第21話 凶器の愛 005



 四脳会特殊対策二課。

 その肩書は、予想を超える実力を有していた。


 どんな武器による攻撃も通じない、『凶器の愛トリガーハッピー』渚美都。そんな卑怯者と相対しながら、江角さんは一歩も劣らぬ攻防を繰り広げているのだから。


 「殺し損ねた相手は、今後絶対に殺さない」という渚美都の美学のお陰で、急所を狙う攻撃はないにしろ。

 その戦闘能力は、常人を遥かに超越していた。



「……」



 俺は目の前で起きている人外同士の戦いを、ただ眺めることしかできない。正確に言うと、ナイフで江角さんを襲っている『凶器の愛』がノールックで俺に銃を撃ってくるので、その弾丸を食べながらではあるが。


 ただまあ、空腹な右腕が勝手に弾を食べてくれているので、俺自身は何もしていない。音速を超える銃弾を、一介の大学生如きが見切れるはずがない。



「……」



 だから俺は、待つだけだ。

 あの華麗に舞うカワードに、一撃を与えるタイミングを。



「あーもう、埒明かねえ!」



 膠着状態の続く戦闘に嫌気がさしたのか、渚美都は脈絡なく吠える。そして江角さんから離れる形で一気に後ろに跳躍する。


 戦闘が開始してから数分、彼女が自ら距離を取ったのはこれが初めてだ。



「認めてやるよ、朱里ちゃん。随分強くなったみたいだが……殺す気がなきゃあたしには勝てねえよ」



 だがこの跳躍は、一旦仕切り直すとか逃げるためとか、そんな後ろ向きな目的ではなかった。



「帰りの飛行機で練習したばっかの新武器だ。存分に堪能しやがれ」



 人間離れした脚力で大きく空中へと舞った彼女は、サイズの合っていないだぼだぼの上着の袖を振るう。


 その姿は、さながら草原をひらりと舞う蝶のようだった。



「……えっ」



 直後、



「なっ……江角さん!」



 突然力なく倒れこむ彼女に駆け寄りかけたが、しかし敵がどんな攻撃を仕掛けたのか全く分からない以上、迂闊に動くわけにはいかない。



「うんうん、上出来。流石あたしだ」



 ふわっと地上に舞い降りた渚美都は、満足そうに頷く。


 江角さんは意識を失ったらしく倒れたまま動かないが、その体は小刻みに痙攣していた。



「……毒か」



 あの身体反応、ただ気絶しただけじゃない。何らかの毒物を盛られたような、歪な痙攣だ。

 ……だが、いつの間に。



「あー、安心して。ちゃんと死なないやつを打ったからさ。ま、お前にはそんな気遣いはいらねーけど」



 渚さんはこちらに向き直り、次はお前だと言わんばかりに首を鳴らす。

 その両手には、ナイフや銃といった暴力的な武器は握られていない……が、何かが太陽の光に反射している。


 あれは……針?



「ああ、これ? この前殺しを請け負った国で流行ってた武器でさ、暗器ってやつ。かっけーだろ」



「……」



 さっき跳躍した時に腕を振るっていたのは、あれを投げていたのか。遠目からでは視認することすらできない細い針。辛うじて光の反射で存在がわかったが、そんなものを高速で打ち込まれては、江角さんも避けることはできなかっただろう。



「これ、ほんとはらしいんだけど、そんなめんどくさいことしなくても、投げた方が簡単だろ? あたしってやっぱ天才?」



「……あなただから、そんな無茶な使い方ができるだけじゃねえっすか」



 『凶器の愛』。

 武器に愛され、自身もまた武器を愛する者。


 どんな扱い難い武器も、彼女の手に掛かれば箸を持つより容易に、どんな手練れよりも精密に、使いこなすことができる。


 それが例え、本来投擲することができない極細の針だとしても。

 ボールを放るかの如く、いとも簡単に打ち込める。



「それ、結構卑怯っすね」



「当たり前だろ。あたしは卑怯者カワードなんだから。それに、卑怯であっても美しくあれば、万事オッケーなのさ」



 渚さんは自信たっぷりに言う。確かに、空中から攻撃を仕掛けた時の彼女は、美しく舞う蝶のようだった……実際は、毒針を持つ蜂だったのだが。



「んじゃま、お前にはこっちの即死級の毒が塗ってある針を使ってやるよ。そうだな……手の内を明かし、その上で針一本で相手を仕留めるっていうのも、美しいと思わねえか」



「……殺される方には、そんなの関係ないっすけどね」



 『凶器の愛』は右腕を振りかぶる。弛んだ袖口の向こうには、猛毒の暗器が控えているのだろう。


 さて、どうしたものか。


 彼女の手から打ち出される針は、流石に銃弾よりは遅いはずだ。であるならば、右腕の獣は充分にその速度を捉えられる。だから問題は、こいつが毒を食らっても平気なのかという点だ。


 針を食べたはいいものの、本体である俺がその毒で死んだら意味がない。

 死ぬのは、やっぱり嫌だ。



「この攻撃から生き延びたら、お前も晴れて殺さないリスト入りだ、変なのくん。精々、そのキモイ腕で何とかしてみやがれ!」



 右腕が振り下ろされる。

 だめだ、針が全く見えない……やはり、こいつに頼るしかねえ。



「『噛み殺しハウンド!』」



 果たして。

 俺の有能な右腕ちゃんは、放たれた針の動きを捉え、食べることに成功したらしい。若干の質量を持った何かを咀嚼する感覚が伝わってくる。


 よし、とりあえずは何とかなった。

 あとは毒が俺に効かないことを祈るだけ……あれ。


 右の太腿に、違和感。


 何だか、極めて細い何かが刺さったような。



「……一本でって、言ってたじゃねえか……」



 そんな、人類史上最高に情けない最期の言葉を残して。


 叶凛土は、卑怯にも放たれた二本目の針によって、絶命したのだった。




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