16・新たな脅威
後日の話になるが、私は実家の調査員に依頼してアッシュのことを調査してもらった。
街の一角にあるカフェテラスで、渡された調査結果報告書と、魔術師連盟から秘密裏に入手したアッシュの詳細情報を眼にした時、私は思わず疑念の声を呟いていた。
「なにこれ?」
調査員はそういう反応を予想していたのか、すぐに念を入れる。
「先に言っておきますが、記入ミスなどの間違いではありません。私自身信じられず、何度も確認しましたから。しかし事実です」
世界魔術師連盟重要機密書類。
アッシュ・スカーディノ。性別・男。生年月日・聖暦2886年7月7日。出身地・十都市連合アフロディーネ市。
2899年7月12日、第一級魔導災害発現。人家人命等の被害無し。
2899年7月13日、魔力保有値検査開始……
「本当に記入ミスじゃないの? これ桁を間違えてない?」
私はアッシュの魔力保有値の欄を示して重ねて尋ねた。
しかし調査員の男は、その重大性を理解しているのだろうか、奇妙に淡々と、再度否定する。
「いいえ」
通常の魔法使いの免許発行者の魔力保有値は、平均500㎡/p。
魔術師の認定を受けた魔法使いは、平均1000㎡/p。
過去最高記録、8000㎡/p。
だがアッシュの魔力保有値は……
「百七十万?」
1700000㎡/p。
「最低でも」
「過去最高の二百倍以上はあるんだけど?」
「その通りです」
アッシュ・スカーディノ。
詳細報告書。
アフロディーネ市在住、元世界魔術師連盟会長レンダム・クレリックの元にて、九歳時から魔法の指導を受ける。
正式に生徒、弟子として連盟に登録されていないが、指導の結果、飛躍的向上が見られ、二年後には基本的な魔法が行使可能となる。
2899年7月12日。
同市付近にて魔物の大量出現発生確認。
同市連盟支部は対応に当たるも、事態収拾は極めて困難。
付近住民の避難を行うに留まる。
同市外地三キロメートル地点にて、対象人物を含めた四人の未成年者が魔物と接触。
戦闘になったと推測されるが、全員生存するも証言は多岐に渡る。
対象人物を含めた全員が、戦闘時における過度の興奮で記憶が曖昧になっており、明記するほど根拠のある情報はないと判断。
結果のみを記す。
対象人物を中心とした半径五メートルから三百メートルまで、最小単位での物質崩壊発生。
半径五メートル以内は、影響なし。
このため対象人物と他三人は無事だった模様。
魔物、殲滅。
レンダム・クレリックはアッシュ・スカーディノを同日同市連盟支部に連行。
即刻、魔力保有値測定を行う。
魔力計測器が上限を遥かに超える魔力にてオーバーヒートを起こし、三台が故障。
支部の機材では計測不能と判断。
十都市連合魔術師連盟本部へ移送。
現存する計測器では最高値の機器を使用して、計測再開。
計測開始から二分後、上限を超える過剰魔力で非常停止装置が作動。
至急中断。
一時間後、修理ならびにいくつかの改造を施して、再度計測開始。
二分後、やはり非常停止装置が作動し緊急停止。
対象人物の正確な魔力測定はこの時点で断念。
緊急停止直前の数値は二度とも1700000㎡/pを超えていた。
同日、アッシュ・スカーディノ、第一級魔導士指定決定。
分類。
第一級魔導災害発現可能能力保持者。
危険度詳細、特定不能、測定不能、予測不能、推測不能。
2901年。
世界魔術師連盟によりオズ魔法学園へ推薦入学。
同連盟による奨学金支援中。
第二級監視体制にあり。
対策法・現在不明。
「……監視対象になるわけだ。冗談抜きで世界を滅ぼすことだってできるじゃない」
私は頭を抱えた。アッシュの魔力保有量なら一夜にしてこの都市を壊滅させ、三日で大陸を海に沈め、七日で世界を焦土と化すことが可能だろう。
アッシュはただ存在しているだけで、天変地異を引き起こしかねない人物なのだ。
「それで、なにが原因でこんな巨大な力を保有することになったの?」
「原因はありません」
調査員はやはり淡々と答えたが、私は納得できなかった。
「そんなわけないでしょ」
書類を捲り、アッシュの力の源泉が記してある項目を探す。
「こんな大きな力、維持するだけでも物凄い不自然な状態じゃない。なにか原因があるはずよ」
悪魔と契約したのか、邪神の生まれ変わりなのか、始原の巨人の複製体なのか。
「いいえ、本当に原因がありません。魔術師連盟が徹底的に調べ議論し尽くした後の、結論です。
いいですか、アッシュ・スカーディノが脅威である最大の理由はそこなんです。彼は一切の原因、起因するものがなく、世界を滅ぼしうる力を持っている」
断言する彼は、報告書の中ほどを開いて見せ、私はそれを一読する。
魔術師連盟会長命令で連盟内に調査チームが編成。
アッシュ・スカーディノの力の源泉の調査が実行された。
