第31話 巨獣 005



「おう、生きてたか、叶くん! 悪ぃーんだけど、ちょっとこいつら殺すの手伝ってくれ!」



 大勢の男たちに取り囲まれながら戦っている渚さんは、あっけらかんとそう呼びかける。一糸纏わぬ無頼漢どもに女性が襲われている様は、非現実的で扇情的でもあったが、当の本人は至って余裕そうに戦闘を繰り広げていた。


 それもそのはずだ。渚さんを取り囲む男達は、その手に鉈や斧などの武器を持ってしまっていたのだから。



「あらよっと」



 右から迫る男の斧は空を切り、後ろから振り下ろされた鉈は途中で軌道が曲がっていく。まるで彼女の周りに見えない壁があって、全ての攻撃を防いでいるかのようだ。


 対する渚さんは、踊るように男たちを殺していく。左手の銃で眉間を撃ち抜き、敵の刃物を脚で弾いて首に突き刺す。彼女の行動の一つ一つが、脚本のある殺陣を演じるかのように綺麗に嵌っていく。


 その殺人行為は、芸術作品のように美しく――俺は思わず、見惚れてしまった。

 あれが『凶器の愛トリガーハッピー』の神髄。


 対武器性能において右に出る者がいない、美しくも残忍な殺しの手口。



「……やべっ」



 つい美しく舞う渚さんに注目してしまっていたのだが……そんな棒立ちの俺を見逃すはずもなく、裸の男たちは俺の元へと突進してくる。


 集団の全裸男に襲われるなんて、考えただけでもゾッとする。現実にこの身に降りかかる災厄としては、中々上位にくるだろう。



「っ!」



 だが、俺は別の部分に驚き意識を向けてしまう。

 十人程の男が、無骨な凶器片手に突撃してきたのだが――その顔。


 男たちの顔が、全員同じだった。


 その虚ろな目からは生気が感じられず、不規則な身体の駆動は死人が糸で操られているかのようである。



「なんなんだよ……」



 血と腕に飲み込まれるなんていう惨事にあったばかりで思考が回らなかったが、そもそも、こんな山奥にいきなり大勢の人間が現れるなんておかし過ぎる。それも全員同じ顔? どうしたって、ただの人間じゃねえことは確かだ。


 なら、こいつらは一体……。



「叶くん! 後ろだ!」



 渚さんの声で背後に迫っていた敵に気づく。しかし気づいたからといて、不意を突かれたその攻撃に対応できるはずもない――俺自身の力では。


 完全に出遅れた俺の反応を帳消しにするように、右腕がひとりでに旋回する。文字通り手の届く範囲に食い物があれば、こいつは勝手に噛みつきやがるのだ。それは良い面もあれば悪い面もある噛み癖なのだが……今回は運よく前者だったようだ。



「――!」



 声にならない叫びを上げ、背後の敵はその顔面を喰われる。眼球に焼き付く赤が飛び散り、一つの命を奪ったことを明白にしていた。

 いきなり頭部を喰い漁るとは、随分腹が減っていたらしい。さっきまで腕を食べていたのに、獣の空腹を満たすには足りなかったようである。



「ひゅーっ、グロいね!」



 渚さんは遠巻きにそう囃し立てる。自分の周囲の敵を殺しながらこっちに気を向けられるとは、中々余裕そうだ。お願いだから全員倒してほしい。



「こいつらは一体何なんです!」



 俺は迫りくる暴漢共から距離を取りつつ、渚さんに問いかける。逃げずに戦えと言われるかもしれないが、しかし相手の数が数だけに腰が引けてしまうのだ。ふつーにホラー映画よりこええ。



「何かは知らねえ! あのデカブツから生み出されてるのは確かだな!」



 言われて、俺は肉塊の大本、先刻落下してきた巨大な塊に目をやる。男共に襲われながらなのではっきりとは見えないが、徐々に肉塊に距離を詰め、その姿を捉える。



「……っ」



 大量の腕と血液を噴出するなんていう非現実的な荒業を繰り出してきたソレは、絶賛グロテスクな行動を取っていた。


 人肌のような表面が部分的に破れ、中に見える赤い血肉からと何かが這い出してくる。その定形を持たぬ塊は、生まれ落ちた獣の赤子のようにぼとっと地面に落ち、次第にと音を立てて形を変えていく。


