第29話、ココは、誰? 私は、ドコ?

 商店街のイベントは、大成功を収めた。 ヤンキー共も、健全な活動に達成感を感じたらしい。 次回の予定を提案する者は、かなりの数に上り、今のところ、キャンセル待ち状態である。

 イベント開催中も大きな混乱やケガも無く、1日中、2メートルの竹馬に乗って歩き回っていた者が、座骨神経痛になった程度であった。

 祥一の母親に対する美津子先生の株は、大きく改善された事であろう。

 僕は、満足だった。


「 あとは、元に戻るだけだね! 」

 鬼龍会 星野の執務室で、かすみは言った。

 今日は、元に戻る日だ。 星野に頼み、もう一度、部屋を貸してもらったのだ。 イベントの打ち合わせと称して……

 サバラスが、僕に言った。

「 4人の体と入れ替わる経験など、そうそう滅多に出来るものでは無いぞ? 」


 ……1回でも、フツー出来んわ。

 恩着せがましく言わずに、早よ、元に戻せ……!


 星野が、サバラスに言った。

「 美津子先生のの記憶は、ホントにそのまま、自分の記憶として刷り込まれるんだろうな? 」

 例によって、電子手帳のようなものを操作しながら、サバラスが答える。

「 フッ、無論だ。 我々の科学を、あなどってもらっては困るな 」


 ……あなどる以前に、信用がおけんわ。

 ナマイキに、鼻で笑いおって… 態度デカイぞ、お前。

 やはり、そろそろ… ノックしとくか?


 かすみが、僕に聞いた。

「 健一は、そのまま、美津子先生の部屋にいるのね? 固まったまま 」

 僕が答える。

「 ああ。 僕の体を、健一の真ん前に置いておいたから、元に戻った瞬間、ヤツは美津子先生のお説教中、というワケさ。 いいシチェーションだろ? 」

 多分、ヤツは、ナニが何だか分からん状態に陥るだろう。 パチンコしていたはずだったんだからな。 美津子先生も、いきなりトイレの中にいた記憶から、説教中の状態へとジャンプするわけだから、少々、戸惑うかもな。 しかも、昨日のイベントの記憶もプラスされるから一瞬、気が動転するかも。

 …まあ、今日も健一を呼んで、お説教したと判断してもらおう。

 記憶が曖昧で、つながらない所も出て来るだろうが、多分、大丈夫だろう。 健一は、アホだから、そのまま鵜呑みだ。


「 さあ、やってもらおうか、サバラス…! これで、最後にしてくれよ? 」

 僕は、サバラスに言った。

 電子手帳を操作していたサバラスが、チラッとこちらを見て、答えた。

「 当然だ。 これ以上のゴタゴタは、願い下げだ 」


 …てっ… てンめえぇ~~…!

 相変わらず見下げたような、ムカつく言い方、するじゃねえか。 おお?

 何様のつもりだ、コラ。 ソッコーで、ノックしてやろうか?

 コッチは、被害者なんだぞ? 立場、分かってんのか、お前。


 電子手帳をしまい、サバラスが言った。

「 よし! 準備完了だ。 覚悟は、いいかね? 」


 ……ナンの『 覚悟 』だ? おい。


( また失敗して、今度は犬だったら、食い殺してやるからな…! アメーバだったら、てめえの体の中に侵入して、細胞を破壊してやる )


 サバラスが言った。

「 1分前! 」

 かすみが、胸の前で手を組み、祈るようにしながら言った。

「 お願い… 戻って来て、みちる……! 」

 全ては、その、あぶらすまし野郎に言ってくれ。 僕の力では、どうにもならん。

 星野が言った。

「 象や鯨には、なるなよ? せめて、この部屋に入り切る大きさで、勘弁してくれ 」

 ははは、凄いね、そりゃ……

 ゴキブリになっても、殺虫剤をかけないでね? 飛んじゃうよ? 僕。


 サバラスが言った。

「 30秒前! 」

 まな板の上の鯉だ。 僕は、静かに時を待った。

「 ……んん? ちょっと待ってね 」

 サバラスが、慌てて電子手帳を取り出し、ナニやら操作する。

 ……凄っげ~、不安をかき立てるような行動、取るじゃねえか、お前……!

