15・トライアングルフォーメーション

 GINYAAAAA……

 猿に似た顔を二つ持つ魔物が接近する。

 二メートルの巨体だが、下半身がなく、当然足もなく、異様に長い手を足のように使って移動し、そのため一つ一つの動作がひどく大きく、それゆえ不気味で恐怖を掻き立てた。

「来たれ!」

 アッシュの魔法によって、猿に似た二つの頭部を持つ足のない魔物が、爆散した。

 魔物が消滅すると、その背後に巨大な金属製の扉が姿を表す。

 放課後ダンジョンクラブから別れてから、三十回以上の戦闘をこなし、遭遇した百体以上の魔物を殲滅し、そして二時間ほど経過した頃、私たちはようやく最深部に到達した。

 アッシュの強大な魔法と魔力がなければ不可能だっただろう。

 十三階層の最下層中心部。魔神ドロシーが封印されている地点の少し手前で、私達は立ち止まり、地図を確認する。

 地図上では、扉の先は大きく空間が取られており、二重構造の封印の間となっている。

 まず一つ目の部屋に通じる扉は巨大な鋼鉄製。

 この先には封印を解除する侵入者を撃退するための、強力な魔物が配置されている。

 私達は扉を眼前に控え、これから遭遇することになる戦いと、異界の少女を思う。

「重そうな扉だな。普通に押して開くか?」

 アッシュは誰ともなく呟くと、呼応するように扉が音もなく手前に開いた。

「ああ、引くんだ」

 ウェンディの納得した言葉に、私は注意を喚起させる。

「この場合、誰が開けたのか気にするべきなんじゃない」

 誰も扉に手を触れていないのに気付くと、二人は扉から飛び退いた。

 扉の向こうには、無数の蝋燭が灯された広大な部屋があり、しかし装飾品や紋様の類は一切無い。

 無駄な物を省いているのは、戦う者には必要がないからか。

 しかし部屋の中心には、予想していた異形の魔物の姿はなく、代わりに三人の人物が仁王立ちで待ち受けていた。

「アッシュ、ピスキーの恋を消すなんて許さないんだからね」

「そうよ、こんな可愛い恋人ができるチャンスなのにぃ」

「できれば僕が代わりたいくらいなんだ。それなのに君は。くっ」

 手にそれぞれの武器を手にしたPFC三人衆。

 そういえば放課後ダンジョンクラブが、新入部員が七人入ったと言っていったことを思い出す。

 その時は気にも留めなかったが、私たちを除いた三人は彼女たちのことのようだ。

 しかし、夥しい数の魔物が跋扈する地下迷宮の中を、死に物狂いで辿り着いたのだろう、装備品はぼろぼろになっている。

 あるいはこの部屋の本来の主と戦った結果か、それとも両方か。

 魔物の残骸はないが、魔物は基本的に死と同時に消滅するため、断定はできない。

「わー、みんなどうしたのー?」

 ピスキーが脳天気に訊ねると、二年代表が答えた。

「ピスキーちゃん。あなたの恋は私たちが絶対に叶えて見せるわね。というわけでアッシュくん! ピスキーちゃんと付き合って上げなさい」

「なんでだ?」

 うんざりした面持ちのアッシュ。

「なぜだと!? 君にはわからないのか?!」

 三年代表男子生徒が激昂して、

「ピスキーくんがどんな思いで君に告白したのか。周囲の好奇の視線に晒され、これから起こる迫害を覚悟して、そうして告げた真剣な思いを君は拒むのか!? なら僕と代わってくれ」

 最後の科白で二年の女生徒に頭を叩かれた。

「真剣って、薬物効果だろ」

 アッシュの指摘する問題に、一年代表が憤慨する。

「それがどうしたのよ! 一体なにが不満なの!? いい、恋が芽生えるのに理由なんて必要ないわ。そして一度芽生えた恋はあらゆる障害に立ち向かうの。年齢も、身分も、人種も、国境も、性別も! これでも文句があるの?」

