第21話、新生、仙道寺

 神岡が、頭を垂れて言った。

「 オレらの完敗っス、かすみ嬢……! 男として、潔く負けを認めます! 数々の無礼… 星野会頭にも、お詫びしたく、参りました……! 」


( 星川が、星野になっとる……! )

 …サバラスの記憶操作だ。

 こういう辺りは、完璧なのに… 何で肝心なトコが、いつも抜け落ちる?


 星野は言った。

「 潔いな、神岡……! 鬼龍会としては、頭が素直にケジメを付けに来た仙道寺を、これ以上、関知はしない。 武蔵野や他校を攻撃しない限り、お前たちとは、友好関係でもある 」

 ……カッコいいね、星野。 サマになってるわ。 中身も元に戻った事だし、その言動も一際、凛としてるね。

 神岡は言った。

「 寛大な処置、有難うございます 」

 星野が追伸する。

「 だが、お前たちが重ねた犯罪は、謝ったくらいじゃ、済まされないぞ? 実際、何人も死んでいる。 自首するかどうかは、お前たちの判断に任せるが、それで免責叶ったと思うなよ? 」

 神岡が、うつむいたまま、神妙な表情で答えた。

「 承知してます…… 」

 星野は続けた。

「 まあ、自首したところで、死んだ者は生き返らん。 今日までの事は、今日までだ…… 立派に更生し、努力する方が、死んだ者への最良の謝罪になるんじゃないかと、あたしは思うが? 」

 無言なままの、神岡。

 星野は、小さく息をつくと、腕組をして神岡に聞いた。

「 傘下にした学校の処理は、どうするんだ? 」

「 全て、開放します。 ウチらも、星野会頭の鬼龍会同様、自衛組織として再出発させます 」

「 それがいいだろう…… 他区では、この辺り同様、様々なグループが勢力争いを繰り広げている。 いつ、外から侵略されるか、分からん。 内輪モメをしている時では、ないからな。 共に、治安維持に励もうじゃないか 」

「 有難うございます、星野会頭……! オレら… 一生懸命、精進します……! 」

 正座したまま、星野に一礼する神岡。 他の者たちも、同様に一礼した。


 …てっきり、仕返しに来たと思ったが、事態は、良い方へ展開しようとしているらしい。 一安心だ。


 神岡は、僕の方に向き直ると言った。

「 かすみ嬢…! オレら… 可憐で勇敢な、かすみ嬢にホレました……! 是非、オレらの頭になって下さい! お願いしますっ! 」


 ……は?

 ナンちゅう展開じゃ、そりゃ……!

 ヤンキーデビューどころの話じゃ、なくなって来たぞ?


 当のかすみ( 僕 )は、ポカ~ンと、口を開けている。

( ……かすみには、無理だ )

 あの、劣悪非道の仙道寺が、ファンタジー・茶目っけ・仲良し同好会に変貌するのは間違いない。 また、それも一興かとは思うが、ハッキリ言って気持ちが悪い。 魅惑の世界どころか、驚愕の世界だ。 それ以前に、神岡の精神が、持つまい。


 僕は悩んだ……

 再び、かすみを見たが、顔の前で掌を縦にして振り、『 無理・無理! 』というようなゼスチャーだ……


 僕は言った。

「 オレ… いや、あたしは、星… いや、河合さんのお手伝いを、してるだけだしぃ~… 塾もあるしぃ~? 超、全然、無理っぽいしいぃ~? 」


 …無理やり、チャラい女子高生言葉で喋ったら、脳みそスポンジ状態の女子高生になってしまった。


「 そこを何とか、ひとつ…! 」

 神岡は、額を床に擦り付けて嘆願する。

 チラっと、かすみ( 僕 )を見てみたが、相変わらず困惑顔をしている。

( 男が、ここまで言ってんだ。 邪険にすると自殺するかもしれんぞ? コイツ )

 ……列車には飛び込むなよ? ダイヤが乱れて、乗客に迷惑が掛かるからよ……!

 神岡は、尚も続けて言った。

「 オレら…… 今まで、テキトーかまして、いい加減なコトばっかりやって来ました。 真面目になるったって… ハッキリ言って、どうすればいいのか、分からんです。 指導して欲しいんっス! 星野会頭の鬼龍会のように、みんなに頼られて… 尚且つ、カッコ良く行きたいんっス……! 」


 先生の言うコト聞いて、大人しくしてしてればイイの。 そんで、みんな、部活やんなさい。 空手部へは、ウチのお袋か、ヒゲ親父に行ってもらうから。


 星野が言った。

「 神岡よ…… その意志があれば、充分なんじゃないのか? 暴力で人を虐げても、恐れられるだろうが、尊敬はされない。 人の頂点に立とうとは思わず、皆を引っ張って行こうと言う気持ちがあれば、人はついて来るものだ 」

 神岡が答える。

「 でも、オレたちには、新しい指導者が必要です……! かすみ嬢のような、可憐で、勇敢なお嬢がいれば、アホなオレらでも、頭切り替えて更生出来るような気がするんです……! かすみ嬢の為だったら、オレら… 何でもやります! お願いします! 」


