7・そしてどうなったのかというと

 そしてどうなったのかというと、次の日。

「だからそういうことは止めなさいって!」

 ウェンディの制止の声を無視して、シュバルトは声高に叫ぶ。

「今度は倉庫からくすねてきました魔法結晶素材で作ってみましたスペシャルウェポントキメキ電撃放電放射装置ビビットガン!」

 息継ぎして、

「貴様に対抗して雷攻撃である! こいつの威力は凄いぞ!」

 アッシュは無造作にシュバルトの剥き出しの頭を掴むと一言。

「来たれ」

 プロテクターに守られていない露出部分に、直接電撃を送られてシュバルトは気絶した。

 そしてピスキーが様態を確認してから背負うと、片手を掲げていつもの挨拶をして去って行く。

「それじゃ、ボクたちはこれで」



 そしてどうなったのかというと、次の日。

「だーかーらー!」

 ウェンディの叫び声は無視されて、シュバルトは叫ぶ。

「アッシュレンジャー! 今度は犯罪取り締まりスペシャルホールド捕縛くん! これで貴様の動きを封じてくれる! 動けない者を葬るなど造作もないこと!」

「いきなりドロップキーック」

 気絶したシュバルトを背負ってピスキーは、片手を掲げて挨拶をして去って行く。

「それじゃ、ボクたちはこれで」



 そしてどうなったのかというと、次の日。

「もー、やめてよー」

 ウェンディの懇願は無視して、シュバルトはアッシュに指を突きつける。

「さあ、マスクアッシュ! このハイパーウェポンにて永久に眠るが……」

「喧しい!」

 科白の途中で力任せに殴り倒した。

 そして気絶したシュバルトをピスキーは背負って、片手を掲げて挨拶して去って行く。

「それじゃ、ボクたちはこれで」



 そしてどうなったのかというと、次の日。

「いい加減にしなさい!」

「あががががが!」

 椅子の背凭れを片手で握り潰すウェンディの握力によってくりだされたアイアンクローにて、科白を言う間もなくシュバルト撃沈。

 ピスキーが背負って、片手を掲げて挨拶して去って行く。

「それじゃ、ボクたちはこれで」



 そしてどうなったのかというと、その日の放課後。

 機械技術実習室にてシュバルトは新兵器開発に勤しんでいた。

 私には全くわからない複雑な設計図を基に装置を組み立て、溶接する様子を私はなにとはなしに眺めていた。

 溶接の火花が綺麗だが、直接視認すると網膜や視神経を傷めるから着用しろと、特殊ゴーグルをシュバルトから渡された。

 シュバルトの体で電気火花が隠れる位置に立っていたので外していたが。

 それにしてもわざわざ作業場内での規律を守るよう指示するとは、律儀というか、傲慢不遜のようでいて何気に委員長の影響がある。

 いや、クラスの正式な委員長は私なんだけど。

「ふっふっふっ。待っていろ、アッシュ。我が野望の前に立ちはだかったことを後悔させてやろう」

 私はその様子を眺めながら、どうしてシュバルトが世界征服を〈どうも本気で〉考えているのかふと疑問に思った。まあ、なにか根本的な所で間違えているけど。

「それはボクが教えてあげるね」

 唐突に真横から声をかけられた。

「ピスキー、あんたいつの間にいたの?」

 技術実習室に直前までいなかったピスキーが、入室も接近してきたことも、全く感知できなかった私は少し驚いた。

「今だよ」

 端的な答えに、いつもの無邪気で微塵の悪意も感じられない微笑み。

「あ、そう」

 私は追及する気をなくしたが、しかしふと気が付き、

「教えるって、なにを?」

「シュバルトくんが魔導帝国を建設しようとする理由に決まってるじゃないか」

「なんで私の考えてることがわかったの?」

 私は無言で思考していたのだ。

 しかし最も重大な疑問を完全に無視して、ピスキーはいつもの学生鞄の中から、分厚く大きな本を取り出すと〈サイズが鞄より大きいのは言うまでもなし〉牛乳瓶の底のような眼鏡をかけて、語り始めた。

「それは悲しい出来事でした。幼少のシュバルト・シュバイツァーは両親と姉に囲まれ幸せに暮らしていました」

 なんか口調が変わっている。

「しかしある日、父が謎の失踪を遂げたのです。いくら探しても父の姿は発見できず、やがて警察も捜索から手を引いてしまいました。しかし残された家族は諦めませんでした。きっと父は見つかる。いつか必ず帰って来る。それまで諦めてはいけないと。しかし母は二人の子供を養うために働き、いつしか過労で倒れ、病を患いこの世を去ってしまいました。うぅ、うぅううぅ」

