第8話、摩訶不思議生物 サバラス

 家に戻ると、母が、空手の稽古をしていた。

「 きええーいッ! ずおりゃ、とおおォ~うッ! 」

 その奇声に、ご近所が怯えていらっしゃるという事実を、母は知らない……

 どうやら今日は、台所で夕飯の支度をしながら、型の稽古をしているらしい。

「 はっ、ほっ、はっ、ほっ! 何とっ、こりゃっ! 」

 大根を切るのに、掛け声を掛けるな! 稽古するのか、メシの支度をするのか、どっちかにせえ。

「 …あ、お帰り、みちる。 …ありゃさァーッ! 」

 ダシを鍋に振るのに、気合は要らん。 フツーにやれ、フツーに。

「 みちるぅ~? あんたの部屋に、ヘンな人形があったけど… いつの間にあんなモン、買ったんだい? 」

「 …… 」

 僕は、2階の部屋に、駆け上がった。


 ……いやがった! サバラスだ。


「 よう、お帰り、星川くん! 」

 僕のベッドでくつろぎ、また茶などを飲んでいる。

「 ノンキだな、お前。 元に戻れる算段は、ついたのか? 」

 制服からジャージに着替えながら、僕は尋ねた。

「 ダウンロードしたら、ハードディスクが、飛んでしまったよ。 今、マザーボードごと、交換しとる 」

 ……ヘンなプログラムごと、ブッ込んだんと違うか? アップデートくらい、してからやれよ。 たまには、デフラグもせえ。 機能限定でしか、立ち上がらなくなるぞ?

 僕は言った。

「 とにかく、早く戻してくれ。 復旧のメドは? 」

「 皆目、見当がつかん 」


 ……あっけらかんと、答えるじゃねえか、お前。 ヤル気なしか?


 徐々に、『 殺意 』が芽生えて来た僕は、サバラスを摘み上げると、脅すように言った。

「 事と次第によっちゃ、てめえ~… 出るトコ出ても、いいんだぞ? おお? お前らの存在を、洗いざらい喋ってやる……! その際、オレの進退にも、影響は出るだろうが、構うもんか。 気を使って生活するよか、よっぽど清々すらァ……! 」

 サングラスを、クイッと上げながら、サバラスは言った。

「 脅し方が、なかなかサマになって来たねえ。 環境への適応能力が、かなりあるようだ 」

 ……精神学的な、臨床診断は要らん。 ナメとんのか? お前。

 サバラスは言った。

「 この際、人間の生活というものを、じっくり観察したいと思ってね 」


 ……じっくり、なぶり殺しにしてやっても良いんだぞ…? コラ。

 最悪、元に戻れなくなっても、構うもんか。 マサや龍二に任せておけば、何とかなる。


 段々、開き直った気分になって来た僕は、サバラスに言った。

「 お前の、エラそうな態度見てたら… 何かオレ、非常~に、残虐な気分になって来たんだケド? 」

「 そんなに、嬉しいのか? 」


 ……言葉の意味を、よく理解しとらんと見えるな、お前。


 僕は、部屋にあった棚の上から、エアタンクに直結したエアーガンを引っ張り出した。

( どうやら、星野の方には行っていなかったらしいな )

 中学の時にハマった、サバイバルゲームに使っていたヤツだ。 違法改造してあり、マガジンが、ヤンキーホーンの10気圧エアータンクに直結してある。

 有効射程距離25メートル…… サバラスとは、1メートルと離れていない。 この距離だと、スチール缶を撃ち抜く威力のはずだ。

「 ほほぉ~う…… それは、あんま機の一種かね? 」

 マガジンにBB弾を装填する僕に、サバラスは尋ねた。

( あんま機より、強力だぜ…! 今、お見舞いしたる。 待っとけ )

 僕は、無言のまま、マガジンを装着すると、サバラスの額に照準を当てた。


 ベレッタ 93R…… 幾多のフィールドで、僕の命を守ってくれた、Cタイプの黒い長身。

( フッ… 最後に頼れるのは、お前だけだぜ……! )


 自己陶酔しながら、マニアの世界に浸りつつ、僕は、引き金を引いた。

『 バキョッ! 』

 エアーソフトガンとは思えない、異常とも言える強力な発射音と共に、0・25gの重量ストレート弾が、サバラスの額に吸い込まれて行った。


 ……やっちまった! これで、元の体に戻れる可能性は、ゼロだ……!


