を振るえるんだよね」

 だいぶ乱暴して場内を走り抜けてきたのか、扉の先にはいくつも穴が見える。そこから風が吹き入り、崩れ落ちた内装の破片が土煙となって舞い上がる。


「さあ皆、戦闘だ。遠慮なくやろう。目標は勇者の無力化。殺しちゃダメだよ」


 杖に魔力を込める。瞑目して両手を合わせる。泰然と立ちはだかる。各々が準備を整え、いざ戦闘が始まる。どうして殺さず無力化するのかって? 決まってるじゃないか。


「勇者との子供ならきっと史上最強の魔王になるよね」

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