第23話、路地裏、再び……

『 みちるかっ!? 』

 校舎を出た途端、健一からスマホに連絡があった。

「 健一か? 今、ドコだ? 周りに、誰かいるか? 」

『 おお~、オレの声だ! ヘンな感じだな。 一体、どうなってんだ? オレ、お前になっちまったぜ? 』


 また最初から、説明しなくてはならない。 面倒くさい……


「 あのな、健一。 いいか? これからオレの言う事を、落ち着いて良~く聞けよ? 実はな… 」

『 あ~、電池、切れる…! みちる、オレ今、ヤバくってよ。 中町の、ジャンジャン・プラザにいるんだけど、また電話す… 』


 ツー・ツー・ツー……


「 …… 」

 あの野郎~……! 肝心な時に、いつもこうだ。

 しかも、ヤバイって、ナンだ? ナニしてたんだ? あいつ……


 かすみが聞いた。

「 健一、どうだった? 」

 スマホを、上着の内ポケットに入れ、僕は答えた。

「 何か、取り込み中だ。 中町の、ジャンプラにいるって言ってたぞ? 」

「 なに、それ? じゃん… ぷら、って 」

「 パチンコ屋だよ。 アイツ、また打ってんだ 」

「 凄く、出てるのかしら? 」

「 どうだろ… 何か、ヤバイ事になってるらしいが… 出てるんなら、ヤバくないだろ? 」

「 行ってみようよ。 場所、分かる? 」

「 ああ、ここから歩いても、そう遠くは無いな。 行くか 」


 ナニやら、イヤな予感がするが、現状は会うしかない。 健一には、しっかりと事の次第を説明しなくてはならないからだ。 僕の姿になっただけではなく、生活そのものが入れ替わっている事を認識させねば……!


 再び、着信。

 今度は、星野からだ。

『 どうだった? ヤツは、捕まえれたか? 』

「 中町のパチンコ屋で、打ってるらしい。 これから、かすみと行って来るよ 」

『 そうか。 まあ、頑張ってくれ。 体が元に戻ったら、また来てくれよ? これから、あんたと話しが頻繁に出来ないと思うと、何だか寂しくてな…… 』


 …星野にしちゃ、か弱な言い方だ。

 今回の経験で、多少は、女らしくなったのかな?

 あのルックスで、性格も女らしくなると… 僕、クラクラしちゃいそうです。


「 週に一度は、顔出しするよ。 何てったって僕は、星野の情報屋なんだからな。 急に会わなくなるのは、不自然だ 」

『 それを聞いて、安心した。 かすみも、連れて来いよ? あんたら2人は、鬼龍会に、自由に出入り出来るんだ 』

「 分かった。 こちらこそ、宜しくな。 かすみは、総長になっちまったんだ。 色々、相談に乗ってやってくれ 」

『 任せとけ。 かすみが総長なら、アイツらも、そうは無茶なコト言わないだろう 』

 ……いや、むしろ、アイツらの精神の方が心配っス。



 繁華街にある、クソでかいパーラー『 ジャンジャン・プラザ 』。 夕方になり、ハデな電飾が、一層目立つ。

 スロットが流行ではあるが、健一は、中学の時からパチンコにハマっている。 月に、7~8万は稼いでおり、標準的な高校生と比べれば、その生活は、かなり裕福だ。


 かすみが、キラキラ輝く魅惑のネオンを見上げながら聞いた。

「 ねえ、パチンコって、高校生もやれるの? 」

「 ああ。 …まあ、18歳、ってコトにしておけば、いいんじゃないのか? よく分からないケド 」

 健一は、まだ17歳だ。 テキトーに、ごまかしてやっているのだろう。 しかし、学生服を着たまま打つとは、恐れ入った。 まあ、堂々と入店すれば、かえって怪しまれないのかもしれない。 よく出入りして顔馴染の店ならば、多少の事は暗黙しているのかも。


 数人のヤンキーが、店内から出て来た。

「 ちっ、3万もブッ込んだのに、8千円かよ……! 」

「 やっぱ… あそこで、止めときゃ良かったな 」

彼らは、何気なく僕たちの方を見ると、皆、飛びのくように一歩退いて、直立不動になった。

「 かっ… か、かかかっ… かっ… かすみ様……! 」

「 そ、総長っ……! 」

 どうやら、仙道寺の連中らしい。

 僕は、かすみに耳打ちした。

「 …仙道寺の連中だ…! 挨拶しろ、かすみ……! 」

 かすみは、両手を前に組み、お辞儀をしながら言った。

「 ど、どうもぉ~…… えへへっ…? 」

 えへへっ、じゃない! 総長が、茶目っ気出して笑うな!

 連中は、ペコペコしながら近付き、言った。

「 打つんスか? 総長。 …どど、どうぞっ、どうぞっ! オレら、案内させてもらいますわ! 狙ってる、イイ台、あるんスよ! 今、どかせますから…! 」


 ……こら!

