第4話 心眼

伝説の軍人。

死神の軍人。

見えてしまうその本心に何を思おうとも、失った半身が痛もうとも。

心まで失ったように無を繕った。


1番最初の休憩地点、Fシェルターに着いた。各自で昼飯と休憩が出来るように1時間とってある。

ここにはよく来る。その為一般人だろうが仲のいい友人が何人かいる。今回の運転手もその1人だ。先に挨拶しに行くことにした。

「ショーン。来たぞ。」

「コラン!久しぶりだなぁ、ハハ、その不器用な顔も変わらないなぁ!」

バシバシと背中を叩かれる。ショーンは軍人だった頃からの友人だ。何かと世話になっているがこうやって面と向かって話すのはざっと半年ぶりかもしれない。

「おーい、こいつがいつも俺が話しているやつさ!自慢させてくれよ!」

そう言って車に荷造りしていた若者を数人呼んで話始める。相変わらずで何より。しかし困る。こういう時どういう反応をしたらいいのか未だに分かっていない。


若者からは様々な色が見える。様々な感情が見える。期待、興味、緊張、好奇心・・・。あと、どこからか嫌悪と差別が見える。人が近くて誰の感情なのか分からない。変に身構えてしまう。よくあることなのに。

「あぁ、長々とすまんな。生きてるのが長いと話すのも長くなるな。」

ショーンは清い人だ。見える感情もそのままで裏表のない人だとずっと信用出来ていた。気楽でいられた。口が緩くてすぐに喋ってしまうのは短所かもしれないが。

「いつも通りの感じでむしろ安心する。だが、これからも大丈夫かと心配にもなる。」

「ハハ、心配性な所はそのまんまだなぁ!」

またバシバシと背中を叩かれた。さっきより痛い。

「・・・まぁ、いつか来るもんだよ。外出歩いてても中で大人くしくしたってマシな死に方なんて出来ねぇんだ。」

見える感情が変わった。寂しさ、悲しさ、諦め・・・これは・・・。

「・・・ショーン、まさか。」

「おっ、察しのいい奴は大好きだぞー!」

励ましのつもりなんだろう。肩に腕を回されて掴まれた後に頭を洗いたての食器のように撫で回す。髪のない俺の頭をぺちぺちきゅっきゅするな。

「つい最近、感染したんだ。家族には話しておいたし準備もしてもらってる。今日が最後の仕事さ。」

レグニアは全身の細胞に回っていなければ体の外に出ることがない。感染したばかりは自覚も全くなく、検査をしてようやく分かる。全身に回るほど多くは摂取していないようだ。

「そうなのか・・・。」

こういう時になんて言葉を言ったらいいんだろうか。俺の体は適合者であり、そんな奴が何言っても皮肉的にしかならない気がした。

「コランは変わってない。あの時のまんまさ。体が何が見た目が変わろうとも、偽ろうともお前はお人好しの人見知りってのはずっと前から知ってる。」

「・・・一応、メアのリーダーだ。変わらなくてはならないと思っている。」

「んだから、無理すんなよってことだ。現役の時は下っ端だったんだからな。何も段階踏まずいきなりリーダー就任。融通効かないこともある程度馴染んできた頃だろ?」

「それは、そうだが・・・戦闘経験があるのは俺だけだからこそ、引っ張らなくてはならない。いい仲間を持った。今度こそ残しはしない。」

「あぁ、いい仲間だ。油断すんなよ。下っ端でも伝説になれるだけのことをしたってのを後悔じゃなくて誇りとしろ。」

その言葉にじわっと頭が熱くなる気がした。

「少なからず、コランを称えている奴はいるんだ。俺もその1人だ。」


俺は元軍人。感染者の一掃作戦で唯一生き残った。生き残ってしまった。爆発で全滅したのを半身だけで生きて感染した。始めは死ぬのを待った。だが感染が進む感覚もせず動けない体のまま1週間生きた。

そしてメア隊に見つけられて保護、検査を行って適合者だと分かった。

俺の能力は”心眼”と呼ばれた。他者の感情を読み取ることが出来る。だが、常に読み取れるばかりに情報量の多さで目眩や精神的負荷がある。保護された時には世話してくれた看護師やら医者の感情が読める事に混乱と絶望を感じていた。参っていた。

元々、あまり話が上手くできる性格ではなかった。内気で人見知りをしやすく、そんな自分を変えようと軍人になった。誇れるように自信が欲しかった。

それに俺はメアの中でも危険人物に入る。感染者にステージがあるようにメアにもそれがある。メアは3段階。1段階目を”メア”。ユリがここに当てはまる。常時発動せず、コントロールが可能なことで決まる。2段階目が”ハーフメア”。俺がそれになる。常時発動していたり、能力の脅威度で決まる。3段階目が”ナイトメア”。適合者の行く末であり、この世界で最も恐れられる怪物だ。戦車で対抗しても生きている。1人でシェルターを乗っ取るのも簡単だ。問題は理性がほとんど失われること。言語が通じるまま虐殺や破壊の限りを尽くす。目的には個人差がある。