 現れたのは、周りにいるのと同じ顔を持つ人型――その異質な形たちが、ボトボトと際限なく生み落とされ続けている。


 そうして生み出された人型は、種々様々な武器を拾い上げ、俺たちに襲い掛かってくる。



「まー、ああいうわけで、今は一人じゃ倒しきれねえのよ!」



 爽やかに言う渚さんの所為で危機感が薄れているが、相当やばい状況じゃないのか、これ。


 『巨獣モンスター』周防郷……彼はどうやら、人間の形であることを諦めたらしい。本体はあの一番でかい十メートル級の肉塊、生み出しているのは人だった頃の記憶が映し出された分身ってところか。

 周防が数年前から事件を起こさなくなったのも、こんな山奥に身を隠したのも頷ける。あんな姿になっちまったら、さすがに人目に触れるリスクの方が大きいだろう。大人しく山籠もりをするしか、奴に選択肢はなかったのだ。


 となると、周防は既に反射で生きているだけの存在なのかもしれない。自分のテリトリーを侵す者は排除するという、酷く野性的な機能のみを備えた、哀しき生命体。


 恐らく、俺が掴んだ目玉は奴が生み出した分身で、をしていたのだろう。俺は迂闊にもそのアラームを作動させちまったらしい。


 ……ん? そう言えば渚さんが、火の匂いがするとか何とか言っていた気も……。



「ぼけっとしてんな!」



 渚さんから激が飛ぶ。一瞬遅れて、上から降ってきた人型に右腕が喰いつく。

 眼前の光景が異常すぎて、意図せず意識を思考に全振りしてしまっていた。今は生き死にがかかった戦闘中だってのに、我ながら呑気なもんだ。


 気づけば、俺も彼女も、数十ではきかない数の敵に囲まれていた。渚さんはともかくとして、俺がこの気色悪い包囲網から安全無事に脱出する映像が浮かばねえ。つーか、ここまで無尽蔵に沸かれてちゃ、いずれ体力の底が尽きちまう。



「きりないっすよ、渚さん! どーすんですか!」



「あと数分持ちこたえろ! そんくらい気張れや男だろうが!」



 作戦の一つでもあるのだろうか、彼女はぞんざいな言葉を吐く。何をする気なのかは知らないが、耐えろと言うのなら耐えてやろうじゃないか。まあ、元々現状を維持することしかできないんだけれど。


 渚さんに言われるがまま、俺はひたすらに目の前の敵を喰らい続ける。だがその努力も空しく、俺と右腕が捌ききれる許容量を優に超え、周防郷たちは波となり肉壁となって押し寄せる。



「よし、走るぞ! 全力でついてこないとさすがのお前も死ぬかもしれないぜ!」



 急に脈絡もなくそう叫び、渚さんは駆け出した。物騒すぎるそのセリフに戸惑いつつ、俺は全力で彼女の後を追いかける。

 背後からは大量の周防が追随してきている……このまま距離を取るだけでどうにかなるとは思えねえんだけど、今は『凶器の愛』の作戦を信じるしかない。



「伏せろ叶くん!」



 百メートル程走った先で、渚さんは指示を出す。今や彼女に従うだけの犬に成り下がっている俺は、その言葉が耳に届いた瞬間にビーチフラッグさながら地面にダイブした。



「ド派手にいくぜ! 美しく散りな!」



 完全にハイになってやがる渚さんは、そう大見得を切る。


 直後、周防郷の本体――巨大な肉塊の元に、轟音を鳴り響かせて一筋の光が着弾した。


 強烈な閃光、鼓膜を貫く爆音、飛び散る肉に地面にエトセトラ。


 ミサイル。


 どうやら渚さんは、とんでもねえ武器を持ち出してきたようだ。



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