5・悪が栄えた試しは無し
「さて、これで自己紹介も終ったし、役職も全部決まったわね。これでクラス運営の基礎ができたわ」
中学生を相手にするみたいな言い方だと私は思った。
確かに三ヶ月前まではそうだったけど。
ソニア先生は一度咳払いし、これまでとは違って急に真面目な表情に変わると、私たちに語り始めた。
「さて、みんなはこれから三年間、魔法使い免許修得に向けて勉強します。きっと辛いことや苦しいこと、色々な困難が待ち受けていると思う。でも、それをここにいるみんなで一緒に力を合わせて乗り切って欲しいの。あなたたちの未来を遮る壁を、みんなの協力で乗り越えた時、それは楽しい思い出に変わるわ。そしてかけがえのない宝物になる。友情って言う一生の宝物よ」
ソニア先生は1ノAの生徒を見渡した。
「みんなわかった?」
クラスメイトのそれぞれが、お互いの顔を見合わせる。
なにやら騒動の連続で停滞していたが、学校らしくない始まりが終り、そして学校らしい本当の始まりが始まったのだと感じた。
そして一瞬だけど教室の心が一つになったような気がした。
答えたみんなの声は綺麗に揃っていたから。
「「「はい」」」
ドゴンッ!
返事をした瞬間、廊下側の壁が崩れ、その瓦礫に〈ウェンディを含む〉数人が埋もれた。
そして大きな穴の開いた壁から粉塵と共に現れたのは〈予想はつくだろうけど〉二人の人物。
「ハーッハッハッハ! 正義を落とせと悪が呼ぶ、地獄の底の呻き声、光が消え去り闇に怯えよ、古今東西悪が栄えた例は無し! 魔導帝国総帥シュバルト・シュバイツァー! タイミングを見計らって〈見計らってたのか〉登場!」
グレネードランチャーを改造したような物を肩に担いで仁王立ちするシュバルト。
「ボクもいまーす」
ピスキーがその後方で、一般的にポンポンと呼ばれるチアガールが持つ毛糸で作られた大きな房を手に、珍妙なダンスを踊っていた。
念のために説明しておくが、服装は指定された男子制服で、チアガールの格好はしていなかった。
していたら一部の女子〈さらに一部男子〉が喜んだことだろう。
「……おまえなぁ」
アッシュが呻く。
「今すっごく盛り上がってた所なんだぞ。三流学園ドラマみたいだったけど」
シュバルトは皮肉気に口を歪ませ、不敵に笑う。
「フッフッフッ、そんな盛り上がりなど魔導帝国総帥として許さん。この学園は悪が支配するのだ」
「さっきおまえ、悪が栄えた例は無しとか言わなかったか?」
「気のせいだ」
明後日の方向を見て答えるあたり、単に言い間違えただけらしい。
ガラガラ……
不意に瓦礫の中から誰かが立ち上がった。
「シュぅバぁルぅトぉおぉ……あぁんたねぇえええ」
ウェンディがこの世の者とは思えない怨嗟の声とともに復活した。
埃と破片に塗れたその姿は、
「学校の怪談・成仏できぬ委員長の亡霊」
という感じだった。
「誰が委員長の亡霊よ!?」
つい口に出てしまっていた。
「ぬう! 成仏するが良い! 怨霊めが!」
「誰が怨霊よ! シュバルト、あんたまで言ってくれる!」
「ハンニャーハーラミータージョージョージュージュームゲムゲシャーラー」
ピスキーが例の学生鞄の中から数珠を取り出すと、怪しげな〈そして適当な〉読経を開始する。
「いい加減に止めなさい!」
数珠を毟り取って止めさせてから、改めてシュバルトに、
「シュバルト! あんたいきなり壁を壊していったいどういうつもりなの? っていうかなんで入り口から入ってこないのよ?!」
「登場シーンにはそれなりの演出がないと」
「いらないわよそんなの!」
「っていうかさ」
と私は、
「あんたなにしに戻ってきたのよ? 新兵器の試し撃ちに行ったんじゃなかったの?」
「それは!」
シュバルトはアッシュを指差し、
「我が宿敵、魔法戦士アッシュマンを倒しに舞い戻ったのだ! 入学式のリベンジである!」
付け加えて、
「新兵器の試し撃ちが終ったのでな」
後で知ったことだけど、校庭の花壇が滅茶苦茶に破壊されていたそうだ。
そして打倒宣言を受けたアッシュは、疑念で首を傾げてシュバルトに尋ねた。
「魔法戦士アッシュマンってのは、なんだ?」
