第2話 対抗

いつ何時だって忘れたことはない。

たまらず一晩共に過ごした。

いつまでも夫の亡骸を抱えた女はダメなの?


ふにゃふにゃとした可愛らしいユリ。少し前まで少女だったのに立派な女性になりつつある。まるで子供の成長を見ているようだった。

ふと緩んだと思った髪を結び直す。夫が長い髪が好きだと言ってからずっと伸ばし続けている。私って一途なの。

「ヒーマー、髪で遊ばせてー?」

「また遊ぶの?いいよ。」

ユリが髪を手櫛する。絡まっているところがあれば痛くないように梳かしてくれる。三つ編みするのが好きみたいで、遊ばれた後はせっかくだからそのまま一日過ごす。今日も仕上げられるんだろうなぁ。

「カルミア、うちが来る前にスーツ着ちゃえばいいのにね。」

「ギリギリまで着たくないんだって。窮屈そうだもの。」

「確かに。見るからに超重たそう。」

カルミアは実験体。私達のように軽いマスクでは外に出られない。完全防備をしておかないと感染してしまう。私達でもリーダーはマスク無しで外に出られるけれども、そのぐらいまで進行するのは危険ある。


一本の三つ編みが出来上がった。ユリは満足そうに笑っている。

「ユリ、今日は夢見たんだってね?どんなの見たの?」

「んー、あれは大丈夫そうだな。えーっとね、赤い飛行機を見たよ。」

「飛行機?珍しいね。今じゃ空を飛んでるなんて数少ないのに。」

「本で見たことがあるから出てきたんじゃないかなって思ってる。」

「それで赤い飛行機に乗ってたの?」

「いや、飛んでいるのを見上げていたんだ。あ、隣にみんな居たよ。なんか敬礼してた。」

「飛行機に向かってしてたのかしら。偉い人でも見送ってたのかもしれないわね。」

「・・・んまぁね。」

この返し方は多分、外れていたんだろう。話したがらないなら深堀はしない。元々、ユリの能力である正夢は未来を暗示するもの。記録されているとしてもあまり言えない夢も見る。そう、例えば自分や他人が死ぬ夢とか。


「準備完了ー。みんな、どこにいるんだい?」

重厚な足音と共にやってくるカルミア。見た目は大きなロボットね。感染に対する完全防備に荷物持ちの機能も付いたらこんな大きくなっちゃったの。まぁ、償いにはもってこいなのかしら。あぁ、カルミアって殺人犯なのよ。

「リーダー。カルミアの準備、終わりましたよー。」

「よぉし、うちはもう行けるよ。」

「忘れ物は無いか?」

それぞれ準備をして表のドアまで来る。

「リース、開閉頼む。」

『了解しました。』

”リース”はリーダーの専用のAI。名前は製造番号から取ってきたんだって。私は”ロブロイ”。夫が告白の時に私に奢ってくれたお酒から取ってきた。カルミアは確か”メアリー”。

耳に少し悪い音と共にブザーが鳴って、ゆっくり目の前のドアが開いていく。奥へ続くトンネルを通るの。この先が外になっている。ドアは全部で3枚。シェルター内に病原体が入らないようにする為の作り。


「今日の探索はここから徒歩と車で行ける廃棄されたシェルターだ。近くを通った一般人からが咲いていると報告があった。それの焼却、および内部の探索を行う。」

っていうのは”レグニアフラワー”のこと。病原体を”レグニア”と呼んでいるからそう呼ばれるようになった。動物だと”レグニアアニマル”、略して”レグアニ”。人だと”レグニアユー”。略して”レユー”とかって呼ばれる。略しているのは私達が勝手に呼びやすくしているだけ。人や場所によって呼び方が違う。

「かなりの大きさなのかい?火炎放射器、荷物に入ってるんだけど。」

「確かに。いつもは燃料とライターだけで済むってのに。」

「報告では3m近くあったらしい。それが4本だ。」

「大きくない?!」

「4本ってことは単純計算で小さいのでも40のはあるかもしれないね・・・。」

「カルミア、ガンバ。」

「ユリちゃんも手伝うんだよ。勝手に僕一人でやらせようとしないで。」

「ユリは小さいから狭いところ探すのが得意だもんね・・・。頑張って。」

「先頭はいつも通り同伴する。内部で火炎放射器は使えないからな。」

「う、うわぁぁあああああああああああああいやだぁあ!!」

頭抱えながら否定するユリ。この中で最年少で一番体が小さい。身長150㎝くらいしかないの。狭いところでの探索にはいいのだけれども重いものを持つには苦労している。最近はそのせいで足腰が痛いと言っていた。


