第26話、奮闘! 美津子先生
「 ねえ、名刺持ってます? あたし、名刺を集めてるの。 ください! 」
ファミレス店内の席に付いた男に、かすみは言った。
怪訝そうな顔をしながらも、男はスーツの上着の内ポケットから名刺入れを出すと、その中から1枚を取り出し、かすみに渡す。 かすみは、僕からも見えるように、その名刺をテーブルの上に置いた。
……さすが、かすみだ。 これで、この男の名前が判明した。
え~と、何々…? 菱井商事 営業一課 主任、佐伯 祥一… か。
一流企業じゃないか。 末は、課長か部長か? いずれにせよ、現在の年収は、600万を軽く超えているだろう。 美津子先生、玉の輿じゃん。
僕は、横目で、名刺の名前を確認しながら尋ねた。
「 祥一… さん? どうしたの? 今日は 」
祥一は、ウエイトレスが持って来たグラスの水を一口飲むと、言った。
「 母さんに、美津子さんの事を話したんだ 」
「 あたしのコト? 」
「 うん…… 真剣に、お付き合いしている人がいるって 」
……どうやら、反対されたな? この男……
「 それで? 」
祥一は、小さくため息を尽くと、言った。
「 どうせ、ウチの財産目当てだろう? ってさ…… 」
この祥一と言う男の家は、資産家なのだろう。 母親に反対されたのか… 美津子先生、可哀想だな……
祥一と言う男は、続けた。
「 コンパや、飲み屋で知り合ったのならともかく… 美津子さんとは、共の友人に紹介され、交際期間も7年だ。 いくら説明しても、お袋は、財産目当ての一点張りなんだ。 どうしたら良いんだろう…… 」
ハッキリ申し上げよう。 家を出なさい。 ……これでは、あまりにも短絡的か。
他人事だと、メッチャ楽に考えられるな。 でも、美津子先生が不憫だ。 とても、財産を狙うような人格には思えんぞ?
かすみが言った。
「 駆け落ちしたら? 」
……出た。 かすみも、エライ事、言い出しよるのう~……!
祥一が言った。
「 ……ついて来るかい? 」
ホンキか? あんた。 ドラマのようには、いかんぞ?
そんでもって、寂れた温泉宿で契りを交わし、リストカットすんの? …僕、ヤだ。 かすみとなら逃避行してもイイけど、アンタとは、絶対行かない。
僕は言った。
「 お袋さん… いえ、お母様の誤解を解くには、きっと時間が掛かると思うの。 待ちましょうよ。 きっと、分かって下さるわ 」
…大人言葉は、言い難い。
僕は、とりあえず一辺倒の言葉を、祥一に返した。
祥一が言った。
「 美津子さんが30になる前には、と思ってたんだけど… もう少し、掛かりそうだ。 すまない 」
真面目で、良い人そうだ。 真剣に美津子先生のコト、考えてるんだな……
何とかしてあげたいけど、打つ手無しだ。 ましてや今は、ホントの美津子先生じゃないし……
注文した品が、運ばれて来た。 僕らは、無言で食事を始めた。
「 君は、高校何年生? 」
食事があらかた終わった頃、祥一が、かすみに尋ねた。
「 高2です 」
かすみが答える。
卓上にあったナプキンで口を拭き、祥一は言った。
「 ふ~ん… 彼氏、いるの? 」
「 はい 」
即答する、かすみ。 …嬉しい。
僕は少々、照れた。
祥一は、両肘をテーブルに突き、組んだ両手の甲に、軽く顎を乗せると言った。
「 何の、わだかりも無く、いい年頃だね。 彼氏も、高校生? 」
「 はい。 同じ、2年です 」
「 そうか。 君は可愛いから、彼氏は、やきもきしてるだろうな 」
「 そんな…… 」
顔を赤らめる、かすみ。 恥ずかしそうに下を向いたが、やがて顔を上げ、祥一に尋ねた。
「 祥一さんは… 美津子姉さんの、どこが好きなの? 」
祥一は、しばらく考え、答えた。
「 美津子さんといると、落ち着くんだ。 仕事は、営業で忙しいし、休日だって接待ゴルフとかあってね…… 」
少し微笑みながら、祥一は続ける。
