第27話、若人たちよ!
強盗容疑と、婦女暴行未遂…… 風貌からして、おそらくヤツは前科者だろう。
しばらくは、塀の中だ。
警察の事情聴取が済んだあと、僕は、祥一の母親から、家に招かれた。
山門のような、大きな門構えの家…… まさに、邸宅と呼ぶに相応しい。
玄関前には、大理石のポーチがあり、どこぞの料亭かと思えるような玄関を入ると、イキナリ、虎の剥製がコッチを睨んでいた。
( 凄え家だな……! 財産目当ての結婚を恐れる気持ちが分かるぜ。 こりゃ、かなりの資産家だぞ )
僕を、リビングに案内した祥一が言った。
「 そのソファーに座ってて。 あ… 母さん…… 」
20畳は、あろうかと思われるリビングに、外出着から着替えた母親が入って来た。
「 ……どうぞ、座って下さいな 」
「 失礼、致します 」
向かい側のソファーを勧められ、僕は座った。
「 先程は、有難う… おかげで、大事なバッグが、無くならずに済んだわ 」
母親が、そう言うと、祥一が言った。
「 正義感が強いのは、いいケド… ケガしたら、どうするつもりだったんだい? あまり、心配掛けないでくれよ 」
僕は、笑いながら答えた。
「 若いヤンキーだったら、あたしも追いかけなかったかもしれないわ。 ただ、意外と力があって、苦戦しちゃった。 心配掛けて、ごめんなさい 」
母親は、小さく息をつくと、言った。
「 まあ、あなたの正義感は認めるわ…… 祥一との交際も認めましょう。 ただし、真面目にお付き合いするのよ? まだ、結婚を許した訳ではありませんからね? 」
慎重な母親だ。 まあ、でも… 一歩前進かな。 一肌脱いだ甲斐があったワケだ。
祥一も、僕と目を合わせ、嬉しそうに笑った。
母親は言った。
「 実はね… お礼のついでに、あなたに相談しようと思ってね…… あなた、社会科を教えてらっしゃるのね? 経済的観点から、意見をして頂こうと思うの 」
……社会科だったの? 美津子先生。
てっきり、英語か音楽だと思ってたよ、僕。
「 何でしょうか? 」
僕の問いに、母親はコピーされた地図をテーブルに出した。
「 ご存知の通り、ウチは、繊維を扱う商社です 」
初めて、聞きます。
「 輸入の安い商品も扱ってはいますが、昔からお世話になっている問屋様は、国内製品を主に、商いの方をされております。 ウチも、一昔前は、そうでした。 でも、これでは、安い輸入製品に押され、国内の繊維業は衰退の一途です。 …この地図は、ウチの会社も含め、繊維問屋街一帯のある、中区2丁目街です。 あなたは、あまり行った事がないかもしれませんが、商店が閉まっている土・日・祝は、誰もいなくて、まるでゴーストタウンです 」
…商売をしている、親戚の叔父さんの会社の近くだ。
確かに、平日は、それなりにビジネスの関係で賑わっているようだが、休みは誰もいなく、不気味な雰囲気になるらしい。
母親は続けた。
「 商店街の会長さんとは、私たちとも、古い付き合いなの。 何とか、休みの日の閑散とした情況を打破するアイデアは無いか、と言われてね… 商店街組合としては、ファッションの専門学校を誘致したり、国内繊維を扱うブティックを開いたり、バザーを行ったりしてるんだけど…… イベントを開催している日だけは集まるんだけど、日常的には、ならないの。 何かこう… 若い人たちが、日常的に集うようなアイデア、ないかしら? それが、商店街の活性化につながると思うのだけれど…… 」
これは、難しい難題だ。 クリア出来るようであれば、既に、全国の商店街が実施している事だろう。 社会科どころか、高2の頭の僕では、どうしようもない。
いっその事、サバラスの力を借りて、何か、ヤルか?
イカン… 最悪、街がパニックになるかもしれん。 火の海とか……! ヤツなら、あり得る。
……どうする?
しばらく考え、僕は言った。
「 要は、若者が集える場所になれば、いいんですよね? 楽しくお喋りしたり、ファストフードを食べたり… そのついでに、ブティックや雑貨のお店に、彼らが足を運ぶようになれば、と…… 」
母親が答えた。
「 そうね。 そうなれば、一番自然ね。 放っておいても、そういう店が出店して来るでしょうから。 平日は、ビジネス街… 週末や休日には、若者が集まる…… まさに、理想の姿だわ 」
再び、僕は考えた。
……あのヤンキー共に、動いてもらうか……?
