第4話、初体験・2

 レンガ造りの校門が見える。

 両脇には、磨りガラスがはまった警備員室のような建物があり、歴史を感じさせる趣だ。

 さすが、私学の名門高……

 校門から校内に入っていく生徒たちの顔も、どことなく知性的・理性的である。


( こんな名門に、この僕が登校すんのか…… )

 何か、ヘンな気分だ。

 怪しげなクラウンで送られて来ているのも、尚更、その心境に拍車を掛けている。


「 どけっ、田中! 轢くぞ 」

 サブが、知人らしき生徒に、クラクションを鳴らす。

< ファアァァ~~~~~ンンン~~~~~…… >

 …見事な、アメリカンホーン。 「 ヤンキー、乗ってますよ~ 」と言わんばかりの逸品ホーンである。

 サブは校門の真ん前に、前輪をこれでもか、というくらいにギシッとひねって、怪しげクラウンを横付けした。


 ……すんげえ、目立つ。


 ここで降りろってか? おい。

 注目度、激ヤバくらいあるぞ? もうちょっとアッチの目立たないトコで、こじんまりと降りないか? なあ、サブ君や……?


 僕の希望など、皆目気付かないサブは、運転席から降りると後部座席のドアを、うやうやしく開けた。

「 お疲れ様です、会頭 」

 朝イチから、お疲れ様だなんて言うな。 会社員か、お前は。

( …ここは、ひとつ、覚悟を決めねばなるまい )

 なんてったって僕は、泣く子も黙る、鬼龍会の会頭『 星野 みちる 』その人なのだ。 中身は全然、違うケド……


 開けられたドアから足を出し、凛と校門前に立つ。

 一斉に、他の生徒たちの視線が注がれた。 ざわざわ、ひそひそと、ささやき合っている彼らの声が聞こえる。


「 …星川だ。 星川が、登校して来たぞ…! 」

「 今日、放課後に会議があるんだろ? 仙道寺とは、コトを構えるのかな? 」

「 みちるさん… 頼りになる人だったケド、仙道寺が相手じゃ、これが見納めになるんじゃないかしら 」

「 ウワサじゃ、海南高校も、仙道寺の傘下に入ったらしいわよ……! 」

「 試験も近いのに、これじゃ、安心して勉強も出来ないわ 」


 ……おい、そんなにヤバイのか?

 誰だ? これが見納めだ、なんちゅうコト言ってんのは……! 縁起でもない。

 ヤだからな、僕は。 ヤバくなったら、早々に、立ち去らせて頂く。

( でも… 何で、星野が星川( 僕 )になってんの? )

 人形による、完璧な記憶操作か……

 どうやって、記憶を、すり替えるのだろうか? サブリミナルでも、駆使するのだろうか? 異星の技術は、分からん。 見た目はアホだが、文明技術は、明らかに人類の英知を超越しているようだ……!

 サブからカバンを受け取ると、僕は、校門に足を踏み入れた。


 敷地内、校庭へと入る。

 …う~ん、さすが名門。 僕の通っていた学校とは、比べものにならないほどキレイだ。 体育館と武道場があり、その向こうの建物の入り口には『 プール 』とある。 屋内プール完備とは、贅沢な。 ガラスが曇っている情況から見て、温水なのだろう。 至れり尽せりだな。


 ……さて、困った。

 教室が分からんぞ?

 制服の学年章には、3―Aとあるが、どこだ?


 迷っていると、前方の校舎から1人の女生徒が出て来た。 僕に、近付いて来る。

( コイツは、知ってるぞ! 鬼龍会 次長の、朝倉 美智子だ……! )

 星野の右腕と言われる、才女だ。

 親父さんが都議会議員で、母親は、有名な教育評論家。その娘である美智子は、同人誌の世界では、名が知られており、学生集会で演説している姿を、何度か見た事がある。 身長は、165センチくらい。 左に分けた髪を、ヘアピンで留め、ノンフレームのメガネを掛けている。


