第17話、突入せよ!
比較的に古い、グレーの壁面のマンション……
どうやら、ワンルームの集合マンションのようだ。 繁華街から少し離れた住宅街に建っている6階建てである。 通りに面した各部屋のテラスには、量の少ない洗濯物が干されており、比較的、1人住まいの居住者が多いようだ。
「 5階の、左から2つ目…… シーツみたいな物が干してある部屋がそうです。 分かります? 」
マンションから、少し離れた路肩に停車した、サブの車の中。 後部座席に座っていた僕の横にいたマサが、マンションの上階を指差しながら言った。
「 ああ、分かるよ。 他の連中は、どうしてる? 」
マサが、マンション周りを確認し、言った。
「 ……あっちの民家の影に、2~3人いますね。 常盤の連中です。…マンションの駐車場に止めてある、黒いミニバン… アレも何か、怪しいですね 」
サブが、ガムをクチャクチャさせながら言った。
「 芹沢センパイたちが、来ましたよ? 今、止まった、あの白いバンです 」
道路反対側の路肩に、『 わ 』ナンバーの白いバンが止まった。
どうやら、レンタカーを借りて来たようだ。 窓ガラスには、ベニヤ板で目張りがしてあり、運転席には、作業着姿の芹沢ちゃんが座っている。
…キミも、無免かな? 豪気だね。
どうやって、レンタして来たのかな?
その車の荷台には、風紀局 精鋭部隊が、声を潜めて乗っているんだね?
乗車人員なんて、全く、お構いなしかい? 心強いわぁ~……
やがて、1台のセダンがやって来て、マンションの下の路肩に止まった。
バンパーや、ドアのあちこちがヘコんだ、かなり古い車だ。 おそらく、下取り価格は無いと思われる。 査定に出したとしても、「 廃車手続きをするので、手数料をください 」と即答されそうな、どうなっても構わない、超ゴキゲンな車だ。
その車を観察していたサブが言った。
「 …おっ! 出ましたよ、会頭! 矢島です! 」
ポンコツの後部座席から降りて来た男は、黒いズボンにグレーのパーカーを着て、黒のニット帽を被っていた。 髪は金髪。 後ろ髪が、異様に長い。
…お前、それ、カッコいいと思ってんのか?
首からは、ジャラジャラと、十字架やピースマークのアクセサリーをぶら下げている。 鼻と下唇には、いくつものピアス。
…センス、悪。
他にもう1人、後部座席から男が出て来たが、矢島は手をかざし、車に戻した。
( これから、カノ女としっぽりするんだ。 1人で行きたい気持ちは、よく分かるぜ。 その男心を読み、クーデター発起を画策するとこなんざ… 策略では、眉毛無しの勝ちだ )
矢島が、マンションの中に入った。
それを見定めてか、あちこちの物陰や建物の影から、異常な多さの常盤の連中が飛び出して来る…! 一体、ドコにこんなに隠れていたのかと感心するほどの人数だ。
全員が、一斉にポンコツセダンを取り囲んだ。 マサが言った駐車場の車からも、バラバラと出て来る。
やがて、囲まれた車の中から、運転者と先ほどの男… あと、助手席に乗っていた男も、車外に引っ張り出され、乱闘が始まった。
「 ち…! あんな大勢で乱闘始めやがって……! すぐ警察が来るぞ、バカ共が……! 」
マサが、舌打ちしながら言った。
……ねえ、僕ら… いつ行く? マサ君や。
ポンコツに乗っていたのは、おそらく幹部だろう。 最初、車を取り囲んだ数人が反撃に遭い、殴り倒されて路上に転がったが、多勢に無勢… 段々と、取り押さえられ、ボコボコに殴られている。
やがて3人の男たちは、駐車場に止めてあった例のミニバンまで、みこしを担ぐように運ばれて行った。
……3人とも、ぐったりしている。
遠目で見ても、半殺しのようだ。 可哀想に……
マサが言った。
「 ヤラれたのは、副長と特攻隊長のようですね。 もう1人は、おそらく、組頭でしょう 」
3人の男を拉致したミニバンは、数人の男たちを乗せると、猛スピードで発進し、駐車場を出て行った。 多分、学校へ戻り、クーデター発起と、その成功を発表するのだろう。
ここまで来れば、成功したも同然だ。 あとは、『 大御所 』の始末である。
残った常盤の連中が、マンションの入り口に殺到する。
それと同時に、芹沢ちゃん配下の、我が鬼龍会風紀局も出動である。 バンの後部扉が開けられ、常盤の制服を来た部員たちが、一斉に踊り出て来た。
( この人数で掛かれば、矢島が、いくら抵抗しようが、勝ち目は無いだろう。 もしかして、僕の出番、無いんじゃないの? 嬉しいな )
マンションの中から、騒ぎ声が聞こえる。 始まったな……
どうやら、玄関ホールの辺りで騒いでいるようだが、まだ、部屋に踏み込んでいないらしい。 どういう事だ……?