過去の系譜の魔法使い。
人造人間。
複製体。
神に叛旗を翻した七人の元大天使長。
世界各地に存在する、人格を有したエネルギー生命体、通称邪神。
地獄に封印されている悪魔や魔神たち。
そして地獄と人界の連結部を管理する四人の魔王。
果ては、暗黒の宇宙の彼方から来訪する地球外生命体まで。
あらゆる可能性を念頭において徹底的な調査が行われたが、結果はその全てが関与していないという結論だった。
最初の調査団は、全てにおいて完全無関与という結論に達した時点で、現魔術師連盟会長命令で解散された。
調査能力に疑問あり、というのが理由だが、それは半ば願望によるものだったのかもしれない。
新たな人材による調査チームが編成され、調査が再開された。
どのような些細なことでも構わない、なにかしらアッシュが人間には有り得ない魔力を持つ原因、機会があったはずだ。
だが結論は同じだった。アッシュの力を説明できるなにかは、発見できなかった。
「そう、発見できなかった。これがどういう意味かわかりますか? いえ、あなたならわかるはずです。あなたはすでにアッシュ・スカーディノと並ぶ強大な存在と対峙している」
「西塔に存在する地獄の連結部。その地獄側の管理者である、魔王」
「ですが、あなたは魔王の力がどれだけ強大であっても、恐怖に屈することはないはずです。なぜなら……」
「……魔王の弱点を知っている」
魔王、邪神、魔神、その他多数の、世界に猛威を振るった神話や伝説的な存在の全ては、現在においてはそれほど脅威とされていない。
的確で効果的な対応策が確立されているからだ。
むしろ地震や台風といった自然災害のほうが甚大な被害をもたらすかもしれない。
例えば、吸血鬼ならば銀に対して極度の毒性反応を示し、日光は業火のように肌を焼く。
闇の王は、三人の竜王の牙によって、闇の力を失い消滅した。
大峡谷に出現した、世界を滅亡させる名の無い魔獣は、真の名を与えられたことによって滅びの力を失った。
時の狭間に潜む邪神竜は、一人の少年の一振りの剣によって、絶対的な権限を断ち切られた。
オズ魔法学園地下に封じられた魔神ドロシーは、サーカスの気球を奪われ力の源泉を失った。
強大なる存在は、同時にその力が及ばない、あるいは無効化されてしまう、決定的で致命的な弱点がある。
アッシュの力が、悪魔と契約したとか、吸血鬼化した、邪神の依代であるなどといった、そういったなんらかの外的因子によってもたらされたものならば、その方面から調査すれば、それに沿った弱点もすぐに発見され、対応策が確立されたはずだろう。
しかし、そういった力の源がないのであれば、その力を無効化する方法や、確実に死に到らしめる弱点が、基本的に存在しないことになる。
「普通の人間なら、普通にやれば……いえ、駄目ね」
私は自分の考えを否定した。
普通の攻撃はどうなのか。
外的因子によって与えられた力ではないなら、普通の人間と同じ方法ならば殺傷可能なのではないか。
魔術師連盟もそういった方面での考察がされたようだが、確実といえる方法は発案採用されなかった。
多少の傷は生存本能の働きと強大な魔力の複合効果で、即死でない限り無意識に治癒してしまうだろう。
狙撃で脳を一撃で破壊するのが最も効果的だろうが、魔物との接触による潜在能力覚醒までに、アッシュの脳は世界情報解析に特化したものに変異している。
どんなに微小であっても、殺意、殺気を絶対に感知する。
アッシュに、攻撃を察知された状態で即死させる確立は極めて低い。
睡眠中を襲撃する方法も当然検討されたようだが、実験的にアッシュの睡眠中に攻撃態勢を行ったところ、なんらかの反応を示した。
おそらく、明確な殺意を持っていた場合、目を覚ますことは予想に難くない。
食品に即効性の猛毒を混入させる方法も、アッシュなら一目で解析されてしまいすぐに判明する。
ナイフなどに仕込んでも、狙撃と同じ理由で不可能に近い。
そもそも、現在のアッシュの細胞は強靭に変異しており、人間の範疇からは逸脱していないものの、あらゆる耐性が強い。
生半可な量では解毒されてしまうだろう。
徹底的に呪法を施して魔力を封じても、アッシュの魔力保有量なら、単純な力押しで破ることができる。
寿命を待つのも時間がかかりすぎる。
魔法使いは総じて長命の傾向があり、二百歳に手が届くものもいる。
アッシュならどれだけ寿命が長くなるか。
「……止める方法がない?」
世界各地の強大なる存在は、現在では対応策が確立されているため、それほど脅威ではなくなっている。
彼らが活動を再開しても、弱点を知っている人類は、的確に処理することが可能だ。
だがアッシュは違う。
もしアッシュが気紛れで天変地異を引き起こし、大災害をもたらしたとしても、それを止めることは誰にもできない。