 楽しく打っている一般のお客様を、無理やり、どかすんじゃねえ!


「 ささ、こちらへ……! おい、おしぼおり持って来んか! ジュースは、どうしたっ? 」

「 総長、ここ、○っちゃんりんご、無いんで… オレ、自販機、探して来ますわっ! 」


 …至れり尽せりである。


 有無を言わせず、店内に連れ込まれる、かすみ。

 多分、打つ玉も、連中が奉仕してくれる事だろう。 まあ、社会見学しなさい、かすみ。 その間に、僕は、健一を探すわ……


 店内は、かなり広い。

( ドコにいるんだ? アイツ…… )

 台の間をウロウロしていると、前から店員が来た。

 僕を見ると、びっくりしたような表情をし、インカムで、何か話している。

「 ? 」

 この店では、ヤツは、有名人なのか? プロ、指名手配になってたりして……

 やがて、イカツイ顔をした店員が数名、向こうから走って来た。 どうも、応援要請で駆けつけた、という感じである( 何の? )。 客で込み合った狭い通路を、どちらかと言えば、客を弾き飛ばすような勢いで、彼らはやって来る。

「 ? ? ? 」

 そのうち、一番デカイ体をした店員が、僕の方に走り寄りながら手を伸ばし、ギラギラした目で、僕を見据えつつ、言った。

「 …お、お、お… お客様……? し、しっ… 少々こちらへ……! 」

 言葉使いは丁寧だが、尋常ではない雰囲気が感じられる。 伸ばされた、その手からは、『 野郎、逃がすかあァ~ッ! 』という殺気、ムンムンだ。


 ……健一、お前… ココで、ナニしたの……?


 その男の殺気に、不安を感じた僕は『 本能的 』に、逃走を図った。

 一目散に、入り口へ向かい、外の歩道に出る。

 後ろを振り返ると、先程の男たちが、更に凶暴な表情に豹変し、通りに踊り出て来た。

「 てンめぇエ~ッ! また、ノコノコ来やがって、ナメとんのか、ゴルァ~ッ!! 」

 店内とは、打って変わって、巻き舌の口調。 大魔人のような豹変ぶりである。

( …大魔人様、僕、何にもしてないんだケド? )

 大魔人は、言った。

「 ガキのクセして、マグネット使うたあ、いい度胸してんじゃねえか! おおっ? 」


 ……健一。


 大魔神は、両指の関節をポキポキ鳴らしつつ、僕の方に近付きながら凄んだ。

「 大人の世界の厳しさ、教えたるさかい、覚悟せえや……! 」


 ……結構です。


( これは、逃げるしかない。 こいつら、タダの店員と違うわ。 その顔と蝶ネクタイ、全然ミスマッチだし )


 僕は、走った。

 例によって、路地裏大作戦である。 おあつらえ向きに、ゴミ箱やビールケースが、「 ひっくり返して欲しいな~ 」と言うように、置いてある。

 全てを、完璧にひっくり返しながら、僕は走った。

「 ちくしょう! アホ健! 何で、お前の尻を、僕が拭かにゃならんのだッ! 」

 ヤバイ事になっとると言うのは、この事だったのか! 確かに、ヤバイわ……!

( 捕まったら、丸太抱えて、隅田川遊泳かな? それとも、東南アジア辺りに飛ばされて、ヤクの密売人にされるのかな? )


 ……驚異の世界だ。 死んでも、絶対に体験したくない。


 僕は、先日の記憶を彷彿させながら、路地裏を逃走した。

( ちくしょうっ! また、この風景かよ……! )

 どこまでも続く、薄暗い路地裏。

 ……僕、17歳なのに、何で、ヤクザの鉄砲玉の末路みたいな経験、せにゃならんの? 僕の青春を返せ……!


 しばらく逃走すると、連中は、追い掛けるのを止めた。

 さすが大人だ。 仙道寺の時は、しつこかったが、疲れることを大人は嫌う。 諦めも、早いらしい。

「 何とか、助かったか……! 」


 さて…… どうしようか?

 健一は、携帯が電池切れ。

 かすみは、猛犬が待ち構える店内で、魅惑の世界を堪能している。

( かすみとは、携帯で連絡が取れる。 そのうち、向こうからかけて来るだろう。 しばらく、様子を見るか )


 路地裏から、大通りに出る。 近くにあった自販機で緑茶を買うと、僕は、それを一気に飲み干した。

「 …ぶはあ~っ…! 生き返るぜ 」

「 健一クン! 」

 後ろから、女性の声がした。

 健一になっている事を忘れていた僕は、誰の事を言っているのか分からず、無視していた。

「 健一クンッ! 」

 今度は、学生服の後ろ襟を掴まれ、先程より、厳しい口調で呼ばれた。

「 …え? あ…… 」

 そこには、僕を怖い顔で見つめる、大人の女性が立っていた。

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