14・放課後ダンジョンクラブ
私たちはその後も地下迷宮を進み続け、やがて六階層にまで降りた。
その階層に下るさい、階段の壁に古代語で居住区と表記されていた。
事実、この階層は人の住居があり、室内などではコンロやストーブ、照明器具などの機器が現在でも稼動可能だった。
建築材に吸収蓄積された魔力が制御変換されている、現在では失われた魔法技術によるものだ。
地図の説明には書いていないが、ここは封印施設というより、
建設者は最初の魔法使いたち、巨人族。
巨人族と称されても、体が大きいという意味ではなく、巨大な異能力を保有する人、という意味で、外見は人間となんら変わりは無い。
もっとも異形であったのならば、私たちが常人に混じっているわけがないのだけど。
その巨人族がなんの目的でこのシェルターを建設したのか、その理由まではわからない。
専門的な研究者でも解明できなかったことだ、一介の学生である私が真実を見出せるわけもない。
だが、緊急避難所の建設の理由は大別して二つしかないともいえる。
災害か、戦争か。
古代の魔法使いたちが戦ったなにかを研究調査するために建設された。
この仮説はそれほど奇異ではないだろう。
研究するものがなにかはわからないが。
この階層に到着するまでにも時折魔物と遭遇し戦闘になったが、ほとんどアッシュが速攻で撃退し〈そのたびにピスキーが抱きついてくる〉、怪我をすることなく私たちは先へと進めた。
その凄まじい魔法の威力に、シュバルトの騒動の時は、あれでも相当手加減されていることが実感としてわかった。
しかも十数回もの戦闘を繰り返していたが、アッシュは魔法行使による疲労の色はまったく見られない。
通常の魔法使いなら、一日に十回程度使うのが精一杯なのだが、アッシュは百回を超えても顔色一つ変えない。
信じられないほどの魔力保有量だ。
「アッシュ、ちょっと訊きたいんだけど」
私は声をかける。
「なんだ?」
アッシュは足を進めながら、質問を許可した。
「あんた、魔法が使えるわよね」
「何回も見てるだろ。なにを今更」
「そうじゃなくてさ、あんたそんなに魔法が使えるのに、なんで学園に入ったの? 必要性が全然ないじゃない。今のあんたでも……いえ」
私は言い方を間違えた。
「あんたなら絶対に試験に合格して資格が認定されるはずよ。それに、ここは魔法使い養成学校。つまり魔法が使えない人間を対象に門戸を開いているわけでしょ。勿論、適性検査で一定量の魔力を保有している者に限定されてはいるし、私みたいに少しは使えるのも混じってるけど、あんたのはそんなレベルじゃない。今までの様子見ててわかったけど、まだまだ余力がある。もしかすると、一日千回近くは使えるんじゃない? そんな魔法使い、世界最高クラスに属するわ。そんな人間がどうして魔法学園に入学する必要があるの?
いえ、そもそも、その年齢でどうしてそこまで魔法が使えるの? 天才だから? それだけじゃどう考えても説明不足よね。例えば、私は魔女の後継者よ。魔女の血脈に連なる力を先天的に有している。あんたは、どういう理由でその力を持っているの?」
アッシュは私の長い質問に、いつしか足を止めて振り返っていた。いつになく真剣で深刻な表情は、それは最初に出会った雨宿りの時と同じように見えた。
ウェンディは少し不安そうな顔で沈黙していた。彼女自身疑念を抱いていたのか、あるいはこの時の私の質問で、疑問に思うべきことを自覚したのか。
答えるべきかどうかアッシュはしばらく逡巡していたが、やがて言葉を紡ぐ。
「その理由がないから魔術師連盟の監視対象リストに載って、ここに入るように指示されたんだよ。まあ、別に嫌だったわけじゃないんだが」
「どういう意味よ?」
彼は肝心の部分を省略して話していた。
話したくないからなのだろうが、しかし明確に拒否しない限りは、私は追及するつもりだった。
正直に言えばアッシュに対して危機感や警戒感を持っていたのだろう。
今もだが。
アッシュは促されて続ける。
「魔術師連盟は、たぶん……」
「そんなの簡単にわかることだよぉ」
それまで沈黙していたピスキーが、唐突にアッシュの科白を遮った。
「簡単にわかるって、なにが?」
「ボクが好きな人なんだから、すごいのは当然だよぉ。ねー、アッシュくん❤」
言いつつ心の底から嬉しそうな表情でアッシュに抱きつこうとした。
「アッシュパーンチ」
「ゲフゥ」
アッシュは即座に殴り、ピスキーは変な声を出して〈わざと出したように聞こえた〉倒れた。
「話は後だ。こいつを元に戻さないと、真面目な話もできやしねぇ」
ウェンディがピスキーを抱き起こしながら非難の声を上げる。
「ちょっと、こんなことしちゃダメでしょ。ピスキーは薬のせいでこうなってるんだから、治るまで優しくしてあげなさいよ」
「嫌だ」
即座に拒否するアッシュ。
「どうしてよ? こんな可愛い子に懐かれて嬉しくないの?」
「そいつ男だろ」
アッシュにとって最も重要な指摘を、ウェンディは一蹴する。
「そんな細かいことどうでもいいじゃない、こんなに可愛いんだから。わたしならここぞとばかりに思う存分イタズラするのに」
「……おまえ、今問題発言しなかったか」
「おやおや、君たちは随分チームワークが乱れてるね」
