第2話、朝の『 初体験 』

 母は言った。

「 みちる。 あんた、また夜更かししたでしょ? 目の下にクマが出来てる。 ダメだよ? 夜更かしは、肌の大敵なんだからね? 若いうちに節操のない事してると、歳とった時に、影響が現れるんだからね? 」

 母は、完全に僕を見ながら、言っている。 しかも、女性としての助言付き。


 ……ど~ゆ~コト? 僕は、最初から女性だった、てコトか?


 そんなバカな!

 じゃ、僕の… 男としての、この記憶は何だ?


 母は続けた。

「 早く、食っちまいなって! アイツを、家の前に待たしておくんじゃないよ? 着替えたら、玄関のトコにいて、ヤツが来たら、さっさと行きな。 ったく… ご近所さんが、怯えるだろ? 」

 そんな、狂犬のような友人はいないぞ、おい。 誰の事だ?


 とりあえず、朝食を済ませ、いつものように着替えをする為に、僕は自分の部屋へ戻った。

 ベッドを眺めながら、じっと考える。


( ……もう1回寝たら、元に戻るかな? )


 ある意味、究極の選択かもしれんが、ヤメた。

 再び、目覚めて、老婆だったら非常に困る。 更には、アリンコだったらどうする? カフカの『 変身 』じゃ、あるまいし、それは無いと思うが、万が一という事もある。 とりあえずは、このままだ。

( それにしても…… この顔で学生服は、どう見ても似合わん。 ボーイズ・ラブに出て来る、美少年みたいだな )

 やはり、健一にからかわれるのは、必須のようだ。 まあ、仕方ないだろう。 僕のせいじゃない。

 ため息を尽きながら、僕は、洋服タンスを開けた。

「 …… 」

 洋服タンスの中には、女子高生の制服が、掛かっていた。


 ……ナンで、こんなモンがある?


 しかも、私学の名門、武蔵野明陵じゃないか。 言っとくが、僕の頭じゃ、入れんぞ?

 ブレザーの襟には、3―Aという、学年章が付いていた。

 おい! 設定が、違うじゃないか。 僕は、2年生だぞ? 勝手に、歳を1つ、取らせんじゃねえよ。 僕の青春を、返せ!

 僕は、誰かに向かって、クレームを入れた。


 ……しかし、虚しくなるばかりである。


 とにかく、これを着なくては、イカンようだ。 先程の母の話では、『 誰か 』が迎えに来るらしいし、急がねば…

 僕は、ジャージを脱いだ。

 瞬間、目が飛び出るほど驚いた。 視野に映る、柔らかそうな膨らみと、桜色の『 先端 』…!

「 …ははう、うぅっ……! 」

 思わず、意味不明な声を上げてしまった。

( …こ、コココ、ココは、アレだ。 ぶぶ… ぶらじゃあと言うモノを装着するのだ……! ど… どどどど・ど~・ど~… どうやってやるの……? )

 タンスの中を見ると『 それらしき物体 』が見て取れる。

 僕は、左腕で、胸元を抱くように隠しつつ、震える右手で『 ソレ 』を摘まみ上げた。


 …肩を通す『 ヒモ 』のようなものが絡み合い、ドッチが裏で、ドッチが前なのか、全く分からない。 朝っぱらから、気が狂いそうだ。


「 こ、これが、こうで… う~ん… コッチが、裏かな…? 」

 何とか、装着の準備が出来た。

 胸に当て、背中のホックを引っ掛ける。

「 腕が… 腕が死ぬぅ~……! 」

 背中に手を回し、『 勘 』で、小さなホックを掛けるとは…… 世の女史たちは、何と器用な事をするのだろう。 寝起きで、ボ~っとしてる意識の中、よく遂行出来るモノだ。 頭が下がるわ。 しかもこれ、ホックが2段あるらしいし……


 ブラジャー姿も目に悪いので、ブラウスを急いで着る。

 …左ボタンは、掛け難い。 何で、男女で反対なんだ? 納得出来ん。

 ブラウスの裾を、なるべく長くし、下半身が見えないようにして、下のジャージを脱ぐ。 …これも、朝っぱらから、際どい絵だ。 心臓が破裂しそうだ。

 スカートを手に取る。

「 おい… どっちが前なんだよ、コレ……! 」

 生まれて初めて手にした、スカートというものを前に、僕は、大いに悩んだ。

( クラスの女子の服装を思い出すと、左側にフックとファスナーがあったな… じゃ、多分、コッチが前だろう )

 何とか、スカートを履いたが、股間がスースーする。 これでは、大変に不安だ。 風が吹いたら、どうすんだ?

 僕は、急速に不安になった。

 小学校時代、スカートめくりの神様( たわけの総称 )と呼ばれた、健一の存在が、脳裏をかすめる。


 …ヤツは、やる。


 99.9%の確立をもって、間違いない。

 それだけは、絶対に阻止してやる。 僕でさえ、まだ一度も見てないのに、健一に先を越されてたまるか……!

 妙な、対抗意識を芽生えさせつつ、僕は、ベストとブレザーを着込むと、ブラウスにリボンを付けた。

 ふと、タンスの中を見ると、紺色のハイソックスがある。 どうやらこれが、武蔵野明陵の指定ソックスらしい。 ふくらはぎの側面には、校章が刺繍してあった。

( どうせなら、ルーソーを履いてみたかったな )

 この状況にして、危機感、ゼロ。 ノンキに、そんな事を考えながらも、何とか着替えを終える。

 ドアの横にあった等身大の鏡に、僕は、自分の姿を映してみた。


 …当たり前だが、どこから見ても、女子高生である。

 ああ…… さようなら、男の僕。

 これから僕は… いや、あたしは、どうしたらいいの?

