第25話 痛みと淀み 002



「陰気臭い青年が来たと思ったら、凛土くんじゃん。やっほー」



 病室のベッドの上で胡坐をかいて、懐かしの携帯ゲーム機をピコピコ操作している彼女――立花たちばな日奈ひなは、俺を一瞥してすぐにゲーム画面へと意識を戻す。



「……やっほー」



 随分とぞんざいに扱われたもんだ。江角えすみさんのお見舞いで菱岡中央病院に足を運び、ついでに様子を見にきてやったというのに……俺の来訪は、ゲームに負ける程度のイベントらしい。



「なに、もしかして私に気があるとか? 普通、大して仲良くもない女子の病室に一週間置きにお見舞いに来る人なんていないよ?」



 普通にキモがられていただけだった。失礼極まる奴だ。



「勘違いすんな、お前はついで。昨日入院した知人の見舞いにきたの」



「……凛土くんの周り、入院してる人多すぎない? 呪われてる?」



 失礼に失礼を重ねる奴だが、しかし呪われているというのはあながち間違いでもない。それも神様直々の呪いだ、効力が強いのも頷ける。



「あ、そうそう。私の退院、早まったんだ。術後経過が良好だからって……多分、十月の頭には退院できそう」



 立花はゲーム画面から視線を動かさないまま、俺との会話を続ける。



「ふーん、そりゃよかった。じゃあ、こうして様子を見に来るのも今日が最後かな。元気そうだし」



「えー、それは遊びにきてよー。退屈が二乗になって退屈の退屈でもう退屈なんだからさー」



 急にゲーム機をほっぽり出して、立花は後ろ向きに勢いよく倒れこむ。外野から見ても、やることがなくて大変に退屈そうだ。つーか傷口開くぞ。



「……来てほしいのかほしくねえのか、どっちなんだ」



「素直になれない乙女心を察してよね。それから美味しいものも持ってきてよね」



 食い意地だけは一人前だ。なまじ最初にフルーツバスケットなんて持ってきちまったから、食い物を要求するハードルが下がってやがる。

 だが、そう安々と見舞い品を持ってくるわけにはいかない……こちとら常に金欠なんだ。『凶器の愛トリガーハッピー』の討伐も失敗して、恐らく報酬は貰えないだろうし。



「まあ、善処するよ」



「そう言われた後に希望が叶ったことはないー。ケチー、ドケチー」



 ブーブー文句を垂れやがるが……まあ、元気そうでよかった。


 立花が『曲がった爪ネイリスト』の標的になったのは、ある種自業自得な面もある。東雲しののめ妃花ひめかの潜伏していた雑居ビルに興味本位で訪れ、そこで目を付けられたのだから。だが、実際に襲われたのは、俺の不注意からくる軽率な行動が原因だった。

 人助けをしたい程できた人間ではないが、しかし自分の所為で誰かが傷つくのを許容できる程、自己中心的にもなれない。


 今の俺は――妹のことしか、背負えない。

 そんな凛音のことも、ふとした瞬間に、落としてしまいそうなのに。



「あー、えっと……妹さん、大丈夫?」



 突然黙ってしまった俺に、立花が心配そうに話しかける。

 以前凛音のことを見てしまった彼女からしてみれば、俺の目下の悩みの種は妹絡みだとわかってしまうのだろう。



「ああまあ、なんとかな」



 妹のことについて、詳細は話していない。カワードに襲われて姿ことと、ことだけは説明したが。


 それで立花日奈の知的好奇心を止められないことはわかっていたので、彼女の退院後、改めて話をすると約束している。まあ、怪我を負わせてしまったことに対する罪滅ぼしと思ってもらって構わない。



「大丈夫ならいいんだけど……そう言えば、今日お見舞いするっていう人は誰なの? 私を『ついで』扱いする程重要な人は」



「……」



 ついでと言われたことをしっかり気にしていた。女心、御し難い。



「親戚? 友人? あ、でも知人ってい言い方をしてたくらいだから、そこまで親しくないんじゃない? だとしたらショックだわ。凛土くんとは大親友のはずなのに、そんなぽっと出の人を優先するなんて……」



「いや、自分で大して仲良くもないって言ってたじゃねえか」



 そして実際仲良くねぇ。知人だ、知人。



「……見舞いにいくのは、バイト先の人だよ。昨日、倒れたらしくて」



 それっぽい噓を吐く。江角さんからは依頼を受けて仕事をこなす間柄なので、あながち間違ってもいない。

 それに、見舞い相手が四脳会のメンバーだとバレた日には、この女は持ち前の知的好奇心をフルスロットルさせて病室に突撃してしまうだろう。そんな心労を江角さんに負わせるわけにはいかない。



「ふーん……あれ? でも初めて会った日に、バイトはしてないって言ってなかったっけ」



「……」



 よく覚えてやがる。立花日奈、意外と他人の矛盾や嘘には敏感だ。

 彼女の嘘に対する嗅覚が鋭いのか、それとも俺に人を騙す才能がないのか……恐らく後者だろう。まあ、素直で誠実な人になるよう育てられてきたからな。パパママセンキュー。



「まあいいけど、自分で調べるし」



 むくれた風な立花は、ベッドに潜り込んで不満を露にする。調べるというのなら止めはしない。入院生活も退屈だ、暇潰しに知的好奇心を満たすのもいいだろう。



「……じゃ、まあお大事に」



 見た目は元気でも体力は落ちているはずである。長話をするのも悪いので、俺は病室を後にする。



「……また来てくれてもいいよ」



 そんな小さな呟きが聞こえた気がしたが、聞こえなかったことにした。


 友達には、意地悪したくなるお年頃なのである。




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