第9話、初体験・3

 夕食。

 いつもの通り、母と食べる。

「 みちる、ちょいと相談があってね…… 」

 何だ? ヒンズー・スクワットが、100回、出来なくなったのか?

「 実は来週、再婚する事になってさ 」

 僕は、お吸い物を、ブーッと吹き出した。

 それって、相談じゃないだろッ? しかも、来週って……! 旅行に行くような、軽~い口調で言うんじゃねえよ、アンタ。

「 え、えらい急な話しじゃない? 誰よ、相手は 」

「 道場の、塚原さん 」

 ……あの、ヒゲ親父か。

 いい人だが、ヤツは来年、還暦だぞ? 59歳で、腹筋が6つに割れてるヤツだから、おかしな趣味を持ってる男だとは思えんが、そんな脳みそ筋肉男がウチに来たら、それこそ毎日、稽古になるんじゃないのか? 僕は、イヤだからな? 稽古台になるのは。 「 はあ~っはっはっは、みちるクン。 いっちょ、モンでやるか? 」などと、ほざきながら、空手とは関係無い、ニー・ドロップとか、寄り倒しとか、腕四方十字固めとかを、やるに決まってる。 しかも、格闘家なのに、詩吟をたしなんでやがる。 ただでさえ、母の掛け声で、ご近所が怯えていらっしゃるのに、この上、ダミ声で初春の句なんぞ読まれたら、たまったモンじゃない。

 母は言った。

「 式は、日曜日。 そこの婦人会館で、10時からね。 旅行は、行かないから心配しないで 」

 なっ… おいっ! もう、ソコまで、決まってんのかよ!

 ドコが、相談なんだ、アンタ。 業務連絡のように、淡々と、伝えてんじゃねえよ!

( …保険殺人の、偽装結婚じゃないだろうな? まあ、殺害( 撲殺 )されるのは、アッチだと思うが…… )

 もういい。 好きにしてくれ。 僕、疲れたから、寝るわ。

 部屋に戻る僕に、母は言った。

「 再婚したら、夜、あたしたちの部屋に入る時は、ノックしてね……! 」

 ……死んでも、のぞかないから、安心しろ。


 スマホが鳴った。 星野からのLINEだ。

『 フロには、必ず入れ。 ただし、目隠ししたままだ。 こっちは、とりあえず、今日はやめておく。 男なら、1日くらい入らなくても、構わないだろう? 』

( ……ナンちゅう、無理難題を言って来るんだ、アイツは。 どいつもコイツも、好き勝手しやがって。 はい、はい… 分かりましたよ )

 今日は、風呂には入らないと決めていた僕は、既にベッドに入っていたが、渋々、起き上がり、風呂場へ行った。

( くそっ、あっちは既に、お休みモードかよ。 ったく、人の体を何だと思ってやがるんだ……! )

 ぶつぶつ言いながら、ジャージを脱ぐ。

 おっと、白いモノがチラつく。 いかん、いかん…! タオルを巻いて… と。

( …くそう! やっぱり納得いかん。 何で僕だけ、こんな面倒くさいコト、せにゃならんのだ! )

 僕は、ジャージのポケットからスマホを出すと、星野にLINEを打った。

『 僕は、キレイ好きなので、必ず、フロに入って下さい 』

 これでいいだろう。 ……いや、まだ甘いな。

 再び、スマホを出し、追伸を打つ。

『 入らないと、アソコがムズムズして、かゆくなります 』

 このくらい脅しておけば、大丈夫だろう。 あっちにも、僕と同じくらい面倒を掛けてもらわなければ、不公平と言うものだ。

( いざ、出陣……! )


 風呂場の勝手は、毎日の事なので、手探りで分かる。

( とりあえず、バスタブに浸かろう。 入っちまえば、何とかなる )

 僕は、下着を脱ぐと、タオルで目隠しをしたまま、洗い場へ入った。

 母の希望で、我が家の風呂場は、広めの作りになっており、これが幸いした。 掛け湯もせず、とりあえず着水。

 やった、入れた! …って、凄んげえ、熱いじゃんっ!

「 ほほッ、うほほッ… うほほほォ~うッ…! 」

 今度は、バスタブから飛び出し、洗い場で、飛び跳ねる。

「 熱ちッ! 熱ッ、熱ッ… 熱ぅい~、うあおっ……! 」

 足を滑らせ、尻もちを突く。 タイル場での打撲は、結構痛い。( 経験者・談 )

「 痛っ… てえェ~……! 」

 衝撃で、目隠しが取れた。 目の前にあった大きな鏡に、大股開きをしている全裸の星野の姿が、キッチリと映っている。 その股間のズーム映像が、GPS画像のように、僕の目に飛び込んで来た。

「 …! 」

 見てはいけない秘密の花園と禁断の秘部を、凝視してしまった、僕。

「 うわがっ、ごっ… ごわっ……! 」

 声にならない、うめき声を上げる。 一瞬、気が遠くなりかけた。

( かすみ…! これは事故だ。 不慮の事故なんだ……! )

 やがて湯気で曇り、鏡は、真っ白になった。 もう、何も見えない。

( そうか、最初から、待てば良かったんだ…… )

 あとの祭りだ。

 母は、熱い風呂が大好きだ。 この湯加減も、母のせいである。 今日のは、また、特に熱い。 いい加減にせんと、貧血で倒れても知らんからな……!

