第32話 巨獣 006



「ふー、一件落着」



 ミサイルの衝撃で吹き飛ばされた周防の分身たちを瞬く間に殺しきり、渚さんは一息ついて一服入れる……腰かけてるそれ、さっきまで襲ってきてた周防くんですよー。



「……何すか、さっきの爆発」



「ん? 知り合いの戦闘機を借りたのさ。ここまで飛ばすのにちと時間がかかっちまったが……いやーさすがあたし、一ミリの狂いもなくぶち当てるとは、我ながら鳥肌もんだぜ」



 くくくっと性悪そうに笑う彼女は、満足そうに爆発地点を眺める。いや、その口ぶりだとあんたが戦闘機を操ってミサイルをぶち当てたみたいなんですけど。


 『凶器の愛トリガーハッピー』……あらゆる武器を自在に操るとはいえ、まさか戦闘機なんつー兵器まで意のままなんて、さすがに卑怯すぎる。



「まあある程度の制約はあるんだけどな。それが人を殺傷する能力を持った物体なら、全て等しく武器として操れんのさ。ま、だてに『最悪の世代』って呼ばれてねーっつーかー」



 この女、得意気である。うん、まじで逆らわないようにしよう。

 渚さんと敵対したことがあるのに生きているという事実が、いよいよ武勇伝染みてくるな。いやまあ、俺の場合はしっかり殺されてはいるんだが……そうなると、ただの人間なのに生き残った江角さんが化け物という話になってくる。



「江角さんって、やっぱりすげー強かったんですか? 渚さんが殺そうとして殺せないなんて」



「あー、朱里ちゃんは鬼つえーぞ。能力なしのフィジカル勝負なら、多分あたしが負けるな」



 この人にそこまで言わせるとは、やはり江角さんは只者じゃねえ。逆らえない人リストがどんどん増えていく。ちなみにリストの筆頭は天津橙理。


 渚さんの一服タイムが終わるのを待ってから、俺たちは爆発の中心地を目指しながら辺りをうろつく。黒焦げになっていようが細かく引きちぎれていようが関係なく、右腕の獣は「食事」をするのだ……少しでも食べこぼしがあれば橙理に何を言われるかわからない。懇切丁寧に辺りを探索して、飛び散った死骸を貪っていく。



「ははっ、ハイエナみてーだな」



「ハイエナは死体を漁るだけじゃなくて、自分で狩りもしますよ」



「じゃーチワワだな。尻尾振ってエサを待つだけの愛玩動物」



「死肉食べるチワワとか勘弁……だったらハイエナでいいです」



 爆風でなぎ倒された茂みや木々を踏み越え、徐々に歩を進める。まだ息があるらしい人型もちらほら見受けられたが、供養の意味も込めて頭から噛り付かせてもらった。傍から見たら大量殺人の現場以外の何物でもない。



「ほら、叶くん、ちんたらしてたら善良な一般市民様が押し寄せてきちまうぜ。四脳会の報道規制も間に合うかわからねえし、このままだと山の中でやんちゃした現行犯で逮捕だ」



 渚さんは至極愉快そうに言う。何かしらの手を打ってから派手なことをしてくれたと思ったのに、後先考えない蛮行だったようだ。しかしその蛮行に助けられた身としては、文句を言いづらい。


 まあ彼女の言うことももっともなので、俺は黙々と任務を遂行する。ただ、死体が散らばる惨状の中で黙ったままというのも精神にくるので、渚さんに話しかけることにした。



「あの……、なんで四脳会に協力することにしたんですか」



 せっかく江角さんの名前も出たことだし、気になっていた疑問をぶつけてみる。俺に協力しなければならないのは橙理との契約だから仕方ないとして、殺し屋稼業をストップしてまで、あの組織に手を貸す意味が彼女にはあるのだろうか。


 それに、過去に仲間を殺された江角さんからすれば、渚さんと手を組むという判断は快く首を縦に振れるものではなかったはずだ。



「あん? そんなの気まぐれだよ気まぐれ……まー、強いて言うなら、あたしも昔に比べて落ち着いてきたってところかな」



 いつまでも尖ってられねえしよ、と渚さんは自嘲的に微笑む。答えになっているようでなっていない……上手いことはぐらかされてしまった。


 何でもあけすけに話してくれるタイプの彼女にしては珍しいが、まあプライベートな部分に踏み込む気もない。藪を突けば蛇が出るし、火に油を注げば火事になる。知らなくていいこともあるのだろう。



「……」



 俺たちは焦げ付いた森の中を進み、例の肉塊のあった場所まで戻ってきた。見上げる程大きかったあの巨体も、今は見る影なく無残に砕け散っている。

 ミサイルなんていう戦争兵器を生きている内に目の当たりにできるとは思わなかったが……その破壊力は筆舌に尽くし難い。着弾地点は真っ黒な焦土と化しており、そこには生命をもつものは存在できないだろう。もちろん、あの『巨獣モンスター』と言えど……。



「お、なんか面白そうなのはっけーん」



 ぴょんぴょんと身軽に跳ねながら、渚さんは飛び散った肉片の上を渡り歩く。そんな彼女の視線の先には、二メートル程の大きさの炭化した塊が鎮座していた。どうしてあれを面白いと評したのかわからないが、まあ殺し屋の感性を理解する方が土台無理な話だろう。



「よく見てみな、叶くん。



 言われて目を凝らせば、渚さんの指し示した肉塊は、ゆっくりと脈動していた。死の間際の心臓のように緩慢だが、確かに生命を主張してきている。



「よっと」



 何を思ったか、渚さんはその黒焦げの肉塊を素手でバリバリと剝きだした。突然のことすぎて突っ込む隙すらなかったが、彼女は手際よく炭化した表皮を毟っていく。



「ちょっ、何してんですか急に」



 その行動を止めた方がいいのかもわからずただ茫然と眺めていると、次第に熟れた中身があらわになった。表面の黒を引き立てるような生々しい赤色が溢れ、肌を這う寒気のような空気が漏れ出る――ああ、まずい。そっから先は開けちゃならないドアの向こうだ。


 だが渚さんはその手を止めることなく、気づけば肉塊の中身は完全に露出した。



「なーるほど。こういうことね」



 彼女はを見て満足そうに頷く。対して俺は目を背けることしかできない。を直視することは、即ち自分の罪に向き合うことなのだから。


 静かに脈打っていた肉塊の中には――ガリガリにやせ細った青年がうずくまっていた。


 彼は虫の息という比喩がふさわしい程小さく背中を震わせながら、死の際を待つだけの存在に成り下がっている。赤子ですら、今の彼を殺すことは容易いだろう。


 なんてことはない。周防郷は、人間をやめたわけでも何でもなく、こうして普通に生きている。俺と渚さんが相手にしていた巨大な肉塊は、ただのだったのだ。



「あたしたちは正義のヒーローじゃなくてヒールってこった。よかったな、叶くん。立派な人殺しになれるぜ」



 『凶器の愛』は意地悪く笑う。その笑顔は、俺の主人である天津橙理の嫌味な顔と酷似していて、規格外な輩はみんなこうやって笑うのかと偏見を助長させてくる。


 右腕の獣が鼻を鳴らす。ようやくメインディッシュにありつけると期待に胸を膨らませてやがる。それじゃあお望み通り、行儀もマナーもへったくれもなく、晩御飯の時間にしてやろう。


 こうして。


 叶凛土は、立派な殺人犯として、通算四件目となる殺人を実行したのだった。



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