俺はそのままショーンと昼飯を食べた。集合時間まであと10分となったところで第4車へ行く。

他はまだ来ていなかった。周囲を少し見るとユリを見つけた。シーツを被った貨物車の荷物をじっと見ていた。

「ユリ、昼飯は食べたのか?」

「あ、リーダー。ご飯は食べたよ。ヒマがお手洗い行ってるから待ってた。」

「そうか。何を見ていたんだ?」

「・・・うん、これ。」

そう言って指さしたのはシーツから覗く真っ赤な機体。形状をよく見ると飛行機のようだった。

「珍しいな、飛行機か。」

そう言ってユリを見ると恐れ、困惑、警戒の感情が読めた。飛行機に何を?

「うん。今じゃ車と船の運用が一般。飛行機とかは鳥の攻撃もあるし、滑走路がそもそも整備されていない。・・・誰が使うんだろうね。これ。」

それを言った瞬間ユリから感情が消えた。消えたと言うより読み取れないほどに多くなって黒くなったとも言える。これは過去にもあった。

「・・・乗るとは限らない。話せないのならば追求しないが、見えた以上確認は取りたい。何を見たんだ?」

「この飛行機が飛んでいた。・・・墜落して燃えた。」

他者が死ぬ夢か・・・。この飛行機の持ち主を知りたくなる気持ちもあるが、深入りは出来ない。何をしようとも夢で見た光景が覆らないのは実験で証明済みだった。しかし、見た夢がすべて当たる訳ではない。

「死をそのまま放っておけないのがメア隊のいいところだ。」

「そうかもね。・・・はー、グロテスクなやつじゃなかっただけよかったよ。むしろ綺麗だったし。経緯は分からなかったけど複雑な気持ちだったよ。」

ユリはまだ19歳だ。幼い頃からこんな能力を持って見てきた。知人の死を目の前で見ることもあった。ヒントになることもあった。だが、その反面ユリの精神が心配になった。鍛えられていると言えばそうなってしまうが、それは人とかけ離れた感情になってしまいそうで心配に思っていた。

「今回の探索任務に飛行機は関連していない。今のところは関わることはない。そうなった時でいい。」

「うん。」


そのうち、ヒマが戻ってきて車に行けばカルミアがスーツを積んでいた。少々難航していたようだ。一般人もいる以上、乗り合わせという形になる。俺達はとても珍しく見えるだろう。一部の人は俺達を同じ感染者として嫌っているのもあるがな。

「やっぱりスーツは重くて大きいってね、いやー融通利かせるの大変だなぁ。早く軽量化しないかなぁ。」

「そのための運用だ。辛抱しよう。」

「車に乗るのだー。」

「乗るー。リーダー、目的地までどれくらいかかるの?」

「大体3時間ぐらいだ。そこから歩き、活動時間の夜前に焼却出来れば帰りは楽だ。」

「そうなの、ユリ、寝ちゃうんじゃないかしら?」

「寝ないようにゲームでもさせる?」

「ユリ、今眠いか?」

「満腹でちょっと眠たいかも。3時間ってビミョーだな。起きれるか分かんない。」

「でも眠たい状態で探索に行かせるのも不注意しそうだし、仕方ない、起きなかったら僕が背負って行こう。寝てもいいよ。」

「今日の荷物多いんでしょう?平気なの?」

「ユリちゃんぐらいなら平気だよ。ちょっと荷物を整理する必要はあるけどね。」

「それでいいだろう。乗ってすぐに寝てしまえば起きるのも多少早くなるだろう。ヒマ、隣に座ってやってくれ。」

「分かった。」

カルミアがちらっとこっちを見た。若干だが目を細めている。見えるのは警戒と注意。・・・分かっている。

先に俺が車に乗ってその次にユリ、ヒマ、カルミアの順で座った。前と後ろ、端となりには一般人がいる。銃装備をある程度している自衛隊だ。この輩は訳アリが多く、盗みをしたり女子供に容赦がないというか治安が悪い。いい人もいるのだがこちらをメアを気付けなかったり、事情を知らない場合にはよく会う。ユリを寝させておくのもこういう理由があったりする。前にも寝ている間に少し口喧嘩になった。