 ストックを握った瞬間、何の躊躇も無く、トリガーを引いてしまった。 これも、体に染み付いた、フィールドの影響か……!

 サバラスは、口をモゴモゴさせると、額から打ち込まれたはずのBB弾を、プッと吐き出した。

「 …… 」

 お前は、手品師か。

 僕は、狂ったように、サバラスの頭部を連射した。

『 バキョッ、バキョッ、バキョッ! 』

 同じように、サバラスは、口をモゴモゴさせ、スイカの種を出すように、ぺぺぺっと吐き出す。

「 いやあ~、コレが、針治療というヤツかね? 結構、面白いコトするもんだねえ 」


 ……ダメだ。 これではヤツに、誤った知識を植え付けるに他ならん……!


 しかし僕は、更に、猟奇的な発想に出た。

( 目を狙ったれ……! )

 ヤツのサングラスに狙いを定め、連射!


 ……全て、跳ね返された。

 スチール缶を撃ち抜くんだぞ? あのサングラスは、一体、何の材質で出来てんだ?


「 そのサングラス、鉄か? 」

「 シリウスの、硬化テクタイト製。 100均ショップのとは、ワケが違うぞい? 」

 …よく分からんが、凄い事には、違いない。

 しかも、既に、BB弾を打ち込んだ跡が消えている。 物凄い生態機能だ。 こいつらは、ケガをした事がないらしい。

 僕は尋ねた。

「 体を、引っかいたりした時、どうなるんだ? 」

 サバラスは答えた。

「 よく分からんが、頭ちぎれても、すぐ生え変わるよ? 」

 トカゲか、お前らは。 しかも、頭まで生えて来るとは、どういうこっちゃ。 さすが宇宙人だぜ……

 

 今度は、サバラスが質問して来た。

「 生活用品を移し変える時に、色々と摩訶不思議なモンを見つけてね… 」

 僕にとっては、お前さん自体が、摩訶不思議だわ。

 サバラスは、ヘヤードライヤーを手に取り、言った。

「 コレは、何かね? 」

「 ドライヤーじゃん 」

「 それは、用務員より偉いのかね? 」

「 …… 」

 どっから、そんな発想が出て来る……? 健一よりヒドイな、お前。 ワケ分からんぞ?

 僕は説明した。

「 髪の毛を、乾かす機械だよ。 まあ、お前には無いから、分からないのも納得出来るがな 」

 コンセントにプラグを指し込み、スイッチを入れる。 ブイイ~ン、と温風が出始めた。

「 おおっ、これは珍しい! 」

 サバラスは、いたく喜んだ。

 温風をサバラスに当てながら、僕は続けた。

「 温風を当てて暖めると、早く乾くんだ 」

 すると、何と… サバラスが、小さくなっていくではないか!