「 きれいとか、可愛いとか… カッコいい、スマート…… 全部、目に見えるコトだよね? でも、優しさとか誠実さ、正直なんてモノは、目に見えない。 目視出来るコトに惑わされてたらいけないよ? そんなものは、いつか飽きる。 目に見えないコトを大切にしなきゃダメだ。 僕が美津子さんを好きなのは、そういう事だよ 」
……う~ん、勉強になります。 健一に聞かせてやりたいです。
やがて、1人の中年婦人が、僕らのテーブルの脇に立った。
「 ……か、母さん…!? 」
婦人を見た祥一が、驚いて言った。
( ……これが、問題のお母様か )
明るい色のヘアカラーで髪を染め、細身の老眼鏡を掛けている。 グレーのワンピースを着て、小脇に小さなハンドバッグを持ち、上品な雰囲気はするのだが、表情は険しく、汚いモノを見るような目で、僕を見ていた。
祥一が言った。
「 ど…… どうして、ココに? 」
お母様は答えた。
「 あなたには、監視の目を付けておきました。 …まったく… 暗闇で、女性を待ち伏せするなんて… 何て、恥ずかしい事してるの、あなたは……! 」
……おカン、探偵を雇ったな? ココは、とりあえず挨拶をしなくては……
僕は、立ち上がり、お辞儀をしながら言った。
「 お母様、初めまして。 高田 美津子と申します 」
「 あなたに、お母様と呼ばれる筋合いは無いわっ! さ、祥一。 帰るわよ。 このテーブルの清算は、済ませてあります 」
ドラマを見ているような展開。
とりあえず、この母親にはハラが立って来たぞ? 延髄切りを食らわせてやろうか……!
祥一が言った。
「 勝手なコト、すんなよっ! オレは、帰らない。 放っといてくれ! 」
祥一は、僕の手を掴み、店を出ようとする。
「 待ちなさい、祥一! あなたは、騙されてるのよっ? 」
( 騙しとらん、ババア! 愛し合う2人を、邪魔すんじゃねえよ。 美津子先生は、いい人だぞっ! )
店の外に出た僕らに、母親は、尚もすがった。
「 祥一っ! 目を覚ましなさい! 祥一っ…! 」
その時、1人の男が、駐車場の方から母親に近付き、持っていたバッグを引ったくった。
「 …あッ! 」
男は、通りの方へ逃走して行く。 引ったくりだ…!
「 母さんっ……! 」
引ったくられた反動でよろめき、倒れた母親の元へ、祥一が駆け寄った。
「 だ、大丈夫かいっ? ケガは? 」
「 大した事、無いわ。 大丈夫よ。 それより、バッグが…! 」
逃げた男は、中年のような感じだった。 手馴れた手つきだ。 常習犯か?
「 くそうっ! 母さんが大切にしていた、おばあちゃんの形見のバッグをっ…! 」
祥一が、口惜しげに、逃げる男の背中を見た。
僕は叫んだ。
「 祥一さん、警察に電話よッ! お母様を、お願いっ! 」
僕は、男の後を追って、走り出した。
逃走する男は、やはり中年らしい。 走っている後ろ姿から、それは推察出来た。 体力の無い僕だが、歳では勝る。
( 逃すかっ! いいトコ見せて、あの高慢な母親を見返してやらねば! 借りを作っておけば、美津子先生の印象も改善するだろう。 一肌、脱いでやる! )
男は時々、追って来る僕の方を振り返りながら、夜の住宅街を、逃走し続けた。 しかし、徐々に、その距離は縮まっていく。
( …頂きだ、この野郎! 目にモノを見せてくれようぞ! )
男が、路地を回った。
( 逃すかァッ! )
僕も、路地を回ったが、何と、ヤツがいない。
「 ? 」
イキナリ、物陰に隠れていたヤツが、僕に、襲い掛かって来た。
( しまった……! )
窮鼠、猫を噛む。 ヤツの逆襲だ。 僕は、歩道脇の草むらに押し倒された。
「 バッグを返しなさいッ! 」
僕は叫んだ。 しかし、ヤツは手で僕の口を押さえ、物凄い力で、僕をねじ伏せた。
……これは少々、予想外だ。 コイツ、物凄げえ力じゃん……!
