第19話、かすみ現る……?

 …疑問に思うのだが、体が入れ替わったのに、ナンで、体力は変わらずなんだ?

 女性である星野の体力を考慮しても、明らかにスタミナが無い。 体が入れ替わる以前の、運動不足状態の僕のままだ。 すぐに、息が切れてしまう。 矢島と、一戦を交えた時もそうだった……

 だいたい僕は、日頃から運動不足だ。 イカン、イカンと思いつつも、つい怠けてしまっていたのだ。

( 体育の時ぐらいだもんな、運動するのは…… )

 早朝ランニングを決意した時もあったが、2日で頓挫してしまった。 あの、ヒゲ親父がしゃしゃり出て来たからだ。

「 おはよう、みちるクン! 一緒に、走ろうじゃないか。 とりあえず、10キロ、イッてみようかあ~! 」

 ……ナニが、10キロだ、てめえは。

 成層圏まで走って行くつもりはないぞ?

 しかも、『 とりあえず 』とは、どう言う了見だ、コラ。 明日は、20キロか? 死ぬわ!


 おそらく、お袋からの情報をキャッチしたに違いない。

 息子のゴキゲンを取りたいのなら、メシでも奢らんか。 その方が数倍、効き目があるぞ? オッさん。


 日曜に、ジムに通おうかとも考えた。 近くのフィットネスジムで、バイトを募集していたのだ。

 一石二鳥! タダで、ジムが使える……!

 だが、その計画も、かすみの携帯で泡と化した。

『 ねえ、みちるぅ~ 日曜は、映画見に行こうよおぉ~! 遊園地も行きたいな。 とにかく、毎週逢ってよ? 』

 僕は、デレデレしながら答えた。

「 もちろんじゃないか、かすみぃ~! 日曜は、かすみの為に、オールウエイズ・スタンバイよ? 」

( ……ナニが、オールウエイズじゃ。 イザという時の為に、多少でも、体を鍛えておけば良かったぜ…! マジで )


 ……ぬううっ……! 息が切れた!


 随分、走ったが、連中は、まだ追って来るようだ。

「 コッチに行ったようです、神岡さん! 」

 路地を隔てた向こう側から、声がする。

( ン、もおォう~~、しつこいな! その労力を、もっと他に還元せえよ……! )

 僕は、再び走り始めた。


 しばらくすると、少し広い空間に出た。

 とあるスナックの、裏口のようだ。 バスケットに入れられた、大量の使用済みおしぼりや、洋酒・ビールの空き瓶が置いてある。 そのまま向こうは、大通り。 右には、更に路地が続いている。

( …どうしようか? 大通りに出ると、連中に見つかるかもしれん。 このまま、まだしばらく、路地裏を逃走した方が良さそうだな…… )


「 やあ、星川クン! 」


 イキナリ、人形が出た……!

 ナニしに来たんだ、コイツ。


 サングラスを、クイッと上げ、サバラスは言った。

「 鬼ごっこかね? 私も、混ぜてくれたまえ 」

 …じゃ、代わりにお前、ナイフで刺されろ。

 ドコの世界に、こんなひっ迫した表情で、鬼ごっこするヤツがいるってんだ? 情況を推察せえ。 今、お前と遊んでいるヒマは、無い! 人生の危機なのだ。 明日まで、消えてろ!

 僕は無視し、右の路地へ入った。

「 のけものにちゃ、イヤ、イヤあぁ~ん! 」

 僕の背中に負ぶさり、甘えた声を出す、サバラス。


 …お… 重てええェ~っ! 降りろ、てめえ~っ! 小泣き爺か、てめえはっ!


 僕は、走りながらサバラスを掴み降ろすと、切れた蛍光灯、数本が入ったポリバケツの中に放り込んだ。

『 グワシャーン! バリバリ、パリーン!! 』


 …ずっしりとした感じが、再び、肩に掛かる。


「 地球人の愛情表現は、過激でイカンのう~ 」

 額に、割れた蛍光灯の破片を、幾つも刺したサバラスが、僕の背中で言った。


 …お前、ヒトの一大事をもて遊んで… さぞかし、楽しいだろうな?


 次の路地を回った所で、僕は立ち止まり、一息尽いた。

 サバラスが背中から飛び降り、言った。

「 実は、明日の予定が、変更になったのだ 」


 …そら来た…!


 大体、想像ついてたぜ。

 いつだ? あさってか? 1週間後か? それとも、半年後か? もういい、スキにせえ!