僕のスマホに、連絡が入る。 芹沢ちゃんからだ。
「 涼子か? どうした? 手こずっているようだな 」
『 エレベーターホールに、護衛がいました! 2人です! かなりのヤリ手です……! 』
芹沢ちゃんの声の後ろから、殴りあう音や、うめき声が聞こえる。
『 1人が、携帯で応援を呼んでいました。 マズイです…! ゴタゴタしてると、応援が来ます! 』
…ヤバイ。 マサが言った通り、そのうち警察も来るだろう。
僕は言った。
「 どんな男だ? かなり強いのか? 」
『 常盤の連中では、歯が立ちません。 …今、ウチの1番隊が、突っ込みました! あっ、明日香ッ…! 』
「 どうした、涼子ッ!? 明日香が、ヤラれたのかっ…!? 」
音声は、ツー・ツーという、信号音に変わった。
僕は、スマホを放り出し、車のドアを開けた。
マサが言った。
「 姉御っ…! 」
「 正木が、ヤラれた! 行くぞ、マサッ! 」
「 会頭っ! これを……! 」
そう言って、サブは、鉄パイプを差し出す。
うおっ? またコレか……! お前、こんなモン、車に常備すんな。
「 グリップに、滑らないようにビニールテープを巻いておきました! 先端に、エルボー付きですわっ! 」
スペシャルメイドかよ。 …むう… 確かに、持ち心地、最高だわ。 借りるぜ……!
サブの車を降り、マンションの入り口に向かう僕の目に、数人の人影が映った。
「 ! 」
……何と、新たな常盤の連中が、路肩に止めてあったワゴン車から、降りて来るではないか……!
( 万が一に備えて、矢島も警戒していたんだな? 護衛が、他にもいたんだ…! だから、車から降りて来た男を静止したのか……! )
幹部たちがやられていた時、加勢に出て行かなかったのは、人数的に不利と判断し、様子を見ていたのだろう。 だが、さすがに、矢島が襲われるのを傍観しているわけにはいかない…… おそらく、携帯で呼ばれた応援は、この連中たちの事なのだろう。
玄関前で鉢合わせをした僕も驚いたが、向こうは、もっと驚いたらしい。
「 ……ほ、星川っ? 」
「 星川が、いるぞッ! 」
「 何ィッ? 」
「 て、てて… 鉄パイプ、持っとる…! 」
( もう知らん! 当たったら、ゴメンな。 凄んげえ~、痛いぞ? コレ )
「 のけやァァ~ッ! 」
僕は、鉄パイプを、思いっきり振り回しながら、連中のド真中に、突っ込んで行った。
『 バゴッ! 』 『 ベキッ! 』 『 ゴゴンッ! 』
痛そうな衝撃音。 2人がフッ飛び、1人が、顔を押さえて唸っている。
「 わわっ…! 来る、来る…! 」
残った5人と、対峙する。
…突然の襲来で、及び腰だ。 偶然、当たった鉄パイプだが、そうそう偶然が重なるワケでは無い。
( ど… どうやって闘おうか……? )
一瞬、途方に暮れる、僕。
芸の無さを、噛み締めたその時、ひゃっほう~♪ という声と共に、マサが、連中に襲い掛かった。
…ああ、可哀想に…
声も無く、赤子の手を捻るように、倒されていく連中……!
「 マ、ママママ… マサ!? 狂犬マサが、ナンで、こんなトコにいるんだよっ…! 」
そう叫んだ、最後の1人が、マサのハイキックで、歩道に転がった。
「 会頭…! 」
頬に、擦りキズを付けた芹沢ちゃん。
「 大丈夫か? 涼子っ! 」
エレベーターホールに入った僕は、その惨状に目を疑った。
……おおう……! ココは、戦場か……?
エントランス、階段… 至る所に人が転がって、唸っている。
常盤の連中は、全滅したらしい。 風紀の部員4・5人が、巨漢の男と対峙していた。
「 1人は、明日香が刺し違えて、倒しました……! 」
芹沢ちゃんの声に、傍らを見ると、男子部員に抱き抱えられ、正木ちゃんが横たわっている。
「 明日香ッ…! 大丈夫か? 明日香!! 」
近寄り、正木ちゃんに声を掛ける。
「 ……大丈夫です、会頭……! すみません… 無様な姿で…… 」
抱き抱えている部員が、僕に言った。
「 あばらが、折れているようです……! 」
「 サブの車で、すぐに病院へ連れて行け! 」
部員は、もう1人の部員と共に、正木ちゃんを抱き抱え、外へ連れ出した。
……野っ… 郎オォ~~……! よくも、正木ちゃんをやってくれたな……!