 しかし、先程の映像は、しっかりと僕の脳内CPUにデジタル保存されており、それがゴーストのように、脳裏を横切る。

( くそう…… とんでもないモノを、見ちまった……! 星野に、申し訳ないな )


 …黙っていよう。

 話したら、殺されるかもしれん。 いや、必ず、抹殺される……!


 でも、僕に責任がある訳ではない。 大体、フロに入れと命令したアッチのせいで、こんな事態になったんだ。 しかも、目隠しという、オプション付きで……

 星野が悪い。 僕のせいじゃない。


 再び、目隠しをしようとしたら、脱衣所に置いてあるスマホの着メロが鳴った。

 手に取り、着信を見ると、星野からのLINEである。

『 すまん。 フロ場で、ころんで、ナニを殴打した 』

 ナニやっとるんだ、てめえもっ! 僕の体だぞ。 大切に扱わんか!

 ……しかも、ナニを殴打しただとォ~? 竿か、玉か、ドッチだ? 詳しく報告せんか。

 すぐに、追伸が入った。

『 物凄く痛いが、大丈夫なのか? これ。 苦しい 』

 ……玉か。

 やってもうたな、星野。 さぞや、究極の苦しみであろう。 分かるぞ、分かるぞ~? フツーでは、味わえん、貴重な体験をしとるようだな。 ちなみに、その苦しみは、あと数分続く。 今頃、玉を抱えて、唸っておるのだろう。 …って、おいっ! 触っとるな? お前っ…! かすみだって、触ったコトないんだぞっ! ああ、僕の純潔を……! ナンちゅうコト、してくれとんじゃ、お前!

 やがて、星野から追伸が届いた。

『 打った瞬間、ボクッ、という音がしたが、割れてはいないようだ。 安心しろ 』

 割れてたまるか、そんなんっ! 卵じゃねえんだぞ?


 ……ボクッ、か……

 生々しい表現だ。苦しさに、のた打ち回る姿が、目に浮かぶわ。

 相当、強くヒットさせたようだな、星野。


( しかし、僕は、見ただけだが… ソッチは、見た上に、触ったな? いっこ、多いじゃないか! 不公平だぞ? くそう……! )


 つまらん理屈に不満を感じながらも、目隠しを再開し、髪と体を洗う。

( ……ん?  シャンプーが、ないぞ? ドコ行ったんだ? )

 いつものトニック系シャンプーがない。

 目隠しをずらして探すと、母が使っている、メ○ットの横に、見慣れないシャンプーがあった。

( これか…… 高そうなヤツだな。 シャンプーなんて、どれでも同じだろうが )

 男には分からない、女性ならではの『 こだわり 』というヤツなのだろう。

 ポンプを押すと、明らかにいつものシャンプーとは違う、高級そうな液が出て来た。 どえらい泡立ちである。

( 結構、いいな、コレ。 泡立ちが、違うぜ。 香りも良いし…… )

 ボトルを戻すと、もう1本、同じようなボトルが、手に触れた。

「 ? 」

 再び、目隠しをずらして見ると、同じようなデザインのボトルがある。

「 …… 」

 表示を読むと、ヘア・トリートメントとあった。

「 リンスか…… どうやって、つけるんだ? 」

 使用方法を読み、納得する。


 ……むうう… 面倒くさい。


 女性は、いつも、こんな面倒くさいコトしてヘア・ケアをしているのか? 省略してやろうかな……

 しかし、バレたら、星野に怒られるのも想像がつく。

( 仕方ないな。 僕の体じゃないんだし。 …ええっと、まず適量を手に取り? 髪になじませて、と… ふむ、ふむ…… )

 ええいっ、目隠しが邪魔だ。 大体、目隠しをしたまま髪を洗う事自体、無理があるわ。

( 取っちまえ! どうせ、鏡は曇ってんだ )

 目隠しを取ってみた。

( ふう~……! 開放感があるな。 これで作業が、やり易くなったぞ )

 僕は、再び、星野の髪のケア作業を再開した。 まんべんなく、髪全体にトリートメントをする。 でも、やはり面倒くさいのは変わらない。 だが、僕は頑張った。 これも経験のうちだ。( 何の? ) 星野だって、激痛に耐えながらも頑張ってるんだし……


 やがて、全体のケアが終了した。

 シャワーで軽く髪を洗い流し、僕は、髪をかき上げ、一息尽いた。

 正面の鏡に、星野が映っている。 その胸元には、小高いふくらみと、薄いピンク色の乳首が2つ……

「 げえっ…? 映ってるうぅ~っ? 」

 ガラスの曇りは、水滴や飛び湯に洗われ、しっかりと鏡の機能を果たしていた。

「 …いッ… いかん、いかん… イカ~ンッ!! 」

 慌てて、棒高跳びの水平飛びのように、バスタブに飛び込む。 …のつもりが、片足が入らず、向こう脛がバスタブの淵に激突。

「 うごッ…! ガボ、ガボ、ガボ… ゴボほォッ! 」

 頭からバスタブに突っ込み、水死しそうになる。 鼻に入ったお湯に咽せ、向こう脛の痛さに、のた打ち回る。 もう、誰か殺してくれ……!


 格闘、45分。

 風呂場から出た僕は、疲労困憊であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る