第20話、何とかしてくれ!

「 ……た、助けてくれ! もう、何もしないから。 ほ、ほら… ナイフも捨てるよ、な? 」

 出っ歯が、ナイフを地面に置いた。 ひざまずき、両手を上げている。

 僕は、ガラスに映ったかすみの姿を見据えたまま、呆然としていた。


 …ワケが分からない。

 さっきまでは、星野だったのに、今は、かすみになっている……!


 両掌を交互に裏返し、見つめる。

 …見覚えのある、小さな手…


「 …… 」


 サバラス……

 てめえ、やりやがったな……?!

 失敗したんだろ!? ってゆ~か、間違えおったな……? ドッチでも良いわ、同じコトだ! …入れ替わったのは、僕だけか? 星野は? かすみは、誰と入れ替わってんだ? 報告に来んか、てめえっ!


 出っ歯が言った。

「 お… お前らの勝ちだ! 神岡さんも、ヤられちまったし… 仙道寺は解散だ! もう、手出しはしねえから、見逃してくれ、な? 」


 そんな事は、この際、どうでもいいっ!


 僕は言った。

「 さっさと、消えろッ! 」

 …ああ… 可愛い声。 怒った声も、素敵だね、かすみ……! って、陶酔している場合じゃない。

 『 僕 』の声に、弾かれた如く、出っ歯は、一目散に逃げ出して行った。


 スマホを出し、星野にダイヤルする。

( …このスマホは、僕のものだ。 星野と入れ替わった時もそうだったが、どうやって瞬時に、体だけ入れ替えるのだろう? )

 この辺りは、まさに、未知の世界が成せる技だ……


 しばらくの呼び出し音の後、星野が出た。

『 星川か? やったな! 元に戻ったじゃないか! そっちは、どうだ? コッチは、すべて倒した。 急に、あたしが現れた時の、あいつらの顔といったらなかったぞ? 神岡は、そっちに行ったらしい 』


 星野は、元に戻っている。 …と、いう事は……!


 僕は言った。

「 神岡は、倒した。 ココに転がってるよ…… 」

『 ……声が、ヘンだぞ? …誰だ、お前? 』

「 星川だよ 」

『 ……その声、かすみじゃないのか? 何で、そんなトコにいるんだ? 星川は… いや、星野は… ええい、もう、どっちか分からない! 彼氏を出せ! 』

「 僕だよ! どうやら、ソッチは元に戻ったが、僕は、かすみと入れ替わったらしいんだ! 」

『 …… 』

「 サバラスが、しくじりやがったんだよ! 」

『 かすみと、入れ替わってしまったのか? 』

「 どうやら、そうらしい。 とにかく、会おう。 ゲーセンまで戻ってくれ! 」

『 よし、分かった! 』


 スマホを切り、再び、ガラスを見つめる、僕……

 かすみは、多岐学園の制服を着ている。 おそらく、下校途中だったのだろう。 もしかしたら、健一と一緒だったかもしれない。 だとすれば、厄介だ。 突然、入れ替わった僕の姿に、あのアホ健は、どう反応するだろう?

 かすみとて、同じだ。 2人とも、事のてん末を最初から説明しなくてはならない。 面倒臭い……


 でも、愛しいかすみが、僕のモノになった。 これは、素直に喜ぶべき事実かもしれない。

 僕は、両手で自分の肩を抱き、かすみを抱きしめた。

( ああ、かすみ……! )


「 …… 」


 全っ然、実感、湧かんわっ!

 右手で、胸の膨らみを確かめる。

( おおおうっ…! コッチの方は、強烈に実感出来るぞ。 気が、ヘンになりそうだ )

 …ゴメンね、かすみ。 ちょっと触っちゃった……!



 再び、ゲーセンに戻り、僕は、星野と再会した。

「 う~む…… 見事に、かすみだな……! 」

 星野は、僕を見ながら、感動したように言った。

「 ちくしょう、サバラスの野郎…! よりによって、かすみなんかを巻き込みやがって……! おかげで、かすみは、ヤンキーデビューを飾っちまったじゃねえかよ。 あの、仙道寺の神岡を… 事もあろうか、ビールビンで殴ったんだぞ? 初登板のルーキーが、いきなり代打サヨナラ満塁ホームランを打ったようなモンだぜ 」

 星野が、笑いながら言った。

「 お前… 神岡を、ビールビンで殴ったのか? 何ともはや… 恐れ入った話だな…! 」

「 脳天に、ビールビンをお見舞いしたあと、2発目はジョニ黒で、顔面… 倒れた上から、業務用オールドな……! 」

「 シメまであるのか… 2人とも、鬼龍会の非常勤顧問として登録するか? 武術師範で 」

「 笑い事じゃないよ……! かすみが心配だ。 サバラスは、ソッチに現れたかい? 」

「 いきなり現れて、秒読みをした後は、来てないな。 しばらくは、出て来ないんじゃないのか? 」

「 何で、わかる? 」

「 また、環境や記憶を操作しなくては、ならないだろう? おそらく、かなりの量のデータを処理しなくてはならないはずだ 」

 …なるほど。 さすが、星野。 冷静な判断だ。

 星野は続けた。

「 多分、かすみは… 彼氏である、あんたに連絡してくるはずだ。 何なら、コッチから掛けてみろよ 」

 そうだな。 モノは、試しだ。

 僕は、スマホを出した。 途端に、着メロが鳴った。 かすみからだ……!

