6・人生的な教訓
そして次の日から本格的な授業が開始された。
念のために言っておくが、怪しげな儀式の類はしていない。
ごく普通の歴史が私たちのクラスの最初の科目だった。
科目担当教師はイド・ラックマン先生。
笑顔のように少し垂れた、糸のように細い眼が特徴の、穏やかな雰囲気の四十代の男性教師だ。
イド先生は自己紹介の後、手始めにオズ魔法学園創立の話をした。
「魔神ドロシーを封印したことで二十八聖紀最高の魔法使いと称されたオズの発案によって、世界初の公立魔法使い養成学校の設立が計画されました。世界魔術師連盟を始めとした数々の理解者を得て、資金が集められ……」
その時の主な出資者は世界魔術師連盟の他に、国際総合企業デ・ヴァイス財団と国際複合企業アトミール商会。
そしてこの国、アスベルト帝国だった。
だが、世界で三本指に入る宗教、教会登録者数五億人は下らないと言われ、領土のない宗教国家とさえ呼ばれている神約教会では、魔法使いは信仰的に敵意の対象になっている。
魔法使いの誕生は、神の定めた掟に逆らったがゆえに誕生した巨人を発端としており、そして魔法は神の定めた法に逆らう行為と同義。
長じて魔法使い・巨人の末裔は、神の反逆者と見做されている。
政治的宗教的な問題を抱えるのを承知しているはずなのに、巨人の末裔たちの育成にアスベルト帝国という国家が絡んだ理由は、単純な軍事目的であるというのは周知の事実だった。
他の二つの民間企業も似たような理由らしい。
勿論アスベルト帝国政府や皇室が正式にそう発表したわけではないのだが、いわゆる公認の秘密というやつだ。
正式に魔術師連盟から資格認定された魔法使いは、無装備状態で完全装備の戦闘工兵と同等の能力を持つ。
先天的特殊工作員ともいえる私たち魔法使いは、あらゆる組織が喉から手が出るほど欲しい貴重な人材なのだろう。
そういう理由で学園の卒業生は大抵の場合、前記の三つに関係するところへ就職するのがほとんどだそうだ。
まあ、そういった殺伐とした理由で設立されたオズ魔法学園だけど、今の私たちにはその辺の事情は基本的にどうでも良い些末なことだ。
ちなみに一応建前としては、
「こうして二十八聖紀最高の魔法使いオズはこの学園を創立しました。明日の
信じている生徒がいるのか怪しいけれど、誰も気に留めていないのが実情だろう。
一段落が着き、イド先生は教室一同を見渡す。
「えー、ここまででなにか質問はありますか?」
「はーっはっはっはっは!」
返答代わりに高笑いが響き、外の窓を開けてシュバルトとピスキーが登場。
「昨日は器物破損で散々絞られたので、今日は規則正しく登場だ」
「だったら普通に入り口から入って来いよ」
アッシュは呆れた様子。
「というか、ここ三階だぞ。どうやって入ってきたんだ?」
「はっはっはっ、屋上から降りてきたのだ。窓のすぐ側で登場時期を見計らうのはちょっと怖かったので、二度とやらん」
窓から顔を出して見ると、縄梯子が屋上から吊るされていた。
そこで登場するタイミングを計っていたらしい。
随分危険な真似を。
「授業もちゃんと受けなさいよ」
ウェンディが、
「こんなこと繰り返してたら日数が足らなくなって留年するわよ」
「ふははははは! 総帥とも在ろう者が愚民と同じ授業を受けるなど言語道断! ちゃんと届出を出せばレポート提出で単位習得可能なのだ」
また弱気というか、律儀というか。
「勉強についていけなくなるでしょう」
「ふっふっふっ、じつは遅れを取らぬように密かに勉強しているのだ。総帥たる者、高学歴当然!」
「わー、意外と真面目なんだねー」
ピスキーが拍手する。
「真面目じゃねーだろ」
アッシュは嘆息する。
「真面目なら素直に授業を受けろよ。っていうか昨日の今日でなにやらかす気だ」
「余裕のあるふりをしても無駄だ。今回はしっかりチェック済み、ゴム十字弾発射銃ゴムゴムクロスパニッシャー三号は弾数バッチリ完全装填!」
手にするグレネードランチャーは回転式の稼動装置が付けられており最大六発まで装填可能のようだ。
そして肩と腰に予備弾が詰められた弾薬ベルトをかけている。
「それで?」
私は冷淡に尋ねる。
「それだけだが」
ちょっと弱気な口調になるシュバルト。
「つまり、それで俺をボコにしてやろうと?」
とアッシュ。
「その通りである!」
すぐに元の調子に戻ったが、アッシュは嬉しくもなんともないらしく、苛立ったように叫ぶ。
「なんで俺を目の敵にするんだ?!」
「貴様が我が野望を阻むからである!」
「してねーよ! おまえが勝手に俺に絡んでくるだけだろ! このさいハッキリ言っておくけど、俺はおまえと関わりたくないんだよ! おまえがどんな問題起そうが知ったことじゃないが、俺が問題を起したってことになるのは、シャレじゃ済まないほどやばいんだ!」
「なんで?」私は深く考えずに訊いた。
