第27話 巨獣 001
『最悪の世代』の一人、『
彼は現在、C県の南に位置する
十年前にカワードとなった周防は、自身の勤め先だった五階建てのビルを破壊したことで、
ビルを倒壊させた後、周防は行方をくらませた。他に目立った事件は起こしていないが、数年前までは定期的に強盗や殺人などを行っていたという。いやまあ、充分凶悪な事件ではあるんだが、最初のインパクトが凄すぎて他が霞んじまってる。
「まあ、大方食うに困っての金目当てってとこだろ。やだねー、ちんけな犯罪ばっかする野郎がいるから、カワードは陰湿だって言われんじゃねえか」
俺の隣に座っている紫髪のおねーさん――
彼女はカワードになる前から世界を股に掛ける殺し屋だったので、ちんけな犯罪をする周防のことが気に入らないらしい。いや、やってることは人殺しで変わんねえ。
「つーか、めちゃめちゃ田舎だな、おい。人住んでんのか?」
渚さんは電車の車窓から見える景色にまで悪態をつけだした。彼女に殺されたことがある身としては、その機嫌が悪い方に振れると恐怖しかないので、是非穏やかに座っていてほしいのだが。
「……渚さん、
「あん? あたしがこんなド田舎にくるかよ。まじで猪しかいねーんじゃねーのか」
随分と酷い言い分ではあるが、まあそう言いたくなるのも無理はない。俺たちが目的地にしている佐渡野市は、C県の中でも取り分け自然豊かな土地だからだ。平たく言えば田舎なのである。
そんな山と森と畑と田んぼしかない場所に、周防郷は潜伏しているらしい。そして四脳会特殊対策二課、
殺し屋の隣に座っての長時間の移動は、中々神経をすり減らすスリリングなものである。「殺し損ねた相手は、今後絶対に殺さない」という殺しの美学が渚美都にはあるので、先日の戦いで殺されなかった俺は見事殺さないリスト入りしたらしいが……いや、だからって即安心できる程、俺の肝は据わってねえ。
まあその美学を差し引いても、彼女はゴシュジンサマ――
……理屈ではそうとわかっていても、しかし考えてみてほしい。人の手で育てられた猛獣がいる檻の中に入れられ、人間は襲わないからと言われても、はいそうですかとはならないだろう。なる奴は本物の馬鹿くらいだ。
そんなわけで俺こと
「あー、やっと着いた!」
寂れた無人の駅で降車し、渚さんは大きく伸びをする。そして流れるような動作でタバコを取り出し、片腕だけで器用に火を点けた。
「……」
渚美都には、右腕の肘から先がない――先の戦いで、橙理のペットである『
こうして彼女と協力関係になった今、その右腕が痛々しく見え、自然と目線がそこに向いてしまう……幸いなことに袖口がダボついた服を着てくれているので、見た目では腕がないことはわかりづらいのだが。
「あ? なーにじろじろ見てんだ、叶くん。大人のおねーさんの魅力に気づいちまったかい」
ニカッと豪快な笑顔を見せる彼女は、とても殺人鬼なんかには見えない。だが事実として、渚美都は殺し屋であり、最悪の世代の一人、『
「……いえ別に。やっと長時間に及ぶ拷問染みたストレスが終わって、一杯やりたいなって思ってただけです」
「あたしとの電車移動に対して随分な物言いをしてくれるじゃねえの」
おもしれー奴、と渚さんは笑う。殺人鬼のツボはわからねえ。
「つーか、酒、結構いける口?」
「いやまあ、嗜む程度ですけど」
「そりゃいい、嗜めるってことは嗜好ってことだ。近頃の若い男は酒の一つも飲めねえ奴も増えてるからな。日本男児たる者、無理してでも酒を飲むもんさ」
「考え方古いっすよ……」
「古くて結構。みんながみんな新しい考えや革新性に目を向けてちゃ、文化は廃れる一方さ」
「良いこと言っている風で、パワハラっすね」
無人駅のベンチに座りながら、俺は彼女の喫煙タイムの終わりを待つ。この殺し屋は人と話すのが大好きらしく、早朝出会ってから今に至るまで、その口が閉じたことはない。
「よし、そしたら今日の夜は居酒屋にでも繰り出そう。安心しろ、おねーさんが奢ってやるから」
飲み会はあまり好きじゃない……それが殺人鬼相手なら尚更だ。ただまあ、奢りというのなら話は変わってくる。精々たけえものを腹一杯食わせてもらおう。
「そのためにも、さっさと仕事を終わらせるか。ま、大船に乗ったつもりで構えてな。あたしの美しさに惚れんなよ?」
渚さんは根元まで吸い上げたタバコを携帯灰皿に捨て、伸びをしながら立ち上がった……あれ、確か前会った時は、車の窓からポイ捨てしてなかったっけ?
どんな心境の変化があったかは知らないが、マナーよくタバコを片付けた彼女は大きく胸を張る。その自信に満ちた立ち振る舞いは、なるほどさすが世界を股に掛ける殺し屋だ。美しく殺すことを信条としている彼女にとって、今回の仕事はある種のショーみたいなものなのかもしれない。俺というパンピーの観客を迎えた、殺人という名のエンターテインメント。
「おいおい、叶くん。まるで自分は外野で傍観者で、当事者意識なんて全くないって顔してるぜ」
俺の表情を見て、渚さんはえらく鋭いことを言う。人間が好きな彼女は、その観察眼で俺の浅はかさを見透かしてくる。
「その認識は狡くて狡猾で酷く人間っぽいが……叶くんよ。あたしたち二人はこれから、共犯者として人を殺すんだ。精々役に立ってくれよ」
ようやく折り合いをつけ始めていた問題に対し、彼女は土足でズカズカと踏み込んできやがる。デリカシーがないなんて人に言えた口でもないが、この人、ノンデリカシーにも程がある。
「……ま、狡賢くやらせてもらいますよ」
俺はただ、愛想笑いを返すことしかできない。
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