第3話、お出迎え

「 お荷物、お持ちします 」

 男は、僕の通学カバンを持ってくれた。

「 参りましょう…… 」

 駅の方へ歩き始める、男。


( さて、コイツは一体、ナニ者だ? )


 見たところ、僕と同じ、武蔵野明陵のブレザー制服を着ている。 だとすれば、かなり頭は、いいハズ……

 しかし、どう見てもヤーさんだ。 インテリヤクザ、といったところか。

 僕を迎えに来ているらしいが、母の話しでは、毎朝のようだ。

( さっきコイツ… オレの事を姉御、と言ってたぞ? )

 僕は、男の正体も、自分の正体も分からない。 最悪だ。 もう、好きにしてくれ。


 男の後をついて歩いていくと、駅前の公園に差し掛かった。

 公園の公衆トイレの影から、1人の男が、ゆらりと出て来る。 コイツも、同じ武蔵野明陵の制服を着ていた。 ごっつい体格で、髪は短め。 眉間にシワを寄せた目は細く、異様な威圧感を感じさせる……!

( また、物騒な雰囲気の男が出て来たぞ……? 武蔵野明陵って、意外と不良連中が多いのか? )

 大男は言った。

「 …よう、マサ。 怪しい人影は無かったか? 」

 この、迎えに来ていた男は、マサって言うのか。

 マサは、新たに出て来た、デカイ男に答えた。

「 今のところはな。 …車は、どうした? 電車じゃ、危なかしっくていかん 」

「 サブが、回して来るはずだ。 もうそろそろだろう 」


 …ねえ、君たち。 ナニが危ないのかな? 僕にも、教えてくれない?

 君らの物騒な顔立ちと、何か関係があるのかな?


 マジで、そう聞きたかったが、とりあえずヤメておいた。

 マサが、デカ男に聞いた。

「 龍二。 常盤( ときわ )学院の連中は、ヤル気なのか? 」

 あのデカイ男は、龍二と言うらしい。 マサに、龍二… どっかで聞いた事があるんだが……? 思い出せん。 Vシネマ( 古い )辺りに出て来た、ヤクザだったっけ?

 龍二とやらが、答えた。

「 海南高校の連中も浜島二高も、仙道寺の神岡が、怖ええんだよ。 腰抜け連中とは、組まねえ方がいい 」

 …常盤・海南・浜二って、思っきし不良高なんだケド…? その中でも、仙道寺高校と言ったら、あんた… 別名、ヤクザ養成高じゃん。 そんな、素敵な連中とお友だちなの? 君ら。 …僕、あっちに行ってて、いい?


 やがて、公園の中、駅舎の中から、バラバラと7~8人の男たちが現れた。

 僕と、マサ・龍二を、無言で取り囲む。 皆、目をギラギラさせ、チャキッとバタフライナイフなんぞを取り出すヤツもいる。

( またまた、物騒な連中が出て来た……! )

 どうなってるの? 僕、まだ起きてから、2時間も経ってないのに、すんげ~心臓バクバク状態、連チャンなんだけど……!


 マサと言うヤセた男は、不敵な薄ら笑いをしており、龍二とか言う大男は、罪人たちを見下ろす仁王様のような形相をして、連中を睨んでいる。

( …君ら、朝っぱらから、そんな目するの、やめなさい。 ね? …ほら、龍二クンも、メンチ切らないの。 ただでさえ、おっかない顔してんだからさ。 …あの~… マサくん? 相手を挑発するような、その薄ら笑い、やめなって。 ねえ……? )

 しかし、僕の動揺など、全くお構いなしのようである。( 当たり前 )

 取り囲んだ男たちは、数人が制服を着ている。海南高校だ……!

 やがて、リーダーらしい茶髪の男が言った。

「 ……よ~、マサ。 お前や、龍二に護衛されるほどの女って、誰よ? あ? 」

 マサが、ニヤついたまま答えた。

「 待ち伏せしてやがったクセに、知らねえのか? ボケが。 ……のけや、カス 」

 …挑発すんなって、おい。

 茶髪の男は言った。

「 常盤と浜二は、乗らねえよ。 タテつくんなら、お前ら武蔵野だけでやるんだな……! 」

 龍二が答えた。

「 へっ、弱いヤツラほど、群れたがるモンだぜ。 1人じゃ、何も出来ねえ。 せいぜい、仲良くしてな。 仙道寺の犬どもが……! 」

 挑発するなってば……! ほら、ほらぁ~… そこの兄ちゃん、襲い掛かって来そうな目、してんじゃんよぉ~……!

