第24話、お説教

 僕を呼び止めたのは、30代前半と思える女性だった。 僕の記憶には、無い。

 女性は、掴んでいた僕の襟を放すと言った。

「 何てコトしてるのよ、あなたはっ! 」


 ……え~と、……はい?


 やや茶髪で、緩やかなウエーブを掛けたロングの髪に、薄いベージュのスーツ。 黒いストッキングに、ピン・ヒールの靴を履いている。

 最初、30代かと思ったが、もう少し若そうだ。 でも、誰なのかは、分からない。 向こうは、健一を知っているようだ……


「 …あ… あの~…… 」

 僕が、口もごらせていると、彼女は言った。

「 パチンコくらい、仕方ないとしても… インチキは、ダメよ! 立派な犯罪よ? 分かってるのっ? 」

「 すみません 」

( くそう…! 何で、僕が、謝らにゃならんのだ! …一体、この人は、誰だ? )

「 あたしのマンション、この近くにあるんだけど… 学校から帰って来る途中、あのパチンコ屋の前を通り掛かったら、あなたが追い掛けられて行くんだもの……! びっくりしちゃったわ! 先生も、あなたがパチンコ通いしいてるのは、生活指導の先生から聞いてたケド、こんなコトしてるんなら、もう止めなさい! 」


 ……どうやら、健一の学校の、担任先生らしい。


 僕は言った。

「 すみません、先生… つい、魔が差して…… 」

「 あなたは、いつも魔が差してるじゃない 」

 ……良くご存知で。

「 そのうち、痛い目に遭うわよ? それからじゃ、遅いの 」

 全くです……! 何とかしたって下さいよ、ホント。

「 あなたとは、いつか、じっくり話したいと思ってたの。 先生のマンション、すぐソコだから、今から来なさい! 」

 ……あの~… 僕、かすみが心配なんですけど……?

 僕が、何か言いた気な表情をしていると、彼女は言った。

「 ……逃げる気? もし逃げたら、先生、あのパチンコ屋さんに出頭するわよ? あたしのクラスの生徒です、って……! 」

 ……先生、そうなると健一は、多分、死ぬ事になると思います……

 僕は仕方なく、彼女の後を、トボトボとついて行った。



 比較的に新しい、マンション。 入り口は、オートロックだ。 エントランスには、洒落た石膏像も立っている。

 先生は、集合ポストの前へ行き、そのうちの1つを開けて言った。

「 まぁ~た、チラシが沢山入ってる… もォうっ…! 管理人の人に、言っておかなくちゃ 」

 そう言うと先生は、ポストの中からチラシの束を出すと、全てを、隣のポストに入れた。

「 …… 」

( 結構、ヤルわ… この先生……! )

「 コッチよ? 健一クン 」

 案内されたエレベーターに乗るすがら、チラッと、ポストを見る。 名札には、『 高田 美津子 』とあった。 どうやら、1人暮らしをしているらしい。


「 そのへんに座ってて。 今、お茶、入れるから 」

 2LDKの室内。

 通された居間には、大画面の液晶テレビがあった。 作者は分からないが、ヨーロッパ辺りの風景を写実したと思われる小さなイラストが壁に掛かっている。 リトグラフのようだ。 ティファニー風のステンドグラスを模した、古風なランプもあった。

( う~ん… さすが、大人の女性の1人暮らしの部屋だ。 お洒落だなぁ…… )

 蛍光灯ではなく、白熱灯を使用した間接照明が、一層、大人っぽさを演出している。

 僕は少々、緊張して、ソファー前に敷かれたラグの上に正座した。

( しかし… 僕が、お説教されても、全く意味無いよな? ボイスレコーダーか何かに録音して、健一に聞かせてやりたいぜ……! )


 やがて先生が、お茶を注いだ湯飲みを、お盆に載せてやって来た。

「 耳の痛い話しかもしれないけどね、健一クン… 男の子なんだから、多少のわんぱくは仕方ないわ。 でも、明らかに犯罪だと分かる行為は、あなたにも判断出来るでしょ? 面白半分でやったとは思うケド… 最悪の結果の場合、ごめんなさい、じゃ済まないのよ? 」


 ……本当にそうですわ。 一発、バーンと言ってやって下さいよ、マジで。


 先生は、湯飲みをテーブルに置くと、僕の前に会ったソファーに座り、僕を見据えながら続けた。

「 女子更衣室のノゾキとか、トイレのスリッパを、床に貼り付けたりとか… そんなコトなんか、問題にならないくらい危険なコトしてるのよ? あなた 」


 …友人として、恥ずかしいっス… 一体、何なんスか? その、スリッパ貼り付けって……? ヤツの脳みそは、やっぱ、小学生以下の許容量ですか? 入試、受けてないんスかね……?


