第6話 変異(2)

車の荷台に詰めていたスーツに滑る込むようにして乗った。周りにも荷物があるからそれを避けて、固定するためのロープとチェーンも外して乗り込む。

「メアリーちゃん、もしもの時はよろしくねー!」

『了解しましたー。』

スーツの電源を入れる。AI制御ロックも解除にしておく。こうしておけば人間よりも早く脅威を判断して回避行動できる。その時は無理やり動かされるわけだけどね。今回ばかりは辛抱だ。

「スーツの準備できたよー!」

「分かった。本部へ報告は済ませた。今回の探索はキャンセル。シェルターに戻って2人を病室に入れることを最優先にする。」

ヒマが話している声が通信機越しに聞こえる。こういう時にヒマの知識はいい。判断はすぐには出せないんだけどね。彼女も腹を括って僕が外に出ることを許してくれているんだ。心配してくれてどうも、僕は死刑囚だよ。


「よっと、ひぃー、腰に来るねぇ!」

車の上に待機。視野角を広げて生体レーダーを起動。熊を発見・・・確かに背中にが咲いてる。記録の為にもカメラログを確認しておく。

『カルミア、見えた?』

「見えたよー。今は第2車目。そろそろ3車め来るかなぁ。」

『近づいたらスモークを投げる。その隙に一気に走り抜ける。もしものことがあればカルミアが車を守って。1発ぐらい耐えられるでしょう?』

「うん。瓦礫でも耐えられるからね。でもどーでしょー!ちょっと不思議なことが分かった。」

『何?』

「耳鳴りみたいな音をスーツが拾ってる。熊から鳴ってるねー。」

『耳鳴りみたいな音・・・?熊にそんな声帯は・・・。』

が出していたら?」

が?・・・花の形状を教えて。』

「ぱっと見はいつもの青に斑点。花びらが6枚。うーん、真ん中のところが空洞になってる。昔の蓄音機みたいだねー?写真送っとくよ。」

『熊が第3車に来たら教えて。確認する。』

「はーい。」

出来れば来ないでほしいなぁ。肉壁ならぬ鉄壁になったらそりゃ、下に降りることになるんだから足に負荷が掛かるんだよ。僕の足はレユーの足。スーツは僕の体に合わせて動くようにできているにしろ、自分自身の体を支えるだけの適応しかしていない。踏ん張りは苦手だ。筋トレサボるのやめようかな・・・。


「・・・この形状は、スイセンの花?かなり大型に見えるけれども、・・・?」

カルミアから送られてきた熊の画像を見ながら思う。背中にあるはスイセンの形に似ていた。だがそれよりも気になったのは生えている背中。体内から出たというより、体に傷痕がある。まるで植えられたように見える。熊が自ら傷をつけて植えたのか、それとも偶然で寄生したか。

「うぅ・・・ひ、ヒマ・・・今、どうなっているんだ・・・?」

リーダーが唸りながら聞いてきた。症状はまだ続いている。というか酷くなっている気がする。

「熊のレグアニが原因だと思っている。だから隙を狙ってここから離脱するところよ。」

「い、いや、そうじゃない。何か見えるんだ。見えていて周りがよく、見えないんだ。」

「え?」

「・・・大きな、目が眩むほどの何かがそこから、来ている。気になって仕方ない・・・。感情のようなものなんだろうが、どんな感情なのかまでは・・・。」

リーダーは心眼の能力者。他者の読み取りが出来る。リーダーが今見ているのは熊の感情なのかもしれない。

「リーダー、それ、詳しく教えて。なんとなくでいいわ。」

「・・・黒くて、何か、求めている・・・いや、探している。いっ・・・頭痛がさっきより酷いな・・・。あとは、抗っているような・・・ごちゃごちゃと混ざって読み取れないのか、これは。」

熊は何かを探している。これは行動からも推測で来た。やはり目的は餌じゃない。餌なら人を襲っている。特定の何か・・・抗い、なんだろう。もしかして探しているのは


『ヒマちゃん、来たよ。』

考えるのをすぐにやめる。でも、危険にあることには変わりない。

「スモークを投げるわよ。カルミア、目を離さないでね・・・っ!」

一緒にいた人にも手伝ってもらって車内から身を乗り出してスモークグレネードを投げる。一瞬だけ見えた熊は大型。雄の成体、大丈夫かしら。

熊が低く吠える。慌てる足音が聞こえる。スモークが窓から見えるまでに広がった。

「――った”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!」

いきなり叫んだのはユリだった。・・・起きた?!

「ゆ、ユリ?!」

「ぜっはぁ・・・・はぁああぁ”あ”あ”あ”うるさいうるさぁい!!!」

混乱?いや、怒ってる。勢いよく上半身を起こして頭を抱えていた。とりあえずなだめないと・・・!

「ユリ!しっかりして!」

「ピンピンしてるよ安心しな!!!」

「・・・えっ?!」

「っはぁ”ー・・・平気だよ、自力で起きた。んでも夢超うるさかった!!!」

夢に対して激怒していた。一体どんな夢を見たかは知らない。周りの人たちも目が点よ・・・?

「マスクついてる?!ヒマー!今、外、どうなってる?!」

さっきまで荒い呼吸で寝込んでいたとは思えないくらいにスタスタ起き上がって装備を整えていた。

「そ、外にいる熊のレグアニが接近してきて、カルミアがスーツ装備で出ている。今スモークを投げて走s・・・ああぁ!!!!」

私ったら、走れって言うの忘れてた!!!

