第22話、ヤドカリ

 危機は、去った。


 武蔵野明陵 鬼龍会は、その存在を確固たるものにし、近隣の不良グループは元より、各校の一般生徒たちにまで、その名声は広がった。

「 あの、仙道寺の解散には、やはり、星野が絡んでいたそうだぞ……! 」

 広がったウワサにより、別名『 鉄パイプの星野 』の称号は、揺るがないものとなった。

 それに伴い、仙道寺の新総長 かすみの名も、鮮烈にヤンキー人気ランキングの上位を駆け上がって行く。 今や、時の人である。


 星野と僕( かすみ )が街を歩いていると、振り返る者が、かなりいる。

「 見ろ、見ろ…! 星野だぞ…! 」

「 一緒に歩いてンのは、仙道寺の新総長、星川 かすみだ……! 」

「 あれが、そうなのか……! 」


 中には、サインや握手を求めて来る者まで出て来た。 ここまで来ると、異常だ。

 特に、かすみは、女生徒にも人気があった。

「 かすみ様ぁ~! 」

「 カワイイ~っ! 一緒に写真撮らせてェ~っ! 」

 デジカメやスマホを持った、グルービーな連中が殺到する。


 ええい、君たち。 じゃれつくんじゃないっ! 肖像権は、コッチにあるんだぞ!

 ……しかし、まあ、平和なのは良い事だ。

 後は、元に戻るだけだ。 そこが、一番、不安でもあるが……


 今日は、僕とかすみが、めでたく元に戻る日だ。

 この日を、どれだけ心待ちにした事か。

 早く、男としての自分の手で、かすみを抱きしめてやりたい……!


「 あと、2分で始まる。 良いかね? 」

 サバラスが言った。

 部員を締め出した、星野の執務室。 厚意で、星野が提供してくれたのだ。 他地区の情報連絡会議と称して……

 星野が、サバラスに言った。

「 また、あたしも巻き込まれるという事は無いだろうな? 」

 サバラスが答える。

「 勘弁してくれたまえ。 記憶操作に、どれだけ労力を費やすと思っているのかね? 」


 ……全部、お前が、勝手にミスっただけじゃねえか。


 かすみが、不安そうに言った。

「 ホントに大丈夫? 」

 サバラスが、腕を後ろに組み、エラそうに言った。

「 総長たる者が、そんな弱気では、困りますなあ……! まあ、大船に乗った気で、いてくれたまえ 」

( ……その大船に、いつも穴が開いてんじゃねえか、てめえ )

 僕が言った。

「 今度こそ、頼むぜ? ホントに 」

「 黙って、待っとれや、ああ? 」


 ……てっ… めええェ~……!

 ナンで僕にだけ、見下した言い方、しやがんだ? コラ。

 一番、迷惑掛けてんのは、僕なんだぞ? 分かってんのか、あぶらすまし!


 サバラスが言った。

「 あと、1分 」

「 …… 」

「 間違えた、あと、20秒 」

 …おいっ! ナンで、秒読みなんぞ、間違えんだよっ! ホントに、大丈夫か?!

「 あと、25秒 」

 増えてんじゃんよ! ちゃんと数えてんのか? お前。

「 ……んん? ちょっと待ってね……? 」

 電子手帳のようなものを出し、操作するサバラス。 …イヤな、予感。

「 ……え~、あと半日 」

 殺したるわ、てめえっ!!

「 ごめん、間違えた。 明日だった! あっはっはっは! 」

 僕は、サバラスを摘み上げると、プルプル震えながら言った。

「 ……おちょくっとるんか? タコ助……! 明日だと? お? コラ 」

 サバラスは、僕の顔を指差し、かすみの方を見て言った。

「 怒った顔も、可愛いね? かすみクン 」

「 ありがとう… 」

 照れる、かすみ。

 星野が、プッと吹き出して言った。

「 相変わらずだな、サバラス 」

 頭をかきながら、サバラスが星野に答えた。

「 いやあ~、マックの味には、勝てませんなあ~ 」


 …また、会話が意味不明だわ、お前…!

