2・そこまでとは

 ドカッ! ガタンッ! ドゲシ!

 唐突に騒がしい音が講堂に響く。

 音源に視線を向ければ、新入生らしい二人が司会を蹴り倒して、マイクを強奪しようとしていた。

「うう、私の晴れ舞台。私の美声を伝えるマイクは渡さないぞ」

 しかし司会の人〈たぶん教師〉は抵抗して、頑なにマイクを手放さない。

 二人はさらにゲシゲシと踏みつけて止めを刺し、ようやくマイクの簒奪に成功した。

 そして二人は講壇に上がると、一人が大きく息を吸い込みマイクに向かって叫んだ。

「全員注目!!」

 マイクなんか必要ないくらい大きな声で、思わず私は耳を塞いだ。

 それに注目もなにも、いきなり暴力事件を起した二人に、講堂内の人間はすでに全員視線を向けていた。

 教師を始めとした誰もが、事態の推移を止めようとしないのが気になったが、私は入学式に突然騒ぎを起した二人を観察する。

 マイクを持っているのは小柄な男子で、吊り目の瞳は赤に近い魔力覚醒者とは違う紫の色彩で、背中で束ねている長い髪は銀色。

 特徴から推測するに、雨の民の出身、もしくはそれの親類だと思われる。

 胸を張り根拠のない自信に満ち溢れる様に、ガキ大将という言葉を連想した。

「愚鈍なる一般生徒諸君! 我輩の名はシュバルト・シュバィツァー! これより建国される魔導帝国の総帥である!」

 そして隣にいる人物を親指で示すと、

「そしてこの者は我輩の片腕! 魔導帝国副総帥ピスキー・フィフスだ!」

「あ、どうも」

 総帥のハイテンションとは対照的に、ピスキーは少してれているかのように、穏やかにお辞儀をした。

 が、明らかに恥ずかしがってはいない。

 なにが楽しいのかニコニコと笑顔を振りまいている。

 その容貌は十人中九人が美少年との評価を下す、中性的な可愛らしい顔立ちで、少し癖のある柔らかそうな金髪に、瞳の色は深遠の紫。

 背は平均的だが、細い体つきと童顔と合わさって、やや低く見えてしまう。

 なんとなく子犬を連想し、一家に一匹飼って置きたくなる感じだ。

 手にはなぜかオズ魔法学園推薦の鞄を持っている。

 酷似した瞳の色彩に、髪の色は対照的に金と銀の二人。

 妙に映える組み合わせだが、どういう関係なのか想像はできなかった。

 いや、魔導帝国の総帥と副総帥というのはわかるのだが〈厳密にはそれもわからなかったのだけど〉。

 シュバルトと名乗った銀髪の自称魔導帝国総帥は続ける。

「これよりこの学園は魔導帝国の支配下に入る。無論! 貴様ら一般生徒は我が帝国の臣民に取り立ててやるゆえ感謝するがよい! しかしっ!」

 誰に向けてなのか前方に指を突きつけ、

「ありがたく思わない者、もしくは我輩の発言に異議を唱える者は、前に出て名乗るがよい!」

「イェー」

 ピスキーは演説するシュバルトの後ろで、学生鞄から出したパーティー用のラッパとクラッカーを鳴らしたりしていた。



 唐突な状況変化についていけない私たちだったが、次の展開は大体想像できた。

 まがりなりとも世界唯一の公立魔法学校、つまりはエリート校であるオズ魔法学園で、始業式に問題を起こしたのだ。

 問答無用で教師や上級生たちが取り押さえて、補導されるだろう。

 行く先は職員室か、指導室か。

 それともそのまま学園を追い出されるのか。

 講堂の後ろ側の席の上級生たちの話し声が聞こえてきた。

「なあ、秘密結社クラブってまだあったんだっけか?」

「あれは確か潰れたはずだぜ」

「それじゃ、邪神崇拝クラブか?」

「人数足りなくて愛好会に格下げ」

「それにあいつら、三角帽子みたいな変な白いマスクかぶって素顔を出さないだろ」

「あれは関係ないわ。新手ね」

「でも、あの子、可愛いわね」

「入学式でこういう連中出て来るの、すっかり定番になったな」

「何十年も前からこうらしいけど」

「クラブ名、なんになると思う?」

「魔導帝国クラブじゃないのか?」

「捻りないわねぇ」

「世界征服クラブ」

「捻りないわねぇ」

「……」

 ごく当然のように事態を受け入れて動じない上級生達の会話に唖然とする中、アッシュは呟く。

「なんか後ろから信じられないような話が聞こえたような気がしたんだけど、俺の空耳か?」

 できれば幻聴であって欲しいという願いが込められたそれを、私は消滅させる。

「私も聞こえた」

「コラー!」

 唐突にウェンディが壇上のシュバルトに向かって叫んだ。

「あんた一体なにやってんのよ!?」

「知れたこと! 我輩の世界征服の第一歩としてこの学園支配作戦が現在推進中であることは明確なる事実!」

 拳を眼前に掲げて断言するが、そこはかとなく奇妙な言い回しだった。

 それに勢いも少し落ちている感じがする。

「なにわけのわからないこと言ってんのよ! そんなバカなこと止めてとっとと降りてきなさい! 騒動を起したことを先生に謝らせて、ついでにあの司会の人にも酷いことしたことも謝らせて〈それはついでなのか〉、お仕置きに特別調合練り芥子スペシャル目に塗りつけてやるんだから!」

「そんな宣言を受けてノコノコ降りてくる間抜けがいるわけなかろうが!」

「いいからとっとと降りてきなさい!」

 ウェンディの手にはすでに特別調合練り芥子スペシャルが入っていると思われるチューブを手にしていた。

 なんでそんな物持っているんだろう?

