第25話、女心

 リビングへ戻ると、さっき、僕が座っていたままの体勢で、ラグの上に健一が座っていた。

 …サバラスの話しでは、コイツは元通りになっているはずだ。 意識と共に、記憶も凍結されているワケか……

( 確かに、意識を戻した時、楽かもしれん。 アホだからな )

 一時、僕の体と入れ替わった事も、トボケてやれば、そのまま素直に納得するかもしれん。


( …美津子先生は…? )


 見渡すと、部屋の隅のソファーに『 僕 』が座っていた。

( 今は、この… 僕の体の中に、美津子先生がいるのか…… )

 僕の体は、不自然な格好をしていた。 どこかのイスに座っていたようだが、右手は何かを掴んでいたらしい。 その手の格好で、僕は直感した。

「 健一の野郎……! また、ドコかのパチンコ屋で打ってたな? 」

 無警戒である僕の体を良い事に、性懲りも無く、稼いでいたらしい。

「 ……テメェ~……! やりたい放題も、ココまでだぜ…! 目が覚めたら、イキナリ美津子先生を前に『 説教中 』と言うシチュエーションにしておいてやる。 覚悟しとけ 」

 僕は、健一をラグごと引きずり、ソファーに座っている『 僕 』の前まで移動させた。 これで、めでたく元に戻れば、僕の予定したシチュエーション通りになる。


 スマホを出し、僕は、かすみに連絡を取った。 しばらくの呼び出し音のあと、かすみが出た。

『 みちる? 健一に会えた? 今、どこにいるのよ 』

 僕は答えた。

「 かすみ… よく聞けよ? サバラスが、またしくじりやがった。 今、僕は、全く違う女の人の体になっている 」

『 ……誰? あなた。 みちるに、何したのっ? みちるを出してっ! 』

 美津子先生の声を聞いた事が無いかすみは、警戒しているようだ。

 僕は言った。

「 だから、僕だよ! みちるだよっ! また、他の女の人の、体になっちゃったんだよっ! 」

『 …… 』

「 どうやら、健一の学校の先生らしいんだ 」

『 ……オトナの… 人? いくつぐらいの人なの? 』

「 さあ~、30代か… もう少し、若いかな? 」

『 …きれいな人…? 』

「 は? 」

 どうも、かすみは嫉妬しているらしい。

 僕は答えた。

「 普通の人だよ。 特別、美人と言うワケじゃないけど… かすみ、妬いてんのか? 」

『 …だって星野さん、美人だったし… 今度は、大人の人だって言うから…… 』


 ……ああ、かすみ! 僕は、愛されてるんだね? 嬉しいな。

 安心しなさい。 かすみ以外に、この心を、ときめかせはしないよ……!

 美津子先生の下半身を見た時は、少々、ときめいたが……


 僕は言った。

「 僕が好きなのは、かすみだけだよ。 心配するな 」

『 ホント? じゃ、愛してるって、言って 』

「 ……え? い、い、今、言うのか? 」

『 今、言うの! 早くぅ~! 』

「 ……あ… 愛してるよ、かすみ…… 」


 どえらい、恥ずかしい。


『 嬉しいけど… 全然、知らない人の声だから、実感、湧かない 』

 …おいっ! コッチは、凄んげ~、恥ずかしかったんだぞ? 努力を評価せんか。

 僕は言った。

「 とにかく、今からソッチに迎えに行く。 ちょっと茶髪で、薄いベージュのスーツを着てるからな 」

『 分かった。 待ってる 』

 僕は、携帯を切ると、部屋の電気を消した。

( カギは、ドコかな? )

 玄関脇のサイドボードの上に、キーの束が置いてある。 その、束の中の1つで施錠をすると、僕は再び、あの『 ジャンジャン・プラザ 』へ向かった。


 外はもう、すっかり夜だ。

 会社帰りのサラリーマンやOLが行き交う中、僕は、かすみのもとへ急いだ。


 一杯飲んで、ほろ酔い気分の中年男性たちが、声を掛けて来る。

「 お姉さ~ん! ドコ行くの? 一緒に、飲もうよ。 ねえぇ~? 」

 …ドコに行こうと、あんたらには関係無い。 それとも、代わるか?

 中には、酒臭い息を撒き散らしながら、馴れ馴れしく肩に手を回し、擦り寄って来る輩もいた。

「 よ~よ~、姉ちゃん。 聞いてよ。 ウチの課長ったらねえ~… イキナリ俺に、単身赴任させるんだよ? ヒドイ話しでしょ? ヒック! …おえっ 」

 僕なんか、イキナリ、女の人になっちゃったんだよ? 凄い話しでしょ? しかも、以前は、女子高校生だったんだよ?