「 かすみかっ? 」

『 …… 』

 ナニも答えない。

 そりゃ、そうだろう。 自分の声が聞こえて来るんだからな……

 僕は言った。

「 かすみなんだろっ? 僕だ、みちるだよ! 」

『 ……みちるぅ~…… 』

 泣きそうな、僕の声。 ……気色悪い。

「 落ち着けよ、かすみ! 今、そばに誰かいるか? 健一とか… 」

『 健一とは、さっき、駅で別れたの。 家に帰って、着替えようとしたら… みちるになっちゃたのォ~……! 』

 ……僕の声で、なよなよと喋らないで。 キモチ悪いから。

 かすみは続ける。

『 お母さん、あたしを見ても、ちっとも動じないのよ? まるで、あたし、昔からみちるだったような喋り方するの…! あたしのコト、みちるって言うし… 家の表札は、河合のままよ? 河合 みちるなの、あたし 』


 …さすがに、男性で『 かすみ 』はおかしいと思ったのだろう。 名前だけを記憶操作したか…… 多少は、学習したな、サバラス。 名字を変えていないトコは、手抜きのように思えるが……


 僕は言った。

「 駅前の、『 パッパラパー 』っていうゲーセン、知ってっか? 今、そこに星野といる。 来てくれ 」

『 ……うん、分かった。 行くから、待っててね? そこに居てよ……? 』

 ……キモチ悪ィ~……!

 星野の時は、星野自身が、男喋りだったから良かったが、かすみは、モロに女言葉を使う。 ゲイと喋っているみたいだ。 頼むから、内股で歩くなよ? 片腕に、ポーチなんぞ掛けて来たりして……


 しばらく待っていると、かすみが来た。 可愛らしい、ポーチを持って……


 僕は、全てを話した。

 僕が、あの朝、星野と入れ替わってから、今日、先程まで、全てだ。

 かすみは、両手を、両ももの間に入れながら、じっと聞いていた。

 そのポーズ、やめい……! キモチ悪い。


 かすみは言った。

「 …信じられないけど、事実なのね……! びっくりしたけど… 良かった。 入れ替わった相手が、みちるで……! 最初、どうしようかと思ったわ…! 何が何だか、分からなくなっちゃったの 」

 少し、笑顔が戻った、かすみ。 …だが、見た目は僕だ。 姿は男なのに、女性言葉による話し方とのギャップがあり、やっぱり、キモチ悪い……

 星野が言った。

「 おそらく… そのうち、サバラスが出て説明するだろう。 まあ、あたしの所には、出て来ないと思うが? 」

 説明なんぞ、要らん。 速攻、ノックしてやるわ。

 星野が続けた。

「 しばらく、目隠しの入浴は、続きそうだな、星川。 まあ、お前たちの間柄なら、別に問題は、無いか…… 」

 事態に気付いたかすみが、顔を赤らめる。


 ……キモチ悪い。


 かすみが、更に顔を赤くして答えた。

「 …みちるになら、あたしの方は、良いケド……? 」

 いけませんっ! 血が逆流して、フロに入るどころの騒ぎじゃなくなります!

 星野が、からかい半分で、かすみに助言した。

「 いいか? かすみ。 トイレで用を足す時には、だな… こうして、指先にペーパーを巻いてだな…… 」

「 …でっ、出来ませんっ! そんな… そんなコト……! 」

 やれ! かすみ。 根性、見せんかいっ! 漏らすんじゃないぞ? 僕の品位に関わる。


「 ナンの話しかな~? ナンの話しかなぁ~……? 」


 …出たぁ~、サバラス!

 また、テーブルの上から、顔半分だけ出し、いやらしく笑っている。

「 …きゃっ…!! 」

 初めて見たかすみが、小さく声を出し、驚いた。

 僕は、着ていたかすみの、制服の胸ポケットにあったシャープペンシルを取り、モグラ叩きゲームのように出ていたサバラスの頭に、グサッと突き刺した。

「 サァ~バラスうぅ~……? てめえ~、よくもやってくれたなァ~? どうしてくれんだよッ! 」

 僕は、突き刺したシャープペンシルを持ったまま、ヤツの頭をグリグリさせながら言った。

 かすみが、手で口を押さえ、心配そうに言う。

「 …そ、そんなコトして……! 死んじゃうんじゃないの? このヒト……? 」

「 この程度じゃ、死なん。 お前も、やったれ! かすみ 」

 サバラスが言った。

「 いやあ~、すまんね。 かすみさんとやら。 お詫びに、ペルセウスの太陽風焼きダンゴを買って来たんだが、食うかね? 」

 僕は言った。

「 要らん! 2tもあるんだろうが? それ 」

 かすみが答える。

「 頂きます 」

 ……食うんかよ、かすみ。

「 まあ、もう一度、プログラムを見直して、再チャレンジを… 」

 サバラスが、そう言った時、数人の男たちが、僕らを取り囲んだ。 例によって、サバラスは消えている。


「 …お前ら…! 」

 星野が、険しい表情で、連中を睨んだ。


 神岡だ……!


 頭を、包帯でグルグル巻きにしている。

 傍らには、刺青の男…… ジョニ黒で、トドメを刺してやったヤツだ。 仕返しに来やがったのか?

 その後ろには、出っ歯の男。 見覚えの無い男たちも、数人がいる。 皆、顔や腕に打撲の跡があった。

 神岡は、じっと僕を見つめると、突然、床に正座し、手をついた。

「 ? 」

 他の者も、神岡に続き、正座する。


 ……何だ? 何が、始まるんだ……?

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