「魔術師連盟の監視対象リストに名前が載っかってんだよ。問題起したら審問に連行するぞ、あいつら」
「……は?」
私はその意味の重大性を一瞬理解できなかった。
「監視対象リストって、あんた危険人物に指定されてるってこと?」
世界魔術師連盟。その名が示すとおり、世界中の魔法使いを総括し相互支援ならびに協力体制を維持する組織であり、神約教会と双璧をなす、もう一つの領土のない国家と称される巨大組織。
当然というべきか、一応オズ魔法学園も魔術師連盟の管理下にある。
そして、世界魔術師連盟において監視対象リストに掲載される意味は大別して二種類。
政治経済において魔術師連盟やその関係に多大な影響を与える重要人物に対する常時警戒のためか、なんらかの危険性を孕んだ魔法使いであると目されているかのどちらかだ。
アッシュは、話からして後者と推測された。
考えてみれば入学式で見せた、高レベルでの魔法行使はその危険性の片鱗なのだろう。
もしアッシュが実質的な被害をもたらす行為などの問題を起せば、注意、警告が行われ、場合によっては、拘束、強制連行も行われる。
そして魔術師連盟による審問裁判などが行われ、結果次第では魔法使い資格取得が不可能になるばかりではなく、高い確率で魔導士〈魔法使いの犯罪者の総称〉の烙印を押され、専門的な施設に収容されることになる。
「あんた、なんでまたそんなことになってるのよ?」
「色々あるんだよ。と言うより、一つしかないんだが」
その色々か一つかを知るのは後になってからだった。
「そうか、貴様は魔術師連盟の者なのか」
シュバルトが納得したように頷く。
「……なんか違う」
「やはり我輩が見抜いたとおり、世界征服を阻む正義の味方っぽい奴なのだな!」
「全然違う! っていうか、ぽいってなんだ? ぽいってのは?」
「問答無用! 我が野望の前に倒れるがいい! 魔法騎士レイアーシュよ!」
「だからそういうことは止めなさいって言ってるでしょ!」
ウェンディの抗議は無視して、シュバルトは引き金を絞る。
発射されるゴム十字弾は銃口から発射された途端、秒コンマ単位で顎を開きアッシュへと襲う。
だがアッシュは引き金が引かれる直前に椅子を投げつけていた。
抱擁に四本腕を広げたゴム十字弾は椅子に命中して、威力が相殺された二つの物体は破損して床に落下する。
「来たれ!」
併せて魔法を放ち、衝撃波がシュバルトに命中した。
しかしプロテクターの恩恵で平気な顔をして立ち続け、そして直接素手で攻撃してくることを警戒してか、銃口はしっかりアッシュに向けて牽制していた。
「ふははははは! またまた同じ過ちを繰り返すとはレイアーッシュ愚かなり!」
勝ち誇るシュバルトが持つ、グレネードランチャーの回転式弾倉部が不意に落下した。
ゴトリと重い金属音を立てて床に転がった弾倉が不自然に変形していることから、衝撃波はシュバルト本人ではなく、この部分に命中していたらしい。
「ああ、これを狙ってたのかぁ」
ピスキーが手をポンッと叩いて朗らかに納得する。
「……」
シュバルトはしばらく無言で落下した弾倉を見つめ、不意にグレネードランチャーを背後に投げると〈勿論それはピスキーがキャッチして〉拳を構える。
「よし、男らしく素手で勝負してやろう」
アッシュは椅子を投げつけた。
「ぬお!」
驚愕したシュバルトは、両手と腰と左足を右方向に無理やり捻った、妙な動作で避けた。
「危ないではないか! こんな物が当たったら怪我をするだろ!」
「テメェが言うな!」
叫び返して二つ目を投げる。
「オブ!」
回避失敗して顔面に命中。
「貴様! 魔導帝国総帥たる我輩に椅子を当てよったな!」
「ついでにパーンチ」
左ストレートでシュバルト、ノックアウト。
ピスキーはシュバルトが完全に気絶しているのを確認する。
そして背負うと私たちに軽く手を掲げた。
「それじゃ、ボクたちはこれで」
そして去って行った。
教室に平穏が戻ると、ウェンディが心配そうにイド先生に尋ねる。
「あの、これって暴力事件になるんでしょうか? アッシュくんはどうなってもいいんですけど、シュバルトを退校処分にするのはちょっと待って欲しいんですけど」
「俺はいいのかよ」
アッシュの抗議に、イド先生は微笑んで答えた。
「大丈夫ですよ、この程度なら二人ともお咎め無しで済みます。だいたいこんなこと一々気に留めていたら、とっくの昔に廃校になってますよ」
「なんで問題校ってことをあっさり暴露するんです! っていうかここエリート校じゃなかったんですか?!」
イド先生は先日のソニア先生と同じように、妙に朗らかな笑顔で答えた。
「はっはっはっ、これまた異なことを。エリート校に決まっているじゃありませんか。だから、見逃されるのですよ」
「人生的な教訓ですね」
なんだか私は納得した。
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