 酔っ払いは無視し、僕は、ジャンプラに急いだ。


煌々と、ネオンに照らし出された、不夜城『 ジャンジャン・プラザ 』。 その明かりは、暗い夜道に慣らされた目には、痛いほど眩しい。

 辺りにもネオンや街路灯があり、夜とは言え、かなり明るいのだが、ジャンプラだけは別格に明るい。 ここまで明るくする必要があるのか? と言うくらいである。


 美津子先生の姿だから、あの大魔神連中に怯える必要は無い。 これは、大変に助かる。

( 入れ替わって安堵感を感じたのは、初めてだな )

 僕は、ガラス製の自動ドアから、店内に入った。


 ……凄んげ~、うるさい……!


 長時間いれば、確実に難聴になりそうだ。 1日中、打っている愛好者たちの耳は、どういう構造になっているのだろう? 僕には、5分が限界だ。


( かすみ、ドコにいるのかな? )

 一通り、店内を歩く。

 向こうから、店員がやって来た。 あの、大魔人だ……!

 一瞬、本能的に逃げようかと思ったが、今は、美津子先生の体になっている。 逃げる必要は無い。

 すれ違いざま、大魔人は、軽く会釈をしながら言った。

「 いらっしゃいませ 」

 ……その紳士的な対応が、あんな極悪非道の、ヤクザのような性格に豹変をするのか……! お前、ジキルとハイドみたいだな。 顔は、凶悪な殺人指名手配犯みたいだけど……


 込み合った店内。 その一角が、特に込み合っている。 黒集りの山だ。 誰か、有名人でも来てるのか……?

 通りすがり、僕は、その中心をのぞき込んだ。


 ……かすみだった。


 傍らには、幾つものドル箱がうず高く積まれ、その脇には、あの仙道時の連中が2人、満面の笑みで立っている。 1人は、ボーイのように、腕におしぼりを掛け、もう1人は、○っちゃんりんごを載せたトレイを持って立っていた。

 その2人に『 警備 』された台で、有名私立女子高 多岐学園の制服を着たかすみが打っている。 行儀良く、足をぴったり揃えて座りながら……


 ……メッチャ、異様な光景だ。

 取り巻きのヤジ馬たちも、興味津々の様子である。

「 また、掛かったぞ! あの子 」

「 信じられん……! プロか? 」


 ……違います。

 今日、生まれて初めて打った、茶目っ気満載の女子高生です。


 僕は、人垣をかき分け、かすみに近付くと、声を掛けた。

「 かすみ……! 」

 仙道寺の連中が、僕の腕を掴んで言った。

「 ちょい待ちな、姉さん……! 総長に用事かい? 誰だ、あんた 」

 僕は、構わず続けた。

「 かすみ! みちるだ。 待たせたな、帰ろうか 」

 ○っちゃんりんごを持っていたヤツが、警戒した目つきで言った。

「 気安く、総長に声を掛けんじゃねえよ! オレらを通さんかい、おお? 」

 振り向いたかすみは、僕を見て一瞬、戸惑ったようだが、すぐに理解し、言った。

「 みちる! 見てこれ! 何だか知らないけど、いっぱい出て来ちゃったの! 」


 ……出し過ぎだよ、かすみ。

 多分、10万以上あるよ? どうすんのさ、コレ……!


 おしぼりを持っていたヤツが、かすみに尋ねる。

「 総長、お知り合いで? こちらの姉さん 」

 かすみが答える。

「 ……あ、うん。 親戚の… 従兄弟姉さんなの 」

 とっさに僕は、従兄弟にされた。 まあ、順当な設定だ。 さすが、かすみだ。

 ○っちゃんりんごを持っていたヤツが言った。

「 お帰りですか? 総長。 お疲れ様です! あとの換金は、オレらでやっておきます。 神岡さんに渡しておきますんで、後日、受け取って下さい 」

 かすみは、ドル箱を2~3つ指差し、言った。

「 これは、皆さんで遊んで下さい。 今日は、とても楽しかったです。 ありがとう 」

 お辞儀をしながら礼を言うかすみに、仙道寺の連中は慌てた。

「 そそっ、そんな… 礼なんて、いいっス! 頭上げて下さい、総長…! オレらの方こそ、すっげえ~イイ気分、させてもらいましたわ! 」

「 あなたたちが、薦めて下さった台で打った結果です。 存分に、遊んでいってね 」

「 ありがとうございます。 かすみ総長……! 」

 一斉にお辞儀をする、仙道寺の面々。

 少しづつ、総長としての気配りも、分かって来たようじゃないか、かすみ。

 僕らは、店を出た。


「 結構、綺麗な人ね…… 」

 かすみが、僕を見ながら言った。

 歩道を歩きながら、僕は答える。

「 健一の、担任かどうかは分からないけど… 教育熱心な先生だよ? 健一として、説教されたよ 」

「 スタイルも、良いし…… 」

「 繁華街の外れの、マンションに住んでるよ。 サバラスに記憶凍結された健一と、僕の体と共にね 」

「 洋服のセンスも、良さそう…… 」

「 …… 」

「 軽く、ファンデ、つけてるだけなのに、きれいな顔…… 」

「 …… 」

「 ……お風呂、入るの? 」

 ナンで話題を、美津子先生に振るっ!