「煩い五月蝿いウルサーイ!」

 シュバルトは手を振り払う仕草をすると、

「とにかく我輩の世界征服計画はすでに始まり驀進して止まらないのだ!」

 また妙な言い方。

「なにやら幼少の砌より色々と邪魔をしてくれたがもはやおまえの妨害は無駄になってしかたがなく終わるのである!」

 最後辺りはもうなにがなにやら。

「わけのわかんないこと言ってないでとにかく降りて来なさい!」

 ウェンディは練り芥子入りチューブを投げつけると、ホイップしてシュバルトの額へヒット。

 パコンという音がいい感じ。

 この二人、具体的な関係はあとで知ることになるが、ようは幼馴染らしいというのはこの時点で察しが付いた。

 ウェンディが色々苦労しているらしいということも。

「ぬう。こうなればいきなり最後の手段!」

 シュバルトはちょっと痛かったのか額を押さえつつ、パチンと指を鳴らし、

「ピスキー、例の物を!」

「はーい」

 間延びした返事と共に、ピスキーは持っていた学生鞄の中から妙な物を取り出しピスキーに渡した。

 それは形状としては駆動式短弓クロスボウに酷似していたが、歪な付属品が装着され、特に下部に伸びている鉄パイプの用途がわからなかった。

 矢の再装填の弾倉にしては形状が明らかに変だし、第一バランスが悪くて狙いが定め難いだろう。

 ようするに、なんなのか見当もつかなかった。

 だがこの時の最大の謎は、そんな形状の、しかもサイズが明らかに大きい物を、学生鞄の中にどうやって入れていたのか、そしてどうやって取り出したのかだった。

「なによそれ? 望遠鏡?」

 とウェンディの疑問。

 そんなことより聞くべきことがあるでしょう。

「ふっふっふ」

 シュバルトは不適に笑い、

「そこまで訊くなら教えてやろう」

 誰もそこまでとは訊いていない。

「発射ァ!」

 必要以上の気合と共に引き金を絞ると、球体が射出された。

 それはウェンディの頬をかすめて、後方にいたアッシュの額へ「え?」パコンと見事に命中。

アッシュは打撃で仰向けに倒れる。

「見よ! 鉄球発射機ベースボーラー育成ペナントレースマシンボルボルホールクンだ!〈長い〉 本物の鉄球だと危ないから硬式ボールを現在使用中」

 自信満々の解説を聞き流して、私は倒れたアッシュの側へ。

「あーあ」

 私は唸ってから、

「大丈夫?」

 アッシュは脳震盪でも起したのか視線の定まらない目付きで、上体を起すと意識を鮮明にしようと頭を振った。

「なんで俺に当たるんだよ?」

 疑問に答えてくれるのは誰もいない。

「さあ、ウェンディ、どうする?」

 不敵な笑みを浮かべるシュバルトに、ウェンディは啖呵を切った。

「どうするじゃないわよ! もう一回やってご覧なさい!」

「オーケィ」

 即座に次弾発射。

「わぁ!」

 悲鳴を上げてウェンディは体を反らして避けた。

 そしてボールはちょうど立ち上がろうとしていたアッシュの額にまたもや命中。

