理性の戻った少年ゾンビは幼馴染の元へと歩き続ける 下

 それから少年は、迅速に行動を移した。男達の車の車種、また、ゾンビを轢き殺した跡もあった為、そのまま追いかけた。ときには避難所へ行き、情報を集める事もあった。その時には生存者と協力しあった事もあったが、達成感はあっても、そこから心が満たされる事は決してなかった。


 そして少年はついに男達を見つける事が出来た。それは隣の市にある避難所だった。一部の上位が支配する、最悪の避難所だった。そこでは、老人、子供、男は奴隷に、女は慰み者にされていた。


 男達は少年の存在に気付いていなかった。覚えてすらいなかったのだ。だが、少年は、それを憤怒するどころかよろこんだ。ようはこれは最大のチャンスなのだと……。少年は、とにかく目立たないように行動した。


 そして運命の日。少年がとった行動は、下位に属する人達と協力して、避難所を崩壊させる事だった。お互いに絶望しきっていたのもあるだろうが、前に生存者と協力しあった経験がここで活かす事が出来たのが大きかった。


 流れはまず、簡単に消火させない為に、退路になるであろう裏門にありったけの燃料をぶちまけ、火をつける。そして表門には、協力して少しずつ集めてきたゾンビ達を解き放った。少年も自らが生贄になるように身体中を傷つけ、ゾンビ達を誘導している。身体中を傷だらけにしても、痛みは感じなくなっていた。そのような感覚はとっくに失くしてしまっていたからだ。


 そして始まった復讐劇。火に包まれて死ぬ者、ゾンビに噛まれて死ぬ者、人に踏まれて死ぬ者。避難所は、絶望と狂気に満ち溢れていた。虐げられてきた者達は嗤っていた。これでやっと復讐が出来たのだと……。敵も味方も関係なく、次々と死んでいく。気が付いた時には、幼馴染を刺したリーダー格の男と少年だけだった。ゾンビが背後から迫っている。このままでもリーダー格の男が死ぬのは確実だろう。だが、幼馴染を殺したこの男だけは、少年の手で殺したかった。


 お互いに満身創痍の状態。少年がここに来るまで、ゾンビに何度も噛まれているし、血も流しすぎてしまった。このまま何もしなくても死んでしまう事はわかっていた。男も様々なところで恨みをかっていた為か、逃げるのに手間どい、軽くない傷を負っている。


 リーダー格の男は動揺していた。それも当然だろう。せっかく築いた楽園が一晩で崩壊したのだから。それも今まで奴隷として扱っていた者達によってだ。少年は嗤う。あと少しで全てを終わらせる事が出来る。そのまま絶望しながら死んでしまえ!


 少年は、吼えながら全力で男へ向かって走り出した。右手にはナイフ、左手にはひそかに砂を握っていた。男の近くまで行くと、ナイフを振りかざした。


 寸でのところで避けられ、態勢を崩してしまう。男が襲ってくるかと身構えるが、一向に襲ってくる様子はない。


 男は少年の背後のゾンビを気にしていた。どうやら、この期に及んでゾンビが気になるらしい。そんなに死にたくないか。だが、そんなの許されるわけがないだろう。このまま死ね。その隙を逃す筈がなかった。左手の砂を顔面にまき散らす。見事に目に入り、男の視界を奪う。そしてそのまま幼馴染と同じように胸元へナイフを突き刺すのだった。


 男の最期はあっけなかった。だが、こんな男には劇的な最期なんて、必要ない。あっけなく、殺され、あっけなくゾンビ達に食べられるのがふさわしいのだ。そして男を殺すのと同時に少年も倒れる。そして群がってきたゾンビ達。何とかギリギリ間に合ったようだ。


「ほら、ゾンビ達。ご褒美だ。お前たちのおかげで復讐が果たせたよ。……守ってあげられなくてごめんね。好きだった、好きだったよ……」


 ご褒美に群がるゾンビ達。全身を噛まれるが、そもそも生きているのが不思議なほど、身体中がズタボロだった。


 徐々に意識が遠のいていく。復讐を果たせた。これで満足だ。


 ……本当に満足したのか?


 一度考えてしまうと自分に嘘は付けなくなってしまう。そう、幼馴染の存在だ。復讐の為に最後まで一緒にいてあげられなかった。あぁ、何でこんな男に復讐したんだろう。ほっといて幼馴染のところにいればよかったんだ。けど、後悔しても遅い。もうじき死んでしまうだろう。


 少年は今更ながら後悔してしまった。涙が溢れ、拳からは血がにじんでくる。たとえ、このまま死んだとして、幼馴染と同じところへ逝けるのだろうか? こんな終わった世界だけど、救いはないのか?


 誰も答えてくれない。視界が遠くなっていく。


 最後に少年は願った。たとえゾンビになったとしても、幼馴染のところへ戻りたい、と。そしてそのまま少年の命は尽きるのだった。









 




 何で忘れてしまっていたのだろうか。いや、全てを忘れてはいなかった。こんな姿になっても、幼馴染のところまでたどり着いたのだ。幼馴染の姿を改めて確認する。


 幼馴染はゾンビになっていても変わらず綺麗だった。縛られていたせいか、生来の性格によるものだったのか、とくに暴れた形跡もなく、胸にナイフが刺さっている以外、生きていた時の姿とほぼ変わらなかった。


 綺麗だ……。少年はその変わらぬ姿にゾンビであるにも関わらず涙を流す。少年は全てを終わらせる為に胸元のナイフに手を伸ばす。少年はこの為に、幼馴染のところまでやってきたのだから。


 ナイフを持つ手が震える。ゾンビだからなのか、それとも躊躇っているからなのか。本人にすらわからなかったが、手が震えてナイフが抜けなかった。


 守ってあげられなかった。守ってあげられなかった。守ってあげられなかった。守ってあげられなかった。守ってあげられなかった。守ってあげられなかった。守ってあげられなかった。守ってあげられなかった。守ってあげられなかった。


 ……守りたかった。後悔の念だけが少年の頭の中を埋め尽くした。


 このままどうしようもない後悔の念に押しつぶされそうになっていたその時――――。


「あり…がと……」


 幼馴染は笑顔だった。声はひょっとすると幻聴だったのかもしれない。けど、少年には確かに聞こえた。途端に震えていた手が、ピタリと止まった。そして胸元のナイフを抜くと、勢いよく脳天へとナイフを突き刺した。


 一瞬ビクンっと身体が痙攣したのちに、完全に動かなくなった。これでよかったのだ。これで無事に天国へと逝ける。


 ナイフを抜く。幸いにも胸元に刺した影響か出血はほとんどなかった。最期に幼馴染の笑顔が見れてよかった。さぁ、今度は自分の番だ。自分の頭に向けてナイフを突き刺す。


『今度こそ、一緒に幸せになろう』


 少年はそう願いながら幼馴染に被さるように倒れ、たった一体の理性の戻ったゾンビは、満足しながら生を終えるのだった。


 その数年後、急激な気候変動による氷河期が到来し、ゾンビ達は絶滅した。僅かに生き残った人類達は、その厳しい環境を乗り越え、かつての繁栄を取り戻す。その中にはかつて、少年と協力しあった人達も含まれていた。


 そして数百年後の日本、とある平凡な隣り合った家で、同日、男の子と女の子が産まれた。その二人はのちに結婚し、幸せに暮らす事が出来たという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

理性の戻った少年ゾンビは幼馴染の元へと歩き続ける ポンポン帝国 @rontao816

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