4・感じ取って

 そしてどうなったのかというと……

 入学式での騒動で、式の終了後に行われる予定だった説明会は、翌日に持ち越されることが通達され、その日は寮でこれから一緒に暮らすことになる、ウェンディを始めとした同級生たちと親睦を深める談話〈無駄話ともいう〉をして時間を潰した。

 そして次の日に、延期となった説明会が各教室で行われた。

 私を含めた三十二名の生徒と、担任教師が1ノAに初めて揃う。

 ちなみに、魔法使い養成学校の教室というと、一般の人が思い描くイメージは、怪しげなオブジェが飾られ、不気味な未知の生物標本が並べられ、複雑怪奇な魔方陣を中心に、尖った帽子や覆面をかぶり、白か黒の一色ローブに身を包み、呪文の書を手にして、悪魔や邪神の召喚法や、誰かを呪詛する方法、人造生命体の製造法を教える、というものらしい。

 しかし実際はごく普通の教室だ。

 木製の机と椅子が並べられ、黒板があり、後ろには生徒それぞれの小型ロッカーが用意されている。

 一般の学校となにも変わる所は見られない。

 古代禁書で邪神の類を呼び出すこともなければ、呪詛を撒き散らしたりもしないし、人造生物の製造もしない。

 そもそも国際法で、異界の知性体との意図的な接触や、生命体の製造は禁じられているし、呪いというのは基本的に迷信だ。

 他にも魔法学校に対する偏見は山ほどあるが、私もちょっと期待していなかったわけでもない。

 ここまで普通だとなんか裏切られた気分だ。

 おまけに違う方向性での裏切りもあるし。

 教壇に立つ先生は黒板に名前を書くと、艶かしいステップで私たちのほうへ振り返り、妖艶な微笑を浮かべた。

「というわけで、私がみんなの担任になる、ソニア・カーペンター、二十七歳〈ここ注目〉よ。みんなよろしくねぇん」

 赤毛の波がかかった長髪に、ボディラインを強調するラバーワンピースを着用しており、毎朝一時間以上鏡の前にいると推測される化粧はプロの水準に達していて、総じて必要以上に色香を振り撒いている。

 年齢は三十二歳〈ここ注目〉で、学園の教師では比較的若い部類に入り、美人に分類される顔立ちだが、あからさまに誘惑している様に、みんなは逆に引いている。

 しかしソニア先生は大人の色香に押されているかと勘違いしたらしく、笑みに満足そうな心情が混ざる。

「みんな、これから三年間仲良くしてねぇ。でもぉ、仲良くって言ってもぉ、変な意味があるわけじゃないから、誤解しないでねぇん」

 変な意味があるのは極めて明白。

「先生、質問があります」

 アッシュが手を上げた。

「はい、なにかしら? ああ、待って」

 質問内容を予想でもしたのか、手を振って発言を遮り、

「スリーサイズは、ヒ・ミ・ツ。私のことを具体的に知りたかったら、特別な関係にならないとね。あぁん、でもぉ、あなたと特別な関係になりたいってわけじゃないのよぉ〈なりたいらしい〉。もう、なにを言わせるのよ。この、お・ま・せ・さ・ん」