「 今日、行う! 」

「 ……へっ? 」

「 へっ、じゃない。 もうすぐだ 」

「 …… 」

「 あと、2分 」

「 ……おい 」

「 間違えた。 あと、30秒 」

「 おいッ! フザケんな! こんなトコでやるんかよッ!? 」

「 GOォ~ッ! 」

「 ごおお~、じゃねえっ! 陶酔すんな、てめえ! もっとこう、厳かにだな… 」

「 いましたッ! 神岡さん、コッチですっ! 」

( しまった! 見つかった…! )


 …時、遅し…!


 2人の男が、路地から出て来た。 神岡も、後から姿を表わす。

( 先手必勝だッ!! )

 僕は、足元に転がっていたビールビンを掴むと、路地から顔を出したばかりの神岡の頭( 頭頂部 )を、思いっきりブン殴った。


『 バキャッ! パリーン、カラカラ、カラ……! 』


 粉々に割れたビールビンの破片が、そこいら中に飛び散る。

「 …お… お…… お 」

 神岡は、口を開けたまま、目の下辺りをヒクヒクさせている。

 すかさず、洋酒の空き瓶が5~6本、まとめて置いてあった中から1本の空き瓶を拾い( ジョニ黒 )、今度は、ヤツの顔面にお見舞いした。

「 えぶっ…!! 」

 ゴキッ、という衝撃音。 ビンの角部分が、鼻筋にヒットしたらしい。

( ……コレは、痛そうだな……! 絶対、やられる方には、なりたくない )

「 ぶ、ぶふっ……! 」

 鼻血を、霧吹きで吹いたかのように、ぶばっ、と吹き出し、神岡は仰向けにひっくり返った。

( トドメだ! )

 ○ントリー・オールド( 業務用の、デカイやつ )の空き瓶を両手で持ち、頭の上に振り被ると、僕は、足元に転がっている神岡の顔面めがけて投げつけた。


 ……投げる瞬間、コレをやると死ぬかもしれんと思ったが、もう遅い。


 超、ハデな音を立てて、ウイスキービンは、ヤツの顔の上で粉々に飛び散った。

「 わぎゃ、ぶっ…!! 」

 電気ショックを処置した心拍停止患者のように、一瞬、体中を硬直した神岡は、短い叫び声と共に沈黙した。


 ……目ン玉が、ひっくり返っとるぞ……?

 瞳孔も開いているんじゃないのか? コイツ……


 僕は、更に、○ントリー・ローヤル15年を手に、残った連中を睨みつけた。

 1人は、ヤセた男で、出っ歯。 もう1人は、Tシャツにジーンズ。 短い金髪を立たせた男だ。 両腕に刺青をしている。

 出っ歯が言った。

「 な… ナニしやがるんだ、コイツ……! 」

 …ナニって、ウイスキービンを投げつけたんだよ。 見りゃ分かんだろ。

 僕は言った。

「 てめえらも、頭で味わうか? サイコーの酔いだぞ? コレ 」


( ……ん? )


 声が、何か変だ。 星野の声じゃない。 聞いた事、あるんだが… 気のせいか?

 刺青男が言った。

「 てめえ~……! 星川は、ドコ行った? 素直に言わねえと、タダじゃおかねえからな! 」

 ……は? ナニ言ってんの、お前ら。 目の前にいるじゃん。

 出っ歯が、刺青男に言った。

「 コイツ… 情報屋の女だ! やっぱり、星野と、ツルんでやがったんだ! 」


 ……え?


 刺青男が答えた。

「 面倒くせえっ、ヤッちまえ! 後でゆっくり、聞き出せばいいんだ! 」

 ナイフを構え、刺青男が襲い掛かって来る。

( ちょ… ちょっと待て、お前ら! 情報屋の女って、ナンだ……? そりゃ、かすみの事かっ……? )

 僕は、とりあえずロイヤルの空き瓶を振り回し、応戦した。 …と思ったら、瓶ネックのコルク栓が、ポンッという音と共に抜け、分厚いガラス瓶の底が、突進して来る刺青男の顔面を直撃した。

『 ベゴキッ……! 』

「 ぬがぁっ…!! 」

 カウンター気味に直撃した、ロイヤルの空き瓶。 …これもまた、痛そうだ。

 仕上げに、先ほどから持っていたジョニ黒を、脳天にお見舞いする。

『 グワシャーン! パリン、パリーン……! 』

 うつ伏せになって倒れた、刺青男。 しばらく、ヒクヒクしていたが、やがて静かになった。

 僕は、横の建物にあった窓ガラスに、自分の姿を映してみた。


「 …… 」


 ……何で、僕… かすみになってるの……?

 ガラスに映った僕の姿は、紛れも無い、あの愛しいかすみだった。

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