 ついでに、意識不明にしてやろうか? おお? 最悪、かすみの体なら、諦めもつく。 開き直っても、良いんだぞ? 変態キューピー人形…! 剥製にして、博物館に売り飛ばしてやろうか?


 その時、星野の机の上の電話が鳴った。

「 もしもし? 」

 電話に出る、サバラス。 そんなモンに、お前が出るな!

「 あっそう、分かった。 んじゃね 」

 受話器を置く、サバラス。


 ……ナニを、了解してんだ? お前は。


「 本部からの連絡だ。 やっぱ、あと、15秒である 」


 いつの間に地球侵略しとるんだ、お前ら……! 本部なんぞ、ドコに建てた?

 しかも、NTTの回線を保有しとるとは、どういう事だ。


 僕は言った。

「 15日の、間違いじゃないだろうな……? 」

 掴んでいたサバラスを放すと、ヤツは机の上に、ちょこんと座り、言った。

「 そんな、単純な間違いを、するワケないじゃん 」

 さっき、20秒を、1分と間違えたじゃないか、おいっ! あっけらかんと、言ってんじゃねえよ!

「 あと、5秒! 」

 …頼むぜ、あぶらすまし…!

「 3、2、1… ごおォォーッ! 」


「 …… 」


 目の前に、かすみが立っている。 僕は、学生服を着ていた。


 ……成功だっ……!


 かすみも、自分の姿を確認する為、着ている制服や腕などを見渡している。

( そんな事しなくてもいいよ、かすみ! 僕が、見てる。 かすみだ! 良かったね! これで、元通りだ……! )

 自分に戻った事を確認し、嬉しそうな表情のかすみ。 僕に、満面の笑顔を見せる。 しかし、その顔は、次第に驚愕の表情に変わって行った。


 ……どしたの? 僕… 何か、ヘン?


 かすみが言った。

「 みちる……! 」

 僕を指す、かすみの指が、震えている。


 何、何? 何か、おかしいの?


 星野が言った。

「 ……お前は……! 」

「 ナンだ? どうしたんだ? オレ、おかしいのか……? 」

( ……こ、この声……! まさか……! )

 僕は、星野の机の引出しを開け、手鏡を出した。 恐る恐る、覗き込む。


 ……鏡には、健一が映っていた。


「 …… 」

 僕は、机の上のサバラスを見た。


 …ナニやら、必死に電子手帳を検索しているサバラス。

 僕の『 殺気 』に気付いたのか、ふと目線だけをチラリと、こちらに向けて言った。

「 ……やあ…… 星川クン。 元気? やっほう~……? 」

 僕は、サバラスの手から、すっと電子手帳を取り上げ、そのまま静かに、後ろに投げ捨てた。


 …妙~な脂汗を、額に浮かせているサバラス。


 僕は叫んだ。

「 やァ~りやがったな、テメエーッ!! よりによって、健一だとおォ~ッ? 」

( ああ…… 確かに、あのアホ健の声だ…… )

 サバラスが釈明する。

「 いやあ~、おかしいな? プログラムが交錯したかな? ん~、ん~… んん~……? 」

 ……消えるなよ?

 消えるなよ、てめえっ…! きっ…


 ……消えた……


 僕は、机に両腕をつき、大きなタメ息と共に、落胆した。


 ……どうしてくれよう? やはり、意識不明にしてやるか?

 いや、そんなんじゃ、元に戻れない。 ヤルなら、戻ってからだ。 ヤツを生かしておくと、人類に破滅をもたらす。

 とりあえず、どうする……? 探偵を雇って、さっきの電話の着信記録を逆探知し、住所を調べて、カチ込むか? …いや、そんな金は無い。


 星野が言った。

「 とりあえず、健一と連絡を取れ、星川。 ヤツがうろたえて、何か、しでかす前に…! 」

 確かにそうだ。 それに、鬼龍会と何ら関係意の無い健一が、部室にいるのもヤバイ。

 僕は、かすみと共に、校舎から出た。

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