「悪の組織に立ち向かうのはヒーローものと相場が決まっているだろう」
「わけわかんねーことを」
アッシュは頭痛でもするのか額を押さえて呻く。
「ではアッシュマンよ、我が野望と新兵器の前に倒れるがよい!」
そしてグレネードランチャーらしき物の引き金を絞る。
ボンッ! という少し湿気た火薬の発火音とともに発射されたのは、ゴム十字弾。
銃口から出てからコンマ単位で折り畳まれていた十字が開き、破裂音に反射的に反応して咄嗟に伏せたアッシュの頭上を通過し、教室の窓を破壊して外へ飛び出た。
教室一同、驚愕の目で割れた窓を見つめる。
「はっはっはっ! 見たか! 新兵器ゴム十字弾発射銃。その名も! ゴムゴムクロスパニッシャー三号だ!」
「新兵器なのに三号なんだ。いや、そんなことより、それ軍が暴徒鎮圧に使うやつじゃない?」
ゴム十字弾は命中させた対象を一撃で行動不能状態にするほどの威力があるが、ゴム製の大きな十字が衝撃を分散させるため大怪我にはならないらしい。
そのため死傷者を限りなくゼロを目標とした作戦などで使用される。
私の質問に、シュバルトは必要以上の自信を持って肯定する。
「そのとおり! それをヒントに開発したのである!」
「っていうかそのまんまじゃない。いえ、サイズが大きくなっているあたり、むしろ悪くなってる」
「と言うわけで第二弾発射!」
シュバルトは都合の悪い私の言葉を無視して引き金を絞った。が、ゴム十時弾は出なかった。
「あれ?」
疑問符の付いた声のシュバルトに、ピスキーが答える。
「弾切れみたいだね。そういえば試し撃ちのあと弾を込めてなかったね」
「では早速予備弾を。昨日弾込めに失敗して酷い目にあったような気もするが」
「今日は大丈夫だよ。だって試し撃ちで全部使っちゃって、弾はもう残ってないから」
なにが大丈夫なのか。
「そうか……」
しばらく表情なく沈黙してから、
「では弾を取りに行くから、それまで待っていてくれ」
「来たれ!」
さりげなく撤退宣言をして逃げようとしたシュバルトに、速攻でアッシュが雷撃を放った。
シュバルトは直撃を受けたが、しかし今回は倒れることはなく、仁王立ちで高笑いする。
「フハハハハハ! 同じ過ちを繰り返すとは、アッシュマン恐れるに足りず! 対魔法プロテクターを二枚重ねで着込んであるのだ! これなら連続魔法も耐久可能!」
「せりゃ」
アッシュの跳び蹴りが、無意味に勝ち誇っているシュバルトの顔面を強打する。
「オブッ!」
頭部が残像する〈骨は大丈夫かとも思う〉ほどの速度の蹴りは、シュバルトを勢いで壁に叩きつけ、二回連続の衝撃で脳震盪を起したのか、目を回して気絶した。
プロテクターには魔法耐性はあっても、直接的な攻撃には効果がない。
そして何気にシュバルトから数メートル離れていたピスキーは、倒された自称魔導帝国総帥の側によると指先で軽く突いて、完全に気を失っているのを確かめると、その体を背負った。
「よいしょっと」
そしてにっこりとこちらに微笑み、手を軽く掲げる。
「それじゃ、ボクたちこれで」
そうして何事もなかったかのように去って行った。
静寂が戻った教室で、ソニア先生が呟いた。
「壁を壊しちゃ駄目じゃない。修理とかあるのに……」
そしてみんなに、
「いいですか、学校の備品や学校そのもの〈壁のことを言っているらしい〉を壊しちゃダメよ。物や建物は大切にしないといけないわ。修理費とか責任問題とか色々あるんだから」
また最後あたりに本音が。
「そんなことより、なんであいつを停学なり退学なり、処分しないんですか?」
アッシュがソニア先生に抗議に近い質問に、ウェンディが反論する。
「ちょっと、せっかく入学したのにいきなり退学させるようなこと言わないでよ」
別に言わなくても処分を受けそうな気がしたが、ソニア先生はにこやかに否定した。
「やーねぇ、こんなことで一々処分してたら、ここの学校生徒いなくなってとっくの昔に廃校になってるわよぉん」
「「「………」」」
信じられないような発言を軽くしてくれて、教室一同沈黙した。
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