第45話 エピローグは神様と 001



「よっ、叶くん。生きててよかったぜ」



 インターフォンの騒音で目を覚まし、ドアが破壊されるような音に焦って寝室から這い出ると――そこには『凶器の愛トリガーハッピー』、渚美都さんの姿があった。


 カラッと晴れた空模様に似つかわしい快活な笑みを浮かべて戸口に立つ彼女だったが、その左手にはこの部屋のドアノブが握られていた。もちろん、ドアノブは着脱可能な代物ではない。



「……あの、当たり前みたいに人んちのドア壊さないでもらえますか」



「ん? あー、悪りぃ悪りぃ。片手で生活する訓練してたら、なーんか握力ついちゃったみたいで」



 可愛らしくも舌を出して謝る渚さんだったが、その暴力性に全く可愛げはなかった。つーか早く戸を閉めてほしい。



「……で、何の用ですか? こんな朝っぱらから」



 時刻は朝の七時。橙理と別れてこの部屋に戻ってきたのが深夜三時頃だったから、まだ四時間しか寝ていないことになる。両親の仇を討って満身創痍な身体を目覚めさせるには、まだまだ睡眠が足りていない。



「えらく寝ぼけ眼だな。お疲れかい」



「いやまあ、昨日いろいろありまして……」



「らしーな。なんか、あたしの所為でもあるらしいじゃん? だから今日は罪滅ぼしにきました」



 言いながら、渚さんは丁寧にお辞儀をする。存在自体が歩く凶器みたいな人なのに、変なところで律儀なのだ。



「橙理が『悪夢ブラックカーペット』に接触しろって言ったんですから、渚さんの所為じゃないですよ」



 『悪夢』――石島煉瓦がこの町に舞い戻ったきっかけは、橙理の命令によって動いた渚さんが石島にコンタクトを取り、俺と凛音の存在を教えたかららしい。


 曰く、『悪夢』の能力を逃れた女と、神様に力を与えられた男がいると。



「そりゃまあ、そうなんだけどな。でも、随分と派手に暴れたらしいじゃねえか……あいつも叶くんも」



 結局、菱岡中央病院で『悪夢』の被害を受けた人たちの命は助かったらしいが――消滅した体の部位は戻ってこない。人死にこそなかったものの、大規模な傷害事件になったのは事実だ。


 カワードが引き起こした厄介事に、新たな一ページが加わったことになる。病院全体が被害を受けたとなると、四脳会の力でも情報を隠し通すことは難しいだろう。



「本当はあたしも加勢したかったんだけど、天津くんに止められちまってな……そもそも、正面切って戦ったら負けちまうんだが」



 どんな武器による攻撃も通じず、自在に操ることができる『凶器の愛』……しかし、相手が武器に頼らない戦い方をするなら、その力も半減してしまうと言える。対カワード戦において、渚さんは意外と実力を発揮できないのかもしれない。



「……まあ、だから一丁前に罪の意識を感じちまったわけよ。無事に生還してくれて何よりだぜ」



 渚さんはグッと親指を突き出す。訓練の成果が出ているのだろうか、風切り音が鳴りそうな勢いだった。



「そんで……はい、これ。せめてもの償いで持ってきたんだ。来週、妹ちゃんの誕生日なんだろ?」



 言って、彼女は足元に置いてあった紙袋を手渡してくる。高級そうな質感と装飾は、明らかに中身が高級品であることを示していた。



「いやそんな、悪いですよ」



 俺としては渚さんの所為で危険な目にあったなんて思っていなかったので、この品を手放しで受け取るわけにはいかない。



「いやいや、遠慮すんなって。このあたしが珍しく罪悪感を抱いてるっていうのに、更に恥まで上塗りする気かよ」



 半ば強引に押し付けられるような形で、俺は紙袋を受け取った。そこそこの重量感を持っているが、渚さんチョイスのプレゼントか……想像できねえ。



「じゃあ、有難く頂きますね。凛音も喜ぶと思います」



「その凛音ちゃんは、?」



 俺の肩越しから覗き込むように、渚さんは部屋の中へと目をやる。



「今は多分、寝てると思います。寝ているって表現が正しいのかはわかりませんけど……」



 夜中に帰ってから今に至るまで凛音の声を聞いていないので、恐らく魂が覚醒していないのだろう。



「と言うか、こんな玄関口ですみません。散らかってますけど、中どうぞ」



 今更ながら年上のおねーさんを立たせたままだったことに気づき、部屋の中へと促す。こういうところに気が回らないから、いつまでたってもガキなのだろうが。



「ん? ああいや、あたしはもう失礼するよ。叶くんの無事も確認できて、それも渡せたしな。……それに、そろそろ朱里ちゃんがくる気配がするんだ」



 そんな野生動物顔負けの第六感を発揮されても困るが、どうやら彼女は早々にこの場を立ち去りたいらしい。どことなく怯えたような様子だが、江角さんを避けているのだろうか。



「と言うことで、じゃあな、叶くん。妹ちゃんによろしく。また今度飲みに行こう」



「それは是非遠慮したいですね」



 『巨獣モンスター』を討伐した後に二人でいった居酒屋を思い出し、吐き気が込み上げてきた。ウィスキーを焼酎で割って日本酒をチェイサーにして……この人と酒を飲むことは、今後絶対にない。



「そんな寂しいこと言うなよな。次はあたし行きつけのバーにでもいこう。無料ただ酒飲み放題だぜ」



「ぐっ……それなら考えときます」



 無料という響きは魅力的だ。特に貧乏性な俺にとって。四脳会から金が入ったとはいえ、心の中は卑しいままなのだ。



「じゃあほんとに失礼するぜ。朱里ちゃんにごめんなって言っといてくれ!」



 そう言い残し、『凶器の愛』は勢いよく扉を開けて出ていった。その身体能力は他の場面でこそ発揮してほしい……ドアノブだけじゃなくドア本体まで壊されるところだった。



「……」



 後ろ背を見送ることもできない程のスピードで去っていった彼女を心配しつつ、俺は渡された紙袋に手を入れる。中には両手で収まるか収まらないかといった大きさの箱が入っており、これまた高級そうな包装が施されていた。



「……げっ」



 念のため中身を確認しておこうと慎重に包装をめくる……重厚な質感の黒く四角い箱。開くと、そこにはキレ味の良さそうなナイフが一本。


 何と言うか……実に渚美都らしい、粋な贈り物だった。



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