 朝倉は、僕の所へ来ると、お辞儀をして言った。

「 おはようございます、会頭。 朝から、一騒動あったようですね。 鬼頭から、連絡がありました 」

 ここで、ナニか、言わねばなるまい。

 僕は、動揺を悟られないように、落ち着いた口調で答えた。

「 連中も必死のようだ。 気にするな 」

「 はい 」

 朝倉が、当たり前の言葉を待っていたかのように、躊躇なく答える。

 さすが、朝倉。 キモが座ってんな、お前。

 朝倉が続けた。

「 校内は、安全かと思いますが…… 念の為、私が、教室までお供させて頂きます 」

 おう。 そうして下さい。 是非、お願いします。

 朝倉は、『 こちらへ 』というような目配りをすると、先に立って歩き出した。


 クツ入れの所へ来ると、朝倉が言った。

「 お待ち下さい 」

 朝倉は、1つのクツ入れを、用心深く開けた。 どうやら、星野のクツ入れらしい。

 時限爆弾でも仕掛けられてるんか? 物騒だな。

( 朝のお迎えと言い、朝倉の行動と言い… 何で、そんなに、過敏になってるんだ? 校内に、スパイか、工作員でもいそうな雰囲気じゃないか…… )

 何も異変が無いと判断した朝倉が、上履きを出す。 それを履いて、廊下を進んだ。


 廊下で、すれ違う他の生徒たちは、朝倉と僕が歩いているのを見て、皆、一瞬、引いた。中には、朝倉に、話し掛けて来る生徒もいたが、それも、かなり言葉を選んで話している。 鬼龍会は、この学校の者にとって、特別な存在なのだろう。 僕にとっては、ヤンキーと、さほど変わらないイメージなのだが……


 3―Aの教室に着いた。

 教室の入り口で、朝倉が、またお辞儀をしながら言った。

「 会頭。 風紀員局 局長の芹沢が、何人か、部員を会頭のクラスに入り込ませて護衛に当たらせております。 学年主任の先生には、話しが通っていますから、お気使いなく 」

 ……ナンじゃ、そら。

 お前さんらの一言で、教師は、言いなりかよ。 凄え発言力だな。 保護者会より、強いんじゃないのか?

 局長の芹沢って… 親衛隊の、隊長みたいなヤツの事だろ? 怖え~女らしいじゃないか。 朝倉の、直属部下ってウワサだ。 聞いた事が、あるぞ。

 …しかし、何でそんなに、身が危ないんだ?

 仙道寺の傘下に、加わるとかナンとかいう、アレの関係か? 単なる、勢力争いだろ? こんな、CIAの証人保護プロジェクトみたいなコト、大げさなんじゃないか? まあ、守ってくれるってのは、助かるがな……


 授業が始まった。

 さすが、名門だ。 チンプンカンプンである。 いっこも、分からん。

 君たち、こんなムズい勉強して、将来、何の役に立てようってワケ?

 自営して、結構、儲けている親戚のオジさんが言ってたけど、社会に出て通用するのは、モノの考え方だって、言ってたよ? 実務的には、『 算数 』だけで、充分だってさ。

 しかし、鬼龍会の会頭たるものが、授業中に居眠りするのは、イメージダウンだ。 さすがに先生は、僕を恐れてか、授業中に指す事は無かったので、とりあえず僕は腕組みをしながら、じっと先生の『 異次元のお経 』を聞いていた。


( あの、クソ人形。 ちゃんと、原因を追求してるだろうな……? いつになったら、元に戻れるんだ? 戻るのに失敗して、外人になっちゃったら、どうしてくれよう……! )

 段々と、ムカついて来た。

( ナンで僕が、こんな目に遭わにゃならんのだ! だいたい、ナンで実験台が僕、なんだよ! )

 いつの間にか僕は、物凄い形相になっていたらしく、目が合った先生は、慌てて視線を反らした。

( 家で、消えたっきり、何にも連絡も無いのも、失礼じゃないか! 精神的苦痛は、計り知れないぞ? 慰謝料、ふんだくってやる。 相当の見返りが無い事には、納得出来ん……! )

 拳を机の上で握り、わなわなと震わす、僕。

 また、先生と目が合った。

「 ……あ… あのう~… 星川クン? 先生、何か… 気に触るコト、言ったかな……? 」

 真面目そうな顔をした先生は、恐る恐る、僕に尋ねた。

 教室のあちこちで、ガタン、ゴトン… と、イスを鳴らし、数人の男女が立ち上がる。 例の、芹沢からの勅命を受けている親衛隊の潜入部員たちらしい。 …早まるな、お前ら。

 僕は言った。

「 すみません。 考え事をしてました。 授業を、続けて下さい 」

 授業中に考え事とは、いささか、おかしな言い訳だが、先生はホッとして、お経の続きを始めた。 いつの間にか、立ち上がっていた数人も、着席している。

 ……ブキミな、やつらだ。


 3時間目の放課後、恐れていた事態が、発生した。

 ……尿意である。

 無く子も黙る、鬼龍会 会頭の星野でも、人間なのだ。 トイレにだって行く。 今、その自然の摂理が、僕の意思を無視し( 当たり前 )、朝から経験した、幾多の危機以上の試練を超越する勢いで、僕に襲い掛かって来たのだ。

 まさか、失禁するワケにはいかない。 我慢して尿毒症になったら、体が、めでたく元に戻った時に、星野に申しわけが無い。

 僕は、トイレに行った。


 いつものクセで、男子トイレに、入りそうになった。

 イカン、イカン……!


