第10話、どいつも、コイツも……!

 部屋に戻ると、サバラスが、ベッドの上で寝転びながら、ノンキに単行本小説を読んでいた。


 ……熱湯漬けにしてやろうか、コイツ……!


 手足を縛って、ブロックと共に、バスタブに沈めるのも一興かもしれん。 僕のベッドで、優雅にくつろぎやがって、この野郎ォ~……! 今、僕が、どんな苦労をして、フロに入って来たと思ってんだ……! 何と、水死しそうになったんだぞ、てめえ。 誰のせいで、こんな状況になったと思ってんだ…!


 濡れた髪を、タオルでゴシゴシ拭きながら、僕は言った。

「 また来てんのか、お前。 公園脇に止めた車の中で寝ている、さえない営業マンみたいだな。 ちゃんと仕事しろよ! 」

「 失敬だな、君は。 今、人間の文化について、最先端科学の論評を解読しているところなのだ 」

 科学だと……? どう見ても、今、お前が読んでいるのは、太宰の『 斜陽 』だぞ? 日本文学を探求するのも良いかもしれんが、現状打破に、もっと奔走せえ。

 サバラスは言った。

「 いやあ~、やっぱり太宰は、イイねえ。 豪快に笑わせてくれるトコが、ニクイねえ~ 」


 ……ドコ読んだら、太宰で笑えるんだ?

 お前、日本文学、おちょくっとるんか? タコ。


 サバラスは続けた。

「 井伏鱒二の『 本日休診 』も、元軍人の男が主人公で、面白かったね、うん。 そうそう、新田次郎の『 沈黙 』には、涙したな。 だが、私的には、夏目漱石の『 こころ 』が好きだ。 特に、ラストシーンは圧巻だね 」


 ……お前、めっちゃんこ、言っとるな? 『 沈黙 』は、遠藤周作だ、たわけ。

 それに『 こころ 』のラストは、敬愛する先生の遺書が、56章に渡って綴ってあったはずだ。 圧巻のラストシーンって、ナンの事だ、コラ。

 それと… 『 本日休診 』に、軍人が、出て来たっけか? それ、『 遙拝隊長 』だろ? 混同させた上に、勝手に、存在しないストーリーを論評するな!


 サバラスは続けた。

「 新田次郎は、『 女学生 』も読んだなあ~ 」

 それは、赤川次郎だ、マヌケ! 元、気象台勤務の新田次郎( ペンネーム )が、そんな題名の小説を書くか。 登山ものとか、孤島ものだわ、たわけが!


 アホのたわ言は無視し、僕は、早々に、寝る事にした。

 部屋にあった鏡の前に座り、ドライヤーのスイッチを入れ、髪を乾かす。

「 それ、やってくれ。 やって、やって! ねええ~……! 」

 サバラスが、すりすりと、僕の足元にじゃれ付きながら言う。


 ……うっとうしい。 小さくして、踏んでやろうか、コイツ……!


 しかし、大人しくさせておいた方が、僕の精神的には良いかもしれん。

 僕は、ドライヤーの温風をサバラスに当てた。

「 おお~う……! イイのう~……! 」

 恍惚の表情で、次第に小さくなって行く、サバラス。 今度は、5センチくらいまで縮んだ。 僕の肩によじ登り、髪を乾かす温風に、更に、当たっている。

 ナウシカの鳴きねずみか、銭婆に変身させられた、坊みたいだ。 元々、星野は、美人なので良いが、肩に乗っているコイツは、ビジュアル的によろしくない。 はっきり言って、ブキミである……

( 星野は、ブローしないのかな? )

 見たところ、洗いざらしのストレートのようだが、ついでなので、毛先を軽く、内巻きにしてみた。

( …へえ~、可愛いじゃないか )

 フロントも少し、巻いてみる。 …更に、可愛くなった。 土台が良いと、何をしても似合うものだ。


 涼しげな目元に、目鼻筋の通った、知的小顔美人……


 こんな美人の、あられもない姿と秘部を、僕は、見てしまったワケか……!

 先程の、風呂場での映像を思い出した僕は、顔を赤らめた。 鏡に映った、恥ずかしそうな顔の星野の顔を見ていると、更に、恥ずかしくなって来る。

( ……イカン! 堂々巡りだ。 死ぬまで、永久に続くぞ、この情況は……! )