 最後に唇を鳴らしてキスをするような仕草をする。

「いえ、そんなことじゃなくてですね」

 アッシュは色香にまったく惑わされず冷淡に、というか少し呆れた様子で即座に否定して、

「俺が聞きたいのは、なんでこいつがここにいるのかってことなんですが」

 そして指された自称魔導帝国総帥シュバルト・シュバィツァーが、ソニア先生の代わりに憮然として答える。

「ここの教室だからに決まっておるからだろうが」

 先日ボロ雑巾に成り果てた割には一日で全快しているのは、保健室で魔法治療されたおかげらしい。

 治癒魔法は高度な技術を要求され、習得は極めて困難だ。

 人体に限らず、生命体は世界法則が密集しており、その解析情報量は桁違いに多い。

 それに、通常の治療でもミスを犯せば悪化させる危険を伴うが、魔法による治療行為も同じで、直接人体の法則に干渉する分、その効果による恩恵に比例して危険度も増加する。

 魔法医師が尊敬の対象であるにもかかわらず成り手が少ない理由の一つ。

 その魔法医師が学園に常駐しているのはさすが魔法学校と賞賛するべきか。

 おかげで迷惑な奴が次の日には復活してしまうのが困るけど。

 ちなみにピスキーは別の教室で、ここにはいない。

 幸いだったというべきかどうか、判断付けかねるけど。

 アッシュは質問の意味を、より明確にする。

「そうじゃなくて、入学式であんな問題騒動起して、停学にもなってないのが謎なんだよ」

「それを言ったらあんたも処分を受けるべきでしょ」と私。

「なんでだ?」

「なんでと訊く?」

「いや、あれは正当防衛だろ、どう考えたって。額とか後頭部とか脇腹とか男のタマに球を当ててくれて」

「昨日から気になってたんだけど、それってギャグなの? タマに球って」

「くだらねえこと気にしてんじゃねーよ。つーか、先にそれ言ったのはおまえだろ」

「くだらないこと憶えてないでよ。まあ、どっちにしろ処分されるべきなのに、どうして二人ともお咎め無しなのか気にはなるけど」

「だから、俺は対象外だって。退校処分はこいつだけ」

「……貴様ら」

 シュバルトが押し殺した声で、しかし次には入学式時の大声に変わり、

「貴様らっ! 黙って聞いておればなにやら好き勝手に言いおってからに! もしや我輩を学校から追放しようと企んでいるのではあるまいな?! この我輩を! 魔導帝国〈建国予定〉総帥シュバルト・シュバィツァーさまを恐れる余りに伝統在りしオズ魔法学園から退学に追い込もうと企むとは! 貴様らいったい如何なる所存か!?」

 机上で立ち上がって、激昂して変な科白になっているシュバルトに、誰かが発言する。

「企みって、初めに騒動起したの、おまえだろ」

 シュバルトは無視して続けた。

「これは、つまり、アレなのか?!」

「アレって?」

 私の質問に、シュバルトは急に普通の声色になる。

「イジメ?」

 なんで急に弱気になるかな。

「どっちかっつーと、おまえがイジメてるほうだろ」

 アッシュは付け加えるように、

「ピスキーとか」

「なぜ我輩が我が腹心をイジメねばならんのだ!?」

 聞き捨てならない言葉だったのか、憤慨するシュバルトに、アッシュは冷淡に指摘する。

「どうみたってイジメだろうが。荷物持ちにさせたり、妙な遊びに無理やり付き合わせたり」

「なにが妙な遊びだ! 我輩が抱く大志は、男子たる者一度はその胸に輝かせ、然るに挫折するが野望なり! しかしながら我輩はその夢を捨てなかった! そう! 世界征服は男のロマン! そして魔導帝国〈建国予定〉副総帥ピスキー・フィフスは、我が野望と理想と野心とその他色々なものに共感し、志しを同じくする同志である! イジメるなど言語道断!!」

「あらあら」

 ソニア先生が妙に呑気に、

「イジメはいけないわね。みんな仲良くしないとダメよ。責任問題とかあるんだから」

 なんか最後辺りにポロッと〈ハッキリと〉本音が出てたような。

「だからイジメてないっちゅーに」

「シュバルトくーん」

 唐突に、頭蓋骨のネジが二三本抜けたような能天気な呼び声と共に、教室のドアが開いた。

 オズ魔法学園指定の学生服ではなく、鉄工場などで採用されている作業服で現れたピスキーは、その服から顔や手に至るまで機械油で汚れており、その手にグレネードランチャーを改造したような武器を持っている。

「シュバルトくーん、新兵器が完成したんだ。早速試し撃ちしようよー」

「おお! 例の物が完成したか! 良し! 試験射撃に行くぞ!」

 シュバルトは喜びの声で同意する。

「勿論、最初に引き金を引くのはシュバルトくんだよ。初めて製造したから、暴発するとか誘爆するとか、別にそういう危険を考えて君にやらせるわけじゃないからね」

 考えているようだった。

「勿論だ、副総帥よ。試射を最初に行う名誉を総帥に譲るその心、我輩はしかと感じ取っているぞ」

 全く感じ取っていないようだった。

「それじゃ、校庭にレッツゴー」

 教室から去って行く二人に、説明会はどうするのか、訊く者も止める者も、誰もいなかった。

「イジメてるわけじゃなさそうだな」

 アッシュは誰ともなしに呟く。

「どっちかっていうと、イジメられてるって言ったほうがいいかもしれないわね」と私。

「もしくは実験台に利用されているというか」

「あーもう!」

 唐突にウェンディが立ち上がった。

「そんなことどうでもいいでしょ!〈いいのか?〉 説明会が全然進んでないじゃない。先生の名前だけよ、聞いたのは。いい加減に静かにして、先生の話を聞きましょうよ。そうでしょ」

「シュバルトどっか行ったぞ」

「後でわたしが代わりに説明しておくから。こんなんじゃいつまで経っても終らないじゃない。わかったわね、みんな」

 ウェンディは教室一同を見渡した。

 反対するのは誰もいなかったので、

「というわけで、先生お願いします」

「はい、ありがとう、ウェンディさん」

 催促を受けたソニア先生はチョークを手にして、

「じゃあみんな、まずクラスの運営にあたって色々と役職を決めるんだけどぉ。委員長とか、副委員とか、風紀委員とか」

 言いつつ黒板に書いていく。

「まあ大体のことはわかると思うから、細かい説明は省いて、さっさと決めちゃいましょう。先ず委員長から。立候補者はウェンディさんの他に誰かいるかしら?」

「ちょっと待ってください!」

 ウェンディが怒鳴る。

「あら、どうしたの?」

 少し驚いたようにソニア先生は尋ねた。

「なんでわたしがいきなり立候補してるってことになってるんですか?!」

「ええ?!」

 先生は信じられないといった表情で、次には怪訝に、

「……立候補しないの?」

「しません!」

 断固として否定するウェンディ。

「どぉしてぇん? 今まで委員長やってたんでしょう? 学校が変わったからって自分まで急に変えることないわよぉ。今までどおり委員長をやるべきだと先生は思うわ。他の人だと不安だしぃ」