階段の上で、仁王立ちのようになっている、大男。 かなりの手傷のようだ。 フウフウと、肩で息をしている。
僕は、対峙している部員を下がらせ、ヤツと向き合った。
男が言った。
「 ……星川……!? …そうか、応援か……! いいだろう、相手に不足は無い。 …来いっ! 」
僕、行きたくないな。 ね、仲直りしない?
……ムダか。 目が血走っとる。 殺意、ムンムンだし。
僕は、思案した。
…ヤツは、階段の上だ。 状況的には、上にいるヤツが有利だ。 どうする……?
力・経験とも、ヤツの方が、上だ。 いや、センパイと言った方が良いだろう。 マトモにやれば、いかに相手に疲労があろうとも、僕に勝ち目は無い。
( ……『 アレ 』を狙うしか、あるまい……! )
そのスキが、ヤツにあるかどうかが、問題だが……
固唾を飲んで見守る、マサ・芹沢たち。
……行き詰まる時間……
その時、ヤツの後ろのドアが開いた。
……これだけの騒ぎを起こしたのだ。 当然、近くの居住者には、その騒ぎも聞こえている事だろう。 静かになったので、様子を見てみようとしたらしい。 細く開けられたドアから顔を少し出し、60代くらいの老婆が、コッチを見ている。
僕は、演出を掛けた。
「 どうもぉ~、お久し振りですぅ~! 」
…久し振り? というような表情で、大男が、チラッと後ろを見た。
( ソコだァァーッ…! )
ブンッ、という短い唸り音と共に、アンダースイングされた僕の鉄パイプは、確実に、ヤツの股間に吸い込まれて行った。
『 …ボクッ! 』
…よしっ、確かな手応え。
サブが装着してくれたエルボーの部分も、期待通りに、ヤツのタマを直撃したようだ。
「 はぁうっ…!! 」
股間を押さえながら、つま先立ちをして、大男は固まった。 目は、遠くの一点を見つめている。
……効いたな。
( 苦しいのは、よく分かるぞ? 今が、イチバン辛いトコだよな? どうしてイイか分からんくらい、苦しいだろ? 分かる、分かるぞ~……? 悪く思うなよ )
額に、脂汗をいっぱい浮かせ、大男は、歯を食いしばっている。 声も出ないようだ。
( 楽にしてやるか…… )
唸りを上げて振り下ろされた鉄パイプが、今度は、脳天に炸裂した。
……この前から、コレばっか。 また、いい加減なウワサが広まりそうだ。
大男は、股間を押さえたまま、踊り場に倒れ込んだ。
「 …お見事! 会頭! 居合切りのようですな! さすがです 」
マサが言った。
……美化すんな。 金的を狙っただけじゃんか。
まあ、この手しか、僕的には思い付かんわ。
「 女の部屋へ、行くぞ! 」
僕は、階段を駆け上がった。
……エレベーターを使えば良かった。
超、しんどい。 息切れがするわ!
日頃の運動不足がたたり、5階に着いた時には、僕は、疲労困憊になった。
( 面倒くせえェ~! もう、はよ終わらせようぜ……! 端から2つ目の部屋、と… ココか…… )
ドアノブを回したが、カギが掛かっている。
「 …お任せを 」
マサが、細い針金のようなものを出し、鍵穴に差し込む。 手馴れた手つき。 ものの数秒で、ドアは開錠された。
……お前、ドコでそんな技術、覚えた? …まあいい、さっさとヤルぞ!
疲労感もあり、面倒くさくなって来た僕は、もう、どうでも良くなった。 恐怖感など、全く無い。 鉄パイプを持っているせいだろうか? 暴走バイクの後部座席で、似たようなものを振り回し、我が物顔をしている連中の気持ちが、今や、大変素直に理解出来る。 ナンでも来いや、という気分だ……!
僕は、ドアを開けると、鉄パイプを肩に担ぎながら室内に踏み込み、言った。
「 はいよ、ゴメンなさいよぉ~ 」
室内では、矢島が、彼女と真っ最中であった。 ベッドの上から、こちらを振り返り、びっくりして言った。
「 なっ……? お… お前、星川っ……? な、な… 何しに来たッ? 」
……お前を、ブチのめしに来たの。
「 きゃあああぁぁ~っ! 」
制服の上着をはだけ、下は、スッポンポンの女が、金切り声を上げる。 …凄んげえ、光景だ。 目がツブれる。
矢島が、慌てて服に手を伸ばしながら言った。
「 て… 鉄パイプなんか、持ちやがって、てめえ……! 」
しかも、スペシャルメイドなの、これ。 サブが、作ってくれたんだよ? 上手でしょ?
フリチンのまま、ズボンを履こうとした矢島の脳天に、僕は、お構いなく、鉄パイプを振り下ろした。
……クーデターは成功した。
新勢力配下となった常盤学院は、武蔵野と友好関係を締結した。
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