次にヤツは、僕の首を絞め始めた。 息が止まり、呼吸が出来ない。
「 ……! 」
段々と、頭がボ~ッとしていく。
……殺されるっ?!
男は言った。
「 このアマぁ~… しゃしゃり出て来やがって……! 褒美に、絞め殺してやる! 」
そんな、素敵なご褒美、要らない。
しかし… 普通ならここで、正義の味方の出番じゃないのか? か弱き、乙女を助ける助っ人は、出て来んのか? 僕、もしかして、このまま殺されるの? ヤダ・ヤダ・ヤダ~っ…!
男は、更に言った。
「 ついでに… キモチ良~くしてあげてから、殺してやろうかねえ~……? 」
男の手が、スカートの中に入って来た。
( げええっ!? )
野郎、公序良俗に反する行為をする気だなッ?
パンツに手を掛け、ストッキングごと、乱暴に引き下ろす。 男は、自分のズボンのチャックを下ろし始めた。
ひええェ~っ……! 最悪の展開だ。 僕、男なんだけど…?
ヤツは、僕の戸惑いなどお構いなく、僕の足を持ち上げ、下半身を露にしようとした。
予想以上に力に捻じ伏せられ、身動き出来ない。
( 野郎っ…! てめえなんぞに、美津子先生の大事な部分を見せてたまるか! 断じて、阻止だ! させるかあァーッ! )
僕は、草むらを手探りし、何か、反撃するモノが落ちていないか探った。
…ナニかが、手に触れた。 細い、金属の棒のような物だ。
( コイツを、お見舞いしてやる…! )
振り回そうとしたが、かなり重い。 何かの一部のようだ。
「 う… うおおおおおお~ッ…! 」
僕は、渾身の力を込めてそれを持ち上げ、僕の股間をまさぐっている男の後頭部に振り下ろした。
『 ゴキィッ! 』
「 うごっ! 」
短い叫び声と共に、男は、僕の股間に顔をうずめると、動かなくなった。
……何か、妙な打撲音がしたぞ? もしかしたら、死んだかもしれん。
男の肩を持ち、仰向けにひっくり返すと、白目をむいて、男は気絶していた。 僕が投げつけたのは、打ち捨てられていた三輪車だった。 しかも、かなり古い鉄製の……
僕は、下げ降ろされた下着を履き直し、気絶した男を三輪車に乗せると、引きずるように引っ張りながら、先程のファミレスの駐車場へ凱旋した。
「 …みっ… 美津子さんっ! 」
僕の姿を見つけた祥一が、駆け付ける。
「 大丈夫かいっ?! ケガは… どこもケガは、無いかいっ?! 」
「 大丈夫よ。 はい、お母様… バッグ 」
母親は、唖然としながら、バッグを受け取った。
かすみが、三輪車に乗っている男を見て尋ねた。
「 みちる… いや、美津子姉さん。 この人、気絶してるの……? 」
「 レイプしようとして来たから、思わず、捨てられていた三輪車、投げちゃった。 警察は、まだ? 」
かすみが、だらりとした男の首筋を、恐る恐る突付きながら答えた。
「 さっき通報したから、もうすぐ来るよ? 」
僕は、男の履いていたズボンからベルトを抜き取ると、それで男の足を三輪車に縛り付け、言った。
「 とんだ食事会に、なっちゃったわね……! かすみは、遅くなるからタクシーで帰りなさい。 あたしは警察の事情聴取で、まだ、ここにいなきゃならないと思うから 」
やがて、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえて来た。
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