「んじゃ、おやすみ。」

「おやすみ。」

「肩貸してあげるから、寄りかかっていいよ?」

「おやすみ、ユリちゃん。」


車内はマスク無しでもいられるくらいに空気清浄機が揃っている。ユリの他にも移動中に寝て体力を温存しておく人はいる。しかし、寝ているほどの余裕がない人もいる。車が走る外は病原体があり、攻撃してくるレグアニもいる。危険はすぐそこにある。

「・・・っけ、いいご身分だな。」

どこからか声が聞こえた。反論すると買うことになる。無視しよう。カルミアがわざわざ教えてきたならそういう人がいたということになる。注意するに越したことはない。利き腕をいつでも出せるようにはしておく。

「・・・おぃ、よせって。装備よく見ろ。」

「装備がなんだ。ガキと女のくせしていいやつ使いやがって。若造なんか豪華なロボスーツじゃないか。」

「あれは組織が出してる装備だって。・・・っあの人達はメアだ。」

「メア・・・。嘘だろ?」

今回は穏便で済みそうだ。変に気を張っていた。肩の力がちょっと抜けた。

「――おっと、取っちゃだめだよ。」

カルミアが立ち上がって男性の腕を掴んでいた。その手にはマスクが掴まれている。またか。

「これは僕のマスクだ。この後使うから取られると困るなー?」

「こ、高級品にもなる青フィルターのマスクだろ!メアのお前ならいくらでも持ってるだろ?!」

「いやいや、これ使い回しだよ?分からない?専用の洗浄機。あれで使う度に洗ってんの。それに必要な装備は申請しておけばいくらでも貸出し放題だ。盗む必要なんてどこにある?」

「・・・っ。」

マスクを手放した男性は黙り込んでドカッと座った。

俺達が使っている装備は組織から配給される特別仕様の物だ。一般に出回るのは滅多にない。それはより危険な所へ行くという配慮だ。使っている感染予防のマスクもフィルターの色で使用時間と使用期限が違う。一般で使っているものは貸出し式で使用後は返却しなくてはならない。しかし返却を行うと他シェルターや外出も出来なくなる為、個人用に所持しておくのがいい。所持しておくにも長持ちする物の方がいい。

個人利用は出来ないが、各シェルターには貸出した装備を洗浄するシステムがある。外から来た荷物も一度そこで病原体を落として内部に持ち込まれる。しかし、洗浄する時間と貸出ししている装備の数が合わないことがある。人が多すぎて使えないのだ。危険な外からの資源や仕事はそれなりに収入がある。それを目的に活動をする為なんだ。


隣で寝息を立てるようになったユリ。肩を貸しながら端末で本を読んでいるヒマ。カルミアはゲームをしているようだ。ついさっき盗まれそうになったばかりというのに図太い神経をしている。

カルミアは正直、俺よりも口も頭もいい。俺がリーダーなのも殺人犯のカルミアを見張るためでもあった。なのに俺が頼っているのが多くなった。・・・カルミアが俺に質問したのを覚えている。”なぜ心を殺す必要がある?”と。能力がある訳でもないのに人を見透かしたかのように話す。逆にカルミアに見えるのは興味や探求や好奇心、快楽・・・豊かな奴だ。狂人でもあるはずなのに誰よりも人らしく見えるんだ。

車の振動で頭の向きが変わったユリ。ヒマが慌てて手を伸ばそうとするが俺の方にゴツンと来た。

「いい。ヒマもゆっくりしろ。」

「・・・そう、お言葉に甘えさせてもらうね。」

そっと腕を上げてユリの肩に回す。胸のあたりに頭が来てすぽっと収まる。押さえておくことでまた振動で動かないようにしておく。・・・体が暖かい。こうしていると本当に小さくて子供なんだと思う。子供を危険な場所に行かすことを問われれば何と言えない。ただ人が少ないとしか言いようがないかもしれない。

この部隊にユリが参加することになったのは研究者の推薦とユリ自身の願いだった。ユリの能力は未来を見れる。だが今の現状を書物やデータではなく目で見ることで更に正夢の範囲を広げようとした。結果、ユリのおかげで数件のシェルターは全滅を免れているし、助かった命もある。だがそれはとても・・・。


いつ死ぬか分からない。何が見えてくるのかずっと身構えている。俺は何を背負えている。何を変えられた。後悔か、栄光か、誇りか、自分か。

俺は”コラン”だ。



コラン(苧環)

キンポウゲ科オダマキ属。学名がAquilegia。種としては春から夏、自生で約70種、全種で約120種。

栽培では耐寒性があり、夏では暑さで成長が鈍るが秋頃に生長する。冬は茎葉が枯れて根の状態で越す。多年草だが寿命が短く、一年草のように扱われるのが多い。

食用にはならず、全葉に毒を持っている。症状は皮膚炎、胃腸炎、心臓麻痺。

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