 ……困った。

 連中、かすみを、尊師のように見ているらしい。

 ある意味、マインドコントロールされているようだ。 ビールビンや、ジョニ黒・ロイヤルは、かなり効き目があったらしいな……


 僕は答えた。

「 …では、条件があります。 私は、特別顧問として下さい。 それと、過剰な護衛は、付けない事。 基本的に、活動は鬼龍会の管轄の元、常に、担当者を通し、報告をする事…! 最高決定は、私が下しますが、通常の業務は、神岡さんが代行して行って下さい。 了承頂けますか? 」

「 そりゃもう…! かすみ嬢の冠が頂けるなら、オレら、全然オッケーですっ! 」

 少々、不服そうな、かすみ。

( 仕方ないだろ? この場を丸く治めるには、こうするしかないじゃんかよ )

 星野も、苦笑いしている。


 出っ歯の男が言った。

「 やった! こんな、可愛くて強いお嬢が、オレらの頭っスかっ?! 感激っス! 」

「 もう、お嬢って、言うんじゃねえ! 今から、オレらの頭なんだぞ? 総長と呼ばねえか! 」

 神岡が、たしなめる。

 後ろの連中が、ボソボソと話している。

「 …ムサ苦しい、ウチらの体質も、やっとこれで改善されるな……! 」

「 おう。 お仕置きも、あるんかな……? 」

 ……お前ら、基本的にマニアだな?


 神岡が、僕に言った。

「 早速ですが、総長。 襲名披露を行いたいと思いますが、明日の放課後、ウチの学校まで来て頂けますか? 」


 ……いきなり、そう来たか。

 さぞや、物騒な連中ばかり、列席してるんだろうな。 ウチの幹部会の方が、もっとコワイけど……

( しかし、そのうち、体が元通りになった後は、かすみが行く事になる。 ここは一つ、かすみにも情況を見ておいてもらった方が良さそうだな…… )


 僕は、神岡に言った。

「 分かりました。 でも、立会人として、河合さんも同行させて下さい。 基本的に、私は、河合さんの部下ですから 」

 神岡が答える。

「 おおう……! 鬼龍会の関係者が列席下さるとは、光栄です! 襲名披露に、ハクが付きますわ。 是非、こちらからもお願い致します 」

 神岡は、横に正座していた刺青男に言った。

「 コージ! 準備は、抜かりなくやるんだぞ! 総長の初登校だ。 会場は、武道場でやるからな。 ちゃんと掃除しておけよ? 」

 コージと呼ばれた刺青男が答えた。

「 承知しました! 杯のポン酒は、大吟醸にします? 」

 それを聞いた神岡が、ニコニコしながら振り返ると、僕に聞いた。

「 宜しいですか? 総長。 旨い地酒もあるんですが? 」


 ……あのな。


 僕は答えた。

「 ジュースにしなさい 」

「 ……は? 」

「 アップルジュースがいいです。 出来れば、○っちゃんで 」

 『 ○っちゃん りんご 』は、かすみのお気に入りである。

「 なるほど。 総長は、ゲコでいらっしゃるのですね? 分かりました。 総長のは、○っちゃんのアップルジュース、と言う事で…… 」

 僕は言った。

「 皆さんも、そうして下さい。 校内で飲酒など、とんでもない事です! 」

「 …… 」

 コージの後ろで正座していた男が、隣の男にささやいた。

「 ……アップルジュースで、杯、交わすのか? 」

「 楽しそうだな…… 」

 神岡が、コージに言った。

「 ……コージ…… 全員、○っちゃんだ 」

「 へい……! あのぉ~… その後に、懇談会がありますが… ○っちゃんで、肴をつまむんスか? 」

 僕は、コージに提案した。

「 ○ッキーにしましょう! 」

「 ……はい? 」

「 イチゴ○ッキーです! 決まりっ! 」

「 …… 」

 無言のコージ。

 神岡が、コージの方を向いて静かに、『 強く 』言った。

「 ……イ…… イ、イチゴ○ッキーだ! 聞こえねえのか? 」

 言いながらも、少し、目の下をプルプルさせている。

「 ……へい。 イチゴ… っスね……? 」

 後ろの男が、また隣の男に耳打ちする。

「 おい… イチゴ○ッキー、だとよ……! 」

「 バカ、うめえんだぞ? アレ 」

 僕は言った。

「 今回は特別に、私からも、ご挨拶の品を持って行きます。 ○っぱえびせん、1ダース! 親戚に、卸をしている叔父さんがいるの 」

「 …… 」

 声が無い、神岡。

 後ろの連中が、再び、耳打ちした。

「 ……○っぱえびせんだと 」

「 止まらなくなるんだぞ? アレ 」

 コージが、ぼそっと神岡に言った。

「 オレら…… 完璧に、更生出来るような気がして来ました……! 」

 神岡も、呟くように答える。

「 ……そうだな…… 最初は、辛そうだがな…… 」

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