 やめれ、そ~ゆ~の…!

「 危ない、危ない、はっはっは! もう心配ない 」


 ……ナニが危ないんだ?

 心配するなと言われても、それを信用する要素が、1つも無いぞ?


 訴え掛けるように、じっとサバラスを見つめる、僕。

 その、殺意を込めたような眼差しから逃れるかのように、サバラスは、僕から視線を外し、言った。

「 改めて、2分前! 」


 おい…… また、増えてんじゃんよ……!

 お前、テキトー言ってんじゃないのか? ホントに、大丈夫なんだろうな?


「 間違えた。 26… ん~… 27秒前! 」


 ……その、ビミョーな数字は、ナンだ? 取って付けたようじゃないか。

 僕、やめようかな……?


「 5秒前! 」


 おいっ! イキナリ、5秒まで飛ぶんかよっ! 間はどうした、間は!

 ……お前、マジメに数えてるか? なあ? 急速に、不安が高まって来たぞ……!


「 …… 」

 どうした?

「 5秒前! 」


 止まってんじゃねえか、おいっ!


 チラリと、電子手帳を見るサバラス。

「 5秒前! 」

 さっきも言ったわ! それ。 合計10秒、不明瞭だぞ、おいっ!

( ……やめよう……! イヤな予感がする……! )

 僕は中止を求め、声を掛けた。

「 サバラ… 」

「 ゴオォ~ッ!! 」

 また、お構いなしか~っ! この野郎オォ~~~ッ…!



「 …… 」



 体は、何とも無い。

 目の前に、手を組んだままの、かすみがいる。 じっと、僕を見ている。

 どうなんだ? 元に戻ったのか? 僕……

 星野も、じっと僕を見つめている。

 ねえ、どうなの? 僕、元に戻ってる……?

 星野が、ぼそっ、と言った。


「 ……お前…… 誰だ? 」


「 ! 」

 星野が、知らないっ? そんな… そんなぁ~ッ……!

 胸で、手を組んでいたかすみは、ゆっくりと手を上げると、口を押さえ、驚愕の表情で言った。

「 そ…… そんな…… 」

 なななな… 何? 何っ? そんなに、ヒドイの? 僕。

 僕は、自分が着ている服装を見た。


 ……ジャージだ。 と言う事は、人間だ。 とりあえず、安心した。


 サバラスを振り返る。

 ヤツは、妙にアセっている。

「 え~…… え~と… やあ? 元気? 」


 …先回と、同様のうろたえようだな? キサマ……!


 僕は、星野の執務机の引出しから、手鏡を出した。

 サバラスが言う。

「 ……あ、 え~と… 見るのかな? 見るのかなぁ~……? 」

 当然だろ、ボケ。 見たくはないが、見なくてはならない。 多分、恐ろしい事になっているようだ……!

 僕は、手鏡を見た。


 そこには、あのヒゲ親父が映っていた。


「 …… 」

 手鏡を持つ手を、プルプルと震わす、僕。

 サバラスが言った。

「 え~… 次回は、また明日という事で…… だめ? …だよね~ 」


 ……やはり、やめておけば良かった。 よりによって、ヒゲ親父だとォ~……?


 確か今度の日曜は、ウチの母親との結婚式のはずだ。 ヘタすると、自分の母親との結婚式を体験する事になっちまう……!


 僕は、震える手で、手鏡を執務机の上にコトリと置くと、サバラスを振り向き、あのダミ声で叫んだ。

「 やりやがったなあァ~ッ、サバラスうぅ~ッ! すぐに、元に戻せッ! 今すぐだ、ゴルアァァ~ッ! 」



                     〔 ナンセンス! / 完 〕


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ナンセンス! 夏川 俊 @natukawa

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