「あるに決まってるだろ! 特に最後!」

「どうしても承諾しないのね」

「するか!」

 アッシュは断固として拒否の構えを崩さない。

「仕方がないわ。こうなったらあたしたちが力尽くでも」

「ピスキーちゃんの恋を成就させるんだから」

「覚悟したまえ」

「どうやって?」

 アッシュの質問の答えは、私は予想が付いた。

「見える」

 一年代表が後方の扉を指した。

「あれが魔神ドロシーのいる、封印の間への扉よ」

 封印空間につながる扉は、この部屋に入ってきた物とは変わって、普通の人間が使う物と同じ、木製の小さな普通の扉だ。

「でもここは通さない」

 三年代表が一歩前に出る。

「魔神の涙が欲しかったら、僕たちを倒してからにするんだ!」

「そうよ」

 二年代表が剣を突きつけた。

「魔神の涙を手に入れて、ピスキーちゃんに涙を流させるなんて、私たちが絶対に許さないんだから」

 予想通りだった。

「わかった」

 嘆息してアッシュが同意する。

 どうやら魔神の前に倒さなければならない魔物の変わりに、三人を倒す必要があるらしい。

 魔物と、魔物を倒した魔法使い。

 どちらが強敵と見るべきか。

 でも、戦うのはアッシュだけで、私たちは後ろで待機。

 念入りに、簡易式魔法結界装置を使用して。

 そして、PFCの三人は掛け声を上げて三方向に散った。

「「「トライアングルフォーメーション!!」」」

 三人は口々になにかを唱え始める。始めはそれが呪文だと思ったが、違った。

「真実の恋は美少年の恋」

「美少年は恋を求めて流離う」

「できれば僕が食べちゃいたい」

 女学生二人が両側から三年代表男子生徒に飛び蹴り。

「余計な邪念を持っちゃダメ! あんたは不合格だってさっき話し合ったでしょ!」

「初物はアッシュくんにするんだからね! 変なこと言ったからフォーメーションが崩れちゃったじゃない!」

「うう、ゴメン」

 痛そうに蹴られた脇腹を押さえる三年代表。

 アッシュは面倒くさそうに声をかける。

「おーい、もういいかー」

 三人は陣形を整え直した。

「じゃあ、改めていくわよ!」

「「「トライアングルフォーメーション! アタァック!!」」」



 そしてアッシュの魔法一発でPFCは倒されてしまった。

 簡単にKOされたのは、フォーメーションが崩れたのが原因かどうかはわからない。

 たぶん関係ないと思う。



「さて。変な連中はさっさと忘れて、行くぞ」

 倒されたPFCの世話をピスキーに任せて〈三人は感涙して喜んだ〉私たちは最後の扉を開けた。

 眩い光が溢れた。

 それは一瞬の錯覚。

 白壁の部屋だった。

 純白のレースが天井から吊るされ、絵画や剥製、銅像などの装飾品がふんだんにあり、それは王宮の一室を思わせる豪奢な部屋だった。

 だが、それらがただの飾りでないことは、魔法使いの端くれなら見抜ける。

 それらの全てが封印の媒体素材だった。

 その中心のベッドに、一人の少女が眠っていた。

 田舎の女性が着用する質素な衣服にエプロンをかけた、素朴で可愛らしい少女が、寝言のように小声で謡っている。

『偉大なる魔法使いオズ、私たちは約束の物を貰いにやってきました。案山子は言いました、わたしは頭の中見の約束です。ブリキの樵は言いました、俺は心臓の約束です。ライオンは言いました、僕は勇気の約束です。そして私は言いました、故郷へ帰してくれる約束です……』

 天蓋付のベッドに横たわり、お伽噺のような詩を詠い、涙を流している少女こそが、一聖紀半前にこの世界に来訪し、災厄をもたらした魔神ドロシー。

「ねえ、あの子が、ドロシーなの?」

「待って」

 ウェンディが疑念を呟きながら部屋の中へ入ろうとするのを、私は肩を掴んで制した。

 私はポケットから硬貨を一枚取り出すと、ドロシーへ向かって指で弾いた。

 放物線を描いたそれは、室内に入る直前、ウェンディの眼前で強烈に発光して消滅した。

「な、なに? 今の?」

 ウェンディは慄いて後退る。

「念の為に言っておくけど、ドロシーは攻撃したわけじゃないわよ。強力な力を放出して、地下迷宮の構造によって加えられる魔力の圧力を相殺しているだけ。コインが消えた場所が、その一線。その内部じゃ物凄い力の奔流が発生しているから、そこを越えれば、同じ目に遭うわよ」

 だがドロシーの力は私たちの持つ魔力とは全く違う異質な力のようで、正体や本質を上手く解析できなかった。

 もっとも異界の存在であるのだから当然なのかもしれないが。

 一つだけわかったのは、あの詩は厳密には詩ではなく、私たちと同じ、呪文だ。

「これで、どうやって涙を手に入れるのよ?」

 魔神の力と地下迷宮の魔力圧の複合による、絶対不可侵領域。

 接触しただけで存在が消滅する障害。

 魔神の涙は正しく目の前にあるというのに、絶望的な壁が立ちはだかっていた。

 しかしアッシュは、制服の腕を巻くって進み始めた。

「俺が直接行く。涙を流させる方法が思いつかなかったけど、始めから泣いているんだったら話は早い」

「ちょ、ちょっと、行くってそんな簡単に。今の見てなかったの?」

 ウェンディがアッシュの発言も行動も、まったく理解できないように戸惑った。

 しかしアッシュは自信を持って断言した。

「大丈夫だ、俺なら突破できる」

 アッシュは前方の空間に手を伸ばした。

 ウェンディは思わず目を背けたが、私はこれから起こる出来事をある程度予想できたので、しっかり見届けた。

 硬貨が消失した相殺線に、アッシュが伸ばした指先が接触し、膨大な光量が放出され、しかし彼の体は消滅しなかった。

 少しずつ内部に進入し、やがて体全体が奔流する力場に入った。

 地下迷宮による魔力と、魔神の力が激突する領域において、通常の物体は一瞬でも存在できない内部に、確かにアッシュは消滅せずにいた。

「ウソ? なんで?」

 ウェンディは信じられないといった表情で呟いた。

「アッシュもドロシーと同じことをしているのよ。加えられる魔神の力と魔力圧の奔流を、自分の魔力で相殺している。とんでもない量の魔力が必要で、私たちには絶対に不可能だけどね」

 それに必要な魔力がどれだけものになるのか、この時の私は正確には理解していなかったのかもしれない。

 アッシュがどれだけ危険な存在なのかも。

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