 何なら、目隠しで入るから、かすみが洗ってくれよ!

 ……それって、何かまた、ヤバそうな絵になるよ~な気がするんだが……?


 僕は言った。

「 今日は、入らない! サバラスの話しだと、明日、再開するそうだ。 1日くらいフロに入らなくたって、死にゃしないだろう 」

「 ダメよ、みちる! 女の人は、デリケートなんだから。 入ってあげないと、可哀想よ先生。 ん~… でも、やっぱりヤメとこうか? 」

 ……ドッチなんだよ、かすみ。

 かすみは続けた。

「 じゃあ、あたしが濡れタオルで体を拭いてあげる! それなら、いいでしょ? もちろん、みちるは目隠ししてね? 」


 ……通夜に、喪主が亡くなった人の体を拭く図、みたいだな……


( しかも、傍らには… 健一と、ヘンな格好のまま固まった僕の体もあるんだぞ? 恐怖の蝋人形館みたいじゃないか……! まあ、かすみの気が済むんなら、僕は構わんが、何かヤだな )

 とりあえず、僕らは、美津子先生のマンションに戻る事にした。


「 何か、食っていくか? 」

 ファミレスを指しながら、僕は言った。

「 そうね…… 夕食を、すっかり忘れてたわ。 パチンコ屋さんから、家には遅くなるってメールしておいたから、食べて行こうかな 」


 店の入り口を入ろうとすると、建物の陰から、男が近付いて来た。

「 ? 」

 男は、僕を見据え、じっとしている。

( ……誰だ? 知らんぞ、コイツ? )

 歳は、35くらい。 短めの髪に、濃紺のスーツ姿。 無精ヒゲを生やし、割とイケ面だ。美津子先生に、用があるのかな……?

 男は言った。

「 美津子さん……! 」


 …ヤバイ。

 この男は、美津子先生の知り合いらしい。

 話しを合わせなくてはならないが… でも、どういう関係なのか、さっぱり見当がつかない。 ファーストネームで呼ぶってコトは、それなりの関係なのだろう。 もしかして、恋人か? でも、何だって隠れるようにしてたんだ? 待ち伏せしていたようにも見えたぞ……?


 男は続けた。

「 …今日は、ちょっと食事の時間が遅いね。 話しがあるんだけど、いいかい? 」

 いつも、このファミレスで、美津子先生は食事をするのか? そう言えば、美津子先生のマンションの部屋には、自炊をしている生活感が無かったな……

 僕は言った。

「 …あ、この子… あたしの従兄弟なの。 一緒でも、いいかしら? 」

 かすみを、チラッと見たその男は答えた。

「 出来れば、美津子さんの部屋で… 」


 いけませんっ! あそこは現在、蝋人形館となっておりますっ! 入場券は、大人御1人様、30万円です。 分割払いは、扱っておりません。 キャッシュのみです!


 男は、夢遊病者のように、フラフラと僕に近付きながら言った。

「 オレ、もう… どうしたらいいのか、分からなくなっちまった……! 」

 そう言うと、男は、イキナリ僕を抱き締めた。


「 ! 」


 唇に、何かが触れる感触。 男が、僕にキスをして来たのだ……!

( 待て~いッ! 待たんかあアァ~ッ! 僕は… 僕は……! ひえええェ~ッ! 初めてのファーストキスが、男だとは、ナンちゅう事だ! しかも、ヒゲがチクチクして、気色悪い……! )

 かすみは、口に手を当て、唖然として呟いた。

「 …舌、入ってる……? 」

 そんなコト、聞くなぁッ!

 ナンとかせえ、コイツ……! 公然の前で… しかも、未成年の前で、平気とキスをするとは、尋常ではない。

 …うわっ…! 入って来た、入って来たァ~…! 助けてえエェ~ッ! 死ぬう~ッ!

 僕は、とっさに、男の股間を蹴り上げた。

「 ぼほうっ…! 」


 ……男は、キスをやめ、ある遠くの一点を見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る