 とりあえず僕は、しょんぼりと下を向いていた。

 先生は、湯飲みのお茶を一口飲むと、もう1つを僕に勧めた。

「 …頂きます 」

 しばらくの、沈黙。

「 ねえ、高田先生… 」

「 いつもみたいに、美津子先生でいいわよ? どうしたの? 今日は何か、あなた、ヘンよ? 妙に、大人しいわね 」


 そりゃ、中身が違いますから……


「 実は、あいつ… いや、僕… いや、オレ… 進路で、悩んでるんです 」

「 進路? …ああ、進路指導の先生から、聞いたわよ? あなた、進学希望ですって? 」

「 …はあ。 ツレに、みちるってヤツが、いるんですけど…… そいつが進学するんで、オレも大学、行こうかなって 」

 確か以前、ヤツは、そんな事を言っていた。 会話を持たせる為に、僕は、その話しを切り出した。

 美津子先生は、湯飲みの茶をすすりながら、ズバッと答えた。

「 完璧に、ムリね。 あなたの成績じゃ 」


 ……こりゃまた、キツイお言葉で。

 完璧に、と来ましたか…… 慈悲のカケラすら、ありませんな。 後が、続きませんわ。 予想は、してたケド。


 美津子先生は、持っていた湯飲みをテーブルに置くと、言った。

「 あなた、大学に、何しに行くの? 」


 ……多分、ヤツは、コンパ三昧したいのだと思います。 身分不相応にも、フェ○スのお姉さまたちと、コンパしたいのだそうです。 そんでもって、バイトは、パチンコ屋にすると申しておりました。 …人生、ナメてますよね? 実際。 やっぱ、隅田川に浮けと……?


 僕は答えた。

「 何つ~か、その… 人生の4年間くらい、遊んでいる時期があってもイイんじゃないかと思うのですが? 」


 殴られるかもしれん…… しかもヤツは、中学と合わせ、既に5年ほど、遊びまくっている。


 でも、美津子先生は、じっと僕の顔を見た後、意外な事を言った。

「 面白いかもね 」

 足を交互に崩し、組替える。 チラリと、スーツスカートの奥が見えた( ような気がした )。

 黒いストッキングを履いた太ももが、妙に妖艶に見える。 ……オトナの魅力だ。

 僕は、ドキドキし、思わず視線を外した。

「 あなたのね… そう言う正直なトコが、いいところね。 …う~ん、遊ぶ… かあ~… そうねぇ~… 先生も、サークルやボランティアなんかで、よく家を空けてたなあ 」


 …そりゃ、自己啓発ですよね?

 ヤツのは、完璧に遊びっス。 同意しない方が、いいですよ? アホだから。


 美津子先生は続けた。

「 まあ、あと1年あるんだから、その気になって勉強すれば、何とかなるかもね。 でも、かなりの努力が必要よ? 出来る? 健一クン 」


 ムリだと、思います。

 美容師の学校へ放り込み、家業を継がせる方が得策だと思うのですが? 大体、卒業出来るかどうか、分かったモンじゃないですわ……


 僕は答えた。

「 とりあえず、努力しようと思います 」

『 努力する 』じゃなくて、『 思います 』にしておいた方が良いだろう。 あとで、体が元に戻った時の事を視野に入れておいた方が賢明だ。 ヤツの辞書には『 努力 』という文字は無い。 ついでに『 我慢 』という文字も無い。 …オマケだが、『 理性 』も無い。


 美津子先生は、嬉しそうに言った。

「 OK! 今日のコトは、黙っててあげる。 でも、今度したら、先生にも考えがあるわよ。 いいわね? 」

「 はい。 すみませんでした 」

( 少し、キツそうだが、いい先生じゃないか。 こんなに親身になって心配してくれる先生は、そうはいないぞ、健一。 ムリに成績を上げろ、とは言わん。 せめて、先生に心配を掛けんなよ。 見たところ、まだ独身らしいが… お前のような、アホ生徒の相手をしているうちに、婚期を逃しそうになってるんじゃないのか? ヒトの人生、狂わすなよな… )

「 ちょっと、トイレね… 」

 美津子先生は、そういって立ち上がり、玄関脇のトイレに入って行った。


 …さて。 いつ、帰してくれるのかな?

 僕、かすみが心配になって来たんだケド……


 今のところ、かすみからは、何の連絡も無い。

( 仙道寺のヤンキー共、かすみを、たぶらかしてないだろうな……! )

 まあ、自分たちの総長なんだから、それはあるまい。 もし、かすみの身に何かあったら、あの神岡が黙ってはいまい。 連中とて、そのくらは理解している事だろう。 最上級VIP待遇&要人警護のSP並の『 おもてなし 』を受けているハズだ。

( いずれにせよ、そろそろ、おいとましよう…… )

 そう思った僕は、ふと横を見た。 床から、サバラスが、頭の上半分だけ出して、コッチを見ている。

「 …サ、サバラスッ…? 」

 てめえ、勝手に消えやがって… 何で、こんな時に出て来るんだよッ……! 先生は… まだトイレのようだ。

 サバラスは、無表情に呟いた。

「 5・4・3…… 」

「 ……おい。 まさか、ヤルつもりか? こんな他人の家でやって、どうするんだよっ!」

 先生が戻って来て、突然、部屋にいる僕を見たら、どうやって説明するんだ? 何か最近、お前… 段々と、見境が無くなって来てやしないか? 後先が無いのは、てめえの脳内思考だけで充分だ。 シチュエーションを考えろ……!


