第8話 番外編
ガレスはランプの灯りの下、王宮書庫にいた。
歴史書を隣で熱心に読んでいるセオドアをただただ眺めている。
セオドアの謹慎がとけ、あれから季節が変わると陽が落ちれば肌寒さを感じるようになった頃、王太子の計らいで一介の護衛騎士の身でありながら王城の地下通路を使用する許可がおりた。
異例ではあるが、それだけ王太子がこの小さな弟を大切に思っているという事だ。
セオドアの自室から地下通路を通り最短距離で外に出れる場所があの貴族街の高台にある公園らしい。
貴族街に屋敷を構えている貴族は貴族院の穏健派に属しており、あの公園の利用者が認められているのも王都におけるその層である。
出入り口が城側と貴族街に面しているおかげで自然と警備兵まで配置出来ているのが現状だ。
といっても脱出経路として使うのは最悪の場合のみで、王城のつくりからして地下より地上の方が安全だろう。
地下通路は水路を利用している為に足場のない場所は本当に水路の中を通る。
水自体は川に繋がっていることもあり、流れは緩やかなようでいて子供には少々危ないと感じた。
セオドアもそれがわかっているから、王太子にガレスといる時だけと約束させられたようだ。
たまに護衛騎士の詰め所にセオドアが訪れる時に使っているのは地上の隠し通路らしいが、ガレスからすれば危険がなければそれでいいと詳しい場所までは聞かない事にしていた。
ガレスのような外部からきた人間が全ての経路を把握しては問題がある。
「ガレスの故郷は北の国境だったな?とても寒い場所だと、この本に載っていた」
「はい。丁度、山脈もございますので王都よりは寒さが厳しいかと存じます」
「魔石の鉱山があるのだな。俺はあまり魔法は得意ではないから、詳しくはないのだが、以前兄上が魔石の質がいいと褒めていたぞ」
「王太子殿下が………」
精霊魔法とは定義を覆す奇跡に近いと言う。
魔石は精霊と近しい力らしく、魔石に精霊魔法を操る者が触れると増幅効果や阻害などの影響を受けて制御が難しくなるといわれていた。
それを確かめるすべはガレスにはないが、魔石採掘の領地を持つ家系ゆえの知識は多少持っている。
精霊魔法を行使している王太子が魔石など持って大丈夫なんだろうかと、一瞬ガレスの脳裏に周囲に水をばら撒くアレックスの姿が浮かぶ。
噴水のように水が辺りに飛び散るのなら、攻撃の術としては便利かも知れない。
「あっ、えっと、アレク兄上ではなくてだな」
そう考えをまとめる前に、言葉に詰まった様子のセオドアが珍しく愛称で王太子の名前を口にした。
普段ガレス達がいる前で王子同士にそういった素振りが無くとも、仲が良いのはわかっている。
「アエラス第二王子殿下でしょうか?」
「うむ、兄上は魔石魔法が得意なのでな。良く俺に魔石を使った魔法を見せてくれるのだ」
「魔石を使うというと古代の魔法でしたか。なにぶん私は田舎者なものですから、余り魔法自体は見る機会が御座いませんので想像がつきません」
楽しそうなセオドアの様子に危険な遊びではないようだが、魔法を観賞に使う方法はガレスには思いつかなかった。
術式を使う一般的な魔導士の魔法はスクロールの簡易魔法に近い。
詠唱による術式を特殊な紙に書いて簡略化しているのがスクロールだ。
スクロールのみに特化した新生魔導士という分野もある。
ガレスが日常的に思い浮かべるのはこの魔導士だ。
高位のスクロール魔法を用いて連続攻撃を可能にした新しい魔法といえるだろう。
スクロールとは反対に魔石を使う古代魔法は術式に近い方法で確立された魔法という現象をおこす。
スクロール程に誰でも使える訳ではなく、術式のような魔法を詠唱なして行う事か可能だ。
石に秘められた力を外に出すというのが近い。
一般的ではないのはそれが危険だからだ。