僕は言った。
「 お母様。 各、商店のご主人たちに、休日、店の前の路上で、パフォーマンスをする事を了承頂けないでしょうか? 」
母親は、怪訝そうな表情で聞いた。
「 ぱふぉー… まんす? 」
「 何でも、良いんですよ。 商売は、営業法に引っ掛かるといけないので、お金の流通は無しです。 アクセサリーの物々交換とか、古着交換… ギターの演奏や、うるさくない程度のバンド演奏だったら、イケるんじゃないでしょうか? 店主の方と相談して、バイトとして認めてもらえれば、多少の額のギャラも、流通させても良いと思います。 経済観念を身に付けるのにも役立つと思いますし。 …要するに、ストリートパフォーマンスです…! 一昔前の、歩行者天国みいたいなものですよ? 」
母親が言った。
「 何て言ったかしら… 竹の子族? あんな感じかしら? 」
それ、僕、知らない。 ファッションやトレンド雑誌の特集でやってたのを、ちょこっと読んだだけだだから……
だけど、そうは言えない。
僕は、さも知ったかのように『 らしく 』答えた。
「 ちょっと古いですが… まあ、そんなカンジです。 だけど、あまり自由にやらせると、問題も出て来るでしょう。 当時、原宿の歩行者天国は、かなりの弊害が出てましたから。 あくまでも『 健全に 』が、モットーです 」
祥一が言った。
「 かなりの参加者がいないと、無理なんじゃないのかい? 」
母親も、イマイチ乗り気では無い。
「 そんなに簡単に、若いコたちが、集まってくれるかしら… 」
ヒマこいてるヤツらは、ゴマンといます。 強制的にでも、やらせます。
僕は言った。
「 何なら、今から召集しましょうか? 」
ふと気付いたが、明日は土曜だ。 授業に出なくてはならんと思っていたが、学校は、休みだ。 丁度良い。
僕は続けた。
「 すぐに集められる体制が無ければ、元々、無理な話しです。 私に任せて下さい……! 日常化すれば、声を掛けなくても、パフォーマンスを期待してやって来る集客が見込めます。 …祥一さんの会社の前は、使える? この、アーケードの所 」
地図を指差しながら尋ねる僕に、祥一は、母親の顔を見ながら答えた。
「 ウチは、お袋が専務理事をしてるから問題無いけど? 」
母親が言った。
「 隣の会社は、ウチの関連会社よ? OK。 向かい側と隣は、その下請けだから、ここもいいわ。 その隣は、知り合いの方だから、今からすぐに連絡してみるわ。 多分、OKね 」
僕は言った。
「 それだけあれば、通りひとつくらいのスペースがありますね… いいでしょう! 明日、お昼過ぎから、来て下さい。 面白い光景を、お目に掛けますよ。 祥一さんも、一緒にね……! 」
( よォ~し、一発、打ち上げるか……! 健康優良不良児どもの、底力を見せてやる )
祥一の家を出た僕は、携帯を出し、早速、かすみに連絡をとった。
( 引ったくりを捕まえた事で、母親には、かなりの好印象をゲットさせている。 ここで一発、ダメ押しをすれば、美津子先生の株は、かなり上がるだろう。 勝負所だ……! )
『 路上パフォーマンス? 何でも、ありなの? へえ~、面白そうじゃない! あたし、得意のケーキ作っちゃおうかな。 もちろん、今回限りのタダよ。 先着、十名様までね! あ、ショートにすれば、沢山出来るね。 みちる、店名を考えてよ? 』
イベント大好きのかすみは、エライ乗り気である。
僕は言った。
「 仙道寺の神岡に、声を掛けてくれ。 模擬店や、パフォーマンスでは参加しない連中には、客とか、通行人をやってもらうんだ。 1時間単位で、そういったエキストラは、入れ替えだな……! エキストラは、最低、2人のツレを連れて来てもらおう。 そうすれば、かなりの人数になる。 そういう連中が、今度は、本当の客を連れて来るだろう 」
『 面白そうだな! そういった、健全な集いは大賛成だ 』
相談を持ち掛けた星野も、賛成のようである。
「 出店と、集客の協力を要請したいんだ。 出来るか? 」
星野は答えた。
『 任せとけ! サブは、手品が出来る。 結構、ウマイんだぞ? 』
……ヤツは、将来、吉本に入れた方がいいかもしれんな。
龍二とマサの対決も、話題をさらいそうだが? 正木ちゃんの、拳法一日体験ってのも、イケそうな気がする。 護身術指南の方がいいか……
( とりあえず、かすみ・仙道寺・鬼龍会の面々で、やれる所までやってみよう )
あとは、アドリブだ。 どれだけの第三者を集客出来るか、に掛かっている……!