 鏡に向かって、僕は、手を胸で組み、小首をかしげて、悩む少女の格好をしてみた。


 ……可愛いじゃないか。


 思わず、僕は、顔を赤らめた。

「 イカンッ…! 自分で、自分に恋して、ど~すんだっ! ナルシストか、つ~の……! 」

 ふとその時、僕は、何者かの視線を感じた。

 横を見ると、薬屋の入り口に立っているような、キャラクター人形らしき物体がある。


 何だ? コレ……?


 やがて、その『 物体 』は喋った。

「 ほお~う…… 着替えとは、そうやってするのかね。 いや、珍しいアトラクションを拝見させてもらった 」


 な… 何だ、コイツはっ……!?


 身長は、約60センチくらい。 とがった形のツルツル頭に、サングラス( レイバン風 )、ビニール素材のような、黄色いジップ・ブルゾンを着込み、極端に短い足に、ショートブーツを履いている。


 キャラクター人形は、続けて言った。

「 私の名前は、サバラス。 M16星雲からやって来た。 よろしくな 」

 僕は、人形の頭をなでながら、言った。

「 よく出来た、人形だな。 喋るんか…… もういっぺん喋れ、コイツ 」

 僕は、人形の頭を叩いてみた。

 人形は、ペコちゃん人形のように、頭を、ポワワワ~ンと揺らしながら、答えた。

「 こらこら、やめんか。 目が回るぞい? 」

 どうやら、生き物のようである。

 こんな、へんちくりんな生き物は、見た事が無い。 新種の生物だろうか? でも今、喋ったぞ……?

 僕は、彼の身長に合わせ、少し、しゃがみながら尋ねた。

「 ……お前…… 言葉が分かるのか? 」

 彼は答えた。

「 日本語は、マスターしたつもりだ 」

 …こりゃ、凄い!

 どういう生き物か知らんが、会話する事が出来るらしい。 サーカスか、びっくり館に売り飛ばしたら、結構、いい金になるかもしれん。

 彼は言った。

「 お前さん、私を宇宙人と、思ってないようだな? 」

 …多分な。

 彼は、サングラスを、クイッと、上げながら、自慢気に言った。

「 私は、未生物調査学者である。 昨晩、ランダムに選び出した君の体を使って、とある実験をした。 そしたら、何か知らんが、誰かの体と入れ替わってしまったようでな。 いや、すまんすまん。 はっはっは! 」

 爽やかに笑ってんじゃねえよ、人形!

( そんな話し、誰が信じるか! どうせ、どっかから、リモコンで操作されてんだろ )

 僕は、彼を摘み上げると、足の裏や背中辺りに、アンテナかコードが無いか、調べ始めた。

 …しかし、そんなものは、どこにも無かった。

 人形が、言う。

「 入れ替わり原因は、今のところ不明である。 とりあえず、君の生活環境は、変化したメスの環境に合わせておいた。 知人たちの記憶も、すり替えてある。 不自由かもしれんが、研究に協力してくれたまえ。 じき直すよ。 じゃ… 」

 いきなり、彼の姿は消えた。


「 …… 」


 夢か幻か…… いや、現実のようだ。 実際、僕の体は、見た事も無い女性の体になっている。

 僕は、しばらく呆然としていた。

( ……つまり、宇宙人の実験台にされたってコトか? )

 はっはっは! それは愉快! それでもって、原因不明のアクシデントにより、僕は、誰かと入れ替わってしまった、という事かい? は~っ、はっはっはっ! 益々もって、愉快、愉快… なワケ、ねえだろっ! おい! どうしてくれんだよっ? 責任とれよ、人形! 勝手に消えるな!


 何とも、無責任な話しである。 しかも、宇宙人?

 ……信じるしか、あるまい。

 現実に、今、僕は、女子高生の制服を着てるんだし……


 下から母の声がした。

「 みちるぅ~! 来てんよ、あの兄ちゃん! 早く行きなっ 」

 …来たか、狂犬が。

 仕方なく僕は、カバンを持ち、階段を下りると、玄関へ向かった。

 母が、新聞を小脇に抱え、僕に言う。

「 立ち話し、すんじゃないよ? さっさと、駅に行きな 」

 ううっ… あまりに、冷たいお言葉。 母よ。 アンタは、僕のこの身の上に起きた、悲しい事実を知らない……

 ある意味、良かったね。 元に戻ったら、意味も無く、仕返ししてあげるから、覚えておけよ……!


 靴入れを開けると、ローファーの革靴があった。

 …おい、僕の、お気に入りのエアロは、ドコへ行ったんだ? 高かったんだぞ、あれ。

 仕方なく、革靴を履き、玄関を出る。


「 おはよう御座います、姉御…… 」

 門柱の所には、ヤセた顔に鋭い目つきをし、髪をオールバックにした、見るからにガラの悪そうな男が立っていた。

 むうう …とても、高校生には見えん。 オカンが言う通り、『 そのスジ 』の者の雰囲気、ムンムンである。


( ……何か、すっげ~、イヤな予感、するんだけど? )

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