 ……タオルの掛かった、小さなクリーム色のドアが、目の前にある。


「 ……? 」

 やりやがったな、サバラス。 僕の意見は、全く無視か?

 最近、お前、態度デカイぞ。 そろそろ、ノックして欲しいと見えるな……

( ここは、どこだ? 何か、狭そうな部屋なんだけど… )

 さっきまでは、美津子先生の部屋に、いたはずなんだが……

 僕は、辺りを見渡した。 すぐ右横に、ビニールカーテンがあり、バスタブが見える。

「 ? 」

 左横は、目の前にあるドアと同じ色の壁だ。

 …ここは、どうやら、ユニットバスの中のようだ。 僕… ナンで、こんな所にいるの?


 下を見る。

 薄い、ベージュのスーツスカートをまくり、僕は、洋式便座に座っていた。 黒いストッキングが、膝上辺りまで下げられ、白いレースのパンツが、目に飛び込んで来る。


「 …うがっ…! 」


 こっ、これはっ… 美津子先生……?

 しかも股間から、ナニやら、液体が放出されている。

「 ……あ… はうっ? ど… △ ∴◇/うっ… ±!! ○×~∥お? 仝… げええっ! ♀∽Ω!? 」


 意味不明・解読不能・アドレナリン逆流・中枢神経マヒ・肋間神経痛・確定申告・クモ膜下出血・家内安全……


 僕は、呆然としながら、股間から液体を放出し続けていた。 シャ~~~……


 左の壁から、ぬう~っと、サバラスが、顔だけを出して来て呟いた。

「 どうもうまく、イカンのう~…… 大人のメスと、入れ替わってしまったか… 」


 ……もうお前… しばらく、ナニもするな……!

 頼むから、これ以上、ややこしくしないでくれ。 な? 頼むよ、ホンマ……


 サバラスは言った。

「 健一クンは、元に戻ったようだ。 彼は今、正座したまま、固まっておるよ。 今回から、相手の記憶を凍結する事にしたのだ。 しかも、入れ替わっていた期間の記憶は、元に戻った時、本人の記憶に刷り込まれるようにしてある。 凄いだろう? 」


 失敗したのに、ナニが『 凄いだろう 』だ。 感動せんわっ!


 大体、失敗した時の対処法が、そこまで用意周到に計画されているトコが、実に気に入らん。 成功する可能性が、限りなくゼロに近い事を示唆しているようじゃないか!

 本格的に、不安になって来たぞ…… 大丈夫か? お前らの計画……!

( …健一が、元に戻っていると言う事は…… 僕と美津子先生が、入れ替わったワケか )

 僕は、サバラスに尋ねた。

「 …で? 僕の体は今、ドコにいるんだ? 」

「 隣の部屋にいるよ? 回収しておいた 」

 …僕は、古新聞か。

 サバラスが続ける。

「 記憶凍結と共に、不測の事態に備えて、今回から、相手の体の回収もしておく事にしたのだ。 マネキンみたいに、止まっておるよ。 はっはっは! 」

 笑うな、あぶらすまし!

 サバラスは言った。

「 じゃ、私は失礼するよ。 食事の時間なのでね。 次回は、明日だ 」


 …なっ? 待たんか、てめえっ!

 ヤルだけやって、失敗コイて… シケ込む気かっ?

 悠長に、メシ食ってる時間があるんなら、元に戻したらんかい、コラ!

「 待てっ、サバラ… 」


 ……ヤツは、消えた。


「 くっそお~! いい加減なコトばっか、しやがってぇ~……! と… とにかく、ここを出よう 」

 放出は、止まっていた。

 僕は、例によって、ペーパーを手にグルグル巻きにした。


「 …こ、今度は、オトナの体か……! 」


 妙に、アセる。 気にすると、尚更、ヘンな気になる。

 魅惑のレースパンツを、見えないようにストッキングで隠し、僕は、呼吸を整えた。

 健一の体だったら、こんな面倒なコト、せんでもよかったのにな……


( ……よし、ヤルぞ…! )


 深呼吸し、股間に手を入れる。 …緊張の一瞬だ…!

「 …いっ、せ~の~で… ほオ~うりゃっ!! 」

 威勢の良い掛け声と共に、僕は、美津子先生の股間を、一気に拭きあげた。


 …成功っ!

 立ち上がり、パンツに手を掛けると、素早く履く。


 食い込んでる。


 妙な、感覚だ。 こんなものなのか? オトナの女性って……

 星野や、かすみの時も、その小ささに驚いたが、美津子先生のは、更に小さい。 ってゆ~か、ヒモみたいだ。 男の僕には、理解し難い。 ある意味、勉強になるわ……


 ストッキングを履き、後ろの壁に備え付けてあった鏡を見た。

 …見事に、美津子先生だ。 感動すら覚えるくらい、完璧である。

 僕… 明日、学校に出勤して、授業しなくちゃなんないの? 美津子先生、何の科目なのかすら、知らないんだけど……?


( …自習にしてやる… )


 覚悟を決め、水洗のコックをひねると、僕はトイレを出た。

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