スクロールのような発動に開閉が必要であるだとかの条件付けが簡単に出来るものではなかった。
それだからこそ扱える人間が少ない。
「今度兄上がお帰りになられたらガレスにも見せてもらえるよう頼んでみよう」
「恐悦至極に存じます」
第二王子アエラスは魔導騎士と聞く。
魔導士というものは近年スクロールの普及により、詠唱や魔法陣における術の発動条件などの簡略化が進んでいる。
古代の人々は魔石を使い火を起こし、魔法陣や詠唱により術の発動を定義してきた。
それを使い易く簡単にしていこうと世間では研究が進んでいるそうだ。
ガレスの父親の領地の魔石の需要はそれでも高い。
それは強力な魔法が長い戦いに必要であった事や、他国の新しい技術に魔石をエネルギーに使おうとしている動きがあるからだ。
この部屋にある灯りとて魔石を使っている。
術式魔法発動の補助的な位置としての石の使用も需要を高めているのだろう。
その為に魔石採掘の領地とは他国や賊の攻撃を受け易く、スクロールを使う新生魔導士と戦う機会も少なくはない。
国境とはそれだけ国土防衛の要でもある。
ガレスとて子供の頃から防衛に尽力してきた父親を見てきた。
王子が何を学び守ろうとしているのか、わかってはいるつもりだ。
「殿下は寒いのは苦手でしょうか?」
「俺はあまり外には出ないゆえ、寒い場所には行った事がない」
ガレスがそう尋ねると、雪は見た事がないと本の挿絵を指差してセオドアが答えた。
「叶うのなら、お主の故郷を見てみたいと思う………」
約束に近く、誓いや命令には遠い言葉だ。
優しいだけのそれは酷く幼い。
「お好きな季節などはございますか?」
「そうだな、春が好きだ。ガレスが通ってくる地下通路の出口に貯水池があるだろう?あそこにはアーモンドの樹が植えてあるのだが、あの花が好きだと言っていた」
好きだと言っていた。その言葉意味は書面でしか知らない人物と小さな主君の思い出なのだろう。
「あれを見ると俺は一人ではないと思えるから好きだ」
春頃になれば貴族街の高台の公園にまた花が咲く。
それに喜びを感じているセオドアの寂しさに触れたかった。
貴方のそばには私がいる。
そんな綺麗な感情ではない。
膝をついて王子の目線にあわせるようにすると、頬に手を添えた。
逃げられない事に心が歓喜している。
「ガレス……?」
名前を呼ばれれば嬉しい。
狡いだろうかと邪念を含んだ衝動に蓋をするように、愛おしい気持ちだけを込めて柔い頬に自身の唇を押し付ける。
傷付けないようにそっと触れただけで口を離し、華奢な身体を抱き寄せた。
「失礼を致しました」
「構わぬが………………」
短い笑いに続いた声の主がガレスを抱き返す。
笑ったまま瞼を閉じたセオドアがちゅっとガレスに同じように触れた。
ガレスを真似ただけのそれに、強くわきあがる苦しいほどの喜びが顔に出さないようにつとめる。
それから接触していた部分を離して間近で見つめ合うと、淡い春風を思わせる瞳がランプの光の下で揺れていた。
「おやすみ、俺の騎士」
挨拶だと判断したのだろうセオドアが照れたようにはにかんだ。
ガレスがしたように同じことを違う意味で返す幼稚さに、主君の幼さを痛いほどに突き付けられる。
この笑顔を守りたいと、そう願う。
夜も更けたと書庫からセオドアを部屋までおくる。
少し名残惜しそうな子供に、また明日と言葉を交わして近水路から公園へと出た。
春になれば、雪のかわりに白い花が降り積もるだろう。
白い花が咲き乱れた池の周りは陽の光を浴びて静かに凪いだ水面が煌めく。
貴方の思い出の花を見て、きっと寂しそうに笑うであろう主人に自分が笑い掛けよう。
貴方が寂しくないように悲しくないよう、私が傍にいようと、そう願う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます