メアの造花

まっちゃぁぁ

第1話 正夢

2563年6月4日

綺麗な空に赤いプロペラを付けた飛行機が飛んでいた。

飛行機は落ちて火柱を上げた。火花が散っていた。

うちの頬がそれで少し焼けた。複雑な感情を抱えていた。

隣では敬礼している仲間がいた。


長いようで短い。

夢は一瞬なのだが体感数時間。

睡眠は休息だというのに、そんな濃厚な夢を見てしまえば疲労が取れた気はしない。


一気に息を吸い込んだ。

驚く夢を見た時の目覚めはいつもこんな感じ。朝がクソ弱なので一瞬で目が覚めるのは良いのだが寝起きの機嫌は最悪になる。

ちょっとの間だけ放心状態のようになって上半身を上げる。起き上がった後でもちょっとぼーっとしている。心臓がバクバクしているのにここで気づく。

見た夢は怖い夢と言えばそうかもしれないけど、どちらかと言えば驚いた夢。いや、感情もごっちゃ混ぜだったし、意味分かんなかったし、うん。今まで見た夢とは違う。何度も同じ夢を見ることは無くて、系統が同じような夢ならある。たまに夢の続きを見ることが出来たりする。そんな体質。


寝る時以外常につけている端末を手に取る。日付は6月4日。ちなみに2563年だよ。たまに曜日感覚が狂うのはあるあるでしょ?

端末は今じゃ時計型が一般的な物になっている。うちが持っているのはちょっと違うやつだが。今の携帯電話は左手首につけるだけで血管から体調管理をし、投影によって浮かぶ画面。ちなみに触って操作もできるし、音声で操作も可能。超便利。しかしプライバシー保護は無いに等しい。めっちゃ覗き見できる。まぁ、見せられないものをこれで見たりしないから。


ベッドから出ながら慣れた手で端末を付ける。着替える前にPCデスクへ向かう。

『おはようございます、ユリさん。今日の起床はいかがでしたか?』

やわらかい男性の声で話す機械、うち専用のAIだ。名前は適当に製造番号から取ってきて”ハチ”と呼んでいる。

「おはよ、ハチ。今日はー・・・機嫌悪い方。」

『そうでしたか。では、朝食の準備をしておきます。今日はおにぎりとトースト、どちらがいいですか?』

「んー、おにぎり。海苔なしの鮭」

『分かりました』


今から約500年前、人間が外で生活することが出来なくなった。

元々、インフルエンザみたいに流行り病があったんだがその変異種が出てしまった。その症状が重いばかりに自粛しなきゃならなかった状態から外出が出来なくなった。まぁ、防護服着れば出れるんだけどさ。

そして約200年前、なんとかこれを解決しようと研究者さん達が過労死する勢いで頑張っていたのだが更に病原体が変異した。映画でよくあるゾンビみたいなのが出てきた。感染して療養中の人が暴れ回って室内でもゾンビ感染が拡大、その影響で病院がいくつか潰れた。

そこから逃げ延びた人が来たのだが、感染してしまっていて避難した場所でさらに拡大。そして逃げ延びての繰り返し。果てに中に入れられないと締め出されることもあった。

これに参った研究者さん達は人体実験に手を出した。ゾンビみたいになった人と正常な人の違いやら病原体をどーたらこーたら。この辺の知識はうちは疎い。

研究者さん達は病原体の行動を把握すことが出来たが、それはとても絶望的だった。人間に限らず植物やプランクトンなどの生物すべてに作用する空気感染の病原体。感染するとまず、細胞の情報が書き換えられて見た目が変わってしまう。これには個体差があって一部だけのもあれば全体的に変わってしまうのもある。そして脳を持つ動物に関しては人体もだが脳にも大きく影響を与えてしまう。だからゾンビみたいになったりする。書き換えられた細胞は普通に活動を続け、損傷した部分を治すようになっていく。つまり、ゾンビみたいになった後に順調に細胞が増えたら人間みたいに知識を持ってくるってことだ。感染者としての第二の生を続けることになる。

細胞はその後も増え、変異を繰り返して人の皮を被った化け物が外を歩くようになった。その化け物に攻撃され、細胞の一つでも体内に入れば感染してしまう。

これにより、うちが生まれる前から人間は外に出ることが出来なくなって、地下を住居とするようになった。装備が潤沢にある場所ではドーム型の地上を住居に出来るらしいけど、うちがいるのは地下シェルターだ。

すごい生きずらい地球になってしまった訳だが技術はそれに合わせてめっちゃ進んでいる。現在進行形でワープみたいな装置も開発中だし、マグマを利用した地熱発電と地下をたっぷり掘ったおかげで鉄なども潤沢。ゴロゴロと寝て過ごすくらいには余裕がある。


朝起きたら一番最初にやるのは見た夢を書き出すこと。意味の分からない驚いた夢だろうと些細なことを書き出す。見ない日もある。でも、この夢が意外と重要だった。

うちは感染者だ。だがゾンビみたいにはなっていない。人で生きながらにして体のどこも変わっていない。病原体の抗体?違う。適合者だ。

適合者って言っても他のパターンの人もいるんだ。人工的に適合者になった人もいれば偶然なった人、対抗できるDNAを持っている人、人体実験中の人・・・上げたらきりがないや。