 ピスキーはハンカチを眼に当てて泣き始めた。

 涙が全く出ていないのが気になったけど。

 しばらくして鼻をかむと、語りを再開する。

「……失礼しました。残された姉とシュバルトは約束しました。二人で助け合って生きていこうねと。しかしその姉までもが流行り病に罹り床に臥せってしまったのです。シュバルトは決心しました。自分の魔法の才能を使って姉を助けようと。オズ魔法学園に入学し、最高の魔術師となり、そしてたった一人残された肉親に献身の全てを捧げようと。ああ、なんと健気なのでしょう」

「……」

 なんだか意外な話を訊かされて、私は意表を突かれた気分だった。しかし、

「で、世界征服とどう繋がるわけ」

「つまりね」

 口調を戻して、

「世界征服してしまえば、世界中の医者を自由に使えるし、お父さんを探すのも簡単だなってことなんだよ」

「……」

 どう返答するべきか、私は悩んだ。

 もっと違う方法があると思う、というか普通はそんな結論には至らない。

「ふっふっふっ」

 それまで新兵器製造に勤しんでいたシュバルトがその手を止めて笑い始めた。

「はーっはっはっは! 完成だ! ついに完成したぞ! 見ていろアッシュ! この新兵器で貴様を打ち倒してくれる! そう我が野望は誰に求められぬ! 世界は我輩のもの! それは誰のためでもない己のためだけの野望なり! ハッハッハッハッハッ!」

「……姉さんのためじゃなかったの?」

 ピスキーに訊ねたが、その時にはすでにシュバルトの側で一緒に喜んでいた。

「わーい、新兵器完成バンザーイ。これの設計図を売ればいくらになるかなー?」

 後で知ったのだが、ピスキーは新兵器の設計図を帝国軍兵器開発部に売っているそうだ。

 結構金になるらしいけど、素人が設計した物を買う開発者というのはいったい。

 それにシュバルトの生い立ちなどに関しても、どこまで真実なのか虚言なのか。

 結局、この時ピスキーの話したことがどこまで本当だったのか、現在でもわからない。



 そしてどうなったのかというと、次の日、教室にてシュバルトが規則正しく扉を開ければ、物凄い形相のウェンディが待ち構えていた。

「止めてって言っているのがわからないの!?」

 その怒鳴り声を、ちょっと冷や汗を垂らしながら〈ちょっと怖いらしい〉聞き流して、シュバルトはアッシュに宣言する。

「魔法戦隊アッシュパワードよ! 貴様の命運はもはやこれまでと知れぃ! この新兵器時空歪曲制御装置ブラックグラビトンホールにて貴様を時空の彼方へと飛ばしてくれるわ! つまり! たぶん人類史上初タイムスリップ経験ができるぞ! 時の旅人だ! 羨ましいぞアッシュ!」

「じゃあ、おまえがやれ」

 冷淡に言い放つアッシュに、シュバルトは明後日の方向を向く。

「いや、時空の狭間の揺らぎが上手く計算できなくて、推測で百年単位での誤差が生じるだろうから、まあ初チャレンジはおまえに任せる」

「あっそ」

 興味のなさそうな声のアッシュ。

「うむ! では行くぞ! 時空警察アッシュバン!」

 以下省略。

 ピスキーは気絶しているシュバルトを背負うと、手を軽く掲げて挨拶して去って行く。

「それじゃ、ボクたちはこれで」

「先生! 停学でもなんでもいいですから、あいつをなんとかしてください!」

 悲痛に訴えるアッシュに、ソニア先生は誘うような仕草をしてみせる。

「まあ、いいじゃないの。喧嘩するほど仲が良いってね。仲良きことは良きことかな。私もアッシュくんと仲良く、な・り・た・い・わぁん」

「なんとかする気、全くありませんね」

 アッシュはソニア先生の誘いを無視して呻いた。

「ああ、なんでこんなことになったんだよ」

 当然、入学式の一件が全ての始まりだ。

 それは誰もが承知していることであり、彼自身理解しているのだろうが、それでも言わずにはいられなかったのだろう。

 私は励ましてやろうとアッシュの肩を軽く叩いた。

「大変ね。ま、頑張ってあいつの相手をしてあげなさい」

 全然励ましになっていなかったのか〈どうしてだろう?〉、アッシュは泣きそうな顔で呟いた。

「うう、誰か助けてくれ」



 とまあ、こういうことになったのである。

 でも、アッシュが本当に助けを求めるのは、これからなのだけど。

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