 甘えるような声で、最後あたりに本音が出ているソニア先生に、ウェンディは断言した。

「わたしは委員長なんかやったことありません!!」

「「「ええぇー!?」」」

 教室一同、声を上げる。

「ってなんでみんな声を揃えるのよ!?」

 皆はお互い顔を見合わせながら理由を口にする。

「だって、なあ」

「なんか委員長って感じだもんな」

「入学式の時といい、今といい」

「お節介で、黒髪三つ編みの、黒縁メガネ」

「ソバカスがチャームポイント」

「委員長のイメージにピッタリ」

「絶対委員長やるべきよねぇ」

「それがいいよな」

「わたしウェンディさんを委員長に推薦しまーす」

「あ、俺も」

「私も」

「ぼくも」

 やがて口々にウェンディ委員長推薦の声が上がるが、

 ベキリ!

 と木材が圧し折れる音で途絶えた。

 皆の視線は、ウェンディが左手だけで握り潰した椅子の背凭れに集中する。

 後の身体測定で判明するが、ウェンディの握力は新入生の中でトップだった。

 細い腕してどこにそんな力があるんだか。

「あんたたち一度きっちり話をつけたほうが良さそうね」

 静かな声の中に、本物の殺気を感じ取り、教室一同沈黙する。

「えー、ゴホン」

 ソニア先生が場を執り成すように咳払いをすると、

「じゃあ、委員長は他の人に頼むとしましょう。ウェンディさんは影の女番長ということで」

「誰が影の女番長ですか!」

 というか、言い回しが古い。

「じゃあ、表の番長は誰なんです?」

 私の質問に先生は当然のように答えた。

「勿論アッシュくんよ」

「なんで俺が不良代表なんです!?」

 憤慨するアッシュに私が教える。

「入学式で番長決定戦やったからでしょ」

「あれは違うだろ!」

「じゃあ、魔導帝国総帥決定戦?」

 先生は首を傾げる。

「そうじゃなくて」

「委員長決定戦?」

「決定戦から離れてください」

「あー、もう」

 ウェンディが叫んで、

「いい加減にしてください! 全然話が進んでないじゃないですか。先生早く役員を決めましょう。こんなこと繰り返してたら日が暮れますよ」

「それもそうね。えーと、じゃあみんな意見はないかしら?」

 再び教室一同が口々に話し始める。

「やっぱりウェンディさんが委員長やったほうが良くないか?」

「それ言ったらまた怒るわよ」

「総帥にやってもらう」

「シュバルトか? あいつ出て行ったぞ」

「っていうか、誰も出て行くの止めなかったな」

「いても邪魔になるだけじゃない」

「さり気に酷いこと言ってら」

「じゃあ番長にやってもらう?」

「誰が番長だ」

「キミ」

「だから違うって!」

「誰か立候補する人いないの?」

「じゃあ、あんたがやりなさいよ」

「嫌よ、面倒臭い」

「あの可愛い男の子にやってもらうとか」

「ピスキーか? あいつはクラス違うだろ」

「それになんか気に食わないしよ」

「男のジェラシーはキモイぞ」

「誰がジェラシーだ」

「推薦するしかないんじゃないか?」

「あー、それが一番良いかもな」

「最初の三人以外な」

「そうね。怒るし」

「やらせても投げ出しそうだし」

 やがて話が一つの方向へ纏まり、ソニア先生はみんなに質問する。

「それじゃあ、誰か推薦する人はいるぅ?」

 最初に私が手を上げた。

「はい、クレアさん。誰を推薦するのぉ?」

「推薦する前に、私たち自己紹介もしてないんですけど」

「「「………」」」

 しばらくの沈黙の後、ソニア先生が誤魔化すように笑った。

「そう言えば、そうだったわね」



 そうして、紆余曲折の末、1ノA三十二名の自己紹介がされたわけだけど、面倒なので具体的な紹介は省く。

 ちなみにクラスの全員が私たち四人の名前を知っていたのは、入学式の一件があったからで、そしてそれだけ知っていれば何一つ支障がなかったのは、その後のクラスの中心勢力が決定した、ある種の既成事実だったのだと、今は思う。

 どうでもいいけど。

 なお委員長は、結局私が立候補して収まった。

 こうしないと終りそうもなかったので。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る