第5話、ノー・プロブレム!

 各授業の間にある休憩時間も、僕は、なるべく教室にいた。 1人になると、あのサバラスが出て来そうだったからだ。 昼休みに、もう一度トイレに行ったが、なるべく他の生徒たちがいそうな、階下のトイレを使った。


 放課後、授業が終わるとクラスメートの数人が、僕に話し掛けて来た。

「 ねえ、星川さん。 これから、風紀委員の会議でしょ? 仙道寺に対抗する、海南や浜二との連合の話、どうなったの? ウワサじゃ、決裂だって……! 」

 僕、知らないの。 教えて、それ。

 他の男子生徒が言った。

「 西高は、常盤に人質を取られて、ムリヤリ傘下に加えられた、って話じゃないか。 ウチは、大丈夫なのかい? 」

 …そんな、エゲツない事して勢力を伸ばしてるの? 連中は。

 もう1人の女生徒が、心配そうに言った。

「 どんどん、治安が悪くなっていくわ……! ウチは、星川さんたちの鬼龍会があったから大丈夫だったケド… 連合が決裂して孤立しちゃったら、ウチだけで連中に対抗出来るの? 」

 う~ん… 分からん。

 もしかして、それを僕が解決せにゃならん、ってコト?

 はあ~… 気が重いわ……!


 不良連中にとって鬼龍会は、目の上のタンコブ、ってわけだ。

 手っ取り早い話し、そのリーダーである星野をヤッちまえ、ってコトらしい。

 それで、朝倉たちは神経過敏になっている訳だ……


 とりあえず、僕は答えた。

「 心配しないで。 風紀のコたちは、みんな優秀よ? 必ず、解決策はあるわ。 私たちに任せておいて 」

 女言葉は初めてだが、こんなモンだろう。

 僕の返事を聞いて、彼らは、少しは安心したようだ。

 …そこへ、あの朝倉が来た。

 ブレザーを脱いだ長袖ブラウスの腕に、黒地に白文字で『 風紀 』と染め抜かれた腕章をはめている。 何か、一種独特な威圧感が感じられる。

 いいね、知性と品のある人は… どんなカッコしても、サマになるわ。

「 お迎えに上がりました。 部室へ参りましょう 」


 朝倉に連れられ、校舎の最上階奥にある鬼龍会本部へと、僕は案内された。

 入り口に掲げられた杉板に、墨で『 鬼龍会 』と書いてある。 なかなか、達筆だ。

 どうやら、古い視聴覚室らしい。

 隣にあった調整室のドアを朝倉が開け、僕を招き入れた。

「 幹部が揃いましたら、お迎えに上がらせます。 では…… 」

 そう言うと朝倉は、お辞儀をして、隣の視聴覚室へと通じる別のドアを開け、入って行った。


 ここは、星野の執務室らしい。

 少し、大きめの事務机があり、壁際の棚には、色んな資料のファイルが入れてある。

 窓際の壁には、額縁に入れられた男子生徒の顔写真が2つ、掛けてあった。

「 へええ…… どうやら、歴代の会頭らしいな 」

 星野は、3代目らしい。

 額の写真の、下の方に書いてある名前の横に、享年18才とある。 その隣の生徒は、享年17才。

「 …… 」

 ここのコレクションに、加えられないようにせねば……


 棚のファイルの中から、鬼龍会の名簿を見つけた。 写真付きである。

( 今から、会議だそうだから、顔と名前を覚えなきゃな )

 副長 マサに、幹事長 龍二。 次長の、朝倉もいる。 …おっ、サブ、発見! 幹事長 助勤か。 随分と、エライじゃないか。 …え? お前、早乙女 三郎 って言うのっ? ギャハハハハ! 傑作だわ!

 ふと、机の上を見ると、サバラスが正座して、湯飲みの茶を、すすっていた。

「 や! どもっ! 」


 …相変わらず、唐突な登場の仕方をするな、お前。


 右手を、軽やかに上げながら挨拶するサバラスに、僕は言った。

「 宇宙人も、茶を飲むのか? 」

「 今、オリオン系じゃ、これが一番、ハイブリットな嗜好品だ 」

 …ホントかよ。

「 おうし座あたりでは、箸を使いこなせるのが、上流階級の必須条件でもある 」

 それ、イギリスの社交界の話しじゃないの?

 サバラスは、コトリと湯飲みを机の上に置くと、改まって言った。

「 …実は、我々のコンピュータが、今回の実験失敗について回答を出して来た……! 」

 よおぉ~しっ、来たか! ちゃんと、真面目に職務を遂行しているようだな。

「 おう。 それで、何と? 」

 名簿を閉じ、身を乗り出して、答えを求める僕。

 サバラスは言った。

「 理解不能だと 」

「 …… 」

 答えになっとらんわ、お前。

 僕は、プルプル震えながら言った。

「 お前らのコンピュータ… イカれとるのと違うか? 」

「 ナメんなよ……! 3ケタの掛け算が、出来るんだぞ? 」

「 そんなモン、今日日の小学生にだって出来るわっ! 」

「 ちょっと苦しいが、割り算も出来る 」

「 イバるな、アホっ! 」

「 アホ……? 」

 サバラスは、電子手帳のようなものを出し、ナニやら検索し出した。

「 アホ、アホ… と、日本語は、マスターしたはずなんだがな。 ええ~っと…… 」

 やがて、じい~っと画面を見つめた後、電子手帳をしまうと、改めて僕の方を見て言った。

「 怒るぞ 」

「 ……疲れるヤツだな 」

 原因が不明では、話しにならないが、僕の周りでは着々と、不穏な雰囲気が立ち込めつつあるのだ。 一刻の猶予もならない。

 僕は言った。

「 もし、僕の身に何かあったら、どうしてくれんだよ! 」

「 迷わず、成仏したまえ 」

 ……そういう洒落たジョークだけ、完璧に語学変換、効かせてくれんじゃねえかよ? ああ? お前、ホントにやる気、あんのか?