新総長 かすみからの直々の初指令に、仙道寺の連中は、沸き立った。
「 何と、かすみ総長が、自ら先頭に立って模擬店を出されるっ! …いいか、お前らっ! 死ぬ気になって、何かやれッ! 」
部室で緊急集会を開いた神岡が、ゲキを飛ばした。
数人から、声が挙がる。
「 神岡代理! 自分、お好み焼きセット、持ってます! 区の保健所から衛生許可も、もらってます。 前に、テキヤのバイトしてました! お好み焼き屋、イキますわっ! 」
「 よしっ、許可するっ! テキトーに頭数、抜いてけや! 」
「 御意っ! 」
他の者が、提案した。
「 神岡代理! 自分、バンドやってます! 追っかけ全員を動員して、ギグやりますっ! 任して下さいっ! 」
「 よし、行けっ! モヒカン&スキンヘッド系は、イカンぞっ? 健全に、不良していなくてはダメだっ! 演奏基準は、かすみ総長が、笑顔で聴き入られる状態だ! 選曲に注意しろっ! 」
「 分かりました! 」
「 代理! 自分たちは、ヒップホップやってます! ラップなら、任せておいて下さい! 自信、あります! 」
「 自分で、自信あると言うヤツほど、くだらね~のが多い! 大丈夫か、お前ら? 和製英語発音してんじゃねえだろうなっ? 」
「 …只今のご注進により、却下致します! 」
「 よし、次っ! 」
「 代理! 自分は、2メートルの竹馬に乗れます! 」
「 よしっ! ピエロの服着て、1日中、歩いとれ! 次っ! 」
「 自分は、腹話術が出来ますっ! 」
「 よし、採用っ! 」
「 自分は、一輪車の曲芸が出来ます! 」
「 よし、採用っ! 」
「 自分は、息が3分間、止められます! 」
「 意味が分からんっ! 却下! 」
「 自分は、鼻からソバが食えますっ! 」
「 キモチ悪いっ! お前ら、奇人変人大集合じゃねえんだぞっ? マトモなのを出せっ! 」
「 口から、火が吹けます! 」
「 消防法に引っ掛かるわ! 却下! ビックリ人間大集合でもねえっ! 」
「 目ン玉が、真中に寄らせれます! 」
「 そんなモンで、客が喜ぶかっ! 小学生か、お前はっ! 」
「 まぶたを、ひっくり返せます! 」
「 眼科へ行け! 」
もう、深夜になっていたが、若い連中は、夜行性である。 テーブルやテントなど、設備が調達出来た者たちは、出店準備に取り掛かる為、早々とアーケードに集まって来た。
店主から電気を貸してもらう話なども進められ、文化祭準備の様相を呈して来た。 こうなると、さすが高校生である。 色んなアイデアが生かされ、にわか作りの模擬店は、着々と、夜を徹して準備が進められていった。
「 皆さん、初めまして! 今回の、このイベントをプロデュースした、高田 美津子です。 高校の教師です 」
僕は、商店街に集まって来た参加者を一同に会し、ビールケースの上から挨拶した。
「 今回、この寂れた商店街を、若者の街とする第一弾が、このイベントです! 突然の事で、大変だとは思うけど… これが成功したら、次回からあなたたちは、自由にこのスペースを使えるの! 大人に制約される事無く、自分を自由に表現出来るスペースよ? 運営に関しては、新生 仙道寺さんに仕切って頂き、警備・外渉は、武蔵野鬼龍会の方にお願いしてあります。 ヨロシクっ! 」
口笛と共に、拍手。 鬼龍会がバックについていれば、何の心配も無い。
参加者たちは、俄然、奮起し、準備に取り掛かった。
商店街の夜は、更けていった……
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