 僕は、ドライヤーのスイッチを切り、ベッドに潜り込んだ。 枕の辺りで、ナニやら、もぞもぞと動くものがある。

「 ? 」

 指先で摘んでみると、2センチくらいに縮んだサバラスであった。

「 …… 」

 僕は、部屋の隅の方に向け、指先で、ピイ~ンとサバラスを弾くと、眠りに入った。


 翌朝。

 体は、何とも無かった。 もしかしたら、元に戻っているのでは? という、儚い僕の希望は、床で寝ている見苦しいサバラスの姿を確認すると同時に、露と消えた。

 昨晩、僕に弾かれて転がったまま、寝てしまったらしい。 机の下で、頭を下にし、不自然な体勢で寝ている。

「 起きろ、サバラス。 はよ、仕事せんか、お前 」

 サバラスが、口をクチャクチャさせ、脇腹辺りをボリボリとかきながら答えた。

「 うう~ん… もう、どうでも良いじゃ~ん……? もっかい、ドライヤーやって~…… 」


 …どうでも良いだと…? キサマ、それが本音だな? あ? コラ。


 僕は、寝ボケ顔のサバラスの耳元で、優しくささやいた。

「 ねぇ~ん、サバラスうぅ~ 今日は、どこかに連れてってよおぉ~ん 」

「 んん~……? アンドロメダ辺り、行くかあ~? 人間の2人くらい… どうなろうと、コッチにゃ、カンケーないしね。 ……ん? 」

 

 …やっと、正気に戻ったようだな… だが、もう遅い。


「 ほっ、星川クン…! おはようっ! …い、今、私… ナンか、言ってたかね? 」

 はい。 しっかりと、聞かせて頂きました。 ありがとう。

 僕は、ドライヤーのスイッチを入れ、サバラスに当てた。

「 …お、おお~……! 」

 次第に小さくなっていく、サバラス。

 手頃な、5センチサイズまで小さくすると、壁に立て掛けてあった金属バットを手に取る。 窓を開け、サバラスを宙に放り投げると、スパーンと、ノックした。 朝の清々しい空気の中、サバラスは、くるくると回転しながら、どこかへと飛んで行った。


 朝食を食べに、台所へ行く。

 母が、ルンルン気分で話し掛けて来た。

「 ねえねえ、みちるぅ~ 今日、塚原さんと、式場の打ち合わせに行くんだけど、服、ドッチが良いと思う? 」

 真っ赤なワンピースと、ピンクのニットを手に、ウキウキ顔の母。


 ……これから、それを着て… スナックへ、お勤めですか? あなた。


 死んでも、そんな服着て式場、行くなよ? 歳と、場所をわきまえんか。 どうせなら、2人とも、稽古着を着て行けや。 ご近所も、納得し易いだろう。

「 上着は、コレにすんの。 可愛いでしょ? 」

 これまた、ピンクのショートコート。 おまけに、フリル付き。 襟元には、白いファーまである。


 …あんた、コミケにでも、行く気か?

 大体、そんな服、いつ買った? そろそろ更年期障害か、という歳のオバはんが、そんなモン買うな。 売る店員も、考えて商売せんか。


「 もっと、フォーマルなモンにしなよ……! 塚原さんだって、引くよ? そんなん 」

 僕が言うと、母は反論した。

「 だって、この服… みんな、塚原さんが買ってくれたのよ? 」


 ……ヤツのセンスは、サイテーだ。 きっと、紫( ラメ入り )のブリーフを履いているに違いない。

 あんたら、間違いなく、町内の有名夫婦になるぞ? 僕、どっかに下宿するね……


 僕は言った。

「 ピンクの方が、まだマシかな……? だけど、そのコートは、ダメ。 他のにしなよ? 」

「 水玉模様のピーコートがあったけど、それにしようかな? 去年の誕生日に、貰ったの 」

 ……どのくらい、コスプレ衣装を貰ってんだ、アンタ? 全部、ヤフオクに出品せえ。 100円スタートな。 多分、マニアが20件くらいウオッチリストを入れるぞ?


 着替えを済ませると、玄関先に、例の怪しげなクラウンが止まった。

 母が叫ぶ。

「 み、みちるぅ~! ヤクザが来た、ヤ、ヤクザがっ……! 」

 落ち着け! ヤクザじゃねえ。 高校生なんだよ、アレでも。

 …ったく、デカイ声、出すんじゃねえよ。 また、意味も無く、ご近所が怯えるだろ?

( くそ、玄関先まで来やがって……! )

 外へ出ると、マサと龍二が、出迎えに立っていた。


 ……おおうっ! 怖ええ~……!


 無言で、朝日の中に、突っ立ってるんじゃねえよ、お前ら。 ブキミだろうが!

 隣の家の、勝手口の窓から、おばさんが顔を半分だけ出し、じい~っと、こちらを見ている。

 恐らく、おばさんは、完璧に勘違いをしていると思われる。 今日中には、恐るべき主婦井戸端ネットワークを通じ、向こう三軒両隣を中心とした、半径200メートル圏内のご家庭に、事実とは異なる、捏造された情報が配信される事だろう。 もう、知らん…! どうにでもしてくれ。


「 今朝は、2人とも同乗か? あまり、手を掛けるな。 登校くらい、自分で… 」

 僕の言葉を制し、マサが言った。

「 姉御。 ちい~と、厄介な事が起きまして… 話しは、車の中で…… 」


 ……何か、ヤバそうな雰囲気。

 車は、僕を乗せ、走り出した。

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