 再び倒れたアッシュは仰向けの状態のまま、無言でなにやら思案している様子だった。

 気絶しているわけではなく、半眼ではあるが瞼を開け、しかし茫然としているような、それでいて達観しているような、なんとも奇妙な表情で仰向けのまま動かない。

 やがてアッシュは呟く。

「だから、なんで俺に、球が?」

 自分に二回連続して当たったことにとても不条理を感じているらしい。

 あたりまえだけど。

 勿論これは偶然にすぎないと思う。

 しかし運命というものが存在するならば、ウェンディに標的を定めていたボールが、後ろ側にいたアッシュに命中したのは必然だったのかもしれない。

 だけど私はこの時こう答えた。

「タマタマよ」

「……」

 なにか言いたげなアッシュの視線。

「あ」

 私は気が付いて、

「今の冗談で言ったわけじゃないから」

 そんなことをしている間にも、壇上で騒動が進展する。

「ウェンディフィールドよ、幼少の頃からの付き合いであったが、我が世界征服の礎となって永久に眠るが良い! 後で保健室に連れてってやるから」

 最後に妙に弱気なことを付け加えて三発目発射。

「ひえ!」

 無様なフォームで避けるウェンディの背後を通過したボールは、幸いアッシュではなかった、と思いきや椅子にバウンドして上体を起したアッシュの後頭部に命中。

「グゥ!」

 打撲部を押さえて呻く。

「さらに行くぞ!」

「この」

 四発目をウェンディは椅子でガードし、ボールは天井向けて跳ね上がり、やがて重力の力が勝り落下を始めたそれは、アッシュの頭頂部へ命中。

「オグ!」

 舌を噛んだような声。

「まだまだ!」

「ハッ」

 慣れてきたのか五発目を綺麗に避けたウェンディ。

 そして痛みで頭を抱えているアッシュの脇腹にボールは命中。

「ぉお、おぉ、ぉおぉぉ」

 いい感じのボディブローだったらしく、なんとも痛そうな呻き声。

「オマケだ!」

「甘い!」

 六発目も回避したウェンディ。

 ボールは後方の椅子で弾んで、脇腹を押さえて床に蹲っているアッシュの股間に、

「ッ!!」

 命中。

 なんだか、キンッ、という金属音も聞こえたような気がしたけど、きっと錯覚だ。

 シュバルトは弾倉と思われる鉄パイプを鉄球発射機から外すと、背後に手を伸ばした。

「ピスキー、替えを」

「はーい」

 ピスキーは指示通り学生鞄から鉄パイプのような弾倉を取り出して渡した。

 やはりどう見ても長さと鞄の大きさは不釣合いで、絶対に入れることなど不可能としか思えない。

「ふははは、さあさあどうするどうする?」

 勝利を確信した笑い声を上げながら、シュバルトは弾倉を取替え、

「今 降伏すれば昔の誼で命だけは助けてやるぞ。ついては我輩専属の召使にしてやらんこともなし」



 続く……

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