 キレイな、トイレだ。 汚れ一つ無い。

 僕が通っていた学校のトイレは、ここに比べたら、水洗とボットン式くらいの格差がある。 個室の中なんぞは、ヒワイなセリフが添えられた、低俗なイラストがペイントされ、中には、ご丁寧に、着色まで施されている『 作品 』まであった。

 落書きの返事を、その下に書き、更にその返事を下に書き、またその批評を、下に列挙する。 SNSか、無期限リアルタイムのチャットみたいだ。 また、それを読んで、その横に挿絵を投稿する輩もおり、まさに、瞑想メモリアルパークの様相を呈していた。

 幸い、トイレには、誰もいなかった。

 

 ……いた。 人形が……!


「 やあ、星川君。 久し振り! 元気にしておるかね? 」

 ……殺すぞ、お前。 4時間ほど前に、会っただろうが?

 手洗い台の端に座り、短い足を交互にプラプラさせながら、人形は言った。

「 いやあ~、どうしているか、心配になってね 」

 そんでもって、トイレに視察か? 僕は、これから、一世一代のアブない作業をするのだ。手元が狂って、触っちまったら、どうすんだよ…! かすみに、顔向け出来なくなるじゃねえか! いいから、あっち行け!

 僕は、我慢出来なくなって来た尿意に、声を震わせながら言った。

「 …い、今、大変なんだ…! あとでな。 な? 」

 にこやかに答える、人形。

「 そんなこと言って、ホントは、私と遊びたいのだろう? 」

 …ドコから、そんな発想が出て来る? はよ、消えい。 頭、ひねりちぎったるぞ!

 その時、ドアを開けて、数人の女生徒が入って来て言った。

「 会頭…! 誰か、男のような声が聞こえましたがっ……! 」

 例の、親衛隊の連中だ。 人形サバラスは、消えていた。

 何事も無かったように、僕は答えた。

「 私以外、誰もいないが? 」

「 ……失礼致しました 」

 納得がいかないような表情をしつつも、トイレ内を見渡し、ドアを閉めて、女生徒たちは出て行った。

 次の瞬間、速攻で個室に入り、有無を言わずスカートをたくし上げる。 白いパンツが、視界に飛び込んで来た。

「 …うわっ…! 」

 思わず、小さく驚く僕。

( ええい、緊急事態だっ! 許せ、星野。 僕を信用せえ……! )

 パンツに手を掛け、一気に降ろすと同時にしゃがみこみ、用を足す。


 ……はぁううぅ~~…… ああ、この満ち足りた開放感……!


 まさに、危機一髪だった。

 ふと見ると、ペーパーホルダーに、ちょこんと腰を掛けた、サバラスがいた。

「 …… 」

 僕は、サバラスを摘み上げると、個室の壁側にあった小窓を開け、そのまま外に放り出した。 レディーに対する対応が、なっとらん。 …いや、それ以前の問題でもある。


 用を足し終えた僕は、ペーパー1本分を、感触が分からなくなるくらい、手にグルグル巻きにした。

 一度、深呼吸し、心を落ち着かせる。


( ナニも考えるな……! ナニも考えるなよ……? コイツで、サッと一拭きするだけだ。 簡単なコトじゃないか )


 視線を下げると、制服のスカートの端から白いパンツが見え隠れしている。

( うわっ…! 見るな、見るな、見るなっ! 手元が狂う! )

 僕は、個室の正面の仕切り壁をじっと見つめながら、ぐるぐる巻きのペーパーでギプスのようになった手を、そっと股間の間に入れた。

( ……この辺… だろう。 多分 )

 僕は、意を決すると、再び深呼吸し、「 はいっ 」 という掛け声と共に、一気に股間を拭き上げた。


 ……成功だっ! 多分、完璧に職務を遂行したと思われる。

 大きなため息と共に、安堵感を味わう、僕。


 ……かすみ、感触は無かったよ? 許してね……!

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