 僕は、サバラスの誠意を確かめたく、人差し指を立て、真剣な表情でサバラスに尋ねた。

「 いいか…? 正直に答えろ。 お前としては、これから、どうしたい? 」

「 このまま、逃げたろかな~? なんて 」


 ……いい、回答だ。


 まさに、無感動・無責任・無秩序の現代っ子を象徴するような、非常に正直な返事で良いが… 殺す! 確実にな。

 僕は、ペン立てにあったペーパーナイフを手にとり、その刃先を指先でなぞりながら言った。

「 非常に、率直な回答をありがとう……! 当然、コッチとしては、納得いかないのは分かるな? 」

 サバラスは言った。

「 いやあ~、そんなお礼をしてもらっても困るな。 はっはっは! 」

「 …… 」

 会話が、つながっとらんぞ、お前。 もう一度、日本語を、研修し直せ!

 サバラスは続けた。

「 私は、やはり、マックが好きだ。 ペルセウスの太陽風焼きダンゴも旨かったが、マックは最高だ 」

「 …… 」

 ダレが、食いモンの話しをしとる? おちょくっとるんか? タコ助。

 僕は、ペーパーナイフをサバラスの首筋に当て、言った。

「 余計なお喋り、してんじゃねえよ……! 今後の展開を議論してんだ。 ダンゴの話しじゃねえ! 」

「 分かった、分かったよ。 今度、買ってくれば良いんだろう? でも、重さが2tもあるよ? いいのかい? 」

 違うっちゅ~にっ! しかも、2tって、ナンだ? 全部、食うのか? お前。 ブラック・ホールみたいな胃、しとるな。

「 要らんっ! 早く、元に戻せ、ちゅうとんじゃっ! 理解せんか! 」

「 そんなコト、分かっておるよ。 私としては、ペルセウスの太陽風焼きダンゴも、ナカナカ良い味、出してると思ってな 」

 全然、理解しとらんじゃねえか、お前! 芸人のタレントトークしてんじゃ、ねえんだぞ? コラ。 意味不明だわ。

 僕は、ペーパーナイフの刃先を、サバラスの鼻の穴にグリグリ入れながら言った。

「 ダンゴは、ええっちゅうんじゃ…! おお~? コラ。 会話のキャッチボールをせんか、てめえ。 僕の体を、元に戻すのが先決だって、言ってんだよ! ソッチの方は、どうなってんのかって、聞いてんだ。 言わんと、このナイフ、鼻ン中、突っ込むぞ? もう、入れてるケド…! 」

「 分かったよ。 …ったく、地球人ってのは、せっかちなんだなあ。 報告書の観察記録に書いておこう 」

 そう言うと、サバラスは手帳を出し、ナニやらメモり始めたが、ふと、僕の方を見て言った。

「 昨日の分を書き忘れてた。 ねえ、昨日って、天気、晴れだったよね? 」

 ……そんなコトまで、書かにゃならんのか? サマーライフみたいだな。

 サバラスが続ける。

「 色を着けるのが、苦手でね。 どうも、うまく塗れんのだよ 」

 お前らの報告書は、絵日記か……? カメとウサギのハンコが、押してあったりして。もう少し、努力しましょう、とか、文字が入っていてよ……

 僕は言った。

「 とにかく… お前らの、そのコンピュータ、ナンとかせえ! 」

 サバラスが答えた。

「 心配ない。 今、銀河サーバーから、最新のデータをダウンロード中だ。 近日中には、結果が出るだろう。 待っていてくれたまえ 」

 …ねえ、そのサーバー、コミュファ光?

 僕は、眉唾そうに言った。

「 最新だと? けっ… どうせ今度は、分数でも出来る、とか言うんだろ? 」

 サバラスは、自信満々に答えた。

「 ちっちっち…! 甘いな、星川君。 引き算だよ。 3ケタのな……! 」

 レベル、下がってんじゃねえかよ!

 ……終わったな。 やはり、お前には任せておけん! もっと上司の……

 そう言おうと思った時、ドアがノックされ、少し茶髪の女生徒がドアを開けた。

「 会頭。 幹部、全員揃いました。 お願い致します 」

 毎回の通り、瞬時に、サバラスは消えている。 くそう… また、取り逃がした。 ヤツは、出て来て欲しい時に出て来ず、取り込み中の時に出て来る傾向があるから、始末に終えん。

 僕は、イスから立ち上がると、彼女に言った。

「 今、行く 」

 奥の視聴覚室へ戻って行った、彼女。

( 今のが、風紀局 局長… 別名、親衛隊局長の芹沢 涼子か…… )

 先ほど、名簿を見ていた時に、見覚えのある顔だ。

 名簿をパラパラと見直し、顔写真を確認する。 サバラスとの折衝は、また後だ。

 遂に、鬼龍会の幹部会議が始まる……!

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