不意に通路の曲がり角の影から誰かが現れた。
軽装の防護服に腰に剣と拳銃を佩いた、男子生徒だった。
さらにその後方から三人が順番に登場する。
神官服を纏い、儀礼用の装飾棍を手にした女生徒。
辺境民族の毛皮に金属板を貼り付けた防具に、巨大な鎚を手にした巨体の男子生徒。
そして背が低く枝のように細い痩せた体に、お伽噺に出てくる魔法使いのようなローブを羽織った男子生徒。
全員律儀に胸元にオズ魔法学園の学生章をつけている。
これがなかったら学生だと私は判断できなかった。
まあ、偽造したんじゃないだろうか、という疑いが頭から離れなかったけど。
「あんたたちは?」
アッシュの問いかけに、最初に声を発した人物は、瞳を不敵に輝かせて、腰に佩いた剣を抜いて掲げた。
「僕は魔法剣士! セブリック・キーファー! パーティーのリーダーを勤めている!」
次に右横の女生徒が装飾棍を掲げて名乗る。
「あたしはボニー・シブルス! 僧侶よ!」
そして左横の巨漢がハンマーを構える。
「俺はジェイコブス・イーサン! 戦士だ!」
さらに左後方の小柄で痩身の男子生徒が杖を掲げた。
「私は精霊使いのディブル・クレンザー!」
最後に彼らは、まるで事前に練習していたかのように〈というか練習していたのだろうけど〉呼吸を合わせて、それぞれのポーズを取って声を揃えた。
「「「「我ら放課後ダンジョンクラブ!!」」」」
「あ、魔物」
私の言葉と同時に、真っ先に放課後ダンジョンクラブが襲われる。
「「「「どぉおおおおお!!」」」」
三分後、魔物をアッシュの魔法で撃退したのち、改めて自己紹介に入った。
「先も言ったが、僕たちは放課後ダンジョンクラブの部員だ。その地図を持っているからには知っているとは思うが、放課後ダンジョンクラブは、自身の潜在能力覚醒を目的としたクラブで、常に実践を重んじる。つまり、偉大なる魔法使いオズが残してくれた試練の地下迷宮〈そんな名目はないし、そんなことのために残したわけではない〉を探索することで、僕たちは常に己を鍛え続け、自分の限界に挑戦しているのさ」
「へー」
あからさまに興味がなさそうにアッシュは相槌を打つ。
しかし彼らは誤解したらしく、リーダーを名乗るセブリックが手を振った。
「ああ、わかっているとも。君たちのパーティーに口出ししようなどと考えているわけじゃないんだ。だが、敢えて先輩として言わせて貰うが、チームワークは戦闘において大変重要だ。仲違いは人間関係において避けられないことだとしても、しかしダンジョンに入ったからにはそういった雑念は忘れて、探索と戦闘に集中するべきだと思う。まあ、新入部員への選別の言葉だと思って受け取ってくれないか」
でも魔物を撃退したのはアッシュだが。
得意気に語るセブリックに、そのアッシュは訂正した。
「いや、俺たちは別に新入部員じゃないんだが」
「ああ、体験入部だね」
「違う」
端的に否定する言葉を、しかし再び誤解をしてセブリックは手を振った。
「いいんだよ、そんなごまかさなくて。君たちも、僕たちの崇高な理念思想に共鳴したのだろう。そう、屁理屈同然の理論や形骸化した時代遅れの教科書に頼る連中などより、常に実践を重んじる僕たちのクラブは、正しく挑戦心を刺激する。その燃える心を隠す必要などない! 教科書を丸暗記してテストでちょっといい点取っただけで大きな顔をする連中など物の数ではないのだ! 生と死の境界線を渡る僕たちの理念を冒険ゴッゴなどと嘲笑うなど〈私言いました〉言語道断! そう! 生徒会からなんと言われようとも! 多少の死者が出ても! 我々はクラブ活動を断念することはないのだ! 我らに輝く意思がある限り!!」
だんだん興奮してきたのか、最後には魔物の存在を忘れて大声になっているセブリックに、ウェンディは一つ重要な箇所に気付いて、慄いて訪ねた。
「死亡者がいるの?」
「うん、先程も三名入部志望者がいた。これを機にさらに増えることだろう」
「まあ、これからも精進を続けてくれたまえ。いやあ、新入部員が今日一日だけで七人も入ってくれて喜ばしい限りだ。じゃあ、僕たちはこれで失礼するよ。ああ、後もう一つ忠告を。始めのうちは無理をしないようにね。ここ十数年間は死者は出ていないが、初心者は深く進まないことだ。階層が深ければ深いほど、魔物は強力になっていくからね。ここから先は今までより段違いに危険になるから、そろそろ撤退したほうが懸命だと思うよ。それじゃ、僕たちは先に」
そして放課後ダンジョンクラブは一列に闊歩して去って行った。
「なんなの、あれ?」
ウェンディの疑念の呟きに、私はわかりやすく答えた。
「放課後ダンジョンクラブ、でしょ」
「いえ、それはわかるけど、戦士とか魔法剣士とかって、なに?」
「ゲームのタイプ選択とかであるじゃない」
「わたし、ゲームとかやらないから」
「おまえら、入部する気あるか?」
アッシュの問いかけに、肯定するものは誰もいないと思ったのだが、一人だけいた。
「アッシュくん、ボクたち一緒に入ろう❤ 薄暗い地下の中で二人っきりー❤」
「さー、先進むぞ」
アッシュはそれ以上の科白を聞き入れず、進み始めた。
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