「 おお~う……! これは、気持ち良い。 極楽、極楽じゃあ~…… 」

「 って、おいっ! お前、縮んでいくぞっ? どうなってんだ? 」

 あっという間に、身長10センチくらいの、卓上マスコット人形のように縮んだサバラスが答えた。

「 我々は、気持ち良いと、縮むのだ 」


 …ナンじゃ、そら。 もっと、分かりやすい感情表現をせんか。

 しかも、着ている服も縮むとは、どういうこっちゃ? その服や靴… もしかして『 皮膚 』なのか? サングラスは、『 爪 』のようなものだったりして……


 次第に、元の大きさに戻るサバラス。

「 ふうう~……! いい気持ちだった。 みやげに、そいつをくれ 」

「 コレは、星野のだ。 元に戻ったら、買ってやるよ。 安物だったら、1500円くらいで売ってるし 」

「 それは、楽しみな事だ。 …して、これは? 」

 タンスの中から、小さく丸めた布のようなものを取り出すサバラス。


 何となく、分かった…… パンツだ。


 引き出しの中には、ピンクやボーダー模様のものが、幾つも丸めて入れてある。

 魅惑の世界だ。 健一が見たら、狂喜乱舞したに違いない。

「 コレについては、お前は、知らんでいい……! 」

 僕は、サバラスからパンツをひったくると、タンスにしまった。

「 コレは? 」

 今度は、救急箱だ。 僕も、持っていたが、これは星野の物のようだ。

「 薬とかを入れる、箱だよ。 まあ、お前にゃ、必要ないモンばっかり入ってるだろな 」

 サバラスは、救急箱開けると、○ンドエイドを手に取り、僕に聞いた。

「 このシールみたいなのは、ナニかね? 」

「 キズをしたら、貼っておくんだよ 」

「 な… 何と、め… 珍しい! 是非、みやげに1つ……! 」

 お前は、旅行ツアーの、おばさんか。

「 これは? 」

 包帯を手に取り、尋ねるサバラス。

「 包帯じゃん。 キズをした所に巻いて、保護したりする時に使うんだよ 」

「 し… 信じられん……! そのような珍しいモノを、人間は、誰でも持っておるのかね……? 」

 こっちが、信じられんわ。

「 これは? 」

 箱に入った錠剤を手に取り、再び尋ねるサバラス。 ○ッファリンと、印刷してあった。

「 頭痛薬だよ。 頭が痛くなったら、飲むんだ 」

「 痛かったら、ちぎって、替えりゃいいじゃん? 」


 ……お前の頭は、カッターナイフの刃か。


「 これは? 」

 また、箱のようなものを手に取り、サバラスが尋ねる。

 これは、何の薬なのか、僕にも分からない。 手に取り、表示を読む。

「 さあ、何だろ? ○リエ・タンポ…… 」

 瞬間、僕は、サバラスに強烈なアッパーカットを炸裂させながら、言った。

「 みっ… 見るな、見るなあーッ! 何でもない、何でもなあぁーいッ!! 」

 天井までフッ飛んだサバラスが、ポテッ、と脇に落ちて来た。

「 何なのかな~? 何なのかな~? 星川クン? 」


 ……お前、知ってて、聞いてないか?

 でも、ヤバイ。 星野だって、女だ。 アノ日が来たら、どうしよう?


 箱のフタが開いており、使用説明書らしき紙が見える。

 それとなく手に取ってみると、克明に描いてある… 目を疑うような恐ろしいイラストが、目に飛び込んで来た。


( …で… 出来んッ! 断じて、このような行為は、出来んッ! 気絶するわッ! )

 事情を話して、星野自身に来てもらい、してもらおうか?

 …でも何か、すっげえ~ヤバイ絵にならないか? それって……!


 こうしちゃおれん!

 僕は、サバラスの胸ぐらを掴んで、言った。

「 サバラスっ! す、す、すぐ、元に戻せ! いいい、今すぐだッ! 」

「 それが出来んで、苦労しとろうが? 」

 ……あっさり、言い切りやがって、てめえ~……!

 サバラスの頭の中から、ピーピーと、何かの呼び出し音のような音が聞こえて来た。

「 おっ、本部から呼び出しだ。 じゃ、またな、星川クン! 」

そう言うと、サバラスは消えた。


 また、無責任に消えやがって、野郎~……!

 不安を、逆なでしに、来ただけじゃないか。 ヤル気、あんのか?


 床から、千と千尋の神隠しに出て来た銭婆のように、顔の上部だけを出して、サバラスが追伸した。


「 さっきの、タンスの中の、丸めてあった布…… ナニかな~……? 」


「 消えいッ! エロ宇宙人! 」

 渾身の力で、サバラスの頭を蹴り飛ばす瞬間、ヤツは消えた。

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