言い換えれば、新たな脅威の誕生。
かつて世界人類は数々の脅威と立ち向かい克服してきた。
そして現在、かつての脅威がそうであったように、世界人類はアッシュという脅威に対面している。
そして対抗する手段は、まだ発見されていない。
「魔術師連盟は監視下に置くためにオズ魔法学園に入学させました。なんのためか、理由はわかりますね」
「あいつの人格や思想を調べるため。力の保有者が、危険な人物かどうかを見極めるために学園に入学させた。力の使い道、使用方法など、どういった傾向があるか。つまりは、アッシュは世界を敵に回すような人間なのかどうか。世界に混乱をもたらすのか、最悪滅ぼすか。それとも、なにもしないのか」
「彼自身には説明されていないでしょうが、薄々は気づいているでしょう。誰でも少し想像力を働かせればわかるはずですから」
つまり世界魔術師連盟は、アッシュという未知の脅威に対して、いわば様子見という消極的な方法を取った。
しかし積極的な方法といえば、一つしかない。
「そして、もし彼が危険な人間だと結論を出せば、総力を挙げて抹殺に取り掛かるでしょう」
それが脅威を消す最も単純で、確実な方法だ。
だが同時に最も困難であり、危険でもある。
最初の段階で仕損じれば、抵抗される。
その時、どれだけ被害が引き起こされるのか、誰にも予想できない。
まして周囲の方から攻撃を仕掛けたとなれば、脅威となる人物は、それこそ世界を滅ぼすような行動に出る可能性もある。
全力で抹殺するか、傍観するか。
両極端な二つの選択肢しかない。
「仕方がないと言えば、仕方がないのかもしれません。例えば、目の前で拳銃や爆弾を持っている人がいれば、それを使う気がなくても、恐怖を感じずにはいられない。自分を簡単に殺すことができる力というものは、ただ存在するだけで恐ろしいものです」
問題の一つにはアッシュが自分の能力にどれだけ自覚的なのか、そして自分の力をどのように捉えているかということがある。
強大な力を持った者は、概ね二つの傾向を示す。
力に酔いしれ傲慢になるか、力を恐れて萎縮するか。
「魔術師連盟に従ったのは、殺されるのを避けるためよね。でも、アッシュなら簡単に抵抗できるじゃない? なんで素直に従ったの?」
「本人はおそらくそこまで増長していないのでしょう。魔力が強いといっても、自分はまだ子供。魔術師連盟が総力を挙げて抹殺しにかかってくれば、さすがに勝てるとは思えない。少なくとも現在はそう考えている。だから魔術師連盟の指示に従った。ですが、もしその時が来たとしても、殺されるつもりでもないでしょう」
私もそれには同意した。
アッシュはどちらでもない。
絶対的な存在であるのだと傲慢になることも、力のために周囲に圧殺される可能性に怯えることもない。
意識的にしろ無意識にしろ、まだ二つの方向性を決めかねているのだ。
「そう、これから彼はどうなるのでしょうか? 彼は自分の力をどのように捉えるのか。特権か授与か。素晴らしき祝福か、忌まわしき呪詛か。そして、それを決めた時、彼はどんな行動を選択するのでしょう?」
アッシュはドロシーのベッドの隣に到着した。
少女の姿を隠す、天蓋から垂れる白いレースをまくり、彼は少女の姿をした魔神の頬に触れる。
『案山子は言いました、わたしは貴婦人だと思っていました。ブリキの樵は言いました、俺は恐ろしい獣だと思っていた。ライオンは言いました、僕は火の玉だと思っていた。そして私は言いました、私は大きな首だと思っていたわ。オズの魔法使いは言いました。いいや、私は腹話術師なのだよ。ほら雀の声だ、猫の声だ。どうだね、私は全ての鳥の声と獣の声を真似できる。私は言いました。いいえ、あなたはペテン師だわ。大嘘吐きの詐欺師のオズ、サーカスの気球はどこにあるの……』
ドロシーの右目から流れる涙に、さながら眠り姫を迎えに来た王子のように、アッシュが触れると、その涙が宙に浮遊し小さな球体を形成する。
そして涙の球を防護する物質をアッシュは構築させ、少女の涙は水晶のような物質に完全密閉された。
アッシュの手に魔神の涙が収まった。
採取が終わるとアッシュは、向かった時と同じように慎重にこちらに戻ってきた。
そして、封印空間の領域外に出ると、安堵の息をつく。
「ふう……成功」
頬から一筋の冷や汗を垂らしているウェンディは、そんなアッシュに畏怖の念を抱いた目を向けていた。
たぶん私も似たような目をしていたのだろう。
アッシュ・スカーディノ。
魔術師連盟で監視対象リストに名が掲載されている危険人物。
第一級魔導災害発現可能能力保持者。
彼はいつでも世界を滅ぼすことができる。
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