その中でもうちは元から適合者だったタイプ。このタイプは最期がひどいのが多い。しかし一定の感染を保っていると能力を持つことがある。

うちは適合者で能力者。”正夢”って呼ばれている。見た夢が現実に起きることがある。体感で確率は1週間に1回のペース。結構当たる。なんでこうなったかは上記の通り。感染すると細胞が書き換えられる。うちの場合、脳の一部が書き換えられているらしい。詳しいことは大人がよく知っている。説明が難しい。


PCデスクでキーボードを打っている間にマグカップの中に湯気立つホットミルクがそばに置かれている。ハチがいつもこうしてくれる。

手に取って一口。・・・・あちち。うちは猫舌なんだ。(ふーふー)

『鮭のおにぎり、出来上がりました。今日は探索依頼日です。他の皆さんは準備完了していますのでさっさと行きましょう。』

「ありゃ、予定何時だった?」

『午前9時です。現在の時刻は午前10時半です。』

「1時間半オーバーだぁやべぇ・・・。」

『いつものことなので忘れ物が無いように準備しましょう。荷物はこちらです。』

「はいよー、着替えてくる。」


寝坊は当たり前というか目覚ましを付けないんだ。これは私の能力に関係していて、無理やり起こすと脳が混乱して幻覚を見るようになるんだ。だから夢が終わるまで絶対に起こさない。仲間もそれを理解しているからのんびり準備をしてくれている訳だが。依頼主もそれを熟知しているし、多分大丈夫。多分。


おにぎりをつまみながら寝間着から作業着に。ジャージとも言えるがその上からは防護服も着る。頭には通信機イヤホンを付けて、厳重なロッカーから銃を取り出す。いつも持っているのは小型のアサルトライフル。そして自分の手に合った拳銃。足のホルダーにつけて、リュックと絡まらないように背負う。

「テステスー、聞こえてるー?」

『はーい、こちらヒマ。おはよう、ユリ。』

『お目覚めかい、ユリちゃん。』

「おはよー。待たせたねぇ、今準備中。10分以内にはそっち着くよ。」

『忘れ物無いように準備してくれ。まだ時間には余裕あるからな。』

「リーダー、ありがとうねー。」

『今日は建物内入るからライト忘れないでねー。フラッシュライトおススメしとく。』

『予備のサイリウムは僕が持っているからライトだけで大丈夫だよ』

「はーい。」

この3人がうちの仲間。女仲間の”ヒマ”、ちょっとチャラい”カルミア”、リーダーの”コラン”。全員感染者。いや、一人実験体だった。カルミアが実験体なんだ。

感染者は唯一、外を自由に歩き回れる。感染しても平気な体だからだ。その為依頼を受けて外を探索するのがお仕事みたいなもの。けど、うちらみたいなやつを”メア”と呼ぶ。メアの感染者は武装して孤立した生存者を助けたり、地上を探索して今後の研究に貢献している。そして数が少ないばかりに常に監視下に置かれる。

特にうちとリーダーは能力者だ。重要人物になっている。表は良いようだが裏は戦場。人として扱われているのか、それとも道具か人体実験か。拒否権はない。というか拒否する暇がない。助けを求める人がいるというのにめっぽう弱い。


「準備おk。ハチは?」

『こちらも大丈夫です。エレベーターへどうぞ。』

人一人しか入れないほどに小さいカプセル型のエレベーター。その中に入って着くのを待つ。この時、毎回、深呼吸する。特に意味はないが自然とこうすようになった。

低い音と共に重厚なドアを開ける。出迎えてくれるヒマ。

「おはよー♪」

毎回ぎゅーっとしに来る。ポニーテールに結んだ金髪がふんわりいい香り。シャンプー変えた?それを口に出したら変態のようだと思ったから口チャック。

「おはよー、リーダーは?」

「あっちにいるよ。さて、僕はスーツ着てくるかぁ・・・。」

「行ってら。いつも重いスーツで大変だと思っているようん。」

「そんな思ってない顔で言わないでよ。真面目に早く軽量化してほしいんだから。」

「おはよう。ユリ。今日の調子はどうだ?」

「おはよ、体調問題なし。夢は見たけどまぁ、ね。」

「そうか。今日の探索は距離が少し長い。休憩ポイントを2つ出しておいた。無理せず行くぞ。」

「おk。」


この地下シェルターは”メアシェルター”と呼ぶ。メアであるうちらが暮らす所だ。うちは時々このシェルターが監獄に思える。仲間が看守に思える。同じ立場なのに、自由に歩けるのにそう思ってしまう時がある。19歳の女が銃を扱うせいか。だが15歳の時からこれだ。探索に荷物持ちとして手伝い始め、つい1年前に銃を覚え、一般人ではない動きを身に着けた。

ひっそりと暮らす一般人には実験体、患者、囚人、兵士、道具、適合者、感染者、メアとまあまあな言われようだ。

なんとでも言え。うちはだ。



ユリ(百合)

ユリ目ユリ科。学名がLilium。種としては亜熱帯から温帯、亜寒帯にかけて広く分布。原種は100種以上、品種は約130種。球根を有する。

栽培では病気にかかって球根が腐りやすいため、排水のいい土に植える。加湿に弱く、極度の乾燥を嫌う。

食用や薬用で使用されることがあり、日本では金団や雑煮、茶碗蒸しなど。中国では乾燥させたものをスープにする。

しかし、猫などの一部の動物に与えると中毒症状に陥る食べ物でもある。人でも過剰摂取した場合には発症する。

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