 茶髪の男が、再び言った。

「 仙道寺連合の、最終通達を伝えるぜ? …武蔵野は、潰す! 」

 そう言った瞬間、マサのハイキックが、茶髪男の延髄を捕らえた…!

 見事な、早ワザ。 1発で茶髪男は、地面にころがった。

 一瞬、引く、男たち。

 次の瞬間、龍二が、2人を鷲づかみにし、傍らにあった公園の大きな石に叩きつける。

 ……これは、痛そうだ。 コイツは、人間凶器か?

 うろたえた男たちに、マサが容赦なく襲い掛かった。

 よく、映画やTVドラマなどで殴り合いの音を聞くが、実際、あんな小気味良い音はしない。 ベチャッとか、ガジッと、歯が合う音なんかが、生々しく聞こえるものである。

 そんなSEが、数回聞こえたかと思うと、全ての男たちが、地面にころがっていた。

( 護衛される方で良かったぜ。 相手する方だったら、最悪だったな…… コイツら、まさに人間凶器だ )


 人間凶器……?


 そうだ! 思い出したぞっ…! 人間凶器、内田 龍二……!

 元、高校空手日本一。 武蔵野明陵 鬼龍会の幹事長だ……! 都内の高校生で、その名を知らない者はいない。

 …こっちのインテリヤクザは、通称、吉祥寺の狂犬、鬼頭 政二だ…!

 鬼龍会の副会頭で、15人相手に、7人を半殺しにしたと言う伝説の男。 そして、その鬼龍会 会頭は…… え~と、確か名前が、星野… みちる… とか言う、女生徒…… だったよう… な……?


( …え? みちる……? まさか…… )

 それが、僕なのかっ……?

 この体の持ち主は、あの有名な鬼龍会 会頭、星野 みちる だってのかっ?


( ……ぜ… 全っ然、無理! 代役なんて、とんでもないっ! 命が、いくつあっても足りんわ! )

 人形! 早く、僕を元に戻せっ! 今すぐだ! よりによって、鬼龍会だと? 現在、不良高同士による勢力争いの真っ只中じゃないか。 先週も、渋谷で、ヤンキー共のケンカ事件があり、1人死んでるんだぞ?

 鬼龍会は、自校生徒の自衛の為に、有志で結成された風紀委員会と聞いているが、他人から見れば、ヤンキーに変わりは無い。 超不良高の仙道寺に対抗するか、傘下に加わるかで争っているとの事だ……!

 これは、えらい事になって来た。 名前が1字違うだけだが、リスクは、天と地との差がある。 やっぱり僕、あっち行ってて、いい……?


 やがて、フルスモークの車が、公園入り口にやって来た。 型落ちのクラウンだ。

 メーカーロゴや車名プレートが金メッキで、何か、アブナイ雰囲気のする車だ。

 リヤガラスには、『 YAZAWA 』の白い文字プリントが、デカデカと貼ってある。

 運転席から、武蔵野の制服を着た小柄な男が下りて来て、言った。

「 ありゃ? もう、一騒動あったんですか? 」

 龍二が答える。

「 おう、サブ。 ウオーミングアップが、終わったトコだ。 …姉御、どうぞ… 」

 龍二が、後部座席のドアを開け、僕に乗るよう、勧めた。


 真っ赤な地のシートに、紫のクッション。

 ……いい趣味だ。 まさに未知の世界。 意味も無く、ドキドキするわ。


 マサが、サブに言った。

「 オレたちは、ち~と、浜二に行って来る。 連中の、真意を確かめにな。 姉御を頼むぞ? 」

「 分かりました。 きっちり、学校へ送らせてもらいます。 会議は、予定通り、授業後からでいいですか? 」

「 おう。 幹部は、必ず出席するように伝えておけ。 いいな? 」

「 分かりました 」

 サブと言う男が、ドアを閉め、運転席に乗り込んで来た。

 僕は、走り出す車の外に立っているマサと龍二を見た。

 2人とも、お辞儀をして車を見送っている。

 任侠だ… 仁義無き戦いのようだ……! ホントに、あの2人は、高校生か?


「 姉御… いや、会頭をお乗せ出来るなんて、光栄っス! 」

 サブは、嬉しそうに言った。

「 この車は、お前のか? 」

 星野がいつも、どんな口調で喋るのか分からなかったので、少々、トーンを落として喋ってみた。 多分、こんなんだろう……

 サブが答えた。

「 いやあ、兄貴のっスよ! 自分、まだ、17っスから、はっはっは! 」

 ……てめえ、無免じゃねえか。 高らかに笑ってんじゃねえよ。


 僕を乗せた怪しげなクラウンは、軽やかにセンターラインを踏みながら、対向車線にはみ出しつつ、朝の街を疾走して行った。

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