レグニアに感染した植物は細胞変化により、巨大化する。小さいので5㎝、大きくて2mになるのがほとんど。その成長は植物によって違う。雑草ものならそこまで巨大化しないが、木になると途中から感染したもので50mを優に超える大木もある。あまりに大きなものは爆発処理済み。シェルター付近には存在しない。

植物に関しては感染した細胞が花粉や実が更に拡散させる。花粉によってより広く、実によって数を増やしたり動物に食べられることで遠くまで運ばれたり、その動物に高濃度の病原体を付ける。その為、シェルター付近の動植物は処分が行われる。

病原体が空気内にいるだけであって、酸素や窒素は存在している。むしろ二酸化炭素が減っている。植物が急激な細胞変化により循環の速度が上がる。光合成と言えば分かりやすいのかな、二酸化炭素を吸って酸素を吐く。昔に言われていた地球温暖化はどこへ行ったのやらと忘れられるほどになった。

ただし良い環境とは言い切れない。施設拡大の為に鉄の生産加工などで大気汚染をしていた。一部の地域では酸性雨が降るらしい。ここではないけれども雨は良いものではない。雨水にも病原体はいる為、皮膚に触れたりしてそれを口や目に当てた場合そこから感染することがある。


そうこうしている間に最後のドアへ来た。

「マスクはしっかり付けたか?」

「おk。」

「大丈夫よ。」

「よし。」

ユリと私はまだ軽度の感染。重症化するとリーダーのようにマスク無しで外に出られもするけれどもリスクが高い。最も、リーダーもマスクをつけるところはある。例えば森林とか。

やっと地上に出た。植物は周辺にほぼないけれども青空は変わらないし、風の流れも肌で感じられる。ただものすごく静かなところは不思議な点かな。動物も感染しているからこの周辺にはいない。

「まず、隣のFシェルターまで徒歩で行く。そこからは車だ。」

「ひぇ、急斜面のところじゃないか!この前危なく転ぶところだったのにー。」

「遠回りすると木々を通るから。仕方ないよ。」

「危なかったらこの前みたいに僕が抱えて行くから、頑張って?」

小さめな山ではあるのだけれども、一部急斜面があって気分はロッククライミング。男性陣はいいけれども女性陣には厳しいところがある。でも助け合えているから何とかなっている状態。私もここはちょっと怖い。

「いつも通り、カルミアが先頭だ。ユリは心配ならカルミアに直接縄を繋いで行くといい。ヒマは焦らず行け。ユリが最悪転んでも大丈夫なように距離は取れ。」

「転ぶ想定されてる。安心していいのか不安なのか複雑。」

「分かった。私が上れそうになかったらまた手を貸してね、リーダー。」

「んじゃ、行くよー。」

カルミアはスーツのおかげでここは楽に行ける。それに引っ張ってもらう感覚で後ろを続いていく。カルミアが地割れで不安定になってきている斜面を把握出来るから安全な所を進める。この前もそれで道を変えた結果、慣れない足場でユリが転びかけた。リーダーがすぐに抑えてくれたから助かったものの、二人そろってあからさまに怖がっていたのは少し和んだ。リーダーも意外と弱いの。


上り始めて体感10分。端末を確認したら時刻は午前11時くらい。このペースだとFシェルターか車の移動中に食事かな。今日のお昼にはお弁当を持参してきた。ユリに教わって日本では”きゃらべん”というのがあるって。丁度私が子供の頃気に入っていたキャラクターがいたからそれを模して作ってみた。ユリに見せるのが楽しみになっている。

私達の育ちも生い立ちも全く違う。だけども全員英語で会話は通じているし、お互いの嫌いな所好きな所を把握している。ただそう、始めは大変だった。リーダーは変わらずだけどもカルミアの犯罪のことやまだ少女のユリには手を焼いた。私もそれなりに迷惑はかけた。

私はここに入ってから新しい名前を付けてもらった。それがヒマ。名付けたのは実はユリなの。それまでは本名だった。どういう意味なのって聞いたら太陽の花ヒマワリのことだった。私は嬉しかった。



ヒマワリ(向日葵)

キク科ヒマワリ属。学名がHalianthus annuus。種としては夏季の7月から9月、野生で約60種、全て合わせると100種以上。

栽培では霜や氷点下の気温に耐性がある為、難しいということはない。また、除染効果という放射能汚染を除去する説があるが認められてはいない。仮に出来たとしても土壌となるカリウムを大きく吸収する場合、実用的ではないとされている。

食用ではハムスターなどの小動物の餌とされる他、嗜好品として扱われている。種から油が取れる為、エンジン利用研究も進められている。初期はリノール酸の発ガンや高脂血病、アレルギー等の因果関係が報告されることがあった。また、薬用では出血性下痢に用いられる。

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