「この車以外は走ってよし!ちょっと待っててね!!!」

ユリが車のドアを開けて飛び出して行ってしまった。・・・えぇええ?!!ちょっとっ?!


スモークが投げ出された。モクモクと広がっていく煙に熊は慌てている。煙で視界が見えなくても平気なように生体レーダーと一緒にサーモグラフィーも追加・・・したら通信機越しにすごい声が聞こえた。うるっさ・・・。

「・・・え、ユリちゃん??」

気が付くと生体レーダーにユリの反応。しかも車の外に出ようとしている。嘘嘘?!なんで?!・・・あれ?サーモグラフィーどうなってんだ?熱源が熊に無いじゃないか・・・これじゃまるで

「カルミアァ!!今すぐそこから移動しろ!!」

ユリちゃんの声に突き動かされてすぐさま移動。ついた先は地面。足がジーンってする・・・。痛ぃ。

・・・まて、今横を何かが通った。なんだ?スモークで見えない。

『カルミアさん、植物のツルでーす!』

「はぁ?!!」

滅多に使わない音響レーダーに変更。跳ね返った音で物を見る方法。本当は水中で使うんだけどね!

「うっわ・・・まじかぁー・・・。これはとんでもない。」

音響レーダーに変えてツルまで見えた。熊が襲ってくるんじゃなくて、が操って襲っているんだ。あの熊は死骸だ。サーモグラフィーで熱が無いのはそのせいだ。だが、なんで熊のような動きが出来ている?

とりあえず、標的がこっちに向いたのは確実。・・・また伸ばしてきた!今度は見れたから回避が出来た。車の方にはユリがいた。さっさと戻ってくれるといいんだけど。

・・・というかこのスモーク、いつまで持つんだっけ?回避した勢いでちょっと車から離れたんだけど?車と僕の間に熊いるんだけど?


夢が本当になるのならば、えーっと、やばいすぐに整理しないと本当に忘れる。確かカルミアの前に出ればいい。でもどんな状態だったか思い出せない。あとあのうるさいやつ、言葉はなんとか理解で来たけどガラガラしていて全部は聞き取れないし、覚えてない。

あの熊が元凶ってのはなんとなく分かった。今もなんだか頭が痛い。心臓が破裂するんじゃないかってぐらい飛んだし、耳鳴りがする。多分、素早く動けるようになっておかないとあの夢の通りには行かない。現にうちはあの時武器を持ってなかった。それで助かるかは分からないけど、熊の動きが止まるのは間違いない。カルミアと車が繋げられているのを見たから最悪、抱えてもらおう。・・・どのタイミングだ?

今は視界にはいっぱいスモークがある。ろくに見えやしない。

「ユリ!外に出たら危ないって!」

「夢で見たんだって!ヒマこそマスクしてないんだから車入れ!」

「夢?!・・・わ、分かった!」

ヒマもうちの能力については熟知している。思い知っている。・・・マスク?あ、夢の中のうち、マスクしてなかった!マスクをどこにやった?なぜ今していてその時にしてない?外さないといけないようなことが起きたのならば・・・。

風が吹いた。スモークが飛ばされて視界がさっきより良くなる。・・・なぁるほど、こういうことか。目の前に熊がいた。

「っ??!!!!」

振り上げられた腕から逃げるようにして転がる。派手に転がったもんでマスクが地面に擦れて取れた。拾っている暇はない。すぐに距離を置かないとまた叩かれる。

このタイミングだ。ここだ。転がった時に後ろにカルミアがいるのが見えた。ちゃんとは確認してないけど、多分、あってるはず。


・・・頭痛がさっきより良くなった。視界にあった黒い何かは煙みたいに消えていった。だが、外の方にまだ黒いのがある。体をなんとか起き上がらせてヒマがいるドアまで行く。開いていたからそのまま外が見えた。

熊のレグアニ。背中にはツルのようなものが2本伸びている。だが動きはピタッと止まって首をかしげているように見える。熊が見ている方向を見たらそこにはスーツ姿のカルミアとその前にいる・・・なんだ、あれは?俺は幻なんか信じない方なんだが、あれは絵本で見るような天使がいた。真っ白な羽のようなものがあって、人型に見えるんだが霧状で輪郭が隠れて詳しくは分からない。その中に見慣れた感情と光がある。これはユリ?ユリなのか?俺はその場で固まった。


「動きが、止まっている・・・。い、今のうち!走って!!」

スモークが風に飛ばされた後にユリが熊に襲われているのを見た。喉がひゅっとなった。ギリギリで避けて、カルミアの前で熊を見ていた。怒っているような訴えるような。伝わっているのか知らないけれども熊は動きを止めていた。

車は走り出して、カルミアがすぐさまユリを抱えたのを見た。多分ここまで追いつく。熊が後を付けなければなんとかなるけれども・・・。というか気づいたら隣にリーダー!!

「起きて大丈夫なの?!」

「あぁ、さっきよりはマシだ。カルミアとユリは?」

『もっしもーし!今頑張ってるよー!熊は追ってきてないから途中で車止めて乗せてー!』

「大丈夫そう・・・ね。・・はぁぁ。」

体から力が抜けて椅子に座った。周りの人たちは一安心と笑みが出てきた。

「シェルターに戻ろう。・・・色々確認したいことが出来た。」

「そうしましょう。連絡は済ましておいたから今回の探索はキャンセルでいいって。」

「分かった。助かった。」


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